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ミスリルと昔話

連続更新2/2になります。お間違えの無いようお願い申し上げます。

 夕食の後、たき火を囲みながらマウザーは昨日買ったミスリルの端材を取り出すと、それを金属の鍋のような物に入れて火にかけた。



「何やってるんだ?」

「この間、消費した弾丸を作るのよ」



 そう言うや大型の鋏のような物を背嚢から取り出すマウザー。「その背嚢、何が入ってるんだ?」と問われてもマウザーは笑ってごまかすだけ。

 すると先ほど火にかけたミスリルが溶解を始め、水あめを思わせる液体へと姿を変えた。



「これをこの玉型に入れれば良いの」



 マウザーは器用に鋏のような物――玉型に鍋の中身をゆっくりと注ぐ。すると玉型に開いた穴に溶けたミスリルがスルスルと入っていき、一杯になって少しあふれる。



「おっと。ミスリルは融点が低いからこういう時でも弾丸を作れて助かるわ」

「ふーん。でもその端材、良質な物じゃ無いだろ。値段も安かったし」



 マウザーは「どうせ消耗品だから」と言いながら玉型を開く。丸く鋳造されたミスリルの塊がそこにはまっており、玉型の柄を叩くことでポロリと白銀の弾丸が落ちた。それを拾い上げた彼女はポイとまた鍋にそれを戻す。



「失敗か?」

「玉型が冷えてるとミスリルが凝固する際に皺が寄って使い物にならないのよ。だから二、三回はこうして温めてあげるの。まぁ、北の王国だと弾丸を作る専門の部隊があるからこうして作る方が珍しいんだけどね」



 真剣な表情でミスリルが玉型に注がれる。そして玉型から引きはがされる弾丸はミスリル特有の透き通るように輝く――ことは無く、くすんだ銀玉だった。

 そもそもミスリルは融点が低く加工し易い反面、その加工に技術を要する金属であり、腕の良い鍛冶師の手によって打たれたミスリルは鋼より固く、そして軽くなって魔力抵抗も減る。

 そのため騎士や魔法使いが好んで武具や武器として用いられるのだが、マウザーのような簡易的な鋳造ではミスリル本来の力を引き出しきれないし、元の材質も不純物を多く含んでいたのかミスリル特有の輝きが生まれない。

 もっとも、ミスリルを消耗品と割り切っているマウザーの戦闘スタイルでは純度の高いミスリルは金銭的にも必要無いと言える。



「それが北の王国の戦い方なのか」

「ん? どうしたの?」

「いや……」



 己の武勇を頼りに敵と切り結ぶ。それが帝国にとっての戦いだ。

 武人は日々、剣を振って鍛錬し、魔法使いも多くの魔法を身に着けた。それが強さだった。

 その強さでこそ誰かを守れると思っていたのだ。北方戦争までは。



「剣士なら騎士にしろ傭兵にしろ純度の高いミスリルの剣を欲するんだろって思ってさ。でも、あんたらは純度の低いミスリルで十分んだろ?」

「そりゃ、魔力の媒体として完全に潰すんだから高価なミスリルは必要無いわ」

「それを聞いたら泣く冒険者や騎士が大勢いるぞ。ま、それが帝国と王国の違いなんだろうな」



 個の強さでは無く全の力を束ねる事に重きを置く王国の戦闘教義からすれば上級魔法が使える魔法使い一人より初級魔法を使える魔法使いを十人揃える事を考える。

 そうすれば一人では対応しきれない多々の出来事を十人で分割して事に当たれるからだ。その上、鍛錬に時間の取られる上級魔法より短時間で身に付く下級魔法を覚える方が早々に兵士を戦場に送れる。



「帝国と違って王国は個で戦う事は無いわ。王国の西にある国の言葉だと三本の矢って言うのがあるの。一本では折れる矢だけど、三本合わせれば折れないってね」

「いずれ帝国も王国のようになるのか? そうすりゃ、もう英雄は生まれないんだろうな」



 魔王を倒した五人の勇者を筆頭に魔王戦争では多くの英雄が生まれた。だが、それも北方戦争の敗戦で英雄は見限られてしまった。

 ノーメンの前世においても一人の英雄では無く、十の兵士を求める時代があり、特権的だった戦士の階級が崩れて普通の人々が戦争に参加する時代へと移り変わっていた。



「そうね。いずれ、王国のように騎士は居なくなるのでしょうね」

「王国のように? じゃ、昔は居たのか」

「そりゃね。向こうの国でも元々は騎士が居て戦場の華だったんだって。だけど銃が発明された」



 銃は鍬を持っていた農民を兵士に変えた。数々の戦争を経て洗練された軍制が取り入れられ、火器を、魔法をどのように駆使すれば勝利を掴みとれるかが模索され、それが実って北の王国は海を越えて帝国にやって来たのだ。そこに至るまで海の水ほどの血を流しながら。



「それに元々王国は帝国人が作ったのよ。文献によると千年前に帝国から新天地を求めて海を渡ったんだって」

「それが銃を持って侵略か」



 王国は手を伸ばすようにシュタット領を奪い取った。帝室ではそこを足掛かりに帝国を蚕食するつもりだと声高に叫ぶ貴族も居たが、王国は眠るドラゴンのようにシュタット領を南方辺境領と呼称して貿易に精を出すに留まっている。

 そしてその貿易に噛むことで貴族達に莫大な富が落とされている事もあり、シュタット領奪還――北の王国との再戦の兆しは無い。



「王国はミスリルが産出しないから軍需物資としてミスリルを安定供給してくれる土地を欲してるのよ」

「そんな事まで王国は教えてくれるのか?」

「王国じゃ常識よ。子供から大人まで南方――帝国のミスリルが強大な王国を作り上げるって宣伝されてる。魔王戦争への協力だって元はミスリルの利権を守るためだったし、北方戦争に至ってはミスリルの値を帝国が上げた事が原因の一つと考えられてる。帝国(こっち)じゃ、普通の家にもある物なのにね」



 魔力を阻害する抵抗が限りなく低い金属であるミスリルは帝国の生活にとって(純度を無視すれば)一般に普及している代物であるが、それが産出しない王国では非常に高価な金属であり重要な軍事物資と言えた。



「王国が占領したシュタット領にもミスリルの鉱山は存在しない。でもこうして帝国を滅ぼさないのは滅ぼすメリットが無いから」

「ふーん。確かにあの戦争のせいで帝国は王国製品に関税をかけられなくなったからな。殺さず、生かさずにして帝国からミスリル以外にも絞れるだけ金を得るつもりなのか」

「シュタット条約によってミスリルを低価格で輸入出来るようになってその安定供給って目標が達成されたって言うのもあるけど――。ってそれよりノーメンって神学校でも出たの? 前々から思っていたけど、無学じゃ無いのよね」



「うるせー」そう言いながらノーメンはゴロリとたき火の脇に寝ころんだ。彼としては過去の事に触れられたくないと言うのもあり、早々に目を閉じる。



「とりあえず前半の見張りをやってくれ。どうせそれが終わらないと眠れないんだろ」



 そう言うや彼は目を閉じてしまった。

 マウザーは「この人はどのような生き方をして今に至るのか……」とこぼしてからミスリルの鋳造を再開した。



◇◇◇



 翌日。日の出と共に二人は荷をまとめてシュタット領に向けての旅を始めた。



「さぁ、急ぐわ」

「何も、シュタット領は逃げないぞ」

「シュタット領は逃げなくてもあたしには追手がかけられているんだから、急がないと」



 王宮からの追手がマウザーに忍び寄る前にマウザーはなんとしてもシュタット領に入りたいと思っていた。

 だがシュタット領へはまだまだ道のりは遠い。それこそ旅は始まったばかり。そんなマウザーにノーメンは苦笑を浮かべながら言った。



「そもそも、そんなに急ぎたいのなら馬でも買えば良かったんだ。貴族の娘なら馬くらい乗れるだろ」

「あたしが乗れてもノーマンが徒歩なら変わらないでしょ」



 ノーマンは「乗馬くらいできる」と言いながら自慢げに笑った。ノーマンとしてはドヤ顔にマウザーが怒りの声を上げるものだと思っていたが、彼女は違った。



「え? 乗馬できるの? どうして?」

「あー。その、あれだ。ヴィルに習った」

「義父様に? そう言えば同じ部隊にいたんだっけ?」

「同じ隊に居て、そん時にな。あれは魔王戦争の終わり際だったっけ」



 昔を懐かしむような、それでいて苦い物を噛みしめるように表情を曇らせるノーメン。そのせいか、マウザーは彼から過去の事や義父の事を聞いてみたかったのだが、自分の放った些細な言葉が彼に突き刺さってしまうような気がして聞けないで居た。

 しかしそれでも、彼女はどうしても聞いてみたい事があった。



「ねぇ、義父様と同じ部隊に居たって言うけど、義父様って、どういう人だったの?」

「なんだよ。義理とは言え、お前の親父だろ。なんでそんな事――」

「五年も海外に居て、義父様は軍務次官としていつも帝室に行っていたから一緒に暮らしたのは実質一年も満たないの……」



 その言葉にノーメンは逡巡するように「あいつは……」と口を開いた。



「真面目な奴だったよ。責任感のある騎士で、部下は誰一人見捨てないって言う、まさに若い騎士長様って感じだった。

 俺とあいつの出会いは義勇兵の一隊だったな。俺があいつの隊に入って、それが始まりだった。最初は口うるさい奴だなって思ったよ」



 魔王戦争時、帝国は騎士団だけでは戦力が足りないからと多くの義勇兵を募って魔王との戦闘に明け暮れていた。その義勇兵の指揮を円滑にするために下馬した騎士が指揮を執るのだが、その役が騎士長と呼ばれる。



「知ってるか? 当時の義勇兵なんて農民上がりの寄せ集めさ。そんな連中を騎士様が率いたいと思うか? 武功を上げるなら騎士団と行動を共にしたいとみんな思っていた。貴族なら分かるだろうが、長男なら家の騎士団を継げるんだろうが、次男以下は己の武威を示さないと正式な騎士団に入れなかったから、義勇兵のような寄せ集めを指揮している所じゃ無かった。だから杜撰な命令で大勢死ぬような部隊もあったと聞いた。

 だけど、ヴィルは違った。あいつはシュタット家の三男ではあったけど、義勇兵に親身だったよ」



 根が真面目だったヴィルヘルムは与えられた任務を忠実にこなそうと農民達に戦い方を教えた。そして自身も先頭に立って魔王軍と戦った。



「その後は知ってる通りだよ。勇者と呼ばれるようになる男が現れて、パーティーに誘われた」

「ふーん。義父様は魔王戦争の話をして下さらなかったから、なんだか新鮮……。でもその話からすると、部下を残してパーティーに加わるような人には思えないけど」

「最初は断ったよ。でも、その後の戦闘で部隊は壊滅。そんでヴィルはその男と共に魔王を倒して勇者の一人になった」



 英雄の中の英雄――勇者と言えばこの魔王を倒したパーティーの五人の事であり、マウザーの義父であるヴィルヘルム・シュルツや帝国一の魔法使いガレスラ・ララ・ベツレヘム、聖女マリア・フレイス等の事である。



「俺は魔王戦争が終わると、義勇兵を満期除隊した。で、北方戦争が始まって、ヴィル達が戦列に加わるって言うから俺も志願した」

「その後、脱走? だから目立つ魔法で生計を立てようとは思わなかったのね」

「そんなとこ。北方戦争で、戦争に嫌気が差した。んで、軍を辞めた」

「その後はあんなボロを着ていたんだから、まともな生活はしてなかったのでしょうね」



 ノーメンはただ「正解」と口元を上げ、マウザーは困ったように眉を下げた。


なんやかんやで更新。


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