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オークの村

本日連続更新2/2になります。お間違えの無いようお願い申し上げます。

 マウザーがバルターと呼んだ男も驚いたように目を見開いていた。だが彼らだけでなく、ノーメンも同じように目を見開く。



「こいつら人外、なのか?」



 この場に居る軍服の集団は妙に美男美女が多いく、その多くが尖った耳を持っている――明らかに人間では無い種族が混じっていた。



「正確にはエルフよ」

「エルフ……」



 南の大陸にエルフは存在しない。北の王国に暮らす森の民と言う話を聞いたことがあるくらいだった。

 だが、ノーメンの前世の記憶通りの容姿をしている。



「この方はバルター・ダール教官――。いえ、中尉よ」

「初めまして」



 気さくに手を差し伸べてくれる人外にノーメンは戸惑いつつその手を握る。久しぶりに十年前の引きこもりに戻ったかのように挙動不審になってしまった。

 だがそれをバルターは帝国では珍しいエルフと邂逅したからだと勘違いしたのか苦笑を浮かべるだけだ。



「こ、こちらこそ。ノーメン・ネスキオーです。あの、言葉、お上手なんですね……」



 ノーメンは思わず当たり障りの無い事を言うが、バルターはニッコリと「一杯練習した」とはにかむ。

 すると他所を警戒していたエルフが駆けよってきて何やら王国語で報告を始めた。その隙を見てノーメンはマウザーに状況の説明を求めるような視線を飛ばす。



「この方は幼年学校に居た時の担任(生徒監)を勤められていて――」



 マウザーにとってバルターは恩師であり、軍で言えば上司でもあった。その人が目の前にいるせいか挙動が固い。



「なるほど。で、つまり王国軍が、どうして帝国領内に?」

「軍務に関わるのでお答え出来ない」



 バルターの答えこそ高圧的だったが、その態度はまさに悪戯がばれた少年のそれだった。

 それを不審に思ったのはノーメンだけでは無い。



「教官。ですが帝国は王国軍の進駐を認めていませんよね?」

「だから軍務の一環だと言っているだろ」



 困ったように笑うエルフは肩をすくめると部隊に指示を出し始めた。

 そこで二人は木の傍で縮み上がっていたオークと視線が交わる。エルフ達は周囲の警戒をしているのか、足早に行動していて彼に話しかける余裕は無いようだ。ノーメンはマウザーを小突くと、彼女はゆっくりオークに歩み寄った。



「あの、大丈夫ですか?」

「は、はい。助かりましただ。あのままだったら命を取られていたと思い出すだ。あいつら、来年の種もみも奪うような連中で――。悪逆の限りを突くす無法者ですだ。それからオラを助けてくれた貴方方はまさに天使様のようだ!」

「そうか? 俺はそんな悪い奴らとは思わなかったぞ」

「ちょっとノーメン! まさか目覚めたの!?」

「ちっげーよ!」



 マウザーの言葉にノーメンはやれやれ、とため息をつく。するとオークは「でもまぁ、仕方の無い事だ」と力なく笑った。



「確かにオーク族が人間にして来た事を思えば、こりゃ当然の報いですだ。だども命を、となれば話が違いますだ。村の連中も皆、怯えていますだ」

「村と言いますが、他にもオークが?」

「えぇ。故郷は人間に焼かれて……。改宗したら居住権さ、もらえるって聞いて村の連中さ、引き連れてこの地に移り住んだだ」



 魔王戦争後、魔王軍に加わっていた人外達の多くは故郷に帰ったが、人間との戦闘でその多くが荒廃していた。

 それを理由に人間を襲えば再び戦端が開かれる恐れもあり、帝国は国教に改宗すれば帝国領内で暮らす事を認めたのだが、現実はこうして人間による略奪を受ける村が多い。



「えと、兵隊さん達も村に来てくだせぇ。歓待は出来ねぇですが、どうか、恩人に恩返しがしたいですだ」



 オークの言葉にノーメンとマウザーは顔を見合わせるが、バルターはその誘いに乗り気なのかニコニコと笑っている。マウザーとしては追手の事もあり、この場をバルターに任せても良いかもしれないと思う節が無きにしも非ずだったが、乗りかかった船から降りるのもはばかられると――要は迷っていた。

 そんなマウザーに助言するようにノーメンが言った。



「お言葉に甘えても良いが、あんまり悠長には出来ないぞ。さっきの奴らは絶対帰ってくるだろうからな」



 ノーメンがそう言うとオークは顔を強ばらせて短く祈りの言葉を唱えた。

 マウザーは「怖がらせてどうする」と言おうとしたが、自身を導いてくれたバルターがそれに頷いたのを見て思いとどまった。



「行きましょう。ここで降りるのも、後味が悪いわ」

「お前、本当はヴィルと血が繋がってるんじゃ無いのか? そういう所がよく似てるぞ」



 そんな事を話ながら一行が村に入るとそこは人間のそれとそう変わらない村が広がっていた。

 バラックのような家。小さい水場。痩せた畑。

 貧しいながらも懸命に生きる姿を思わせるそこには先ほどの略奪のせいか、生々しい戦斧の後などが垣間見えた。



「みんな! この方らは大丈夫だ! オラの命さ、助けてくれただ! 出てきてけれ!」



 その言葉に堅く閉じられた(隙間だからけの)窓や戸が開く。

 二十ほどのオークが怯えたような顔をしていると、マウザーは面食らったような、今まで自身が描いて来たオーク像とかけ離れた姿に目眩がした。

 それはバルターも同じなのか、口元に苦笑を浮かべている。



「こっちに来てくだせぇ。オラの家に案内するだ」

「あの、よろしいか」



 バルターはオークに「どうしてみんな怯えている?」と聞いた。

 魔王戦争ではその戦好きの性格から人々に恐れられたオークの姿に疑問が沸いたのだ。それにバルターの故国にいるオークはすべからく軍の一戦で戦う兵士であり、このように怯えた姿を見たことが無かった。



「ここに居る者は戦が出来ない奴らばかりだ。その日を生きるので精一杯の連中ばかりだ。どうしてか、わかっか? 金の髪の人間さん」



 「あー。オレ、エルフ。人間とは違う。人外」とバルターは訂正を入れてから自分達を見るオークに視線を投げる。するとそれを避けるようにオーク達は家に隠れてしまう。



「……分かりません」

「はは。そりゃそうか。オラがあんたを人外と見抜けないように、あんたもオラ達の事が見抜けないようだ」



 豚面に寂しそうな笑顔を称えたオークは「村の多くは女だ」と告げた。そしてこの村に居る男は皆、戦で傷を負い、武器を握る事が出来ないとも。

 オークはすっと腕を出すとそこには剣で切られたと思わしき古傷があった。



「オラは人間に腱を切られただ。最近はよくは成ってきたが、相変わらず剣は握れねぇだ」

「戦えるオークは居ないのですか?」

「今は居ないだ。魔王戦争で生き残った者は二度と戦場に出れない体の者ばかりだ。戦場に行ける奴は皆、戦場に言っただ。そんで皆、死んだ。悉く死んだ。

 我が一族の戦士は勇敢に戦い死んでいっただ。みんな魔王様の為に戦って人間に殺されていった――。いや、その……」

「ん? あぁ、気にしなくて良い。確かに、オーク族の戦士は勇敢だった。引くことを知らない猛者達だったよ」



 ノーメンは目を細めて言った。あの戦争は誰も彼も。それこそ人間も人外も関係なく必死に戦ったものだ。それにオークが勇猛に戦ったように人間も戦った。そして戦場には双方の死体が山を成したのだ。



「あんた、まさかあの戦争に――」

「あぁ。従軍していた」



 オークは複雑そうな顔をしつつも「立ち話もなんだ」と歩きだした。

 その時、バルターが「あの人は何歳だ?」と王国語で短くマウザーに話しかけた。それに対するマウザーは「把握しておりません」と返す。

 この名無しの権兵衛(ノーメン・ネスキオー)とは一体と二人は疑問を深めるばかりだった。



「ささ。こちらですだ。上がってくだせぇ」



 案内された家も傾いてはいたが、それでも他の家よりかは広く感じた。

 ただ、バルターの率いていた部隊である二十人は収容出来ないため、彼ら、彼女らはその庭先に背嚢を下ろして休息する事になった。



「それで、兵隊さん」

「ハンスです。名無しの権兵衛(ハンス・シュミット)



 マウザーは内心「また偽名か」と悶々とした思いがしたが、それを口に出す事は無かった。



「あれま? さっき、ばるた、と言われてませんでしただ?」

「忘れてください。我々は今日、ここに居るはずでは無い部隊ですので」



 キッパリとした言葉にオークを始め、ノーメンとマウザーもバルターを見つめる。

 当の本人は困ったように「まいったなぁ」と王国語でつぶやいた。



「何やらお深い事情があるようですだ。これ以上は聞きませんだ。あぁ、そう言えば名乗ってないですただ。オラはこの村のまとめ役をさせてもらっているナジーブと言いますだ。それでハンスさん」

「なんでしょう」



 バルターは人当たりの良い笑みを浮かべナジーブの答えを待つ。ナジーブは外にいたオーク達のように怯えた声で「あいつら、また来るだ?」と問う。



「あいつら先月くらいから毎週のようにオラ達の村を襲って食料や水を奪っていくだ。これ以上あいつらに略奪されたら冬が越せないだ」



 だがマウザーは疑問を覚えた。なんと言っても季節はまだ夏の手前。これから秋の収穫を迎えるはずなのに、今から冬の心配をするものだろうか、と。



「そりゃ、来るでしょう。むしろ来ない理由がわからない」

「あぁ。俺もそう思う。食料や水があって、抵抗が無いんじゃなぁ」



 バルターとノーメンの答えにオークは顔を青くする。

 まさにこの道を進むとドラゴンが居ると宣言されたに等しい。



「せっかく余所の土地にも慣れて来たっていうのに……。あんまりだ。あぁ、神様! オラ達の罪はそんなに深いだか!?」

「……神に縋っているだけ、あんたは幸せだよ。それに、あんたらだって、怪我をする前まで人間から奪っていたんだろ? 俺はあんたらのお仲間に占領された村の解放作戦に参加した事があるが、あの光景は言葉に出来ないぜ」

「確かにオラ達は悪逆の限りを尽くしただ! だでも、あん時は戦の最中で、仕方無かっただ! それにオラ達は改心して神父様に許しをもらっただ! そんで一からやり直す機会をもらっただ! だからオラ達はここで麦さ作って教会に納めて……。だどに、だどに……!」

「ねぇ、ちなみに教会にどれほどの麦を納めているの?」



 マウザーの興味本位の問いにナジーブは「全部だ」と答えた。



「全部!? え? 収穫全部?」

「そうだ。で、年の変わり目に神父様から翌年の種籾と日々の糧をもらうだ」

「まさか、その分だけで再来年まで暮らすの?」

「んだ」



 あまりの暴挙にマウザーは目眩を覚えた。帝国は各領主から皇帝に納める税を含めて自分の懐を潤すために租税に課税が行われる。だが、絞りすぎては翌年の収穫に関わると自重する分もあり、多くても収穫の六割ほどであり、種籾についても改めて領主から施しがある。

 それを思えば教会の横暴も良いところだった。



「オラ達はここで平穏に暮らしたいだけだ。だから神父様の言うことを聞くだ。だどもあの盗賊達はオラ達の暮らしさえも奪おうとしてるだ。頼むハンスさん。オラ達を助けてけろ!」

「うーん。助けたいのは山々なんですがねぇ……」



 そもそもこの地にバルター達王国軍の兵士が居ること自体が問題なのだ。

 敗戦国である帝国だが、それでも王国軍の国内駐留や越境を認めていない。これが帝国の騎士団に知られればそれこそ再び王国との戦端が開かれる可能性もはらんでいる。



「こっちでドンパチやるのはちょっとねぇ」

「じゃ、あんた、なんで俺たちを助けたんだよ……」



 ノーメンに困ったような笑みを向けるバルター。マウザーはこの生徒監がこのような人である事を知っているが故にため息をつくだけにしてナジーブに向きなおった。



「ちなみに武器とかは無いのですか? 剣がもてなくても、狩猟で使う弓矢とか。それなら女のオークでも扱えるでしょ?」

「弓矢は神父様が許してくれないだ。あれは人の命を奪う残酷な道具だ」



 それを言うなら包丁も動物を解体するためのナイフもそうだろ、と突っ込みたいマウザーだったが、バルターに押さえられて言うのをやめた。



「飛び道具であるのはスリングくらいだ。あとは山刀なんかもあるだが、まともに戦に使える物じゃ……。それに、神父様に殺しは良くないって――」

「それじゃ、あの盗賊を説得するか、このまま奪われて飢え死にするかだな」



 ノーメンの宣告によってナジーブの家に沈黙が襲いかかった。

 確かに説得と言う手段は残されていたが、あの連中に言葉が通じるか、はなはだ疑問であるが……。



「オラ達はどうすれば……」

「さぁ。俺はなんとも。そもそも、俺はマウザーの護衛が役目であってオークの村を守るのが仕事じゃない」

「ま、オレ達が手を貸すとより大きな戦の火種になるしな。そうだ。そちらの国の軍に相談したらどうだ?」

「む、無理だ! 騎士様がオラ達を助けてくれる訳が無いだ!」



 武器も無し。援軍も無し。まさに最悪の状況。



「ねぇ、本当に武器は無いの?」

「それは……。たぶん、武器らしいのはあるだ」

「あるんじゃない。何? 槍とか?」

「うーん。槍……。なのだ?」



 言葉を濁すナジーブを追い立てるようにマウザーはその武器を見せるように迫る。

 彼はその気迫に負け、薄い床板を何枚かはがす。



「人間が魔王戦争の時に使っていた物だ。そで、ある戦で人間が逃げる際に置いていっただ。たぶん、武器と思うだ。だども使い方がまるっきりわからなぐて……」



 そう言って床下から取り出したのは往年の劣化を思わせる黒ずんだ箱と数本の棒。棒の先端には何やら鉄の筒がはめ込まれている。



「これは……!」



 バルターの感嘆。それを背にマウザーは短剣を使って黒い箱を封している釘を引きはがす。

 すると中には黒い粉が大量に詰まっていた。



「あの、これって他にもあります?」

「んだ。あんまりにも多いから、他の家にも分散して置いてあるだ。ただの筒のついた棒だし、箱の中はみんな黒い砂のようだから、何か、呪いの道具だと思って保管してあるだ」

「なるほど、なるほど……」



 マウザーはしばらくその箱をのぞき込んでいたが、ふと視線をノーメンに向けた。



「ねぇ、今、あたしを助けてくれる?」



 ノーメンはマウザーが何を企んでいるのか、分からなかった。それ故に顔をしかめるが、それでも今の自分には彼女を助ける力がり、その力を振るう時間がある事を理解していた。



「わーたよ。好きにしろ」

「ありがと」



 その笑みは花が咲くような、まさに女の子らしい笑顔だった。


ちなみにここ最近書いたキャラで一番気に入っているのは兄貴だったりする私。



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