濁った瞳
初投稿です。
少年はその少女が好きだった。
少女はいつも窓の外を見ていた。
その瞳は心底つまらないものを見るような、どろんと濁ったコールタールのような目だった。
「何を見ているの?」と、少年が少女に問いかけると、少女は決まって、「世界を呪っているの」と答えた。
そんな少女は病気だった。
少女にとっては、自分の部屋と、窓から見える景色だけが世界だった。
動かない身体で、死人のように暮らしながら、少女は窓から見られる範囲だけの限られた世界を呪いつづけていた。
ある朝。
少年がいつものように、少女の下を訪れると、少女の身体は冷たく、固くなっていた。
いつものように、ベッドの上に横たわりながら、誰にも看取られること無く、死人のような少女は本当の死人になっていた。
その姿はあまりにいつも通りで、あまりに普通すぎて……少年は泣けなかった。
泣くこともできずに、ただ、少年は少女を見ていた。
そして、昔、彼女が言っていた言葉を思い出していた。
「わたし、この世界を呪いながら、楽しく楽しく生きて、最後は海の見えるところで死にたいわ」
そんなことを少女は言っていた。
少年は真っ白なシーツに彼女を頭まですっぽりと包むと、それを抱えて少女の家を出た。
父親の持っている車の助手席に少女を乗せると、少年はアクセルを踏み込んだ。
少女に海を見せてあげよう。
少女に世界を見せてあげよう。
この世界のすべてを呪わせてあげよう。
ぼくの中で、少女は思い出となって生き続けているから。
海の見える綺麗な丘の上で、ぼくの中の彼女の思い出を殺してあげよう。
助手席の少女は、包まれた白いシーツの中でいつもどおりに死んでいる。
彼女の思い出を殺し、ぼくが代わりに、この世界を呪いながら楽しく楽しく生きていこう。
そう思い、少年は海までの2,000kmの道のりをひたすら進んでいった。
しかし、その想いは果たされることは無かった。
少年が少女をちらりと見たそのとき。向かいから来たダンプに車は撥ねられてしまった。
車はガードレールを突き破り、木にぶつかって、二人は死んだ。
少年が最後に見たのは、シーツからはみ出た少女の死に顔だった。
その顔はぐずぐずに腐り、もうどこにも少女の面影は無かった。
唯一、彼女の瞳だけは、どろんと濁ったままだった。
少年はそれを見ながら、
ああ、彼女はもう死んだんだ、
と思った。
筋肉少女帯の曲を聴きながら、指から出任せで書いたものです。
感想などありましたら宜しくお願いします。