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追放された夫婦のスローライフ~魔王の汚名を着せられた男と婚約破棄された悪役令嬢~

作者: 相野仁

 ローズは悩んでいた。

 彼女はキツネのような切れ長の目が強い印象を与える美少女だが、かわいいものが大好きである。

 具体的には花とか子犬とかリスとか。

 しかし、彼女が花を摘めば「誰かを毒殺するための薬を調達している」と言われ、子犬をなでていると「大きくなったらなぶり殺しにするつもりだ」とうわさになる。

 彼女は感情表現が苦手なうえに素直になれない性格のせいで、「氷の黒狐」とひそかに呼ばれていた。

 傷つき悲しみもしたが、いつかわかってくれる人もいると信じていた。

 その幻想が砕かれたのは十七歳の時で、王太子との婚約が破棄されたあげく、彼女は貴族社会から追放されてしまったのだ。


「そなた、夜な夜な毒薬を調合し、犬やリスを集めておぞましい呪術をおこなっているそうだな。私を殺して女王になるつもりか!」


「そんな、誤解です!」


 ローズは身の潔白を訴えたが、信じてもらえなかった。

 そして彼女を目の敵にしていたパメラが新しい婚約者となったと聞かされる。

 ローズは平民が着るようなみずほらしい服を着て、わずかな路銀をもっていくあてもない旅に出た。

 パメラが遠くで勝ち誇っていそうだった。

 

(私はこれからどうすればいいのだろう?)


 路銀がなくなれば身体を売ればいいじゃないと蔑んだ目で言ったのは、ローズの妹である。

 同じ女がそこまで言うのかと思わずにはいられなかった。

 ローズがとぼとぼと歩き慣れない道を歩いていると、ひとりの男が倒れていた。

 

「どうかしましたか?」


 彼女は自身の窮状も忘れて思わず駆け寄る。


「み、水を……」


 男が苦しそうに言ったので彼女はためらわず水を飲ませてやった。


「ありがとう。少し生き返ったよ」


 そう言った男はまだ顔色がよくない。


「こんなところでどうなさったのです?」


 ここは町から少し外れたところで、行き倒れがいる地点になるような場所かという疑問がある。

 しかし、男の具合は素人目でも悪そうだ。


「三日ほど何も食べてなくて……」


「干しパンと干しブドウなら少しはありますけど、召し上がりますか?」


 ローズがたずねると、男性は初めて真紅の瞳を彼女に向ける。

 端正だが病人のようだとローズは思った。


「いいのか? 君の食料では?」


「大丈夫ですよ」


 ローズは「悪の魔女が勝ち誇った顔」と言われるような微笑を浮かべる。

 誤解されやすいと知っていても今さら変えられるものではない。


「そうか、ありがとう」


 男性はがつがつと食べ、ふうと息を吐きだす。


「何とか生き返れたよ」


「……何日も食べてなかったのに、そんなにあわてて食べても平気なのですか?」


 普通は腹痛を起こしたり嘔吐したりするものではないだろうか。


「ああ、俺の胃腸は頑丈なんでね」


 という男はたしかにケロッとしていて、心配するだけ無駄な気がしてくる。


「ところで俺が言えた義理じゃないだろうが、君はどうしてここに?」


 ローズは迷う。

 だが、結局話すことにする。

 どうせ行くあてもなく、水と食料がなくなれば死ぬ運命だからと自暴自棄になっていた。


「……君もか」


 男は真紅の目に沈痛な色をたたえる。


「……私も?」


 ローズは引っ掛かりを覚えた。


「俺もな。簡単に言うと魔王って汚名を着せられ、部下に反逆されて追放されたのさ」


「たしか隣国の……」


 ローズは貴族令嬢として教育を受けていたし、聡明な女性でもあった。

 それだけに男がどこの誰なのかすぐにピンとくる。


「大したものだな。ああ、俺の名前はエイベルだよ」


 魔王エイベルの凶名はローズにも届いていた。

 いわく、数万人を磔にしてじわじわと苦しめながら焼き殺した。

 いわく、城を攻め落とすと必ず住民を皆殺しにする。

 いわく、国民は金を産むための道具にすぎず、死んでもかわりを作れと言い放った。

 どれもおぞましい話ばかりだった。

 しかし、目の前のエイベルからはそのような恐ろしい気配はない。


「俺は知らなかった。基本的に部下たちを信じて任せるというスタイルだったからな。その結果悪名を着せられた挙句、すべての罪を着せられて処刑されそうになったところを逃げてきたのだ」


「なんてひどい」


 ローズはいやというほど気持ちが分かる。

 彼女もまた身に覚えのない悪行を着せられてきたからだ。


「同情してもらえたのはうれしいが、俺の場合は自業自得だ。反逆されるまで部下たちを疑わなかったのだから」


 エイベルは力なく笑う。

 何かをあきらめたような透明で切ない顔だった。


「……あなたはこの後どうするのです?」


「何も決めていないな。ところで君は? どうしてエイベルの名を聞いてもおそれない? 俺の言うことに耳をかたむけてくれたのだ?」


 エイベルに聞き返されたローズはしまったと焦る。

 だが、すぐに気持ちを切り替えた。


(この方なら私を信じてくれるかもしれない……身に覚えのない罪をかぶせられたという共通点を持つこの方なら)


 ローズは自身の身の上を話す。


「なんとひどい。俺のは自業自得だが、あなたのは完全に言いがかりではないか」


「信じてくださりありがとうございます。初めて信じてくださる方に出会えてよかったです」


 ローズの目尻にはうっすらと涙が浮かぶ。

 

「あなたは苦労したのだな……強い人だ」


「そうでしょうか」


「ああ」


 それっきり二人の会話はとぎれてしまった。

 もとより知り合ったばかりなのだから話題が見つかるはずがない。


「あなたはこれからどうする?」


 ふいにエイベルがたずねてくる。


「決めてません」


 ローズは正直に答えた。


「もうどうでもよいと思っているので」


「どうでもいいならもう少し生きてくれないか」


「はい?」


 怪訝そうにローズが聞き返すと、エイベルは真剣な顔でまっすぐに彼女を見据える。

 美青年に敵意がこもっていないまなざしで見つめられるのは初めての経験で、彼女はとまどった。


「何となくだが、あなたのことはほうっておけなくなった。あなたさえよければ俺を連れて行ってくれないか」


「……別にかまいませんが」


 好意的なアプローチなど、ローズは生まれて初めてである。

 どう対応すればいいのかさっぱりわからず、ついつい受け入れてしまう。


「どうして私を?」


「助けてくれた女性が俺の似たような境遇だったのだ。運命を感じるしかない。あなたは何も感じなかったのか?」


「たしかに感じました」


 エイベルのアプローチは不器用で女性を誘い慣れしていないものだ。

 しかし、そのほうがローズにとっては好ましく感じる。


「どこかこの国ではない、隣の国でもない、遠くに行こう。そこまで行ってからまた考えればいいのではないだろうか」


「はい。ですが、危険では?」


「賊が出ても俺に任せてほしい。十人や二十人くらい俺の敵じゃない」


 エイベルの言葉を受けてローズはまじまじと彼を見た。

 言われてみれば隣国からここまで来たというのに、傷一つ負っていない。

 自信たっぷりな言動には相応の根拠があるのだろう。


「それは頼もしいですね」


 ローズにしても旅をするならば腕の立つ仲間がほしい。

 エイベルは似た者同士だし、誠実そうな人柄だしと言うことはなかった。

 二人は示しあって南の方角を目指す。



 それから月日は流れ。


「俺があやしておくから、君は仮眠を取るといい。三時間は眠らないとな」


「ありがとう、あなた」


 赤ん坊が生まれた二人は世話に追われていた。

 周囲はどこかの貴族が駆け落ちでもしたのだろうと思いながら、あたたかく受け入れてくれた。

 エイベルは元国王でありながら、意外と家庭的な仕事をいとわない男だった。

 妻にかわって赤ん坊をあやしたり、一緒に昼寝をする。

 妻が病気で寝込んだ時は料理を作り、病院食を作り、一人で赤ん坊の世話をこなすという育児男ぶりだ。

 

(私って意外と夫を見る目があったのね)


 ローズはひそかに自画自賛せずにはいられなかった。

 時々自分がいなくてもエイベルはなにも困らないのでは……と不安に駆られることもあったが。


「朝起きてローズと息子の顔を見られる。最高のぜいたくだな。毎日ありがとうローズ」


「こちらこそありがとうエイベル」


 それもエイベルが吹き飛ばしてくれる。


「ローズは笑った顔も美しいが、赤ん坊をあやす顔も素敵だな。料理をしている姿も絵になる。俺の自慢の宝物だ。俺は世界一の幸せ者だな」


 毎日のように口説き文句を言ってくるのは少しだけ恥ずかしかったが。

 ローズとエイベルの夫婦はおだやかに暮らしていく。

 つつましく時おり喧嘩もするが、笑いが絶えない毎日が続いた。


「日常という言葉が幸せと笑顔に満ちているとは思わなかったよ、ローズ」


「私も朝起きるのが楽しみで、夜眠るのが少し切ない日が来るとは思いませんでしたよ、あなた」


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― 新着の感想 ―
[一言] 安易なザマァに走らず、ただ幸せになるのが最高。
[良い点] いい話だ。最近の小説は寝取られとか嫌な気分になるのが多い中。仕事で嫌な気分を癒してくれます。
[一言] 2人とも幸せになれてよかったです。 最高の復讐は幸せになることだと言われてますしね。 将来、それぞれの祖国が困って2人に泣きついてこないといいなと思います。
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