第十二話 名残
彼は自嘲気味に言うのだ。
「ベースキャンプ…確かに、ここは君らのベースキャンプだな。」
「逆に、ここ以外となると、うちの高校の一室がベースキャンプになっちまう。」
「ハハハ、それはそれで最高権力者が聞いて呆れる。」
自衛隊の男は、灯来に右手を差し出した。
「そうならないよう、我々は応援させていただこう。」
「そうしてくれ。」
灯来もその場で、男の手を握り返した。
「改めて、初めまして。俺はLRP統率者、駆真灯来だ。」
「俺は自衛隊第三補佐隊四班、LRP配下のST41だ。」
ST41…スペアの頭文字と、サードの頭文字、そして、班番号と班内順位だ。彼らは、兵服と顏を覆う黒のマスクを着けていた。偽名…というか、最近導入された自衛隊の呼び名だ。初めて会う相手に偽名を伝えるのは実際、許されることではない。
「…そうだな。俺たちはそのくらいの間柄が丁度いいのかもしれん。よろしくな、班長。」
「こちらこそ、よろしく。」
ST41は敬礼をして見せた。他の四人も敬礼している。
「それでは、お茶でも飲みながらゆっくりと話でも。」
「…そうだな、そうさせてもらう。」
灯来が先頭を歩き、道を案内する。管制塔内四階の、窓から基地を全貌できる部屋にたどり着き、向かい合ったソファにそれぞれが着席した。
「まず、報告させていただきます。」
口火を切ったのはST41だった。上官に報告するかのような口調で、端的に述べた。
「敵勢力の一派ですが、確かに、武器、武力物資等の横領が確認されました。」
「具体的な量は?」
紅麗が問う。
「事実が事実なだけに、我々も上手い事動けず、具体的な量までは…。」
「それなら、こんな噂を耳にしたことがあります。」
別の自衛隊が言った。
「君は?」
「ST43です。上官方の会話を耳にしたところ、少なくとも物資の供給量が以前より数倍多くなっており、かつそのおよそ五分の一が消息不明になっていると…。」
「具体的に、何倍かは予測できるか?」
「そうですね…私が調べた範囲では、少なくとも以前の五倍かと…。」
「五倍⁈」
ST42の返答に、紅麗が驚愕の声を漏らした。
「五倍となると、我々の基地内だけの規模で見ても、少なくとも月に弾薬が五百人分、横領にあっているとの計算になりますね。」
ST45が答えた。
「五百か…。現在もか?」
「はい…。ですが、日本銃の横領はほぼなくなりました。現在は、弾薬のみの横領のようです。」
「…すでに武器供給は終わっているときたか。」
考え込みながら、灯来が呟く。
「最初の横領からどれくらいで、合計何人分くらいの横領だろうか?」
「最初はかなり微量でした。しかし、合計すると、銃器本体は少なくとも二万…。」
「二万…。」
「弾薬は三万人分規模かと。」
「弾薬は、銃器が使えん馬鹿どもは消費だけして使えん。だが連中も慎重に動いている。」
「はい、私もそう思いました。ですが、どうやらそれだけではないかと…。」
「どういうことだ?」
「連中、まれに重機関銃も回収していますが、一週間もすると、戻って来るんです。」
ST44が答える。
「恐らくは、技術を盗品して、製造ラインの研究をしているのではないかと…。」
「なるほどな…。君らの基地の他はどうだ?」
「それが…他もあたってみたのですが…。」
言葉を濁す班長。彼は、そのまま続けた。
「他の拠点では、全くと言っていいほど無害でした。」
「紅麗、近辺の潜伏ポイントを炙り出せ。」
「了解。」
紅麗は席を外した。
「ありがとう、助かった。恐らく、敵の規模は一万以下。とみている。」
「何故そうと言い切れるのですか…?」
「以前戦った連中は五百ちょいいるかいないかの軍勢だった。」
灯来はあの日を思い出す。天音と出会った、波乱万丈な一日を。
「恐らく、横領された多くの武器は、改良か研究の実験によって廃棄されるのがほとんどだろう。その上、彼らの実働部隊には概ね実態が見えつつある。故にこの、小規模な敵軍勢という予想をたててみた。間違っているならそれでいいが、情報と推測は武器になるからな。多少は目をつぶるさ。」
灯来はコーヒーを一口、そしてこう言った。
「君たち、暫く基地には戻らない方がいい。少なくとも一週間、ここで隠れていてくれ。」
「お気遣い、感謝します。」
瞬間、携帯が震えた。画面にあったのは、侵入者の文字だった。
「すまない、今回の面会は感謝する。ありがとう。」
それだけ言って灯来はその場を抜け出した。
「紅麗、紅麗!聞こえるか⁈」
『良好だぜコマンダー。どうした?』
「俺の家に侵入者が現れた。暫く俺たちも本拠地に居座る。」
『了解。』
「ヘリを出してくれ。」
『了解した、H23、三番着陸場にて待機。』
灯来は指定の場所に急いだ。そして、ヘリに飛び乗る。
「家まで頼む。」
「了解、所要時間は三分です。」
灯来は、ヘリの扉を閉めた。
三分後、近くの住宅街…少なくとも自宅から三十メートル離れた場所でホバリングし、空中百メートルからロープを下ろして降下する。灯来は高所恐怖症ではない。でなくても、生物であるのだから、本能的に恐怖を感じていた。
「…高いって、怖いな。」
と言いつつも、ものすごいスピードで地上に降り立つ。
「リターン、リターン!」
ヘリに通信で指示を出して、ヘリを退却させた。続いて、走りながら携帯を取り出す。
「頼む…出てくれ。」
繋がった。
『灯来?どうし―』
「お前今どこだ⁈」
『え?まだ学校だけど…?』
「そのままそこにいろ。後で迎えに行く!」
『は?』
灯来はその声を聞き洩らさずに電話を切った。
家にたどり着く。正面の玄関に三名いるようだ。若干狭いこの道をまっすぐ行ったつきあたりが家なのだが。気付かれないように敵からおよそ数十メートルのところまで来る。近くに落ちていた空き缶を拾って、思いっきり反対の地面に叩きつけた。見ると、四人組のようだった。四人全員が、そっちに気を取られ、そっちに向かっている。俺は一気に走り、敵に近づいた。…ハンドガンだ。敵はハンドガンだけを持っている。殴りかかってきた一人目の足をかけ、空を殴った腕の肘関節を外し、拳銃を向けてきた二人目の拳銃をはたき、左手で目をつぶす寸前で寸止めしたあと、ひるんだまま腹に痛恨の一撃を見舞う。三人目は足払いした後に何もできずに後ろに下がったため、膝蹴りを食らって気絶。すでにバレルを俺に向けていた四人目に近づき、目の先五ミリほどのところで手を叩く。猫だましだ。その一瞬のすきを見て、俺はそいつを人質にとる。ナイフを首元に突きつける。
「仲間はどこだ?」
「よ、四人だけだ!」
「誰の指示だ?」
「し、知らない。本当だ!」
「チッ。」
俺は携帯を取り出した。
「紅麗、俺の家に人員輸送車を一両頼む。」
『了解、近くの分局から向かわせる。一分半でつくはずだ。』
「ありがとな。」
一安心か。俺は再び首元にナイフを突きつけた。
「雇い主と連絡は?」
「こ、この通信機だ。タイピングすればいい。指紋認証性の。」
「いいか?恐怖が収まったらこう送るんだ。ターゲットは移動した。場所は―」
俺はLRPの本拠地の場所を言った。目の前で送らせる。
「お、送ったぞ。これで、解放してくれるのか?」
「そんなに甘いわけがないだろ。」
俺たちを追い越した辺りで止まった輸送車の扉は開いていた。
「あきらめの悪い奴め。」
拳を握っていることに気付いた俺は言った。彼は俺の顔面を殴ろうと飛び掛かる。俺はそれを右によけ、そのまま俺を支点に回転、輸送車の中に叩きつけてやった。
「ぐぁあ!て、てめぇ、何して―ぐふっ。」
仲間の三人も投げつけて、彼に言葉は言わせなかった。扉を閉める直前、両扉の取っ手に手をかけたまま、言うのだ。
「残念だったね。」
自分でもわかる。今、とんでもない笑顔を出してしまったと。
「善処しないとな…。」
といいつつ、鍵をかける俺は非情だろう。
運転手に伝える。
「本拠地に戻ってくれ。外には他の兵がいるかもしれないから慎重に。」
「了解です。」
「俺は二人を迎えに行ってからお前らと合流する。」
車は出ていった。携帯を確認すると、家内の扉は全て鍵がかかっていたようだ。それを確認した灯来は、高校に向けて走る。
「風輝?」
『はい、なんでしょうか?』
「そばに天音はいるか?」
『はい、目の前に。』
「正門に連れて来い。」
『了解しました。』
そこから三分かけて灯来は通学路を走破した。
「あ、灯来さんだ。」
天音に声をかけられる。
「家が他人に侵入されかけた。しばらく連中の注意を引くために、LRP本拠地にこもる。」
「解りました。」
「え?」
天音は状況を理解できてない。
「避難する。これで通じるか?」
「あ、うん。通じる通じる。」
「ここからなら徒歩でも行けますね。」
「ああ。お前は来るのは久しぶりか?」
「ええ。二か月ぶりじゃないでしょうか?」
「そんなにか。と言っても、俺も二週間ぶりだが。」
「何がLRPの本拠地ですか?○○(マルマル)庁が聞いて呆れますよ?」
「どこぞの相手だよそれ。」
そこから徒歩二十分。彼らは本拠地に到着した。
「ほぁぁぁぁ。でか。」
「口を開け、目も大きく開いている。まるでアホ面だ。」
「誰がアホ面だって?灯来さん。」
「ごめんふざけた。」
「素だったら一発殴ってた。」
「やってみろ。地面に叩きつけてやるから。」
「え、遠慮しとく。…武力って怖ぇ。」
「それがLRPだ。」
「違憲とはいったい…。」
そんなどうでもいい話をしていた。
「しかし一体何だったんだろうな、奴ら。」
「恐らく、連中の制裁手段だろう。」
「制裁?」
「地下制圧の名残さ。マスコミの影響…裏では、もう俺たちの存在は知れ渡ってるよ。」
紅麗の疑問に、灯来はそう結論づけた。




