6◆有村未央
クラスごとに生徒を乗せたバスは、山を目指す。 私たちは山の麓の宿泊施設で合宿をする。 1日目は登山、キャンプファイヤー。2日目は、近くの遺跡を散策、と現役高校生にはあまり魅力の無い内容で。
そもそも私は、友達が多い方ではなく、いつも決まった2人位の子達とひっそり日々を生きているので、山だキャンプだ、テンション上がってたのしー!みたいなのも、あんまりない。 ほとんどない。
今日も、中学の時から仲良しの内藤 結子ちゃんと、一年から一緒の佐竹 汐里ちゃんとバスに乗り込んだ………3人ってことは、1人余るのは当然です。 そして、ひとつ残った席には、男の子が座っていて……
「ありちゃん、ホントにいいの?」
「うん。じゃんけん負けたし」
申し訳なさそうに、ふたりが並んで座るけど、それより緊張で落ち着かない。
彼は確か、中村くん。 去年も3年生だった。 なんか、話すことあるかな……とりあえず、自己紹介かな?
「ここ、座るね。私、有村 未央、ヨロシクね」
「………」
えーっと。 とりあえず歓迎はされていないけど、まぁ、いいや。 中村くんは、私の方を見もせずに、ケータイをいじっている。 あれはiphoneさんか。 新しいやつだ。
中村くんからすれば、私なんかガキなんだろうな。 身長も大きいし実際年上だし。 そしたら、先生からみれば私なんて……赤ちゃん! はっ!まさか虫ケラ? うはぁ、悲しくなってきた。
そういえば中村くん、ひとりで座ってるのに誰も話しかけてこないな……中村くんも寂しくなることあるのかな?
「iphoneばっか見て、車酔いしないの?」
「……」
「私、エチケット袋持ってるから遠慮なく言ってね?」
「……」
「あ、アメ食べる?」
「……」
「ところで、メールの相手、彼女?」
「……うっせーな!お前、さっきからなんなんだよ?」
中村くんが急に大きい声をあげた。 回りも何が起きたかと様子をうかがっている。 でも、私はそれどころじゃなくて。
「……わ」
「なんだよ」
「口、聞いてくれた……」
ずっと無視され続けるかと思ったから嬉しい方が勝った。 誰かになにかを伝えたいって気持ちがあせることを今日はじめて知った気がする。
「は?」
「あのね今ちょっと考えごとしてたら悲しくなっちゃってそしたら中村くん……あ、なれなれしい?なれなれしいかないいよね?中村くんも少し寂しそうに見えちゃってあーこの人仲間だ!とか思っちゃって、あ私、普段こんなしゃべるキャラじゃないから、なんかあれどうしよう、あー……」
「…お前、テンパってんの?」
私はいっぱいいっぱいでコクコクうなづく。 気持ちの先走るのにもはや口がついていかない。
「……」
中村くんが。ガタガタ揺れだす。
「……く、くくっ」
「へ?」
「はははっ!お前、面白いなぁ!なんだっけ名前?!」
「あ……有村未央。友達はありちゃんって呼んでくれます!」
中村くんが涙も流さんばかりの勢いで背中をバシバシ叩く。 私は前のめりになりながらも必死で答えた。
「ありちゃん!ありちゃんヨロシクね!あ、メールの相手は彼女!3月に俺置いて卒業しちゃってさぁ。でもすっげえかわいい。見る?写真」
「うん!見る、見る!」
ふたりできゃっきゃとディスプレイを覗いていると、後ろや横の席からためらいがちに、お菓子の箱を出された。
「あの~、良かったら食べる?」
私はにっこり笑って中村くんを見た。 中村くんも、笑って、「さんきゅ!」と、手を出した。
最初の30分は長かったけど、写メからの1時間は早く過ぎて、いつまでもバスに乗っていたいくらいだった。 先生は一番前で、たまに振り向いてくれた時顔が見えるだけだったけど。 でも、同じ空気の中にいられて、うれしい。
だいたい私はどんくさい。 体育は苦手だし、体力も根性もない。 恐らく運動神経はお母さんのお腹のなかにおいてきたんだと思う。 その上打たれ弱い。
つまり、己との戦いになるような山登りなんて、敵! 山ガールを志すものの気持ちが理解できない、信じられない。
などと、この団体行動で言えるほどの度胸さえ持ち合わせていないわけで……
「はぁっ…はぁっ…」
上がる息も抑えられず、ヒーヒー言いながら山を登って行く。 普段滅多にかかない汗がからだの中で急激に作られた熱を一気に押し出す。 顎から滴り落ちてももう構っていられない。
「……ありちゃん、そのはぁはぁ、なんか、ヤらしい。」
「それは……中村くんが……邪な……心で……聞いてるから…
…だと思いま……す」
「ありちゃん、死ぬの?ちょっと、体力なさすぎ!」
実はおとなしそうに見えて、結子ちゃんも汐里ちゃんも運動部。 私のペースだとかえって疲れてしまうので先に行ってもらった。 だから私はほぼ最後尾をひとりぽつんと登っているような状態で。 そこへ中村くんが、来てくれたんだけど、いきなりヤらしいとか言われた……
「中村くんも……自分のペースで……登って……ね。疲れちゃう……から……」
「おぉー、でも心配だからさぁ」
「中村、いいとこあるなー」
……こ、この声は……!
「あ、慶ちゃん先生!有村さん、体力なさすぎ!何とかしてぇ!」
中村、先生の前で余計なコト言うな!
「慶ちゃん言うな。中村、お前自分のペースで行け。俺このまま、付いて行くから。」
……中村くん。いい奴だと思ってたんだ。
「じゃ、お先~!有村さん、お弁当一緒に食べようねー!」
………や、やっぱりいてもらえば良かった…… 息もさらに上がってるし、緊張してるし、バクバク5倍……
「大丈夫か?もうすぐだから頑張れー」
「はいっ……」
「そういえば、中村と仲良くなったんだな?アイツ、この学年に知り合いいないから、よろしく頼むよ」
「私の……方が……遊んで、もらって……嬉しかっ、たです」
「そっか。それにしても、お前、ホントに体力ないなぁ。ほら、頂上見えてきたぞ!」
もう他の生徒の背中も見えなくなった木の影から、スコンと抜けた空が広がった。 眼下に雲が広がり鳥がのびのびと飛んでいく。 下を覗けば朝出発した麓の家々が小さく並んでいる。
ふと横を向くと先生も額に汗を滲ませて気持ち良さそうに深呼吸している。 もう、二度と訪れないような綺麗な景色。
先生と見た景色は、私の宝物になった。
あの景色があったから、それからのことも乗りきれたんだと思う。 私はしっかりと心の奥に焼き付けた。
「おーい、ありちゃーん!」
中村くんが呼んでる。 中村くんとしゃべってからそんなに時間は経ってない。 私はどちらかと言うと人見知りで、あんな風に自分から積極的に話しかけていく方ではないのに、彼との事で少し自信が付いたのか、大胆な行動に出てしまった。
「松永先生もお弁当、一緒に食べませんか?」
う、うわーうわーうわー!
何言っちゃってるの?私!だ、大胆すぎ……。 赤くなったり青くなったりしている私に構うことなく先生が笑って言った。
「おー、じゃ、後でな!」
軽く手をあげると他の先生方が集合している方へ走っていく。
………わ。後でな、だって。 きゃーーーー!!!!
私は、小踊りしそうな勢いで、中村くんたちの方へ走っていった。
クラスごとに集合して、お昼休憩になった。 私は、結子ちゃんと汐里ちゃん、中村くんとシートを敷いてお弁当を広げた。
「松永先生も来るって」
「へぇー。ありちゃん誘ったの?」
「誘ったっていうか、どうですか?って言っただけ。先生ってこういう時、生徒と食べるんじゃないの?」
「ふーん」
なんか、ニヤニヤしてる。 さっきの仕返しとばかりにわざと大きな声でいう。
「中村くん、ヤらしいー」
「やっ、ヤらしいとか女の子の前でいうなよ!」
それを聞いて、結子ちゃんたちが笑いだす。
「あははっ!ありちゃんと中村くんて、仲良し!私、内藤結子。結子って呼んでね?」
「わたしは佐竹汐里。汐里でいいよ。あ、先生来た!」
皆で手を振って先生を呼ぶ。
先生は私たちの場所を確認すると、キョロキョロと何かを探してた。 先生の視線を私も追う。 生徒たちの間を抜けて、視線がまっすぐ行き着いた先────あぁ、なんで私はこういう時だけ鋭いんだろう。 その事に気づいてしまう。あのカフェで見た同じ熱をはらんだ瞳でその人を見つめる。
その人は、そのひとだけは駄目なのに。
女の子たちは、お母さん弁当、中村くんと先生は、コンビニのおにぎりを広げた。 お弁当を食べている間も、先生の視線に映るひとに気が気じゃなくて、好きなはずの玉子焼きもおハシの先でコロコロ転がるだけ。
「ありちゃん、玉子焼きもらっていい?」
中村くんが、急に声をかけた。驚いて声がひっくり返る。
「あ、あぁ、どうぞ」
にやっと笑う中村くん。 玉子焼きを摘むとぱくっと口に放り込むと叫んだ。
「うまっ!慶ちゃん、ありちゃんちの玉子焼き、チョー美味い!」
先生は、はっとこっちを振り返ると、呆れたように言った。
「おい、午後も歩くんだから、人の弁当とるんじゃない。それから慶ちゃんやめろ」
「ほーい」
中村くんはそのあともずっとにやにやしながら私にちょっかいをかけてきた。 少し気が削がれてとりあえずお弁当を食べることに集中できた。
ご飯が終ると、私を置いて中村くんはトイレ、結子ちゃんたちは他のクラスの友達の所へ行くと言って、別れた。 私は食べ終わった容器やシートを先生と二人で片付けた。 その時も先生の視線は、彼女を探しているので、私は思わず、聞いてしまった。
「先生、鳴海さんの事好きなんですか?」
はとが豆鉄砲を食らうと恐らくこんな風になるんじゃないかという程驚いた顔をして先生が私を見た。
「は?お前なに言ってんの?」
「な、鳴海さんのこと見てたから。」
「好きじゃねーよ。ガキ!すぐ好きだのなんだのって…」
先生は後頭部の髪の毛をガシガシと掻く。 驚きから困惑に表情は変わっていく。
「でも、先生。すごく優しい顔してたから」
「………」
「人を好きだって言う気持ちで、世界は動いてると思うんです。その気持ちは大事だと思います」
たぶん、自分がそうだったからだ。 先生を好きな気持ちが嫌なことがあった翌朝だって私を学校に向かわせ、苦手な英語にも立ち向かっていけたし、結果も出せた。 私の世界は私を中心に回っているけれど原動力は間違いなく先生だ。
言いながらバカかと思う。 これじゃ、賛成しているみたいじゃないか。
他の人なら、それでその人と一緒にいて先生が笑顔になるのであれば、それが誰であれ、応援したい。 望まれれば協力だってする。 でも。
「へぇ、大人じゃん……それで?好きだったら、有村が取り持ってくれんの?」
「……それは…、ごめんなさい」
「なにそれ、俺、秘密バレ損じゃん」
「あっ…でも、応援してます!頑張ってください!」
ははっ、バーカ!と、手を振りながら先生は行ってしまった。 そして私は確信する。 目の動き。手の動き。少し、怒った風の態度。 先生は、今、どの位の想いかは分からないけれど、鳴海さん────鳴海 茉莉に惹かれている。
だとしたら、私に出来る事は、ひとつだけ。
先生。 先生は私が絶対に守るから。 傷つけたりしないから。
中村くんがヘラヘラしながら寄ってきた。
「ありちゃ~ん、松永せんせーと仲良く出来たぁ?」
……やっぱりそうか。
「さっきの玉子焼きとトイレ、ワザとですね?」
「だってセンセ、ありちゃんの事見てないんだもん」
「……私の事なんて、見るわけないよ」
そんなことは、わかっていた。
鳴海さんは、見れば見るほど、あの水をぶっかけた女性に似ている。 艶のある髪、口角の上がった唇、白い肌、細いのにやわらかそうな肢体。
同じ括りの生命体として比較しても私は劣っているが(月とすっぽん、提灯につりがね、雪と墨、ハイブリット車と三輪車……)、それより何より、あの女性の雰囲気に鳴海さんは酷似していた。
カフェで二人を見かけた時、会話らしいものは一切聞こえなかったが、水をかけるという行為に、二人の仲はそれまでは親密だったということは想像できる。 仕事関係の人にいかなる理由があれ、水をかけるなんて許されるわけはないし、ただの友達や、見知らぬ人なら、ほかの方法で抗議や抵抗の意思を伝えるだろう。
先生の多分とても好きだった女性。 カフェなんて人に注目される場所で恥をかかされてもなお、切なげな目で見送ってしまう女性。
そんな人に似ている鳴海さん。 敵うわけもない。
「慶ちゃんのこと、好きなんでしょ?」
「……好きじゃない、っていうことにしておいて下さい」
「なんでぇ?俺、協力するよ。仲良く出来るように」
「うん、嬉しいけど、でも違うから」
「ふーん。でも、片想いも辛いから何かあったら言ってね」
もう、デパートの様にいろいろありすぎて、何から手をつけたらいいやらなんですけど。 でも「うん、そうする。ありがとう」と、言う。
助けを求めることがなかったとしても、私に向けてくれた優しさは涙がでるほど嬉しかったから。
「ありちゃん、中村くんが好きなの?」
無事(私は色々無事ではなかったけれど)下山した宿泊施設でばったりと布団に倒れる。 その横で荷物の整理ををしていた結子ちゃんに聞かれた。 私もできればその方が良かったとさえ思ってしまう。 私の恋に比べれば、彼氏を残して卒業してしまった彼女の存在なんて、とるにたらないことの様に思えてしまう。
少なくても、中村くんは教師じゃないし、鳴海さんに想いを寄せてはいない。
「中村くんは楽しいけど、友達。かわいい彼女もいるし」
「そっか。なんか今日1日でありちゃんの雰囲気変わったから、何かあったのかなーって思って」
「へへっ、何にもないよ?」
「じゃあ、いいの。でもありちゃん、なんかあったら相談してよね。師匠に何かあったらわたしが一番に飛んでいくから!」
「師匠やめて。でも、ありがとう」
結子ちゃんといい、中村くんといい私は恵まれている。 頼りになる友達がいて、力を貸してくれると言ってくれる。でも、これはひとりで解決しなくちゃいけない。
私はにっこり笑って結子ちゃんに感謝の気持ちを伝えた。
しばらく有村ターンが続きます。
どんくさいやつですがよろしくお願いいたします。
明日も23時頃更新します。
うえの