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野営

連続更新1/2になります。お間違えの無いようお願い申し上げます。

 その翌日、二人は早々に宿で朝食を平らげると質屋に向かう事にした。マウザーが家から持ち出した数点の宝石を換金したいとノーメンに言ったためだ。



「良いのか? それ大事な物じゃ無いのか?」

「確かに母上の形見の宝石よ。でも、思い出を大切にしてもお腹はすくわ」



 現実的な事で、とノーメンが皮肉を言うと、彼女は小さく肩をすくめるだけだった。

 それにしてもマウザーの淡泊な答えにノーメンは眉を潜める。昨日もそうだったが、マウザーはいささか現実を気にしすぎているのでは? と彼は思ったのだ。



「でも、いつまでもこれだけで凌げる訳でもないから、何か短期間だけの仕事とか無いかしら」



 そう言いながら二人は質屋で宝石を数枚の金貨に変え、マウザーはノーメンの背嚢を無理矢理買った。

 渋々とそれを背負うノーメンを見てマウザーがカラカラ笑う。

 その後、干し肉や乾燥させた野菜等を買い込むとマウザーはとある路地で足を止めた。何かが動く気配を感じ、反射的に立ち止まったと言って良い。



「なんだ、どうした?」



 そう言ってノーメンが路地をのぞき込むと、嫌悪感の募る臭いが鼻に着いた。そこには日の光から隠れるようにうずくまる人影がざっと五人はいるだろうか。

 ノーメンとしては昨日まで同じ姿をしていた事もあり、なんら感慨が湧かなかったが、マウザーはただ一言、「あの人達、欠損が――」とこぼした。

 五人の内、五人とも四肢のいずれかが欠けていたり、醜い火傷を負っていた。



「北方戦争の帰還兵だな。北に行くほど多いって聞いた事がある。まぁ、魔王軍の侵攻にあった南も南であぁ言った兵士が言るから地方の街じゃ珍しくないだろ」

「戦場で名誉の負傷をしたのにこんな暮らしなの?」

「……あの戦場に名誉もなんもない。腕が無ければ荷物は持てないし、足が無けりゃ物が運べない。

 そんな奴らに日雇い仕事が回ると思うか? それに北方戦争も終戦して五年だ。騎士階級ならいざ知らず、無理やり徴用された平民には一時的に金を支払ってそれで終わりさ。

 都市を治める貴族にとって大事なのは私腹を肥やす金で、従軍した負傷者を助ける事じゃ無い。だからこうなるんだ」



 マウザーはただ黙ってその光景を見ていた。

 北方戦争が残した傷跡はまだ残っているのだ。その上、最近では魔物――人外が人間社会に進出していると言う事もあり、人並みにも働けない彼らはより職を奪われている。

 もっとも、彼らの憎んだ人外の方が力があり、なおかつ安価に雇えると言う事もこれを後押ししていると言って良い。



「ま、こんなスラムみたいなもんは大なり小なりどんな街にもあるもんだ」

「…………」

「同情してんのか?」

「別にそう言うんじゃ――」



 彼女は言葉を濁して歩き出した。その後を追うノーメンは彼女の中にも甘さのような物があるのだなと少しだけ安心した。

 腹が減るからと母の宝石を売るほど淡泊な彼女の中にも年相応の甘さがある事に安堵したのだ。

そしてマウザーは再び歩みを止めた。今度は鍛冶屋の前だ。



「すいませーん。ミスリルの端材って売ってます? 純度の低いので良いのですが」

「端材なんかなにに使うんだ? それよりあんたら冒険者か、何かか? なら向かいの武器屋に今朝おろしたミスリルの剣や触媒用に調整された奴が売られてるぞ」



 しばらくの交渉の後、マウザーは革袋一杯にミスリルの端材を手に入れ、それをノーメンに突き付けた。それに眉を痙攣させるようにピクピクと震わせるノーメンが「なんだ?」と聞いた。



「重いから持ってくれる?」

「あのな、俺は確かに血の宣誓をしておまえに付いていくとは言ったが、荷物持ちになるとは言っていないぞ」

「それもそうね」



 マウザーはひょういと革袋を肩に担ぐと歩きだした。それにため息をこぼしたノーメンが続く。

 買い物を終え、宿に戻るとマウザーは軍用背嚢から一枚の地図を取り出す。それは王国の発行する一般的な地図のようだ。



「とりあえず明日にでもここを発ちましょう」

「ちょっと早くないか? もう少しゆっくりしても――」

「追っ手が居る事を思えばゆっくりしていられないわ」



 追っ手――帝国親衛騎士団がマウザーとマリアの接触を阻止するために動いている連中の事はノーメンの中にもあった。故に一所に居るのは危険だと言う彼女の言葉も頷ける。だが、その追手はノーメンの手によって一人残らず料理(・・)してやったので幾ばくか、この街でゆっくりと過ごすための時間が生まれている。



「確かにそうかもいれないが、あまりに急ぐと疲労のせいで動けなくなるぞ」

「長距離行軍についても訓練は積んでる。あ、ノーメンがキツいのなら別にもう一日逗留しても良いけど」

「なら明日出発な」



 そんな会話をしつつ、翌日に二人はメンカナリンを出た。



◇◇◇



 朝が来た。

 それと共に二人はメンカナリンの城門を後にし、さらに北を目指す。その途中、二人は黒い服に身を包んだ一向を見た。



「葬式か」



 ノーメンがぼそりと言った。

 死者を埋葬し、彷徨える魂を鎮めるために彼らは棺を担いでメンカナリンの城門を出ていく。



「死者を埋葬しないとその魂は永遠にこの地に彷徨う……」



 その列を見送るようにマウザーは黙祷を捧げる。だが、その横でノーメンは「だったら、あの戦争で死んだ奴らの魂はどうなんだよ」と言いたいのを堪えた。葬列の先頭を行く僧侶にそれが聞かれれば異端訊問にかけられ、拷問の果てに死罪が言い渡される事を知っていたから。

 それでも彼はそう思わずには居られなかった。敵の銃弾に倒れた仲間を誰が埋葬するだろうか。あの戦場で朽ちて行った死体を誰が埋葬しただろうか。草むす屍となった仲間が埋葬されたなどと話をトンと聞いたことの無いノーメンは一人、唇を噛みしめた。


 その一向が城門を出るとノーメン達も城門を抜けた。



「さ、行きましょう」

「はいはい。てか、そんなに気張るなよ。ここからシュタット領に入るまで何日かかると思う? 徒歩なら一週間はかかるぞ」



 その間にも小さな宿場はあるが、五年前の戦乱を前にその数は減少している。

 だからノーメンは力を抜くように言うが、マウザーはズンズンと歩を進めた。その姿にため息をつきながらノーメンも続く。

 初夏を思わせる風が二人を追いかけるように吹き、メンカナリンの雑踏も遙か遠くに過ぎた。



「今日はこの辺で野営だな」

「まだ歩けるわ。追手の事だって――」

「日が長くなって休める時間が減ってんだ。無理がたたれば体を壊すし、余計に旅程が遅れる。それに追手を相手する俺の身にもなってみろ。旅にへばっている奴の身も守らなきゃならないんだからな」



 マウザーの口がもごもご動くが、それだけだった。

 二人は街道を外れ、開けた場所を見つけるとそこを野営地に決める。



「じゃ、適当に何かを狩ってくる。マウザーは薪を集めてくれるか?」

「毎回言ってるけど、飛び道具を持ってるあたしの方が獲物を獲りに行った方が良いんじゃない?」

「それ、補給が難しいだろ」



 ノーメンの指が彼女の背負うライフルに向けられると「確かに……」と困ったような言葉が返る。

 彼女としてはいくら宣誓をしてもらったと言っても別にノーメンが家臣や部下になった訳ではないのだからどうしても落ち着かなくなるのだ。



「適材適所だよ。勇者達だって、そうだったんだ」

 魔王を討伐した勇者達も己の力を適切に使ったからこそ魔王戦争を終わらせられたのであり、短所を恥じるのでは無く、短所を補い合う事が大事だと言われていた。

 そう言うとマウザーは申し訳なさそうにため息をつくのだった。



「わかったわ。それじゃ、お願い」



 二人で近くの森に分けいるが、その後すぐにバラバラに行動を始める。

 ノーメンは自身の魔力を断続的に飛ばして他の動物の居場所とマウザーの相対位置を確認しながら進む。

 マウザーからは「魔力の垂れ流しなんて考えられない」と呆れられた探査魔法だが彼は有り余るほどの魔力を持っているので気にしない。


 そしてピタリとノーメンの足が止まった。

 じぃっと一点を見据えると、そこが動く。茶色い毛色をしたウサギだ。まだこちらに気づいていない。

 ノーメンは足下から親指ほどの石を掴むと身体強化の魔法を組みながら投石の演算を始める。

 距離、方位、高低差、ウサギを狩るのに最適な力。

 その全てがそろうと石が投擲されるのは同時だった。

 小さな悲鳴と共にバタリと倒れるウサギ。



「ま、一羽で良いか」



 ウサギの耳を無造作に掴み、彼はきびすを返した。

 野営地に戻るとマウザーが火打ち石を使っている所で、彼女の脇には薪と何やら葉っぱの上にのった物が見えた。



「あ、ちょっと待って、今、火をおこすから」

「そういや、お前が火を付ける所を始めてみたが、ずっと火打ち石でやってたのか?」



 「く、今日は付きが悪い」と言いながらもマウザーは頷いた。

 帝国ではこう言った場合、普通は火の魔法を使う。そうすれば火打ち石などを持たなくてすむからだ。



「魔法が使えれば、ね」

「この間バンバン魔法使ってたろ」

「……銃が無いと、魔法が使えないの」



 ノーメンが思い返してみれば疾風(ウェンテュス)の魔法も盗賊が土魔法を使うことで相殺されてしまっていた。確か、あの土魔法は初級だったはず。

 つまりマウザーの使う銃――魔具は魔力事態を増強するような術式が組み込まれているのだな、とノーメンは思った。もっともその事についてもいつぞやの銃について蘊蓄が流れた時に彼女が言っていたのだが、生憎ノーメンの記憶領域からそれは削除されてしまっていた。



「北の王国の魔法使いの質はお世辞にも帝国より優れているとは言えないの。どちらかと言えば王国は魔術後進国の部類よ」

「なら、なんで戦争に勝てなかった? 魔王軍と死闘を繰り広げてきた帝国魔術師団が――」

「あたしのような魔法使いとしての才が無いものでも魔法が使える。それが答えよ」



 カツン、カツンとぶつけていた火打ち石から生まれた火花が枯れ草に飛びついた。白い煙を上げながらそれは成長し、枯れ草を噛みながらパチパチと燃え上がる。



「北の王国に英雄は居ない。正確には個としての英雄を求めない。戦力は何かが突出しているのでは無く、普遍である事が望まれるわ」

「つまり、どういう事だよ、中尉殿」

「うーん。簡単に言うと戦力の代参が効くように作られているの。

 このライフルだってある程度の魔力と訓練時間さえあれば誰だって同じような魔法が撃てるように作られている。あたしだけが引鉄が引けないわけじゃない。ノーマンだってこれを使えば同じ魔法が撃てる」



 極端な話、引鉄を引く者を選ばない火器は民の数と兵士の数をイコールで結ぶ事が出来る。そうすれば戦場で兵士が倒れてもすぐに補充が利く。

 騎士や魔法使いと言った一人前になるまでに時間と金のかかる特権階級だけの武力では無く、その国に暮らす全ての者が扱える武器。即ち火器で質を凌駕する戦い――それが北の王国の戦い方だった。



「いずれ帝国だってそうなる。でも、それを邪魔する者がいる」

「グワバル帝国親衛騎士団長の事を言ってるのか? 確かにアイツは昔から権力欲の強い奴だから、親衛騎士団に代わる戦力があっちゃ良い顔はしないだろうな」



 マウザーの義父であり、ノーメンの親友のヴィルを陥れたグワバルの名が出たせいか、二人の間に気まずい空気が流れる。



「ま、まずは飯だ」

「そ、そうね。ウサギ、捌くわ」



 そう言うやマウザーは背嚢から鉄の板と小型のナイフを取り出す。

 解体する気満々である。

 対してノーメンの顔色は悪い。



「お前、よく進んでそういうの出来るな」

「可哀想でも、お腹は空くの」



 現実主義の言葉にノーメンは苦笑するしかない。

 マウザーは手早くウサギの首にナイフを入れると血抜きを始め――その前にマウザーは目を閉じてウサギに黙祷を捧げた。

 マウザーは獲物を解体する前に必ずそうしていた。

 一度だけ、ノーメンが可哀想だと思うのか? と聞いた事があった。

 元現代社会で引きこもりをしていたノーメンとしては出来れば見たくない光景を前に、マウザーは「ただの自己満足よ」と返すだけだった。

 その事をノーメンが思い出しているとウサギは皮を剥がれ、肉を切られて生き物から食べ物へと姿を変える。

 それを木の枝を削って作った串に刺して焼く。



「まだ塩あるし、使う?」

「せっかくだしな。それに荷物を減らせるのなら俺は喜んで使う」



 ノーメンの言葉に今度はマウザーが苦笑を浮かべる。

 二人はメンカナリンで仕入れた麦とノーメンの水魔法で生んだ水を飯盒に入れて火にかけた。

 それからマウザーは飯ごうの側に渦巻きのそれをぽいぽい、と置く。



「おい、待て。それはなんだ?」

「へ? マイマイだけど」

「お前、それ――」

「夕食の一品」



 ノーメンの背中が震えた。確かに前世でもカタツムリを食する文化はあった。とくに格安ファミレスでもメニューにあった。

 だが、それを食べるか否かは別である。



「えー。美味しいよ。コリコリしてて」

「ヤメロ」



 ぶつぶつとした鳥肌のノーメンにマウザーはさらにイタズラを思いついた少女のように歩み寄る。



「へー。あんな身なりだからこう言うのは慣れていると思ったんだけどな。

 ちなみに北の王国に留学していた時なんだけど、陸軍幼年学校の演習で野営した時なんかみんなでバッタを捕まえて――」

「いい加減にしろ。その口を縫い合わせるぞ!!」



 バタバタとした夕食の準備だったが、ノーメンが簡単な風魔法を使って飯ごうの中を密閉――疑似的な圧力鍋状態にした(マウザーが「爆発するんじゃ」と冷や汗を流してそれをからかったりした)事により、いつもより早く麦粥が出来上がる。

 それにウサギの肉と塩を入れて主菜の出来居あがり。



「あつ、あつ」



 飯ごうの蓋に粥を移してほうばるマウザーを見ているとノーメンはどこか心が和むような気がした。

 そしてそれがとても懐かしかった。



「少し芯が残ってないか?」

「上出来よ。それに質を求めると上限は無いって言うわよ」



 相変わらず本当に貴族の令嬢らしからぬ事で――。と思いつつ、マウザーがたき火からカタツムリを引っ張り出す姿を見つめるノーメン。

 ちょっと変わり過ぎじゃないだろうか。



「……本当に食うのか?」

「だから美味しいって。これに塩をふって食べるのが良いの。まさに貝そのものなんだから!」



 彼女は器用に、そして丁寧に殻を剥くと塩を一掴みふってから口に入れた。たき火を反射したオレンジの喉がゴクリと動く。何気なくそれを見ていたノーマンは何故かその動きにドキリとしてしまった。



「ほら、美味しい」

「いや、わかんねーよ。そういや、ヴィルも騎士の癖にそういう下手物食いに抵抗が無かったな」



 それこそ、ヴィルと出会った頃は彼にだって下手物反対派だった。

 しかし反対派も長続きせず、長期の行軍にノーメン以外の面々は慣れていったのだ。



「別に、食えない訳じゃない。ただ、食べにくいって言うか」



 マウザーが細い枝で掻きだしたカタツムリがノーメンの足下に転がる。

 それを拾い上げてパキパキと殻を割っていく。



「真っ先に慣れたのはヴィルだった。アイツはなんやかんや、一歩を踏み出す勇気を持っていた」

「だから、グワバルの不正を暴こうとしたのかな」



 パキリ。その音に続く音は無かった。ただ、パチパチとたき火の爆ぜる音と虫の合唱だけが夜空に響く。



「あ、さっきのなし! それより早くしないと冷めちゃうよ」

「う、うるせー。ちゃんと食うからな。別に食えないって事じゃないんだ。こうも生前の姿が生々しいと躊躇いを覚えるだろ?」

「良いから食べなよ」



 ニヤリとしたマウザーの顔を、ノーメンは忘れられなかった。


余裕があれば今夜も21時くらいに更新するかもしれません。


それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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