メンカナリン
連続更新2/2になります。お間違えの無いようお願い申し上げます。
「で、まだ出発出来ないのか? さっさとシュタット領に行く理由を聞きたいんだが」
「待って、あと一丁整備してから」
簡単な朝食と血の宣誓の後、マウザーは昨夜使ったライフルと二丁のリボルバーを一丁ずつ分解整備していた。
それを苛立たしげに「全部まとめてやれば早いだろ」と言うノーメン。
「全部バラして整備したとして、その時に襲われたらどうするの? 短剣だけじゃあたしは戦えないわ」
「そん時は俺がなんとかする。そういう宣誓だろ?」
「頼もしい事で」
そう言いながらマウザーは慣れた手つきでリボルバーを分解していく。
銃身を外し、蓮根のようなシリンダーを引き抜くと彼女は顔をしかめた。
「うあ、火魔法を撃ったせいで煤がすごい」
「なぁ、それってどういう原理で魔法を撃ってるんだ? ただの銃じゃないよな」
「うーん。構造自体は普通の銃よ。ただ射撃直前に呪文を詠唱する事で弾丸に魔法を付与するのが違うかな。これは魔法兵専用の魔法銃で撃鉄が落ちた衝撃で火魔法が発動するようになっていてそれが――」
事も無げに理論を次々射出するマウザーだが、ノーメンはその半分程しか理解出来なかった。
どうもマウザーは技術屋気質らしい事を悟り、専門的な話にならないよう会話に気を付けねばと脳内のメモ帳に書き記す。
しかし彼女の熱心な話しぶりから全てを聞き逃すのがはばかられ、耳に馴染んだ単語が飛び出すと思わず口を挟んでしまう。
「え? その銃、ミスリルで出来ているのか!? 黒色じゃん」
「白銀は目立つから染色してるの。それに正確に言えば純粋なミスリルは精製するのに手間が掛かりすぎてコストが上がっちゃうから鉄を混ぜて――。って人の話を聞いてる?」
なんて贅沢な使い方――ミスリルの透き通る輝きこそ価値があるとも言われるのにそれを黒に染めるという暴挙に似た行為にノーマンは頭痛を覚えた。そんな彼にお構いなしと言ったようにマウザーはリボルバーを組み直し始める。整備が終わったのだ。
だが、終わったのは整備であって弾丸の装填が行われていない。昨夜の戦闘でリボルバーの弾丸をほぼ撃ち切ってしまったのだから再装填しなければ銃はただの鈍器になってしまう。
「北の王国じゃ、そんな面倒な事をいつもやってるのか? そんなんで良く勝てたな」
「向こうの国に行ってみると分かるわ。どうして帝国が負けたのかすぐに分かる」
そう言いながらシリンダーに火薬を詰めるマウザーの横顔には苦笑が浮かんでいた。
実際に海を渡って北の王国を見てきた瞳には嘆きのようなものが浮かんでいる。
「勝てる訳無かったのよ。武器の性能もあるけど、そもそも帝国が動員出来る兵力を知ってる? 帝国親衛騎士団や魔術師団、各領主の総兵力をあわせても五万が限界よ」
「知っている。北方戦争の時がまさにそれだった」
魔王との戦争でも帝国が動員した戦力は最盛期で六万。それを考えると国と国の戦争ではこれまで類の無い戦力をつぎ込んだ戦争だと皇帝陛下は言われていた。
「王国は常備兵力として二十個師団――二十万人の軍人がいる。それも平時に、ね」
王国は北方戦争の初期こそ八個師団――八万人ほどの兵力だったが、次々に送り込まれる増援を受けて述べ十五万もの兵力を投入したと言われている。
それがいざ、戦時となれば王国はさらに国民を徴兵して多くの師団を作り、練兵し、そして派兵してくる。
「確かに王国の軍制や武器は帝国のそれより先進的だけど、勝因はそれよりこの圧倒的な数の差よ」
「……そんなに兵隊がいちゃぁ、確かに勝ち目が無いな」
マウザーがコクリと頷く。そうしながらも彼女は白銀に光る弾丸――純粋なミスリルを球形にしたそれをシリンダーに入れ、銃身下部に取り付けられたローディングロットで押し込んでいく。
「あ、これでも読んで待っててくれる?」
「その背嚢、なんでも入ってるんだな」
作業の手を止めて手渡された封書は丁寧に封が切られており、中には上質な命令書が入っていた。それをノーメンに手渡すと彼女はそそくさと弾丸の再装填にかかりだす。
多少の躊躇いを覚えつつ命令書を開くと以下のような事が書かれていた。
『命令
本命令はヴィルヘルム・ベンテンブルク元侯爵が残したと言う帝国親衛騎士団団長ディートリヒ・グワバル公爵の癒着に関する証拠を彼の騎士団より先に確保し、帝国を腐敗させる諸悪の根源を断罪するため、又冤罪事件を受けてお家お取り潰しとなったベンテンブルク家並びにヴィルヘルム・ベンテンブルク元侯爵の名誉回復のために下達される。
なお、確かな筋からの情報によるとその証拠は聖女マリア・ネフタル猊下が所持している模様。また教会から聖女殿は南方辺境領(旧シュタット領)に赴かれ、布教活動を行って居るとの事。
マウザー・ベンテンブルクは聖女殿を追い、この証拠を確保して帝都に帰還すべし。
又、本命令を遂行する上でマウザー・ベンテンブルクに特別な階級と通行証を軍務卿の名において発行する。
汝の武運を祈る。
軍務卿テスカウ・サバト』
ノーメンは命令書を一読し、そしてもう一度読み返し、さらにもう一度読み返した。
「それじゃ、荷物をまとめるから」
「おい待て、中尉さんよ。これは――」
「義父様は冤罪で処刑されたわ」
テキパキと荷物をまとめる彼女の横顔に表情のような物は浮かんでいなかった。そしてノーメンの頭の中に『冤罪』と『処刑』の二言が浮かんでは消え、また浮かぶ。
思考が追い付かない。
「あたしが留学している間に義父様は軍務院で軍務次官をされていたの。それである時、親衛騎士団で行われていた癒着についての証拠を掴んだ」
「それで、殺されたのか?」
コクリと頷かれ、脳裏に浮かぶ清廉潔白を旨とする親友に「バカ野郎が」と毒づいた。
そして共に命を懸けて帝国のために剣を取った仲である彼が帝国貴族の手で葬られた事に悲しみとも怒りとも着かない感情が湧き出して固まってしまった。
そんな彼に背を向けていたマウザーは雨衣を着こみ、背嚢を背負うと街道に視線を向ける。
「行きましょう」
「あぁ……」
しばらく彼は何も考えたく無いように口を閉ざしてその背後に従う。
木々のざわめきや鳥の鳴き声がやけに響く中、ノーメンがやっと口を開いた。「それでシュタット領に行くのか」と。
コクリと碧の瞳が縦に動いた。
それは政争の果てに処刑された義父と同じ危険を冒すのと同義だ。相手は一国の勇者さえも葬る力と決断力を持つのに、こいつはそいつ――ディートリヒ・グワバル公爵と戦おうとしている。
バカじゃ無いのかとノーメンは思った。
「で、その証拠で無実を証明してベルテンブルク家を再興するのか? それは追手に命を狙われてでもやらなきゃならない事なのか?」
「そうよ」
「そんなに家が大事か? 義娘とは言えそれをヴィルがそんな事を望むと思うのか? 帝都で平穏に暮らす未来だってあったはずだ」
帝国の軍備の要である帝国親衛騎士団は北方戦争で敗退こそすれ、その偉容は未だに健在。
その大将であるグワバルの権力は強大であり、一度追手を撃退したからと言え易々と諦めるわけが無い。
「なによ。怖じ気付いたの?」
「もう血の宣誓をしてるから引き返せないってのは分かるが、それを知っていたら宣誓しなかったぞ」
「だから言わなかった。でも、あたしも刺客が来るとは思っていなかったわ。秘密裏に帝都を出たし……」
そんな目立つ雨衣を着てたらな、とノーメンは言いたかったが、ここはぐっと堪えた。
ファッションで言えば自分は何も言う権利の無い身なりをしているからである。
「ま、宣誓しちまったし、義理とは言えヴィルの娘の頼みだ。これも何かの縁と思って最後までやることはやるさ」
「頼もしいわね」
彼女はライフルを担ぎ直し、歩を早める。
何かに追われるように、急ぎ足で。
◇◇◇
三度の野宿を経るとようやくメンカナリンの城壁が見えてきた。
その間、ノーメンはマウザーの貴族の令嬢らしからぬサバイバル能力に舌を巻き、マウザーはノーメンの浮浪者らしからぬ博識さに驚くと双方にとって「こいつの素性はなんなんだ?」と深く疑問を覚えた。
「やっとついた」
帝国の北方ではもっとも大きな町であるメンカナリン。
旧シュタット領にもっとも近い交易の街は裏を返せば北の王国にもっとも近い都市と言えた。
そのせいか、北方戦争後は王国の品物を帝国に卸す仲介の街として栄え、北方一の都市と言われるだけの規模を誇っている。だが、その陰に北方戦争で出たシュタット領の難民による治安の悪化や王国からのならず者の流入、密貿易の拠点と黒い噂も立ち上っていた。
また、再び王国と戦端が開かれればこの町を拠点に帝国はシュタット領を奪還する作戦を考える重要な地点でもある。
「ま、そんな作戦は失敗するでしょうけど」
「そうなのか?」
「王国軍なら敵に攻勢をかけられた事を前提に南方辺境領の防衛計画を立てているはずだし」
そんな会話をしつつ城門に近づくと、ふとノーメンが立ち止まった。
「おい、このまま入って良いのか? お前、親衛騎士団から手配とかされていないのか?」
「それは大丈夫だと思う。義父様の裁判も終わって極刑とお家御取り潰しって沙汰が出ているし(冤罪だけど)、あたしの暗殺を大っぴらにやるのは反グワバル派に反撃の糸口を与えてしまう事になるだろうから、表立てあたしを逮捕するような事は無いと思う」
それにマウザーは取るに足らない存在。刺客によってひっそりと闇に放り込まれるだけで、その後を気にする者が居ないと思われているはず。
そう、マウザーは思っていた。
「と、言うか食料がもう何もないから町に入る以外の選択肢が無いのよ。あと屋根のある所で寝たい」
「それと風のしのげる壁があれば文句はないな」
そんな事を話しながら二人は城門を潜る。
ここで一戦交えるかもしれないと緊張していた二人だったが、関所を兼ねている門番に所定の金額を納め、簡単な書類にサインをする(なお浮浪者然としたノーメンは危うく入城を拒否される所だった)事で容易にメンカナリンに入城できてしまった。
正直に言って拍子抜けと言える。
「まさかあたしが検問に引っかかるんじゃなくてノーメンが引っかかりそうになるなんて……」
「おい、よりにもよって奴隷扱いとか無いだろ」
「まぁまぁ。あのままじゃノーメンだけメンカナリンに入れなかった訳だし、あたしの所有物とすれば審査も要らないわけだしね。とりあえずまだ日もあるし、まず服を買いましょう」
ボロ布と変わりない服に視線を落としたマウザーに「金は無いぞ」と返す浮浪者。
「ま、そこは元貴族と言うことで恵んであげる」
「ありがてぇな」
人で溢れる路地を(イヤな顔をされながら)行くと、一軒の古着屋を見つけた。
いくら令嬢とは言え、元である。新品など買う余裕は無い。そのせいかノーメンはマウザーが少し小さくなってしまったように思えた。
「ま、服ならなんでも良いさ」
「そう言ってくれると助かるわ。あたしも一着ダメにしたし、買おうかな」
そう言いながら雑多に置かれた服を一枚、一枚確認していく。
よく見ると、彼女の雨衣の下は擦り切れた濃紺のジャケットと軍隊の物と思われる黄色い線の入った水色のパンツと泥に汚れたゲートル。
貴族には見えないな、と思いながらノーメンはもっとも安い古着を手にする。
薄く、若干の汚れのあるシャツ。それと頑丈が取り柄のような黒いズボン。
それを手にマウザーを探すと、彼女は女性物が置かれているコーナーに居た。
ノーメンが声をかけようとしたが、彼女は熱心にレースのついたスカートを眺めている。眺めているだけで手に取る事はない。
そこに結界が張られているように、彼女はただただ可愛らしいスカートを見ているだけだった。
そんな姿が痛ましかった。
義理とは言え父を失い、家を失い、一つの希望にすがるように旅をする彼女が哀れに思えた。
「……。あ、服、決まった?」
「あ、あぁ」
「あたしも決めたよ。じゃーん」
効果音と共に引っ張りだしたのは彼女のズボンと同色の水色の詰め襟ジャケット――北の王国軍の軍服だった。
その詰め襟に取り付けられた緋色の兵科色に見覚えのあるノーメンは頭が痛くなる。
「それ、王国の兵隊の――」
「そう、兵用の夏軍衣。たぶん、北方戦争の時に帝国が(死体から)もらったものだと思う」
ドレスでは無く軍服を。
そう選択をした彼女は屈託無く服を買うために店主の元に向かう。
「おい、待て。本気で軍服にするのか!?」
「じょ、冗談よ。目立つしね」
目立つと言えば今も十分な、と言おうと思ったがやめた。きっと無駄になるだろうとノーメンは確信したからだ。
その後、マウザーは麻で出来た茶色の旅装を買い、二人はぶらぶらと宿を探す事にした。
「あ、ノーメンの背嚢も買わなきゃ」
「別にいらない。荷物は持たない事にしてるから」
「あたしに貴方の荷物を持たせる気なの?」
「いや、そういう意味じゃないさ」
自分の物は自分で持てと言いたげな視線を送るノーメン。マウザーは頬を膨らましていたが、ふととある店の前で立ち止まった。
「そう言えばノーメンは徒手空拳で戦うの?」
マウザーの視線の先には武器屋があり、整然と剣や槍が並んでいる。ノーメンは「得物は持っていたが質に入れたからな」と頭を掻きながら言った。
「え? どうして? まぁ、あれだけ強ければ問題無いだろうけど、得物があれば冒険者として生計が建てられたんじゃ……? 回復魔法とか使えるんなら冒険者ギルドでも傭兵でも働き口はあるでしょ」
「いや、ま、一身上の都合って奴」
北方戦争を通して戦う意義を失った彼は全てが嫌になり、己の獲物を捨てたのだ。
それから彼は戦いとなれば素手で戦う。武器を持つ意味を見いだせなかったから。
「買い戻そうとも思わないし、重い物は持ちたくないから武器に関しては気にしないでくれ」
「そう言う兵士が居たから戦争に負けるのよ。でもさすがに武器まで買う余裕は無いから助かるわ」
はにかむマウザーに溜息を返えすノーメン。
二人は食糧等の買い物を明日にする事を決め、宿を取ると早々に寝入ってしまった。
一日一話だと対象に間に合わないので隙あらば投稿して行こうと思います。
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