第十話 地下の大要塞
「神…。」
「そう。人々の信仰なんて、神の存在一度あれば事足りる。だが…。」
一泊置いて、灯来は告げた。
「そんなもん、信じない者の方が多いがね。」
吹聴するかのような声色で、灯来は紅麗に問う。
「お前はどっちだ、紅麗?」
「え…?」
「神を…神の存在を信じるか?信じないか?」
「…無論後者だ。変な気を起こすなよ。坑道病なら運んでやる。」
だが灯来は、睨みの効いた目つきで、言うのだ。
「いずれ選択する時がくる。俺は…。」
この時、辺りにいた全員が、目を見開いた。あまりにも、冗談を言うには酷な環境だ。そしてこの声色。明らかに冗談を言っているわけではないと、誰もが直感した。前者と後者、どちらを選ぶか。そんな、意味深な言葉を言った灯来は、持っていたスコーピオンをホルスターにしまった。
「シャレにならんことを言うでない。ここが落盤してから神に祈りなさい。」
「これが冗談だとどれほど良かったか…。」
「は…?」
「とにかく、今は中に潜入するのを急ぐ。今のは暇つぶしの独り言って捉えてくれていい。」
「…解った。全員、突撃準備。灯来、俺に続いて、潜入開始。」
精鋭隊は音もなく頷いた。
やけに落ち着いた空間だった。敵が目の前にいるのに、何ら緊張もせず、ただ淡々と潜入していく。暗いのだ。だから簡単に目をくらますことができる。たまに、暗視や赤外線のレンズをしている連中もいた。そいつらは厄介だが、精鋭隊は特に問題になることなく攻略を続けている。かなり速いスピードで。独自のハンドサインも使いつつ、洞窟内を制圧していく。
「…ここらで一人捕まえてみる。」
そう言った灯来は、部隊をそこに待機させ、スコーピオンを取り出した。中は勿論、麻酔弾である。一人に狙いを定め、発砲。命中すると、睡魔に襲われたそいつは音もなく崩れ、そのばで寝息を立てた。そいつを灯来が抱えてきて、蹴飛ばし起こす。その間、灯来は回り込んで既にナイフを首元に押し付けていた。
「さて、色々吐いてもらおうか。」
「まず、君らのお偉方の顔は解るかな?」
「…し、知らない。」
「司令官も…?」
「し、指令はいる。本部は…こ、ここにある。」
そう言って、指で下を刺した。
「ここ…ということは、ここを爆破すれば本部ってことか?」
「い、いや、ここより下ってことだ!」
「だいたいの位置は?」
「真ん中らへん。」
「ありがと、眠っててくれ。」
今度は音もなくスコーピオンが後頭部に飛んでくる。鈍器で殴られた男はその場で崩れ落ちた。
「にしても、まるで要塞だな。」
「仕方ない。全て制圧する。行くぞ。」
紅麗の愚痴に灯来が答えた。各々が相槌を打つ。
音もなく、何の証拠も残さず、彼らは淡々と制圧していく。目の前に現れる敵は無力化し、出来る限り接触は避け、最下層と思われるところにたどり着く。
「これで最後にしてほしいんだがね。」
「そう簡単に俺たちの希望を汲んでくれるとは思わないけど。」
「でもさすがに、深すぎますね。」
とっくに本部を制圧していた。
「な、何なんだ…お前ら。」
「さてさてさてー。君が司令官であってるのかなー?」
「ぬ…。」
「首肯か否定か?」
それでも口を割らない。
「答えろよ。どこ所属の称号は?」
「ぐ…。アメリカ傭兵隊、第二師団長。」
「へぇ、結構大層な大所帯の御頭さんか。この国がどこか解る?」
「日本。」
「流暢な日本語だね。日本人?」
「そうだ。アメリカの工作員だ。」
「そんなスパイさんが軍なんて率いるから目立つのさ。目立っちゃあかん仕事だろ?」
「くっ。」
「銃刀法違反、テロ組織罪といったところか。」
灯来が手錠を取り出して司令官なる日本人工作員の手にかけた。
「七月三日、二十二時三分。軍隊統率者逮捕。警察のグルに伝えておけ。」
「了解。」
灯来は慣れた手つきでこいつを担ぎ上げる。
「これより総員帰還。軍の解散及び、掃討作戦に移行する。班分けはしてあるんだろ?」
「はい。」
「ならその班ごとに別れて要塞内の敵戦力の撲滅、制圧を頼む。」
「指令たちは?」
「俺たちは最短ルートで帰還する。あとの指揮は部隊に任せた。」
「了解です。」
「本部に要請して、LRPの戦力を一応配備しておく。」
「お気遣い感謝します。」
「補給が必要ならいつでも言ってくれ。」
「は!」
一通り告げた灯来は、この要塞中央の、巨大吹き抜けに向かった。
「あそこに確か、ロープウェイがあったはず。」
「あれだろ?」
「ナイス紅麗。」
三人は乗り込む。
「本部に伝達。敵戦力殲滅されたし。制圧完了後も継続して管轄せよ。」
「了解伝達します。」
風輝が灯来の言葉を本部に伝達した。
それから、一週間が経つ。
「んで?全フロアの制圧に一晩、安全確認に三日かかったんだろ?」
「まぁな。」
「なんだその差は。」
「仕方ないだろ。管轄が俺たちから一般警察に移っちまったんだ。」
「確か、情報が漏洩してマスコミが触れちゃったんだっけ?偉いマネを。」
「恐ろしいね、世間というのは。」
「同じくらい、無知ってのは恐ろしい。」
紅麗と灯来は旧教科準備室で互いに紅茶を飲みながら話し合っていた。
「それで?連中のこと、どこまで知れた?」
「アメリカが関わっているとしか…。」
「絞れないものか?」
「絞るには情報が少なすぎる。これが警察の判断だ。」
「確か警部に顔の効くグルがいたよな。もっと証拠が掴めない物か交渉してくれ。」
「そうもいかん。これでも警察は限られた給料の中で頑張ってるんだから。」
「給料…ねぇ。」
二人の間を、あらぬ空気が吹き抜ける。
「これだから警察は使えん。おい紅麗、管轄を戻せ。」
「無茶言うなって。もう既に手一杯だ。これ以上の面倒も御免だぞ。」
「は?」
「あんたの要望で、俺たちだって独自に証拠入手とかしてるんだから。」
「それで?収穫はあったのか?」
「もちろん、警察よりははるかにな。」
「聞かせろ。」
「アメリカから潜入している日本人スパイが共同で演習するための組織がアレだとよ。」
「大層な。」
「ありゃただの米軍じゃない。」
「国際問題は?」
「今のところそこまでは発展してない。だがむこうの大統領も睨みを効かせてる。国際会議の議題に上がるのも時間の問題だ。」
「日米安全保障条約に引っかかるような問題だからな。」
「ああ。杜撰なもんだよ。」
「今やあれが可決された時代に生きていた政治家はいない。にわか共の言いたい放題なのさ。その実、あんまし中身を理解しちゃいない。可決された意味もな。」
「〝軍の撤退を強制された〟…向こうの言い分には十分だ。」
「十分すぎるな。くっそ、まさか外からだとは。」
しばらく考え込み、灯来は言った。
「今回の件は、もはや俺たちLRPだけでは対処できない問題だ。状況に応じて、他組織と協力することになる。心しておけ。」
「了解。」
「あぁあと、あの地下要塞で気になった事がもう一つ。」
「ん?なんだ?」
「お前なら気付いているだろ?そっちの調査も頼む。」
一瞬、彼は笑って答えた。
「了解だ。」
あの日、気になった事。まず敵兵の武器はどこから来たのか。最新の武器でもなく、旧式を使っているあたり、よっぽどの物好きかもしくは、非公式な密売か。密売だとすると、貿易港等をさぐれば手掛かりになる。連中の首根っこを摑まえることにもつながるだろう。ここに希望をかけない手は無い。
それから数時間後、家にいた。学校帰りである。先ほどの会話は放課後にしていた。掃除をさぼっているのは秘密である。
「ふぅー、つっかれたー。」
「お疲れ様。」
「お、センキュ。」
どうやら天音もここの生活に慣れたらしい。コーヒーを入れてくれた。
「ってか、どうして今日なの?」
「え?」
「だって、話し合うなら当日かその数日間の内がいいんじゃないの?」
「あぁ、一週間もすぎた今更話し合う理由か?」
「そう、それ。」
「しばらく情報の管轄が警察に渡ってて、情報開示が成されたのが昨日なんだ。」
「だから今日会議したの?」
「そう。マスコミが今回の件に触れたらしく、警察が出る他無くなったらしい。」
「LRPは非公式だからか。」
「その通り。」
一口、また一口とコーヒーを口に運ぶ。やはり旨い。いや、苦いけど。
「危険じゃなかった?」
「死線をくぐってきた。」
「無理しないで死なないで‼」
「死なない死なない。…死ねない。」
「ならいい…けど。」
一瞬、灯来は寒気に襲われた。
「天音、お前、〝超能力〟って、信じるか?」
「超能力?」
「そう。」
「それって、火を操れたりするような?」
「そんな感じ。」
「んー、あんまり信じないかな。どうして?」
「いや、何となく聞いてみたくってさ。」
「変だよ。」
「そうかい。」
灯来は流した。
「いや本当に変だよ。」
「解ってらい。」
「灯来さんって本当に謎キャラだね。裏で警察やってたり、ファンタジーな話してきたり。」
「警察じゃないLRPだ。」
「どちらも同じようなもんじゃない。」
「警察の百倍は動いてる。今の警察は、給料に植えた小魚が世の中の苔に湧いてるだけだ。」
「え。」
灯来の突然の言動に、天音は思考が停止した。




