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熟練無双のペインハンマー  作者: とげむし
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一夜明けて


 一晩明け、自分の部屋から廊下に出た途端酒の匂いがしてきた。階段を降り食堂へ出ると、さらにむわりとした空気が流れている。食堂の机には酒瓶を持ったままうつ伏せになっている人も多数おり、死屍累々といった様相だ。そんなダメ人間ぶりを見せつけてくる探索者達を避け、空いている机へと座る。すると普段とは違う、見たことの無い女性店員が朝食を持ってきてくれた。


「あれ、いつもの店員さんじゃないね」


「姉さん達は今は寝てるのよ。探索者が一晩中飲んでたもんだからね」


「へぇ、そうなのか」


 どうやら宿屋の姉妹らしい。確かに良く見れば年長の女性に顔立ちが似ている。そんな事を思いつつ出されたパンをスープに浸し、サラダを食べながら周囲を見渡す。一晩中飲んでいたと言っていたが、だからこの有様なのかと納得する。ノゾム自体はエールを二杯飲んで食事を摂ったら早々に引き上げたのだが、食堂に現在も居る彼らは朝までコースだったらしい。確かに現金が入りはしたが、その使い方がかなり刹那的ではないだろうか、と思わなくもない。


 そんな事を考えつつ朝食を終え、いつもの採取護衛に出かけると、街のあちこちの飲食店では同じように探索者達が突っ伏して寝ていたり、まだ飲んですらいる者も見かけた。まだ飲んでいる者に関してはどうやってそのアルコールが消費されているのかと言いたくなる程酒瓶やジョッキを積み上げていて恐ろしいものを感じる。ウワバミどころの話ではない。ザルに酒を流しているようなものだ。


 朝からそんな光景を見せつけられつつ探索者ギルドへ入ると、いつも通り子供達と、木札の探索者達が待機していた。だが子供達は手に色々と串焼きを持っており、探索者達の中には若干顔色の悪い者が居たりする。子供達の串焼きは貰い物だ。飲んで潰れた探索者の残り物や、まだ飲んでいる探索者からのおすそ分けである。顔色の悪い探索者については昨夜の宴会に巻き込まれた、まだ世渡りに慣れていない若い探索者が勧められた酒を避けきれずに飲みすぎた結果である。これを良い勉強として今後は上手い絡み酒の躱し方などを覚える事だろう。


 彼らの将来に思いを馳せつつノゾムも受付を行い採取へと向かう。何事も無くいつもの採取場所へ到着し、子供達の護衛をしっかりこなし、日が中天を差す所でテレスガの街へと帰還する。昼になると顔色の悪かった探索者達も大分良くなり、午後からはしっかりと仕事がこなせそうであった。


 いつも通りの護衛を終えて探索者ギルドへ戻ると、ノゾムの事をガッザムが待っていた。いつも通りつまらなそうな顔でカウンターに肘をつき出入り口を眺めていたガッザムが、ノゾムに気付くとノゾムへ向けて手招きをする。その手招きが非常に似合わない面構えと体躯に何事だと思いながら近寄ると、いきなり手を前に出してきた。


「木札出せ」


「……あっ、ギルド証の木札か」


「他に木札があんのか?」


「唐突すぎんだよ。もっとちゃんと言えや」


 あまりに唐突でぶっきらぼうすぎるガッザムに文句を言いつつノゾムが差し出された手に木札を乗せると、入れ替わりに金属の札を差し出してきた。光沢の無いその金属札にはノゾムの名前が刻まれている。


「なんだこれは」


「鉛札だ。今日からお前は鉛級の探索者だ」


「あぁ、言ってた昇級か」


 ガッザムの言葉に納得しつつ受け取った鉛札をしまう。鉛と聞くと鉛中毒を発想してしまうが、鉛自体は通常の食物に含まれているもので、通常摂取する分量くらいでは問題は無い。多量に摂取する方法も直接摂取するか鉛の溶けた水を飲んだり、鉛中毒の動物でも食べない限りは問題が無い物質である。


 そんな事を考えつつとりあえず昇級を認識する。これで何かできるようになったのかと言われると、依頼が受けられるようになったくらいである。木札はまだ採取護衛以外の依頼は受けられないが、鉛以上になるとギルドに依頼される仕事が受けられるようになり、収入源の幅が広がる。だがまだまだ、鉛の探索者が受けられる依頼は誰でも出来るような依頼である。野生動物の駆除だったり荷運びだったりと、別に探索者じゃなくても出来る、けれど安全を期して探索者に依頼しよう。そういった依頼が主なものとなる。


 そういった依頼を受けられるが、今はまだいいか、とノゾムは考えた。現状現金はゴブリンの発見と討伐でかなり持っているのだ。急いで受けなければいけない事情も無いし、まだ慌てるような状態じゃない。暫くはゆっくり依頼を吟味してみようと思っていた。今はとりあえず、持っている金で身の回りを少し充実させようと考える。


 ノゾムは鉛札を受け取って今日の採取護衛の報酬を受け取ると、そのままギルドを出て武器を購入した鍛冶屋へと向かった。自分で確認などはしているが、現在使用している大鎚を一度ちゃんとした鍛冶屋に見てもらおうと思ったのだ。毎日野生動物を狩るし、昨夜はゴブリンを多数相手にした。大鎚なので斬れ味が鈍くなるとかそういう方向での心配は無いが、結構ハードに使っている。なのでこの大鎚を購入した鍛冶屋へと足を運んだ。


 店の中は相変わらず金属の匂いに塗れ、カウンターでは大鎚を購入した時の店員が座っていた。店員はノゾムに気付くとカウンターの席を立ち、表に出てくる。


「やぁ、どうも。武器の点検かな」


「あぁ。結構使ってるから見てもらえると助かる」


 にこやかに声をかけてきた店員に背負った大鎚をそのまま渡す。大鎚を受け取った店員はそのまま大鎚を水平に寝かせたりヘッド部分を見たりと、点検をしてくれている。カウンターから寸法を測るような板も取り出して柄に当てたりと、意外と点検部分は多いようだ。一通り店員が確認をすると、ノゾムへと大鎚を返す。


「うん、大丈夫。歪んだりもしてないから問題ないよ」


「そっか。ありがとう」


 店員の言葉に一つ頷くと、ノゾムは返却された大鎚を背負い直す。その様子を眺めていた店員は、そうだ、と一つ呟いてからノゾムの姿を確認した。


「君、鎧とかつけてないけれど普段からそれで依頼に行っているのかい?」


「ん、そうだけど。なにかまずいか?」


「んー。まずいっていうか、普通の服だよねそれ。せめて胸当てくらいはあった方がいいんじゃないかな」


「まぁ……確かに」


 言われてみて納得する。確かに普通の服で狩りに出かけているが、今まで何も問題無かったので普通の服のままだ。探索者ギルドに所属している人間はほぼ全員、何らかの鎧を装着している。見た目の意味でも、普通の服のままだとまずいかもしれないと思った。


「革鎧くらいは装備した方がいいよ。何なら今から採寸して調整するけど、買っていかないかい」


「……そうだな。頼むわ」


 店員の言葉に促されるまま革鎧を購入する事に決める。店員は手際よくメジャーでノゾムの寸法を測り、壁にかけられていた革鎧の一つ、胸当てとショルダーガードのついた簡素に見えるものに手を入れていく。そうして、ノゾムの胸元に鎧を当てて一つ頷くとそれを手渡してきた。


「着てみて。服の上から被るように着るんだ」


「分かった」


 言われた通りに上から被るように身につけると、店員が腰の部分で若干余った革を締め付けてくれる。これで調整は完了という事だ。


「グリーンウルフの革を樹脂と獣脂の混合油で煮込んで固くしたものを重ねてある。多少の矢くらいなら通さないようになってるけど、動きは阻害されない?」


「……うん、大丈夫みたいだ」


「それは良かった。まだ身体が小さいから、装備できるとしてもそのレザーアーマーくらいかなと思ったんだ」


 身体を動かしてみても特に動きが阻害される事も無く、また重くて動きにくいなどの問題も無い。一応実用的にも矢を通さないくらいの強度はあるという事なので、ノゾムはこれを買う事にした。


「それで、いくら?」


「一万テリスでいいよ」


「よし買った」


「毎度どうもー」


 ほぼ一日の宿代と同じ金額にお得感を感じてそのまま購入する。お金を受け取った店員がそのままポケットにお金をしまうのを確認してから、ノゾムは店員へと話しかけた。


「これでとりあえず見た目も防御も問題ないな。他に何か手を加えた方がいい事ってあるか?」


「うーん、そうだねぇ。鎧も武器もあって、一応鞄も今背負ってるのがあるんだよね」


「あぁ。麻袋だけど、問題ない?」


「麻袋は丈夫だからね、問題ないと思うよ。後は……仲間とか?」


 その言葉にうっと呻く。実は以前から少し考えていた事ではあるが、一人でひたすら採取護衛をしたり狩りに出かけたりというのが、若干寂しかった事があるのだ。採取護衛に出てくる探索者のほとんどが早い内から仲間を組んでいる事実がある。それに一人でなんでも出来るなどと考えているつもりもないので、確かに仲間が欲しいのは事実だ。事実なのだが……。


「……今の状態の俺に、仲間が出来そうか?」


「難しいだろうね。まず見た目が子供だし、腕っ節で集めるって方法もあるにはあるけれど、やっぱり見た目が幼くて腕っ節が自分より強いってなると、人は避けるだろうね」


「だよな……」


 店員の言葉にぐうの音も出ず納得する。現在のナリで探索者で仲間を探していると言われても、子供が何か言っているとしか受け取られかねない。それに、現在既に出来ているパーティなどに加入するのも中々精神的なハードルが高い。けれど仲間は欲しい。どうするべきか……と考えていると、店員が冗談ぽく言ってきた。


「お金があるなら奴隷を買うっていうのもあるけれど、それもねぇ」


「……それだ!」


 奴隷という言葉に、ノゾムの頭が閃いた。

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