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2.砂漠の町

「んん、うーん」

 何か酷く怖い夢を見た気がする、セレンはそう思いながら体をもぞもぞ動かした。それから何かに気がついたように目を開く。


「ここ、……どこ?」


 真上には天井が見える。どうやら家の中にいるようだ。砂漠ではないようでほっとする。

 柔らかな布団が肌に触れる感触が心地よい。セレンは半身を起こした。

「ん?宿屋?あれ、蠍は・・・・・・」

 ぼうっとした頭がやがてはっきりしてくる。

 そして思い出す、あの男の事を。

「あの魔物男」

セレンは唇を噛みしめる。

魔物、それは忌むべき物だ。

この世界では、言葉、呪文を使う、文様を描く等々、人間でも素質さえあれば魔法を使うことはできる。

しかし口を使わず、手も動かさず、その存在だけで魔法を操れる物もいる。それが魔物と呼ばれる人とは異なる存在だ。

 魔物は気まぐれに町を荒らし、人をいたずらに弄び、食べる。あの男のように人にそっくりな物もいれば、大蠍のように虫や獣の姿に似た存在の物もいる。


 あの男が近づいて来た時、セレンは何もできなかった。大蠍と立ち向かい、あと少しで退治できそうだったところであの男が現れた。そして一撃で蠍を倒してしまった。

それから、それから、あの男がすぐそばまでやって来て。

そこではたと考える。記憶があやふやになっている。

セレンは霞がかかったような頭の中を整理する。そうそう、男に近づいて来られて、そうしたら急に眠たくなってしまったのだ、とセレンは思い出す。

 あの男に眠らされて、そのまま喰われてしまうかと思ったのだった。


 でもどうやら自分は生きているようだ。


「なんで?なにがあったんだろ」

 頬をぷにっと指で摘まみつつ、セレンは起きあがる。

 ちなみにこの頬をつまむおまじないは師匠から教えてもらった。何か良からぬ物に魅入られようとしている時や、夢か現かわからなくなった時はこうするといいと教わった。


 セレンは身支度を整え、部屋を出る。するとテーブルと椅子が並んだ部屋があり、椅子には琉烏(ルウ)が座っていた。机の上には地図が広げられている。

「お、セレン起きたか?」

 セレンに気がつくと片手を上げる。

「師匠!」

 琉烏の隣の椅子に座る。部屋をきょろきょろと見回すが、あの男の姿はない。

「師匠、あの男は?」

「カシャロットか?散歩だってさ。昨日はえらい目に遭ったな」

「あいつ・・・・・・」

 セレンは唇を噛みしめる。

「師匠、あいつは魔物だ」

 思い詰めた口調で言葉を紡ぎ出す。

「うん、そうだよ」

 のんきな口調で返ってきた言葉に拍子抜けする。セレンは驚きを隠せない。

「師匠!知っていたのか?あいつ、型も呪文も使わないで魔法を使った」

「うん。あいつ俺の古い知り合いなんだ」

「魔物が知り合い?」

「ちょっと性格悪かったり、何考えてるかわからなかったり、美意識がおかしかったり、悪戯が過ぎるところがあるんだけど、な」

「悪戯?」

「うん、悪戯」

 昨日のあれは悪戯だったのだろうか。セレンは顔をしかめる。悪戯というレベルではない気がするが。

「カシャは魔物で、確かに悪い奴かもしれないけど」

 琉烏がセレンの目を優しくみつめる。

「でも憎めない奴なんだ」

 さらりと悪い奴であることを否定しない師匠に驚きつつ、セレンは口をつぐむ。

 魔物、というだけで恐怖し、いきなり敵扱いをしてしまった自分にも少し非があるのかもしれない。

 邪魔をしに来たようにしか見えなかったが、蠍も退治してくれたようだし。

「・・でも砂漠に飛ばす必要はなかったと思う」

「だから、あいつは悪戯が過ぎるんだ」

セレンはため息をホゥと吐き出し、琉烏の向かいに座る。


「あ~ら、お寝坊のちんちくりんちゃん!朝ご飯用意してあげたわよ♪」

 セレンが振り返ると、パンと果物を大皿にのせ、もう片手で湯気の立ったマグカップを持った、カシャロットが立っていた。


 セレンの前に皿とカップを置き、ふふっと微笑む。

「さーあ、お食べなさい!ガツガツお食べなさい!そしてブーブー豚ちゃんにおなり!」

「誰が豚になるものかっ!」

「ちんちくりんの子豚ちゃん♪」

カシャロットは琉烏の隣にちゃっかりと腰掛け、香ばしい匂いのする黒い液体を飲み始めた。


 こんな得体の知れない奴が用意した物なんて食べるものか、と思いつつ目の前に並ぶのは朝食にしては豪華な食事だった。それはたくさんのパンだった。木の実が練り込まれた物、干した果物が入った物、小麦粉でできた薄い生地にたれと共に挽き肉や木の実が挟まれた物、等々。そして瑞々しい林檎、葡萄にナツメヤシ。マグカップの中には乳の入った茶がなみなみ注がれている。

 セレンの腹からグウグウという音が鳴る。

「いただきまーす」

 一口パンにかぶりついたら、もう止まらなかった。美味しいものの誘惑には抗えず、皿もマグカップもあっという間に空にしてしまった。さすがのカシャロットも目を丸くしている。

「あんた、ホントに豚になるわよ?」

「育ち盛りだからいいんだ!」

 パンパンに膨れた腹を撫でながら、セレンは満足そうに口を拭う。

「乙女なんだからハンカチくらい使いなさいよね」

 あきれたようにカシャロットがハンカチを差し出す。遠慮せずにごしごしと口を拭い、ハンカチを返してくるセレンにカシャロットは手を振った。

「それ、あげるわ」

 カシャロットはマグカップを置くと立ち上がる。

「じゃ、あたしはこの辺りをもう少し堪能するわ。機会があればまた会えるでしょ」

「俺はしばらくおまえの顔が見たくない」

「んもー、琉烏ったら照れ屋さんなんだから♪」

憮然とした顔の琉烏にウインクをしながら、カシャロットはセレンに近づく。

「セレンちゃん」

 急に名前を呼ばれ、セレンはどぎまぎする。

「琉烏をよろしくね」

 いつものどこか胡散臭いニコニコした笑みでも、昨日見せた妖艶な笑みでもない。慈愛に満ちた優しい笑みを一度だけ浮かべると、カシャロットは身を翻し宿屋を出て行った。



 腹ごしらえを終えたセレンはいつもの打ち合わせを始めようと琉烏に話しかける。

「師匠、今日はどうする?また砂漠の魔物退治か?」

「セレン、この町を離れて別な所へ移動しようと思う。今日はその準備をしておきたい」

 いつも通りの日常が始まる、そう思っていたセレンには予想外の返事が返ってきた。

「え?急だな。いつ出る?」

「明日の朝には出よう」

 こんなに早く移動するのは久々のことでセレンは琉烏の様子を伺うが特に変わったところはない。セレンも違う場所へ行くのは嫌いでない。

「今度はどこに行くの?」

「そうだな。東の方に行ってみたいと思っている」

「東かぁ」

 東の方にはこの辺りと全く異なる地域があるらしい。

昔、琉烏から東の国の工芸品を貰ったことがある。そのペンダントは宝石とは違う見たことがない素材でできた物だ。つやつやとした光沢がある深い緋色をしているそれは、なんでも木や砂でできているらしい。

 普段アクセサリーは身につけないセレンだが今でも肌身はなさず大切に布袋に入れて持っている。

「とりあえず俺は旅に必要な物を用意してくる。セレンは薬とか保存食とかを頼む」

「オッケー師匠。干し椰子も買っていい?」

「少しだぞ」

 琉烏は革袋から銀貨と銅貨をいくつかセレンに手渡す

「はーい」

 セレンは手をひらひらさせながら宿屋を出て行く。残された琉烏は少し困ったような笑みを浮かべ、それから何かを考え込むように顔をしかめたた。


 町の市場は盛況だった。ここは西の地域と東の地域をつなぐ中継地のような大都市にに程近い場所だ。

 小さい町といえ、旅人用の色々な物が揃っている。


 沢山の店が軒を連ねる。絨毯の店、食料店、干し果物専門店、珍しい薬草を扱う店。セレンは物珍しそうに店を冷やかしつつ、必要な物を揃えていく。


「あ、おじさん干し葡萄と干し椰子をちょうだい!沢山買うから負けてよ」

 人の良さそうな男が少し多めに干し果物をわたす。

「これは今日のおやつにしな、お嬢ちゃん」

 手渡されたのは干した杏。少し酸っぱいがさわやかな味で美味しい。

「おじさん、ありがと!」

「お嬢ちゃんは旅に出るのかい?西の方は最近物騒だから気をつけるんだよ」

「んー、私らは東の方に行くんだ。おじさん、行ったことある?」

「いや、おれはこの辺りしか知らんよ」

「そっか。東に面白い国があるから見てみたいんだよね」

「気をつけていくんだよ」

「ありがとう。おじさんも福あれ!」

 セレンは重くなった布袋を背中に背負うと、店を後にした。




「干し肉、干し魚、干し野菜、薬草、衛生布、そして干し椰子に干し葡萄、へへへ♪旅のおやつにしよーっと」

 大きな布に包まれた品々を宿屋のテーブルに広げてにやにやと笑みを浮かべるセレン。


 一つ一つを小分けして、布に包んでいく。干し肉と干し野菜、干し魚と干し野菜を一緒に。こうすれば水があればそのまま煮て柔らかく温かい食事にありつける。薬草は2つに分けておく。


「ふぅ、準備完了かな。師匠はまだかなー?」

 窓の外を見るともう夕焼け空に変わっている。

 旅に必要な物は沢山ある。まず欠かせないのは足になる馬や駱駝、それから水と水代わりになる、水分を多く含む果実。そして火種、火打ち石等。

「んー、お腹空いたし先に食べちゃおう」

 セレンは荷物を部屋に運ぶと宿屋を飛び出した。


 夕暮れの町の広場では食べ物屋の屋台が並び、いい匂いが漂っている。広場に無造作に置かれた机と椅子に町の人が腰掛け、スープをすすり、肉にかぶりついている。

「うっまそう」

 ぐうぐう鳴る腹を押さえつつ、セレンは物色する。

「おじさん、これちょうだい!団子多めで!」

 持ってきた金属製のボウルを手渡すと店主はたっぷり肉団子を入れてくれた。

 セレンは空いている椅子に座るとスープを掬い口に運ぶ。

「んんん♪おいひ~い」

 熱々のスープをすすり、肉団子を頬張る。スープは干したナツメヤシが入っていてほんのり甘い。旅に出たら暫くはちゃんとした食事がとれない。最後の一滴まで飲み切るとセレンは満足げに深いため息をついた。



 セレンが夕ご飯を食べ終え、宿屋に戻ったが琉烏はまだ帰ってきていなかった。念の為に琉烏の部屋をノックするが答えはない。

「師匠遅いな。どこかで飲んでんのかな」

 セレンはため息を一つつくと部屋に引き上げることにした。きっと明日の朝には戻ってきているだろう。

 ベッドに潜り込み手足を伸ばす。この柔らかな寝床ともしばらくお別れだ。

旅の間は厚くて固い布にくるまり、たき火を前に雑魚寝するのだ。

「師匠、飲み過ぎて寝過ごさないといいな。カシャロット、あいつ変な奴だったな・・」

 色々と頭をよぎるが目を瞑り、考えるのをやめた。

 やがてセレンはすぅすぅと寝息をたて夢の国へ導かれていった。




 その夜のことだった。


 犬の遠吠えが町に響きわたる。連鎖されて他の犬も、あるいは魔物も吠えたてる。


 一度寝たら滅多なことでは起きないセレンは気がつかず眠りの底にいた。いや、それでもつられて遠吠えが重なり響くこの喧騒、さすがのセレンも起こされておかしくないはずだ。しかし少女は一度も目覚めることはなかった。


 この小さな町に何か不穏な空気が混じる。砂漠からの冷気だろうか、町全体を何か冷たい空気が覆っていく。

 そしてふと砂漠の方を見やると大きな紅い月が煌々と輝いていた。


 熱射茶屋の外に置かれた椅子に足を組んで腰掛けているのはカシャロットだった。砂漠の夜は意外に寒い。それでもこの寒さは異常である。人間であれば部屋にこもり、毛布を被って震える位であろう。幸いカシャロットは人間ではない。グラスをテーブルに置き、月を見上げる。

「ふーん、お早い到着ね」

 凍った空気よりもその声は冷たかった。そして自身の人差し指を弾くように上げると、その姿は空気にとけ込むかのように徐々に消えていった。


 残されたのは空のグラスだけ。

 そして突如がやがやとした声が近づいてくる。

「この辺りだ。あの者がいる筈だ。丁重に扱え、来賓としてな!」

「しかしですな、抵抗されたら」

「その時はどうしたら、おれらでも敵いません」

 上司と思われる者と複数の部下と思われる者が話している。

「抵抗された時、というか間違いなく抵抗するだろうね、彼なら」

 上司の後ろに立っていた男が部下達に近づく。

「でも安心して、君たちが駄目でも僕が何とかするからさ」

 暗闇で表情は見えないが、その声はどこか面白がっているように聞こえる。


「・・・・・・ようやく見つけたよ、ルーチェ。今度は絶対にーーー」


 手放さないからね、そう聞こえたような気がした。


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