瘴気と凱旋と
モンスターを倒してはい、終わり。とは行かないのが現実の討伐である。今回倒したゴブリンの数は合計で500にも届こうという数。その死体の数もそれ相応にある。その死体をどう処理するかと言えば、素材を剥ぎ取って焼却処分である。
討伐隊の人数も300程度。数は十分なので手の空いた者から次々とゴブリンの死体から素材を剥ぎ取っていく。額に生えた角と胸の中、心臓部の横に存在する魔石。そしてゴブリン達が獲物にしていた金属製の蛮刀である。蛮刀を持っていたのは基本的にゴブリンジェネラル以上であり、通常のゴブリンは石斧や棍棒を持っていた為それほど数は無いが、一応金属である蛮刀はそのまま鍛冶屋に売ったりして再利用である。
ノゾムも他の者と同じくゴブリンの死体から素材を剥ぎ取っていく。剥ぎ取った素材はそのまま自分の手荷物として持っていかず、ギルドから借り受けた鞄を持っている人に渡して保管して貰うのである。
今回の為に探索者ギルドが貸し出したのは通信の魔球だけではなく、共有の鞄というアイテムもある。その名の通り鞄の中身が共有されるアイテムとなるが、この共有機能は探索者ギルドの倉庫へと繋がっている。鞄に放り込めば直接探索者ギルドの倉庫へ送られる。今回貸出された鞄は送信専用、倉庫へ送る事だけが可能となっているが、本来は受信、受け取りも可能なアイテムだ。その製法と製作する技量を持つ者の貴重さから一般には普及していないが、とてつもなく便利なアイテムである。
そうして倉庫に送られた素材はギルドの鑑定係が総出で鑑定し、金額を計算する事になっている。金額を騎士団も含めた人数で頭割りして後日報酬として分配する手はずになっている。
ちなみにこの共有の鞄、大商家と呼ばれる所には僅かながら所有している家もあるが、所有している商家は例に漏れずその運搬能力によって国からも重宝されている。共有の鞄を所有するという事は、大商人のステータスの一つなのだ。
そうして素材の剥ぎ取りが終わった後は、形成された集落の破壊が始まる。ゴブリン達が建てた掘っ立て小屋を取り壊し、その材料となっている木を集めて燃やしていく。同時にゴブリンの死体もそこへ放り投げて一度に燃やす。
ゴブリンの死体は放っておくと、今回の場合ゾンビになって蘇る。通常であれば放置していても問題は無いのだが、今回は放置するには問題があるらしい。その事に疑問を抱いたノゾムはガッザムに聞いて教えてもらった。
「今回の討伐は数が数だ。三桁の魔物を殺したこの場所には瘴気が溜まっている。生き物は殺された時多少の瘴気を放つが、ゴブリン程度の知能を持った魔物だと放つ瘴気の量も増える。その上数が多いと瘴気溜まりが出来る。そこへ死体を放置すれば、一日二日で瘴気の影響で死体がゾンビになって彷徨う事になるからな」
「なるほど。だから動かないように燃やす、と」
「それと瘴気払いだな。炎には元々浄化作用がある。聖職者の放つ浄化魔法や神聖属性の魔法ほどじゃないが、炎だけでも瘴気は払う事は出来る。今回は材木と死体を燃やしてるから、盛大に炎が上がってるだろ。あれだけでも普通の瘴気溜まりは解消される。これより規模の大きい討伐戦だと、聖職者や神聖属性を扱える魔法使いを同行させて瘴気の浄化をする必要があるな」
「大量に魔物を倒すのも大変なもんだな」
ガッザムの言葉に頷きながら燃え盛る炎を眺める。ゴブリンの死体も一緒に燃やしているとあって肉の焼ける匂いが若干鼻につくが、煌々と燃え上がる炎は夜空に良く映えていた。
やがて燃える物を全て燃やした炎は点火した時と同様に魔法によって消し止められる。必要以上の炎を立てて森に火を放つ訳にもいかないのだ。炭化した木材やら何やらを今度は土の魔法で地面へと埋めていく。これで作業は終わりだ。
「今後は、定期的な巡回が必要だな」
「騎士団でも巡回のスケジュールを組みます。探索者ギルドと交代で巡回する事になれば再びここで魔物が繁殖する抑止になるでしょう」
全ての作業が終わったのを確認したガッザムが呟くと、騎士団の隊長が同意する。再び厄介な魔物が定着しないようにする必要があるので、巡回は定期的に行う事になる。
そういった事後の諸々については、街へと帰ってからだ。
「よし、それでは街へ引き上げるぞ! 怪我人は周囲の探索者や騎士団に無理せず補助して貰いながら帰還するように!」
ガッザムの号令で討伐隊が列をなして集落跡を離れる。夜間ではあるが各々がライトの魔法を使って照らされた森の中を歩いて行く。
今回の討伐隊の中で死人こそ出なかったものの、多少の怪我人は発生していた。とは言っても酷い怪我で片足を骨折した程度で、それ以上の重傷者は居ない。討伐隊以外では、虜囚となっていた者が一番の重傷者だった。助かった虜囚は全部で7人。全てが女性だ。この女性達は全員が未帰還パーティーのメンバーだった。男の生き残りは存在していない。
ゴブリンの性質上、虜囚となった状態で男が生き残るのは基本的に無理だ。すぐに餌とされる。女性は生殖の為に生かしておいて、ひたすら子を生ませるのがゴブリンである。この特徴は他のゴブリンと同等に厄介な魔物とされるコボルトやオークも共通している。奴らは女性を苗床として同族を増やし、男は餌として食い殺す。それがゴブリン達のような集団を成して活動を行う魔物の特徴であった。
その被害に遭った女性達も今回の討伐では助ける事が出来たので連れて帰っている。食い殺された男性達は、遺品として装備品が残っていたのでそれを持ち帰った。後で遺族か身元の引受人が居ない場合は集合墓地にて弔われる。それがギルドの仕事だ。その手続きも帰還した翌日以降行われる事になっている。
ともかく、ゴブリンの討伐隊は全員無事にテレスガの街へと帰還する事が出来た。
時刻は既に夜中となろう頃ではあるが、事情を知る街の住人、特に飲食店の類は全て開いており店の前で客を待ちわびている。騎士団は一旦宿舎へ戻る事となるが、探索者達は街へ入るとそのまま解散となる。報酬の類は翌日以降の引き渡しだ。
ノゾムもバラバラに解散する探索者の波に乗っていつもの宿屋へと戻り、その入口でいつもの店員の女性達に迎えられる。
「お帰りお客さん。討伐は無事成功って事ね」
「そういう事だ。晩飯、肉と魚両方とスープパン多めで。あとエールも大至急」
「あいよー!」
ノゾムがオーダーすると女性店員は慌てて店の中へと入っていく。ノゾムの後にも続々と探索者達が戻ってきて、あっという間に宿屋の食堂は一杯になった。
既に夜中近くとあって運動したからかノゾムの腹は目一杯空いている。店員がオーダー通りに肉と魚、スープにパンとサラダにエールを持ってくると、まずはエールを一気飲みしてから肉に食いつきながらパンを貪る。
「すんませーん! エールおかわり!」
「あいよー!」
エールのおかわりを頼んでそのまま魚も食べつつスープを飲む。スープの塩分が疲れた身体に染み渡るのを感じつつ欲望のままに食事を貪った。
そうしてノゾムが食事を摂っていると、宿屋の入り口から団体で女性が入ってくる。どの女性も紅をつけ艶やかな、肩口が大きく開いたこの世界では扇情的とも言える服装で店内へと入ってきて、香水の良い匂いをさせながら店内をしなり、しなりとゆっくり歩く。
そんな女性達にノゾムと同じように食事を貪っていた探索者達が次々に声をかけて、食事に同席させる。その様を見てあぁなるほど、とノゾムは口をモゴモゴさせながら頷いた。
女性達は娼婦なのだ。今回のゴブリン討伐戦という比較的大きな戦いがあった為、その猛りを鎮めたい男達に買われる為に、彼女達は宿へとやって来たのだ。確かに三桁の探索者が今回の戦闘には参加していた。その探索者達に売り込むには絶好の機会だろう。普段は宿には現れないもの、もしかしたら裏で取り決めがあったりするのかな、などと思いつつ肉を食べ、パンにガブリと齧り付く。そこへエールのおかわりを持ってきた店員がやってきて、エールを置いてノゾムへと告げた。
「アンタも別に買ってもいいけど。何ならあたしから声かけておくよ?」
「いや、別に買わないし。ていうかそういう欲求まだ薄いもんでね」
「まぁそうだろうね。見てくれはまだ小僧だからねアンタは」
そう言って店員は笑みを浮かべて去っていき、ノゾムはやれやれとおかわりのエールをまた一気に飲み干すのだった。
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