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盗賊

本日連続更新1/2になります。お間違えの無いようお願い申し上げます。

 照りつける太陽の下。二人は最初こそ足早に街道を歩いていたのだが、今やその歩みはゆったりとしていた。



「暑い……」

「そんな雨衣を着てりゃな」



 フードの下から呟かれた声にノーメンはため息をつく。照り付ける日差しはいつの間にか春から夏に変わろうとしているのか、北の王国での暮らしに慣れてしまったマウザーにとって南の帝国は許しがたい暑さのようだ。そのせいか、二人――特にマウザーの歩みは鈍化の一途を辿っている。



「ちょっと待って。脱ぐ」



 ドサリと背嚢が地面に置かれると彼女は雨衣のボタンに手をかけ、止まった。



「……何か聞こえない?」

「…………確かに」



 身動きをやめ、ただ風と虫の声が響く中、耳をすます。すると何やら悲鳴が聞こえてきた。



「なんだ? 物取りか?」

「行ってみましょう」

「お前な、これが厄介事以外の何物であると思ってんだ?」



 マウザーは「でも知らないフリは出来ない」と背嚢を背負い直すと肩にかけていたライフルを両手で抱えるように握る。

 その姿にノーメンはかつての親友の背中を思い浮かべた。「血は繋がっていないはずなのにな」と悪態をつきながら悲鳴のあがった地点に足を向けた。

 そこは街道から少しはずれた森の中であり、二人の人間と一匹のオークが戦っているようだった。



「オークがこんな所に? 魔王軍って、王国の南端を脅かしていたんでしょ!?」



 魔王戦争の主戦場は帝国の南部だった。肥沃な南部を奪い取ろうとする魔王軍の先兵となったオークが帝国北部にいる。そんなマウザーの疑問にノーメンはさらっと答えを与えた。



「人外の入植者だろ。北方戦争が終わったくらいから出始めた連中さ。町じゃ、あいつらの方が人間より力があるし、賃金も安く済むって訳で最近は増えてるぞ」



 魔王戦争が魔物――人外の生存圏獲得の意味があり、肥沃な帝国南部に攻撃をしかけたと見る戦史研究家もいる。

 その戦争集結後、魔王軍を構成していたオークやゴブリン、コボルトなどは迫害を受ける存在であったが、北方戦争の講和条約であるシュタット条約によってその差別を禁じられたため、こうして帝国各地に人外の村が生まれ、街でも彼らの姿を見るようになった。



「それじゃ、入植したオークが人を襲って――」

「この人外が!! さっさと食料を渡せ! ヒャッハー!」

「この人外め!! 水もよこすんだ!! ひゃっはー!」

「や、やめてくだせぇだ!! これ以上、村の収穫をとらねぇでけろ! これ以上取られると冬が越せねぇだ!!」



 どうやらオークの村が人間の略奪にあっているようだった。

 好戦的な一族としてその名を轟かしたオークなのかとマウザーは複雑な気持ちになる。



「おい、さっさと行こうぜ。面倒事はごめんだ」

「でも――」

「オークを助けるのか?」

「……見ちゃったからね」



 そう言うやマウザーはライフルの撃鉄を完全に押し上げる。

 ノーメンは自身の契約者の行動にもの申したかったが、ここで反抗して契約に反した場合の事を思い、口をつぐんだ。

 何かの縁で出会ったヴィルの娘を放って死んでいる場合では無い。



「分かった。好きにしろ。だがな、忠告はするぞ。偽善もほどほどにしとけ。全部の命を助けられる訳じゃ無いし、その行為が評価される訳じゃ無いんだ――」

「分かってる。そんな事、分かってるわ。全てを救おうとは思っていないし、これが自己満足だって事はあたしが一番よく知っている。でも、それでもあたしにはあのオークを助ける力がある。そのためにあたしは五年も王国に居たの。だから――!」



 ノーメンはその言葉に息が詰まる様な、もしくは心臓を掴まれるような思いがした。触ると火傷をしそうなほど熱いマウザーの言葉に、ノーメンの心が揺れる。

 自分もその昔、同じ事を思っていた。

 理想に燃えて、戦った日々がありありと蘇る。そして、痛みを思い出した。

 あの日の自分を見ているようでノーメンはどこか、苛立たしさにも似た感情のせいで頬が引きつるのが分かるほど懐かしさと嫌悪感がこみあげて来る。

 そんなノーメンを背にマウザーはそのまま物取り達の前に飛び出すとするが、それは寸での所で思考が回復した彼によって阻止された。



「ちょっと、なにするの」

「前衛は俺の役目だろ。遠距離は任せた」



 ノーメンの言葉にマウザーは雲間から出た太陽のようにぱぁっと笑顔が広がった。それに溜息をついた彼はマウザーと入れ替わるように飛び出し、「動くな!」と鋭い声をあげた。それに続いてマウザーも飛び出し、銃口を男達に向ける。



「ん? なんだなんだ? お前達はなんだ?」

「ん~。可愛い顔してんじゃねーか!」



 下卑た笑い。ニタニタとした粘つくような笑み。

 マウザーはそれだけで悪寒が走り、銃口が震えそうになった。



「おい、お前らなんて顔してんだ」



 ノーメンはマウザーの向ける銃口に注意しつつ、彼女を庇うように前にでる。

 そのとき、「テメェー等! あにチンタラやってんだ!」と声が飛ぶ。

 村に通じると思われる道から現れたのは筋骨隆々のスキンヘッドだった。



「兄貴! 見てくださいよ! 上玉ですぜ!」

「今晩のお楽しみにしちゃいましょうよ!」



 ヒャッハーとテンションをあげる手下に兄貴と呼ばれた大男はなめ回すような視線を向けてくる。



「確かに良いな。今にも勃っちまいそうだ。オークどもの飯はまだ食えるが、オークは喰えないからな!」



 野獣を思わせる眼光。それにマウザーはついに膝が震えそうになる。



「よし野郎ども! 男は生かして捕まえろ! 女は殺せ!」

「ヒャッハー!」

「ひゃっはー!」



 ん――!?

 ノーメンとマウザーは思わず思考が止まった。

 この兄貴、何か間違えていないか?



「げへへ。俺様好みの顔だぜ、兄ちゃん」

「う、うわああああああ!!」



 ノーメンが相手に向けていた拳が反射的に尻を守るように後ろ手に回した。そして兄貴はポッと頬を赤らめる。



「ちょ、ちょっと貴方達……」

「あん!? 女は黙ってろ!」

「そうだ! 女じゃ萎えちまう!」

「そうだ! 男じゃないとイけないんだ!」



 マウザーは複雑そうな表情でノーメンを伺うと彼はジリジリと物取り達から距離を取る。尻を隠しながら。



「おい、マウザー。あいつらにデッカいの撃ってやれ」

「あの、前衛――」

「うるさい。こっちは貞操の危機だ。あいつらに殴り込んだ瞬間に俺は喰われるかもしれない」



 無言のままマウザーは銃口を兄貴に向ける。「投降してくれれば音便にすまそうと思いますが――」と気休めのような降伏勧告。すでにマウザーも戦意を喪失しかけていた。



「うるせー! こちとら教会や冒険者ギルドからも異端扱いの傭兵団なんだ。投降すりゃ異端尋問で死ぬまで拷問だぞ。

 なら俺様達が男の男による男のための約束の地を作るんだ!!」

「無駄に高い理想の所悪いけど、その理想郷を作るために罪もない村人を襲うのは許せないわ」



 やっている事は略奪に変わらない。ただそれに大儀を作っただけなのだから。



「なにを! この豚面どもは元々、人間から様々なものを奪っていたんだろ! それで何人殺された? 何十人殺された? だから帝国はオークを殺したろう。何匹殺した? 何十匹殺した?」



 謳うような言葉に引鉄に触れようとしたマウザーの人差し指を止めさせた。

 魔王戦争の時、人間は人外としてオークの討伐を行ってきた。自分達に害をなすからと。

 しかし、魔王戦争集結後、人間に恭順する人外が現れた。



「貴方達の話は過去の話でしょ!」

「過去なもんか! 俺様達の戦争はまだ終わっちゃいねーんだ!!

 魔王が死のうが、英雄が生まれようがな。

 俺様達は戦ってきたんだ。オークから村人を助けるために死ぬ気で戦ってきた。同じ穴を掘った仲間と共に必死にな!

 それなのに魔王戦争が終わった頃は良かったさ! だがな、北方戦争で全てが変わっちまった!! あの戦争のせいで人外殺しが罪に問われるようになったんだぞ! ぶざけんな! そのせいで俺様達はオーク殺しと悪名がついちまった。その上、異端扱いだ!

 俺様達はただ男達の笑顔が見たかった。そのために剣をふるってきた。そのために国を愛して、教会の教えの下に人外を倒してきた。それなのに俺様達に浴びせられるのは賞賛じゃなくて罵声だ! 命を懸けて戦って来た報いがこんなんじゃ、死んでいった仲間に顔向け出来ねぇ。

 国が、神が俺様達を見捨てるなら自分達で自分達を救うしかないだろ!!

 だから俺様達の戦争は終わっちゃいないんだ!! 俺様達が救われるまでなッ!!」



 野獣の咆哮を上げると兄貴は背負っていた身の丈ほどの大剣を引き抜く。

 それにマウザーは悲鳴と共に引鉄を引いてしまった。

 詠唱の無いただ普通の鉛玉が白煙と共に銃口から飛び出す。だがその一撃は兄貴の脇をすり抜けてあらぬ方向に飛んでいく。



「俺様達の理想郷のために!」

「男の花園のために! ヒャッハー!」

「男のための約束の地のために! ひゃっはー!」



 オークを囲っていた三人組は得物を手に突っ込んでくる。

 マウザーはそれに顔をひきつらせながら接近戦を予感し、ライフルを背負いなおしてリボルバーを抜く。



「ちょっと、前衛!」

「わーたよ! くそ」



 ノーメンは尻を隠していた手をだらりと構えるとタイミングを見計らって駆け出す。

 大剣振るう兄貴より先に出てきたヒャッハーのうち一人に目を付け、そいつが振り下ろした細身の剣を半身をずらす独特の動きで避け、顔面に一撃をたたき込む。

 そうして怯んだ男の剣を男の腕ごと持ち上げてもう一人のひゃっはーの一撃を受ける。



「腕が一本無くても尻さえありゃ、問題ないよな!!」



 ヒャッハー達の背後から大剣を構えた兄貴が笑う。



「尻はナニを入れる物じゃねーよ!!」



 その瞬間、腕を掴んでいたヒャッハーが回り込むようにノーメンの背後に回る。ノーメンはそれに対応しようと半身を回そうとして、そのままヒャッハーを突き飛ばしてバックステップを踏む。そのままヒャッハーを相手にしていたら兄貴の上段から振り下ろされた大剣で真っ二つになっていただろう。

 見事な連携だった。

 ちょこまかと動くヒャッハー達が大振りな必殺の一撃を放つ兄貴の隙をカバーしている。

 それでもノーメンは魔力波を逐一放って周囲の状況を正確につかんで回避につなげていた。



「良い身のこなしだ! ますます気に入った!」

「俺は気に入らない事ばっかりだよ!」



 兄貴と二人のヒャッハーに囲まれたノーメンはジリジリと円を書くように動く三人に絶えず視線を飛ばす。

 その時、沈黙を保っていたマウザーがひゃっはーの背後から組み付き、こつん、とリボルバーをそのこめかみに押し当てる。



「動かないで。頭がハッピーな事になるわ」

「や、やめろ!! おれっちに胸を押し当てるな! あぁ力が抜けるぅ!」



 ワザとやっているのか、ヒャッハーは萎びた花のようによれよれと地面に倒れていく。「あわわ!」とマウザーはそれを抱き起そうとするが、如何な軍隊生活経験のあるマウザーでもそれを支える事は出来なかった。




「あ! てめぇ! 卑怯だぞ女! おっぱいを押し当てるなんて!」

「この外道! こんな事、人間のする事じゃ無いぞ!!」

「なんであたし、こんなに罵られてるの……?」



 マウザーの呟きむなしく、やいのやいのと飛ばされる野次にノーメンは再び戦意を失いかけていた。もうこのままドロンしようかなと思った時、マウザーが抱えていたヒャッハーが「ハッ!?」と立ち上がる。



「……なんか、胸を押し当てられているのになんともない――! 男に背後から抱かれているのと変わらないような――」

「それは――! あたしに、む、胸が――!」



 吐血しそうなほど枯れた声のマウザーが手にしたリボルバーの撃鉄をフルコックにする。リボルバーがいつでも撃てるぞとばかりにカチリと宣言。



「あ、あたしに胸が無い事を知るとは……。く、殺してやる――!」

「あ、待って! あぁー。胸のせいで力が――」



 ワザとらしく抜かれる力に堪忍袋の緒が切れそうになるマウザーだったが、彼女は力の抜けたヒャッハーを支えようと体勢を立て直そうとして、銃口をこめかみから外してしまった。



「かかったな!!」



 ヒャッハーは防具の無いマウザーに肘鉄を入れる。グラリとマウザーの身が傾いた瞬間、ノーメンの中で熱い物が火山のように溢れ出した。



「てめぇ!」



 そう叫ぶのと「動くな!!」と言う男の叫び声が重なった。

 それにノーメンが声の主を探すとそこには濃紺の軍服を着こんだ男がマウザーの持つライフルのような物を男達に向かって構えていた。



「動くな! 撃ちたくない! ここから離れろ!」



 男の発音はどこか固く、ぎこちない。だがそれでもハッキリとした帝国後に兄貴達がたじろぐ。それと同時に近くの林の中から同じ軍服を着こんだ一団が飛び出してきて銃口を向ける。



「く、覚えてろ」

「あ、兄貴!」

「置いてかないでくれ!」



 スタコラと三人組が逃げ出すとその場にいた全員が緊張の糸が切れた操り人形のように溜息をついた。



「えーと。大丈夫ですか?」



 最初に突っ込んできた男が言う。それから何やらノーメンにとって聞きなれない言葉で周囲の隊員に何か、指示を出していく。



「あ、あぁ。助かった」



 赤かった視界が戻り始めたノーメンはそこで先ほどヒャッハーの一撃を喰らったマウザーに視線を向けると軍服を着こんだ女性がノーメンを仰向けにする所だった。



「おい、大丈夫か?」

「うぅ……。平気。教官の方がもっと強烈だった、かな」



 そう言って起き上がるとチラリと周囲を見渡して、この軍服の一団が喋っている言葉と同じ言葉を発し、固まった。



「どうした?」

「……バルター先生!?」



 バルターと言われた先に居たのは先ほどの男だった。


朝からこんな内容で申し訳ありません。やばいと思ったが性欲を抑えきれませんでした。

あ(唐突)、私はホモではありません。



また、例の如く今夜も更新予定です。

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