13◆有村未央
「フラッシュモブ?」
私、細野さん、結子ちゃん、汐里ちゃんは疑問形の単語と共に首をかしげる。
「これこれ、こういうの」
中村くんが得意気にiphoneで動画を見せてくれる。 そこにはどこか外国の地下鉄の風景。 日本のラッシュよりはゆとりがあるが、それでも込み合っている車内。 一人が奏でるフルートをきっかけに、それまで知らん顔をしていた乗客が突然バッグから楽器を取り出して一斉に演奏を始めるのだ。 しかもその数、乗客の半分以上。
当然、乗り合わせた一般客は最初こそ口をポカンと開けて何事かと固まっているのだが、次第にみんなが笑顔になる。 すごく素敵な映像だった。
「え、で、これが?」
「だーかーらー!これを俺たちもやんの!文化祭で!」
「え、楽器弾けんの?中村くん」
「有村、楽器じゃなくてもいいんだ。ダンスでも歌でも、芝居でも。今まで通行人だとばっかり思ってたやつが急に団体行動をして回りを驚かせるのが目的」
笹島くんが補足してくれてやっと理解する。 なるほど。 フラッシュモブ。
「こういうの見たことある。そういう風に呼ばれてるっては知らなかったけど」
「それで、何をどうするんですか?」
私以外はどうやらフラッシュモブというものの存在は知っていたようだ。
文化祭に向けて出し物を何にするか。昨日の帰りにHRで各自考えてくるようにお達しがあった。 そこで、中村くんと笹島くんは二人で動画を見ながら案を練ってきたらしい。
「だからね、何時にここでっていうことだけ打ち合わせておいて、そこに何となく集まってただ歩いてるんだけど、誰かの合図でいきなり歌ったりするの」
「合図って?」
「歌なら手拍子とか、ダンスなら誰かの端末から音楽流すとか」
「一回だけするの?」
「おれは一時間に一回くらい、どこかでやってるってのが面白いと思うんだよな。パンフには『3年E組隠し芸・ 神出鬼没』とか書いてもらってさ」
「おもしろい!それいいね!」
なんだか楽しくなって私は手を叩いて喜んだ。
「ただな……」
「そうなんだよ……」
「難問ですね……」
私以外のみんなが眉を潜めて考えている。 そうか、一般のお客さんがいるし、許可の問題とか難しいのかな? それとも前例がないから企画が通りにくいのかな。
などと、自分が検討違いの懸念をしていたことに気づいたのはそれから4日後のこと。
「……はあっ、は、あっ……」
「だからありちゃん、やらしいよ。そのハアハア」
「ちっ……ちが……」
あの日の帰りにクラスのみんなで残って相談した結果、文化祭の出し物は中村くんたちがプレゼンしたフラッシュモブに満場一致で決定した。 廊下、校庭、体育館など他の団体が使っていなかったり入れ換え準備の時間に落ち合って、そこでパフォーマンスをするというのだ。
それぞれ部活や委員会で持ち場があるので明確に参加メンバーを決めると言うのではなく、全員がすべての動作を覚えておいて、時間が合えば参加するということに決まった。 全員が、すべての動作を。
「え?」
つまり、私はどんくさいので歌だけでお願いします、というわけにはいかないと言うことで。
「ふんっ……はっ……」
当然、私もダンスのレッスンに強制参加させられていまっす。
「っつーか、鈍いってより固いよね、有村は」
「リズム感も、ちょっと……」
「え、スキップできる?」
「できるよ、スキップなんて!…………あ、あれ?」
齢18にしてスキップが出来ないという驚愕の事実を知ることになろうとは……。
それにしても、同レベルだと思っていた細野さんもすごくかっこよく踊っている。 聞けば、小学校とかのお受験には必ずリズム的な科目があるので、小さい頃からダンス教室に通っていたんだとか。
それにしても『踊る』というのはなんとたくさんの要素からなっている動きなんだろうと、感心してしまう。 振り付けを覚える、音を聴く、リズムに合わせる、回りをよく見る。 すごく高度で複雑だ。 それをさらに、笑顔で行えって、ハードルが高すぎる。
1曲3分の音楽に合わせるダンスは、クラスのチア部の子が考えてくれた。 動画サイトで見た子供向けのダンスを参考にしているということだったが、結構かっこいい。 だけど狭いところで行うこともあるからとあまり激しい動きはない。 それにしても……
「1、2、3、4……5、6、7、8……」
16カウントの中に短い動きがある振り付け、それを数回重ね更に3パターン繰り返す。 チア部の子やダンスが上手な子のソロを挟んでの3分は、そう長くはないのだろうが、壊滅的運動神経の私にとっては金星よりも遠い。
「1、2、3、4……右、左、両足一緒に……」
呪文のように唱えながら教えてもらった動きを真似てみる。 自分ではできていると思うのに実際合わせて見ればなにかが違う。
その上、手足の動きが同時に出来ない。 手の動きに集中すれば足がおろそかになる、逆なら上半身は棒になってしまう。
「……」
逃げてしまおうか。 集合時間にことごとく間に合わなかったことにして。 私がどんくさいのはみんなだってわかっているのだから「そうだと思ったー」で許してくれると思う。
「……でも、やっぱだめだ」
上履きのひもがほどけかけている。 だるいからだでしゃがみこみ結び直す。
あと1週間で文化祭の校内はなにか浮き足だったように見える。 私は、練習の様子を他クラスの子に見られてはいけないというルールのため、人目につかない特別教室が並んでる廊下でひとり、練習をしていた。
先生だって、逃げてない。
鳴海さんは帰ってこないのに私だけがしれっとした顔で学校に来ている今、先生はきっともっと逃げ出したいはずだ。 自分のことよりも、事件でショックを受けているはずのクラスの子たちを気遣って、最初の日以外はずっと笑っている。 先生が逃げないのに私がそうするわけにはいかない。 みんなで、最高の文化祭にして先生に見せるんだ。
両手で自分の足をパチンと叩き立ち上がる。 なんとしても振り付けをマスターしなければ。 かっこなんて悪くても仕方ない。 でも、みんなと一緒に踊れるように。
「1、2、3、4……5、6、7、8……」
何とか形にはなってきた、気がする。そろそろみんなと合流して合わせてもらっても大丈夫じゃないか……と、自信が頭をもたげてきた文化祭4日前。
ダンスの他には急にみんなで歌を歌うのがあって、それは手拍子の練習と各自歌詞を覚えてくることが宿題になっていた。 有名で私でも知ってる曲だったので、これはスムーズに歌えたから助かった。
みんなが練習しているはずの視聴覚室は、音もなっていなくて静かだった。 今日は練習してないのかな?と思いながらドアを開けると、人の輪の中心に笹島くんと赤坂さんがいた。
赤坂さんは、鳴海さんと特に仲がよかった子でいつも一緒にいた。 だから最近はちょっと寂しそうだった。 それでも学校には来ていた。 やっぱり辛かったと思うのに、負けない彼女に励まされていたのだ。
その彼女が、どうして笹島くんと睨みあっているのか……?
「練習出てこいよ」
「興味ないし、仲良しだけで頑張ればいいじゃん。その方がまとまるしいいと思うよ」
「それじゃー意味ねえだろ。みんなで出たいんだよ」
そうっと輪の一番外にいた子に近づいて、事情を聴く。
「ずっと赤坂、練習しにこなかったから笹島キレちゃって」
「ずっと?1度も?」
「ああ、ありちゃんは個人練習してたから知らないのか。誰が誘っても出てこないんだよ。あいつだってショックなのはわかるけどさ、このままじゃ孤立しそうだよな」
そんなことになっていたとは知らなかった。 みんなも困惑した顔になっている。どうしたもんだろう。
「とにかく、帰るから。バイトいかなきゃだし」
「あ、おい!」
赤坂さんはみんなを掻き分けてさっさと帰っていった。 私は笹島くんたちに見つかる前に視聴覚室を出た。
「赤坂さん!」
「……」
赤坂さんは私のことを完全無視ですたすた歩いていく。 後ろから見た彼女も背がスルッと高くてスタイルがいい。 鳴海さんといつも一緒にいて、おしゃれな人達だなとみんなの憧れの存在ですらあった。
一緒に踊ったら、さぞや素敵なのに。
「ちょ、ちょっと待ってー。足早いね!」
「……」
「ねね、文化祭で踊らないんでしょ?」
「は?」
「え、さっき、踊らないっていってたよね?」
赤坂さんは眉間にぐいとシワを寄せ、私のことを睨み下ろす。 そんな顔したらせっかくの美人が台無しですよ。
私はお菓子売り場の前で親の膝に絡まる子供みたいに、赤坂さんの回りをくるくるしながら声をかける。
「バイト、急ぐの?ちょっとだけ時間ない?」
「急ぐ」
「ちょっともダメ?」
「……」
「5分だけ」
「……うるっさいな!なによ5分って」
いきなり立ち止まって大声をあげたので、近くを歩く生徒が何事かとこっちを見た。 でもそんなことに構っていられない。 なにしろ時間がないのだ。
「あの、文化祭の出し物のダンス。私の振り付け見てもらってご意見をちょうだいしたいの。1曲3分、ご意見2分」
「そんなの、あんたの仲良しに見てもらえばいいじゃない」
「そう思ったんだけどみんなも忙しいし。赤坂さん、出ないならちょっといいかなって?」
「……めんどくさ」
「そう言わないで、お願い!」
「…………5分だけだからね」
「あ、ありがとう!」
そうと決まれば、私は赤坂さんをあんまり人の来ない体育館の準備室に引っ張り混んだ。
「5、6、7、8……ってこんな感じなんだけど」
スマートフォンで撮影したチア部の子が踊ったムービーを見せながら、恥を忍んで赤坂さんの前で踊る。 積もったほこりが舞い上がり、赤坂さんはちょっと煙たい顔をしながらそれでも最後まで見てくれた。
「裏拍」
「……ん?」
「あんたの踊りは、表だけカウントしてっから棒人間みたいなの。こう……」
赤坂さんが立ち上がり、ムービーに映ったお手本と同じように踊る。
「動画、よく見て。右足前に出したら残した軸の足も1と2数える間に少し沈んでリズムとってるでしょ?これが裏拍。あんたのはそこ全無視だから頑張っても棒人間なんだよ」
赤坂さんは一度見ただけの動画で完璧に踊って見せた。 背中まで伸びた髪が一緒に揺れてかっこいい。
「……7、8っと。こんな感じでしょ?」
「……すごーい!すごいすごい赤坂さん!え?ダンスやってたの?」
「すごいって……これ、小学生でも踊れるんじゃないの?あんたが特別下手なんじゃないの?」
……うう、よくご存じで。
「ちょっと、裏拍意識してもう一回やってみ?」
「でも、時間」
移動の時間も考えたらとっくに5分は過ぎている。あんまり付き合わせてはバイトに間に合わないだろう。
「……いいよ、あんなの嘘だから」
「うそ?」
「だって、もうめんどくさいんだもん。茉莉もいないのに文化祭なんて楽しくない」
「……そうだよね」
彼女は、一年の時鳴海さんが仲良くしてた子たちの中にはいなかった。 考えてみればその時のひとりも鳴海さんの回りにはいなかった。 学校でも見かけない。
鳴海さんも、赤坂さんもきっと寂しかった。 私だって、急に由子ちゃんや汐里ちゃん、中村くんたち誰かひとりでもいなくなったら、きっと寂しい。 いくら先生に喜んでほしくても、あまり頑張れないかもしれない。
「赤坂さんは、知らなかったの?鳴海さんのこと」
「……先生たちにも何度も聞かれたけど、知らなかった。何で……言ってくれなかったんだろう」
「鳴海さん、どうしてるの?」
「わかんない。電話もラインもメールも繋がんないし、家にも誰もいない」
大橋先生に聞いたところでは、もう家に帰っているし、学校とは話し合いになるけれど、自主退学だと違う学校に編入するのにもしやすいだろうか
ら、その方向で調整中だという。 この時期に放り出されるのは、将来のことを考えたらかなり厳しいとは思うが、仕方ないのかもしれない。 でも、一方的な退学処分ではないことが鳴海さん次第でいい方向に行ける希望に繋がっていることはよかった。
「……鳴海さんは赤坂さんのこと好きだったんだよ。だから言えなかったんだ」
「……何でそんなこと、あんたにわかんのよ」
私のことは大事でも何でもなかったから、それでおとなしくて誰にも言わないって思ったから簡単に仕事を斡旋してきたんだろう。 鳴海さんが何らかの組織に属していたなら、ノルマかルールかがあって、私なんかに声をかけたのはそれが厳しかったのだろうと察しはつく。 でも、仲のいい子にそんなことは言えない。 自分のことも、仕事のことも。
「何でも言えるのが仲良しだけど、一番秘密にしたいことを知られたくないのも仲良しなんじゃないかなあ。ましてや、話したら赤坂さんに迷惑がかかるかもしれない」
「……」
「でも、よかったよね?」
「……なにがよ」
「だって、言えなかったってことは赤坂さんに知られちゃいけない悪いことをしてるってことは、わかってたってことだもん。いつかきっと、連絡くれるんじゃないかなー?鳴海さんの準備ができたら」
お気に入りの無印良品のガーゼハンカチを差し出しながら言った。 何回洗濯しても柔らかさが変わらなくて色違いで何枚も持っている。 今日はピンクのドット。
赤坂さんはそれをしばらく見ていた。 制服にポツンと滴が落ちてその意味を理解したみたいだ。 白い手で受けとるとハンカチに顔を埋めてしゃくりあげ始めた。 涙みたいなはかない水玉。 細い肩が小さく震える。
1年の時の私の選択が間違っていなかったら、そのあと友達になる赤坂さんをこんなに泣かさないでよかった。 今、家にいることも出来ない鳴海さんの家族に切ない思いをさせることもなかったのかもしれない。
後悔は役に立たない。 あのときこうしておけばなんてどんなに考えても、もう起きてしまったことをねじ曲げることも出来ない。 どんな選択をしても後悔をするのだとしたら、これからはしなきゃよかったって思いたい。 打つ手を残したまま、指をくわえたまま、目の前を流れてしまう様々をただ見送るのはもうやめた。
「ごめんね、どうもありがとう。私、もう少し練習してくね」
「……」
まぶたを上からぎゅっと圧して、赤坂さんが立ち上がる。
「……帰る」
「うん、また明日」
リュックを背負いなおして赤坂さんは帰っていった。 しん、と音のなくなった準備室はもう飛んでいるほこりも見えないほど暗くなっていた。
「……忘れないうちに、裏拍、裏拍」
すっかり部屋の中が暗くなっても私はひとり踊り続けた。
棒人間が踊っているところをご想像いただいて……
読みに来てくださってありがとうございます。
明日も23時頃更新します。
うえの




