討伐と掃討と
夜襲作戦決行時。まずは魔法による先制攻撃を行ってから、各部隊の突撃という事になった。魔法部隊は先制攻撃を行った後は後方支援を担当する。怪我人の治療や、予定されている虜囚となっている人間の治療だ。集団戦の場合、どの程度の規模かによるがまずは魔法で一当て、というのが現代の常識になっている。その後兵が突撃する訳だ。
今回もそのセオリーに漏れず、というか閉所の森の中、という条件があるだけに余計に魔法での攻撃がしずらい面がある。戦場の華とも言える炎系統の魔法が、火事等の危険から使用しずらいからだ。また他の系統の魔法でも、結局魔法は飛び道具。範囲を絞って攻撃に活用したとしても、集団の網目の縫って当てなければならない為、個人の技量が問われる。
これが探索者のパーティー程度の、4人から6人といった数でなら魔法使いの活躍の場も相当に出てくるのだが、今回は三桁の人数による閉所での集団戦だ。その網目を縫うというのは中々に無理がある。
なので魔法師団は最初の一当て以降は後方支援に徹する事になった。
ゴブリン討伐部隊はじりじりと慎重に集落へと近づき、ついに視界に集落全体を捉える位置まで潜むことに成功する。集落の中は中央の広場、と思われる場所に火が立っている事を除けば静かなものだ。その火の近くではゴブリンが思い思いに過ごしている。どうやら食事中らしく、思い思いの獲物を齧っている姿がある。
その集団の中に、ポツポツと周囲のゴブリンよりも二回りは大きいゴブリンが散見される。姿形はゴブリンだが、大きさは人並みだ。そのゴブリンを確認した騎士団の隊長が小声で情報を共有する。
「ゴブリンジェネラル、兵を率いる将兵だ。やはり数が増えるとジェネラルも出現するか」
「ある程度は予想通りだ。ジェネラルが居るなら当然、ゴブリンキングも居るだろう。……あの集団の中には見えないが、まぁいい。魔法師団、準備を始めろ」
ガッザムの言葉に魔法師団の面々が魔力を練り上げる。ノゾムは初めて見る攻撃魔法の類だが、興味自体はあるがあまりそちらに意識を集中してばかりもいられない。しっかりと集落に居るゴブリンの集団から目を離さずに居る。
魔法師団の練り上げた魔力が集落の頭上に音もなく大きな岩石を形成していく。その数は集落全体を覆う程ではないが、集団でたむろしているゴブリン達には確実に当たるだろう。
「準備完了しました。合図を」
「よし、それでは……撃て!」
ガッザムの声と同時に魔法師団が一斉に魔法を放つ。
『ロックフォール!!』
加速された大岩が、次々とゴブリンの集落へ落下する。中心のたむろしていた集団をメインにゴブリンがその大岩に下敷きにされていく。その様子を確認すると同時に、ガッザムが腰に下げた剣を掲げ大声で立ち上がる。
「いくぞ! ゴブリンを殲滅しろ!!」
『おおぉおおっ!!』
叫び声をあげながら突撃部隊が森から一塊になって集落へと押し寄せる。ゴブリン達は最初のロックフォールで混乱を来しており、まともな迎撃態勢など取れている訳がない。一気に集団から躍りかかられ、一方的な戦闘が始まった。
ノゾムも周囲と同じく中央でたむろしていたゴブリン達に躍りかかり、ゴブリン達をその大鎚で叩き潰す。一度大鎚を振るえば3体くらいを纏めて吹き飛ばし、その胴体を破壊していく。そうしてまずは中央のゴブリンを倒していると、周辺の家屋から次々とゴブリンが現れてきた。
恐らく夜の為家屋に引っ込んでいたのだろう、相当数のゴブリンとゴブリンジェネラルの小隊が現れる。小隊とは言っても連携も何もない、ただゴブリンジェネラルが普通のゴブリンを連れているだけ、という部隊ではあるが、それでも複数対複数の戦闘になった。
周辺の探索者と共に、ノゾムはゴブリンジェネラルの小隊へとつっかける。まずは一撃、大鎚を横になぎ払いゴブリンジェネラルの正面に立っていたゴブリンを潰す。そのままの勢いでゴブリンジェネラルに頭上からの一撃を振り下ろすと、ゴブリンジェネラルは手にしていた蛮刀と呼べるサイズの剣でその一撃を防いだ。
ガキンという金属音が鳴り響き、周囲に広がる。
「ちっ。防御するぐらいの技術はあるのか」
「グガァッ!」
ノゾムの言葉に応えるようにゴブリンジェネラルが蛮刀で攻撃を仕掛けてくる。それを左右に交わしながら、再び大鎚での一撃。これをバックステップで避けるとゴブリンジェネラルはノゾムと一旦距離を取る。
「なんだよ、とっととかかってこいや!」
「ガァアッ!」
お互いに吠え立てて攻撃を交わす。ノゾムの一撃はゴブリンジェネラルの蛮刀とかち合い、激しく火花を立てる。だが力勝負ならノゾムに負けは無い。かち合ったままの武器同士を押し込みながら、ノゾムが一気に振り払った。大きく振り払われた蛮刀に合わせ、ゴブリンジェネラルが仰け反る。そこへ、身体を回転させて勢いのままに、大鎚を胴体へと叩き込んだ。
鈍い音と共にゴブリンジェネラルの身体が揺らぎ、その身体を横倒しにする。倒れたゴブリンジェネラルは口から舌をだらしなく垂れ下げていた。そこへ、トドメとして頭へ大鎚を叩き込む。思い切り叩きつけられた大鎚はゴブリンジェネラルの頭を砕き、その血で地面を濡らす。
ジェネラルの相手が終わったノゾムは次の獲物へと再び突撃する。複数のゴブリンと、それを連れて暴れるジェネラル。その集団へと突撃し、小隊を壊滅させる。いくつかの小隊を壊滅させ、数の上でも作戦でも有利に立ったこの戦場に、一際大きな叫び声が響いた。
「ゴガアァァアアッ!!」
その叫び声の主はゴブリンジェネラルよりもさらに大きい、巨漢のガッザムよりも拳2つ分ほど大きな体躯としたゴブリンだった。手に持つ蛮刀もその身の丈に合わせて大きく、一振りする度に衝撃を撒き散らす。
あれがゴブリンキングか。見た目だけでも誰がゴブリンの王なのかすぐに分かる。周囲の取り巻きをしているゴブリンジェネラルが子供に見えるほどの存在感だった。
一瞬、ほんの一瞬だけ戦場の空気が重苦しくなったが、そんな空気をぶち壊す人間が現れた。
「さて、ゴブリンキング。ようやく出てきやがったな」
探索者ギルドの長、ガッザムだ。彼はいつも通りのムッツリとした表情のまま、戦場の中を悠々と歩く。まるで周囲にゴブリンキングとガッザム以外居ないかのように歩きながら、ゴブリンキングの取り巻きをしているゴブリンジェネラルを殺していく。視線すら向けず、ただの剣の一振りでガッザムの周囲のゴブリンジェネラルは次々倒れていく。
やがて、ゴブリンキングのその間合いに入った時、ゴブリンキングが蛮刀を翻しガッザムへと仕掛ける。その一刀を、ほんの少し横にずれただけでガッザムが躱す。それと同時に、ガッザムの手がぶれた。
次の瞬間。スッパリと斬れたゴブリンキングの首が、地面へと落ちる。
「……は?」
思わずノゾムは声をあげる。捉えられない速度、正確な狙い、鋭い斬れ味。全てでもって、ただの一撃で、強い存在感を放っていたゴブリンキングは、地面へとその巨体を倒れさせた。
それと同時に、ガッザムが声を張り上げる。
「ゴブリンキングは仕留めた! 後は掃討戦だ! 一匹残らず始末しろ!!」
『おおおおおおっ!!』
ゴブリンキングが仕留められたのと同時に、生き残ったゴブリン達がその場から逃げ出そうとする。それを追撃し、掃討する。一匹残らず殺し尽くす。それが、今の探索者の仕事だ。
ノゾムも掃討に加わりつつ、ガッザムへと近づいて声をかける。
「なんだ今のは。あんた、どんだけの腕してんだよ」
「こんぐらい出来て当たり前だ。探索者ギルドの長なんだからな」
ノゾムの言葉に相変わらずムッツリした顔でガッザムが応える。その間もノゾムはゴブリンの頭をかち割り、ガッザムが真っ二つにしていく。
「それに俺のメインウェポンは槍だ。剣技なんざ予備よ、予備」
「全く、マジかよ。探索者ギルドの長ってのは、そんな化け物だらけなのか?」
「まぁ、多分な。テレスガは特に大森林が近いから余計に力を求められる。そういう街も他にいくつかある」
「なんで多分なんだよ」
「そりゃおめぇ、めんどくさいから他の街の事なんてそんな気にした事ねぇからな」
飄々と応えるガッザムの言葉に一つため息をついて、ゴブリンに大鎚を叩きつける。その一撃で見事に頭をかち割られたゴブリンが倒れ、周囲に生きているゴブリンが居なくなる。
集落を見渡してみれば、その場に生きているゴブリンは既に虫の息。誰かがトドメをし損なっただけの、死に体のゴブリンしか居なくなっていた。
周囲に散らばるゴブリンの死体と、その血の匂いにむわりと空気が重く感じるが、それと同時に達成感が周辺を包み込む。その様子を確認したガッザムが、剣を振り上げた。
「俺達の勝利だ! 勝ち鬨を上げろぉ!!」
『おおおぉぉおおっ!!』
こうして、ゴブリン討伐戦は騎士団・探索者の混成部隊の圧倒的勝利という形で幕を閉じた。
探索者ギルドっていうのがどういうものか、その一端が見えたらいいなぁ
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