7◆有村未央
鳴海さんの話を聞いたのは1年の時。
同じクラスだったけれど、彼女は入学時から大人っぽくて、昨日まで中学生だったみたいな私たちとは明らかに違った。 私服で会ったら、学生だなんて分からないと思うほど。 入学式のその日からしっかりとメイクをしていたし、毛先はクルンと巻かれていた。
何百人もいる生徒の中で一際目立つ存在だった。
授業をサボるとか、揉め事をおこすとかいう事はなく、成績も悪い方ではなく、先生にはもっぱら服装のことだけを注意されていたみたいだった。 それでも反抗するとか言い返すこともなく、『気を付けまーす』とかわいい声で謝ったりするので、先生たちも軽い注意で見逃していたようだ。 そもそも公立高なのでそんなに規則は厳しくない。
そんなある日。
「今月、まだ来ないのー」
「茉莉、ヤバいんじゃないのー?」
教室には鳴海さんのグループの子達と離れた席で日直の日誌を書いていた私しかいなかった。
女の子が『今月来なくて』心配するものなんて、そうはない。 なにかと疎い私にもその位はわかる。
彼女たちが私がいるにも関わらずそんな話を大きな声で出来るということは、その手の話がいつも当たり前に行われているというわけで……
早く書いて帰ろう……そう思って字が乱雑になるのも構わずにさっさと書いていると、ひとりの子がとんでもないことを言い出した。
「でも、茉莉ー。できちゃってたらどうすんの?」
「う~ん。彼氏もお金ないとかっていってるからなー」
「あ、おねーちゃんが良いバイトあるって言ってたよ」
「なに、なにー!?」
「なんか、おじさんとご飯食べたり遊んだりすっと、おこづかい貰えるんだって」
「えー!キモッ!それってえっちもありなんじゃないの~?」
「その時はバイト代もはね上がるんでしょー?お金いるときは紹介するよー?」
「ははっ!そん時はよろしく~!」
私は書き終えた日誌を持って教室を出た。
ドキドキしていた。 違う世界の話だって思ってたことがこんなところにあった。 少し震える手をどうにもできないまま、職員室に走って行った。
鳴海さんは、その後しばらくして学校を何日か休んだ。 あの時一緒に話をしていた鳴海さんの友達が影で「茉莉、堕ろしたってー」「だってねー」と、話しているのを聞いてしまった。
出てきた時にはいつもとあまり変わらなかったけれど、その頃を境に持ち物があまり詳しくない私にも分かる、高級ブランド品になったりして。 噂話をきいてしまった私は、あぁ、鳴海さんは、そういうお仕事をしているのかと、顔を見られなくなってしまった。
自分と同じ歳の女の子が、毎日顔を合わせている子がそんなことしてるなんて。
正直、軽蔑とかそういう感情ではなかった。 あまりに違う世界の話すぎて、自分と同じ制服を着た人の話だと頭が上手く処理できていなかったのかもしれない。
でもそれも日が経つと薄れた。 だって鳴海さんは何も変わらなかったから。 今までと同じ、きれいで可愛くて、大人っぽいクラスの人。 だからそのうち、忘れてしまった。 その日までは。
「ねぇ、有村さん?」
「どうしたの」
「あのねー、お願いがあって」
「なにー?」
かわいい女の子ににっこりお願いをされて、イヤな気持ちになる人はあんまりいない。 鳴海さんに話しかけられて私はさぞ嬉しそうな顔をしていただろう。
「あたしの知り合いの人と、デートしてくんないかなーと思って」
「……なに……それ? 」
「ちょっとご飯食べたり、映画見たりして遊んであげて欲しいの!モチロン、バイト代もでるしー。その人、有村さんみたいな清楚な子がいいんだって~」
そして声を潜めてこう言った。
「それでぇ、もし有村さんがその人を気に入って……そうゆう、えっちなコト?その人としてもいいよってことになると、バイト代いっぱい貰えるって言われたんだけど……どう?有村さんが初めてだったらお小遣いチョー弾むって」
「…………」
手足が震える。 もしかしなくても、私は今いわゆる売春のスカウトを受けているんだ。 しかも、同級生から。 誰だかわからない人に、体を売ってはいかがかと。
「……あああああたしは、無理っ!ごめんっ!」
「ははっ。そうだよねー。ごめんねー、びっくりさせちゃってー。あ、分かってると思うけど、この事は内緒にしてね」
じゃーねー!と、マックに寄って行くのを断られた位のさりげなさで、鳴海さんは帰って行った。
私は震える手を押さえ付け、すくむ足をどうすることも出来ず立ち尽くしていた。 誰かに言えるはずない。 彼女がしていること。 そして、その行為を行う者に選ばれた自分の事。 鳴海さんの目には、私がそれを抵抗なく引き受ける様に映っていたのだろうか。
でもこの時、怖れることなく怯むことなく恥じることなく誰かに打ち明けていたのなら。 いまになってこんなに苦しまなくて良かったんだ。
鳴海さんが先生の視界に入る前に、この事が先生の耳に入っていれば。 もしかしたら先生は彼女のことを気にすることもなかったかもしれないし、例え好きになったとしても、それは何があっても彼女を好きだという、覚悟の上での気持ちだ。
「知らなかった」と「知っていた」では全く違う。 何もかも、私のミスだ。
区切りの問題で今日は少な目でした。
ご覧いただいてありがとうございます。
明日も23時頃更新します。
うえの