第十三話 嘘つき
「なぁ、裏ってなんだ?」
「…裏も表も無いか…。俺たちが追っている敵の中枢組織。」
「それをお前は裏と表現したのか。」
「何かおかしかったか?」
「いつもは〝連中〟とかって表現してるからさ。」
「それだけで…。」
「お前は隠し事が多い。俺たちでもそれは見抜ける。だから俺なりに警戒してんのさ。」
「ひでぇ話だよな。もっと信用してくれよ。」
「結局、この間砕剣を探しに行くっていって、自己解決して終わったじゃねぇか。」
「実際手に入ったがな。」
「は…?」
「本質を教えていないからそう言える。時期に教えてやると言ったはずだ。」
「そろそろ教えてくれよ。士気がさがるぞ。」
「あり得ないな。お前らに限って。」
「…そうだろうけどよ。」
紅麗は不満を零しながら言う。
「いずれ答えてくれることを期待する。」
「…必ず教えてやる。」
そう言って灯来は、その場を後にした。
自販機の横で座り込む。そこで、大きくため息を吐いた。
「疲れたぁ。」
間抜けな声を出した。資材保管庫。その裏口を先に進んだ、都会の路地並みに狭いここに自販機はある。日中でも建物でだいたい日陰なのだ。コーヒー片手に、一人愚痴をこぼす。
「紅麗…少しずつ気にし始めたか。」
準備は半分も終わっていない。それどころか、敵の情報すらもあまりつかめていない。
「…絶望的だよな。」
「何が?」
「は⁈」
思わず飛びのけた。…コーヒーを水平に保ちながら。
「ここにいたの?」
「天音…あまりウロチョロするなって言ったろ。」
「聞きたいことがあって…。」
「聞きたいこと?」
「そう…。あの日、灯来さんの口から聞いたあなたの過去…あれ、嘘なの?」
思わず目を見開いた。
「何故そう思った?」
目の前の彼女を睨みつけながら言う。
「紅麗さんに聞いた。でも、彼はこう言った。〝あいつは親を殺されてはいない。その程度だったら、あいつは殺人に落ちるほど腐った人間じゃない。〟って。」
俺は天を仰いだ。
「あの野郎…余計な事を。」
「どうなの?本当のことを聞かせて。」
「…俺が何故いつも長そでしか着ないか知っているか?」
「え?」
考えてもみろ。俺は学校の制服以外では長そでしか着ていない。
「俺が何故左利きか、解るか?」
首を横にふる天音。俺は、着ていた緑のジャージを脱ぎ捨てる。そして、右手を掲げた。
「よく見てろ。」
バンダナのような布で巻かれた手首のバンドを一気に取り外す灯来。
「…⁈…!…‼」
口をパクパクとさせ、声にならない悲鳴を上げ、後退る天音。
「どうだ、醜いか?」
右手首にあるのは…石片だ。刺さっている。
「俺が両親を殺した。こいつを代償にしてな。」
怒りににも近い声で俺は天音に怒鳴る。
「俺の親父は、己の良心に従った末にある重大な国家違反を犯した。だから俺たち一家は捕まった。日本の裏に巣くう組織。一九四七年。施行された日本国憲法ですら縛れなかった権力の最高機関に利用され、俺たち三人の兄弟は刑罰と称され、目的も説明されずにある実験のモルモットにさせられた。俺の兄弟たちもそこで死んだ。その時に追った傷がこれだ。俺だけが成功体として生かされてしまった。最後に残されたのは、両親の抹殺。両親の死刑は、俺の手で下された。その後、紅麗の手引きで奴らから逃げ出した。憲法を利用できる権力者が操る者…それは、憲法に逆らえない者たち…。解るか?公務員共がそれだよ。」
「そんな…。」
「紅麗は研究の内容も知らないし、俺が両親を殺したことも知らない。…ただ上のやり方に不満を抱いていた。…それだけの理由で俺を連れ出した。俺はある意味で、公務員共にとって、最も強力な弱みを握った。そんな俺には反対を押しのけてLRPを創る事は簡単だった。そうして作られた組織。…ただ最低。偽善によって作られた組織だ。」
俺は結び目が緩くなったバンダナを、石片を隠すようにゆっくりと巻いた。そして、落ちたジャージを拾って着た。
「この話…頼むから他人にしないでくれ。…お前にだけ話す。」
俺は天音に背を向けて、歩いていく。
「真実を知った風な口をしやがって…。俺は何を知ってるんだよ…。」
そして自分に対し、悪態を吐くのだった。
目の前のものを疑ったのは、生まれて初めてだ。何だ、今の。灯来の右腕に刺さっていたアレ…一見、壁材の欠片に見えたけど…。いや、そうなんだろうな…。
灯来は紅麗からの報告に耳を疑っていた。
「…確かに連中は俺たちのグルじゃないんだな?」
「あぁ、間違いないよ。」
「…受け入れろ。」
「は?」
「受け入れて連中が武器を横領するタイミングを見計らって拘束。あとは拷問だ。」
「了解した。」
…恐らく、連中は俺たちの存在に気付き、いち早く片付けに来ているんだろう。さらに、この基地を奪って奴らの本拠地にするつもりかな。…歴史を学ばない野郎どもめ。
「風輝。」
「はい。」
「天音から目を離すな。」
「了解。」
「紅麗。」
「ん?」
「常に周囲を警戒しろ。」
「了解。」
「内密に行こう。緊急戦備体制だ。」
「「了解!」」
この日から、灯来はスコーピオンを手に持つようになっていた。手には黒革のグローブをはめている。本棟にあるジムに通っては、サンドバック相手に殴りつける。この時、革はとんでもない威力を発揮するのだ。…意外と痛い。
「…到着だそうです。」
「そうか…。俺たちはあくまで、〝自衛隊〟だ。フリでも構わん。」
「承知しております。」
「それから風輝。」
「はい、他には何か?」
「ここの司令官はあくまで紅麗だ。俺と天音、そしてお前の存在は表に出すな。」
「了解です。」
「…今日から午前、午後、夜中に計九回、哨戒巡回させろ。」
「了解です、手配しておきます。」
灯来は現在、管制塔がある本棟に住んでいた。本棟は、上官でもかなり上の階級でなければ誰であろうと入ることはできない。故に、狙われる可能性がある。そこは灯来自身がなんとかしようと考えていた。
それは、様々な兵器が保管されている格納庫をうろついていた時の事。
「…覚悟は。」
突如後ろから話しかけられる。
「⁈」
驚きもそこそこ、すぐに飛びのけて、身構える。
「誰だ、貴様。」
そこには、フードを深くかぶり、顔の見えない姿で立っている人物がいた。
「名前など…どうでもいい。ここに来たのだ。覚悟はあるか?」
「…貴様。…いいだろう、根こそぎ吐いてもらう。」
瞬間、灯来目掛けて振りぬかれた拳は、当たることなく、彼の頭の右側面を通り過ぎ、灯来は右手で顎を押し上げ、左手で肩を突き飛ばし、いともたやすくそいつを押し倒した。
「…貴様、名は?」
胸倉を掴んで問う。その問いに、恐らく男性であるそいつは無言を返した。
「…これでも答えられんのか?」
スコーピオンを押し付ける。
「…殺せ。」
「は?」
「私を殺して、学がいい。貴様らには、何の成果も与えられずにその使命を全うすると。」
「な?てめぇ、どこまで知っている…?」
「貴様のその右腕の…青き礫。その真意を、知らぬまま…。」
ガバっと灯来はそいつのフードを引きはがした。
「…畜生。」
老人だった。
「これじゃ尋問は不可能か。…じじぃはすぐ死ぬ。」
灯来は逃がすことにした。ここで死体が現れたら警察沙汰になり、面倒を起こすことになる。
「じじぃ、てめぇの上司に伝えておけ。四人目のモルモットは元気だってな。」
それだけ言うと、灯来はどこかに消え去った。というより、超人的なジャンプ力で、二メートルくらい上のパイプを掴み、格納庫の屋上に降り立った。
「…さぞ強かだ。威力偵察もここまでか…。」
灯来は屋上で一人、風に当たりながらつぶやく。
「聞こえてるぞ、じじぃ。」
そこから老人の気配が消えるには時間がかかった。
灯来たち三人がこの本棟に住むようになってから二日が経つ。
「あの、紅麗さん、ひとつ気になることが…。」
「何だい?どうした。」
「灯来さんのことについてで…。」
「あぁ…。前にも言ったが、俺たちも奴についてはあまり知らない。」
「じゃあ、このLRPが出来た時はどうだったんですか?」
「…解らない。」
「え?」
「解らないんだ。」
「…どういうことですか?」
「LRP…。普通に見れば武力組織だ。いくら上層部に知り合いがいようと、そう簡単に通る案件じゃない。ダメ元で結成資料を出した。ふつうならほぼ間違いなく弾かれる。でも通ったんだよ。…それがLRPの始まりだ。灯来は言った。〝神のおかげだ〟って。だが俺には、どうも奴の言う〝神〟を信用できない。奴には何かがある。そう思っている。」
「そんなことが…。」
「だが勘違いしないでくれ。」
手に持っていたコーヒーをすすりながら紅麗は言った。
「俺は少なくとも、灯来に絶対的な信頼を寄せている。裏切るつもりはない。」
「それは、どうして?」
「奴は…存在こそ知れんが、何か真っ当な目的の為に戦っている…そんな気がするんだ。」
「それって…。」
「あぁ、勘だ。だが俺の勘を舐めないでくれ。」
そこで、灯来が入ってきた。
「紅麗の勘はよく聞く。一キロ先の戦力を的中させるくらいには。」
「嘘⁈」
「…冗談だ。せいぜい年末宝くじで一等引くくらいだよ。」
「嘘…。」
「な、三回連続王者。」
「止めろよ、恥ずかしいだろ。」
厳つい顔でそんな冗談を言う紅麗。冗談に聞こえない。ただそれだけである。
「ここの資金の十分の一はこいつの懐からってのは昔から聞く噂だ。」
「マジで?そんな噂立ってるの?」
「今更か?」
「いや、事実だけど…。」
「マジで?」
灯来が一番驚いていた。この会話で、天音は置いて行かれた。




