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血の宣誓

連続更新1/2になります。お間違えの無いようお願い申し上げます。

「ん?」



 マウザーが目を覚ますと、そこは森の中だった。

 はて、自分は村の中で追っ手と戦っていたはずなのだが……。

 そう思いながら周囲を見渡すと少年と青年の中間くらいの歳に見えるノーメンが草むらの奥を凝視していた。おそらく街道を見張っているのだろう。



「あの……」

「お? 起きたか」



 マウザーの体は固い地面のせいで凝り固まっていたが、それを徐々にほぐしていく。



「あの、一体、何が?」

「村で盗賊に襲われたのは覚えているな」

「えぇ。それであたしが魔法を使いすぎて……」

「あの後、村から逃げ出した」



 「に、逃げ!?」ガバリと起きあがると背骨がパキパキと悲鳴をあげた。

 だがそれどころでは無いとばかりに立ち上がり、自分の上にかかっていた雨衣に袖を通し始める。



「まさか村に戻ろうってんじゃないだろうな」

「いや、あたしが壊したような物なんだから――」



 なんとかしなきゃ――。そう言おうとしてそれが無理な事に思い至る。

 本格的な大工仕事など出来ないし、かと言って村の損失分の費用を補填出来るほどの路銀も無い。

 その上、自分には任務がある。故に彼女は袖を通した雨衣をゆっくり脱いだ。



「…………。戻らないのか?」

「え? 戻って欲しかったの?」



 眉を潜める彼女に変わってノーメンは「いや、てっきり……」と驚いたように言葉を濁した。

 彼としては何が何でも戻ると言い出しそうな貴族の娘と見ていたのだが、ただの貴族の娘では無いのだなと認識を改めた。



「ま、逃げたって言っても火消しには協力したし、賊の始末もした。後はあいつ等の身に着けていたミスリルの防具を売ったりして村人がどうにかするだろうさ」



 迷惑料と言う意味でもそれらの防具を剥ぎ取らず、そのままにしてきた。むしろ純粋に近いミスリル製なのだから慎ましやかに暮らせば村単位で数年は遊んで暮らせるほどの額となる事を考えるとおつりが来るほどだろう。



「装備を残して来たのは分かったけど、あの装備を売ったらそこから足が着くんじゃない? 相手はミスリル製の武器を揃えられるほどの所よ。叛乱とか、なんとか理由をつけて討伐の対象になるんじゃ――」

「俺達と一戦交えた事くらいは伝わるかもしれないが、あの刻印の無い鎧からしてあれは裏の物だ。おおっぴらに手を出してはこないだろ」

「なるほど。で、ここは?」

「メンカナリンに向かう途中の街道のどこかだよ。ここは昔、樵が開いた場所らしい」



 古い切り株が点在している空間。どうやら街道から少し離れた場所のようだ。



「お前の荷物は全部そこにあるから」



 マウザーが指さされた方向には無造作に軍用背嚢が転がっていた。背嚢には毛布が巻き付けられているのだが、どうせなら雨衣では無くそっちの方をかけて欲しかったと思った。



「で、お前はあの騎士達に追われる理由があるって言っていたな。俺も追われる身だが、仮にお前を狙った追手だったとして、どこの連中か目星はついているのか?」



 ミスリルのような希少金属はその保有量が戦力にも通じるため、流出を防ぐためにも純度の高いミスリル製品には各領主の刻印が記されるものだが、それが無かった。つまり意図的に刻印を入れない物を誰かが作らせたのだ。

 それもあれだけの人数に行きわたるほどの数を揃えたとなればそれほどの権力と金のある者の差し金とだろうとノーメンは検討をつけていた。



「……。それ、聞くの? それにそっちも追われる身なのなら貴方の追手かもしれないじゃない」



 そう言いながらマウザーは腰のポーチ、ホルスター、そしてリボルバーと準々に失われた装備が無いか確認していく。



「あ、服破れてる……」



 彼女の簡素な上衣にパックリと破れていた。どうやら木の枝か何かで切り裂かれたようだ。



「す、すまん」



 視線をそらしながら答えるノーメンに怒りがこみ上げるが、見ず知らずに等しい自分をここまで連れてきて、その上で先ほどまで街道を警戒してくれた事にその怒りは再び沈下していく。



「気にしないで。元々、古着屋で見繕ったものだし」



 そう言いながら彼女は背嚢の紐を解く。



「それより朝ご飯はまだ? お礼と言ってはなんだけど、多少の食料があるから食べて」

「あからさまに話題をそらしに来たな。ま、良いや。飯の事だっけ? 俺は腹が減っても人より永く我慢できるから気に無いでくれ」

「そう言わないで。追われているって言う割には貴方、良い人っぽいようだから御馳走するわ」



 マウザーの背嚢から紙に包まれたパンと瓶詰めのジャムを取り出す。

 パンはどうやら焼きしめられて日持ちする物だった。冒険者や軍用食として作られるそれにマウザーはナイフを取り出すと手際良く切り分けた。



「――ん? お前、どこからそのナイフを取り出した?」

「色々としこんでるの。その様子だとあたしの体に手を出していないのね。それに武器もそのままだし。貴方ってやっぱり良い人のようで、なんか安心した」



 試す様に言い放たれた言葉にノーメンは「好きに言ってろ」とため息交じりに答えた。そもそも彼としては十歳も年齢差がありそうな少女に手を出そうと思わないだけの意識は残っていた。



「ジャムは適当に使って。これ、けっこうパサパサだから」



 そう言いつつマウザーは背嚢からこれまた紙に覆われた乾燥肉の固まりを取り出す。



「メンカナリンまであと何日くらいか分かる?」

「あと三日か、四日か」

「うーん。やっぱり一人分しか無いからな……。って、ノーメンは荷物らしい物無いけど、糧食や水ってどうしてるの?」

「だから人より我慢が利くんだって。メンカナリンくらいまでなら飲まず食わずでもやっていける」



 そう言いつつ、彼は乾いたパンを口にする。



「なんか、懐かしい味だな。どこで食ったっけ? てか、美味いなこれ。小麦で出来たパンなんて久しぶりに食った」

「え? いやいや。不味いよ、これ」



 そう言いつつもマウザーもパンにかじりつく。

 しばらくモグモグとすると、彼女はジャムの入った瓶からナイフでジャムをすくう。



「それに、これはこの大陸じゃそうそう作られてないのよ。懐かしいはずがないわ」

「え? そうなのか?」

「だってこれ、北の王国の軍用食のレシピで作ったんだから」



 だったらそれをどうして持っている――。そう言おうとしてノーメンは思いとどまった。

 マウザーの使う武器を見てふとした可能性を思いついたのだ。



「そうだ、思い出したぞ。北方戦争の時、王国の連中からくすねて食った奴だ。それにその武器……。お前、王国軍の関係者か?」

「あー。この間まで留学してて。お家お取り潰しで強制帰国」



 留学出来るほど国交が回復していたのか、と感心しながらパンを飲み下す。

 そのとき、パンに吸われた水分を口内が欲している事に気がついた。



「あ、どうぞ」



 マウザーは方掛けに吊っていた水筒を差し出した。

 ノーメンはその水筒に見覚えがあった。北方戦争の頃、北の王国軍の兵士が持っていた物と同じ形状をしている。



「それで鉄砲を持ってきたわけか」

「そうそう。義父様が留学に行けって。もう五年近く向こうに居たかな?」

「五年って、お前何歳だよ」



 そんな幼子を元とは言え敵国に送るか、と思いながら彼女の差し出した水筒に口をつけた。革製の水筒から流れる水は温かったが、それでも乾いた舌にはそれが非常に甘く感じた。

 それをマウザーに返すと、先ほどまで自分の口にあった飲み口が彼女の口に吸いこまれ、美味しそうに喉が上下に動く。

 これって所謂(いわゆる)間接キスってやるか、とノーメンの心に気恥ずかしさに似た居場所の悪さを覚えた。どうも気まずい。



「で、その……。あれだ。なんでこんな辺鄙な場所に居るんだ? いくら元とは言え、貴族様だろ? この街道だってメンカナリンを過ぎればその先は元シュタット領だし、何しにそっちまで行くんだ?」



 元シュタット領――シュタット家の納めていたそこは先の北方戦争によって北の王国に割譲された失われし帝国領。

 その統治を行っているのはもちろん戦勝国たる北の王国であり、王国製品を取り扱う商人を覗いてそこに向かう者は居なかった。もっとも、その商人も大半は海路を使って帝都と交易を行って居るため、陸路はほとんど使われないと言っても過言では無い。

 そんな街道を行く理由がどうしてもノーメンには分からないでいた。



「……それを知るなら、あたしに同行してもらう事になるわ。それくらい厄介な事をあたしはしようとしている。追手も、たぶんその件でかかっている」



 ノーメンとしては親友の義娘が何をするのか知りたい所だったが、ここに来てそうも行かなくなったようだ。それにマウザーとは昨日出会ったばかりの赤の他人然とした関係であり、そこまで深くこの娘の事情に首を突っ込む事も無いだろうと思われた。



「ねぇ、もし、あたしが助けてと言ったら、助けてくれる?」



 挑発するような、もしくは試すような視線。ノーメンはパンを食べる事を辞めて碧の瞳を見つめ返す。



「……時と場合によるとしか」

「じゃ、時と場合さえ合えば助けてくれるの?」



 だからノーメンは昨日、マウザーを助けたのだ。

 成り行きとは言え、ノーメンはそうやって彼女を助けたのだ。彼には彼女を助ける時があり、助けられる場面だった。だから助けた。



「なるほど。それじゃ、貴方が――」



 意味深な言葉にノーメンは嫌な予感がした。

 そしてその予感が的中する。



「ねぇ、あなたの軍歴は?」

「……魔王戦争の時と北方戦争の時に従軍しただけだ」



 大きな声では言えないが、脱走同然の除隊をしたノーメンは嫌な汗をかいていた。

 彼が犯した罪はまさにその脱走罪。そのせいでまともな職に就くこと無く浮浪者同然の恰好をしているのだ。



「だから何歳なのよ。でも、れが縁なのね」

「縁?」

「ガレスラ様がね、予言をしてくださったの。決定的な縁を持った者と出会うから、その者を共にしなさいって」

「ガレスラ? 勇者の?」



 魔王戦争で活躍した英雄の中の英雄。魔王を打倒した五人の英雄――勇者の一人であるガレスラ。

 マウザーの義父ヴィルヘルム・シュタットと共に勇者の称号を得たナナリ・ガレスラは帝国一の魔女と呼ばれる彼女の名前にノーメンが驚いたように目を見開いた。



「こんな田舎で義父様を知る貴方と出会って、共に戦えた。これも、何かの導きじゃない?」

「……。あいにく、俺は宗教をやってないから、そういう物は信じない」



 だが、確かに運命的な物を感じずには居られなかった。全ての縁を断ち切り、引きこもっていたノーメンがこんな場所で戦友とも言えるヴィルの娘と出会った。確かに神とか宗教を信じて居なくてもこの巡り会わせを縁の巡り会わせとも思える。

 あるいはあのカジュアルな服装をしている神の差し金なのか。

 ここでこの娘を放り出すのは簡単だ。だが、あの神が仕組んだ事なら巡り巡って共に旅をする事になるだろう。それにノーメンの目的地はメンカナリンだ。共に北上するなら手間にもならない。なら――。



「分かった。で、メンカナリンまで同行すりゃ良いんだな」

「あたしはシュタット領に行かないといけないから」

「は!? なんで?」

「マリア様にお会いするためよ」



 ガレスラ共に勇者一行の一人であるマリア。神殿の巫女であった彼女は戦に疲れた人々を癒しながら勇者一行と旅をしたその人。

 天性的な治癒魔法の才能があると聞くその人は布教の一巻で旧シュタット領に赴いていると言う。



「で、会ってどうするんだ?」

「これから先を話すには……。ちょっと待って」



 マウザーは三度、背嚢を漁って一枚の羊皮紙を取り出した。

 そこに描かれた文様を見たノーメンは「宣誓の魔法陣じゃねーか」と小さくこぼした。

それは宣誓者と契約主の血を垂らす事でその人物の心を束縛する事が出来る代物だ。この宣誓に反する行いをすると宣誓者に様々な罰が下ると言う物騒なものだが、もっともこれは騎士が王に忠誠を誓う時にも使われる極めて儀礼的な魔法だ。



「これの宣誓違反は……宣誓者の死じゃねーか。ここまでやるか、普通……」

「出来ないなら話はここまで。まぁ保険のようなものよ。宣誓内容はあたしに危害を加えない事と

シュタット領まであたしの護衛をするって言う二点のみ。それと無事にシュタット領までたどり着いたら宣誓を放棄してそれ相応の謝礼をするつもり。どう?」



 ノーメンはしばらく逡巡するが、自分ならこの宣誓を破っても死ぬことは無い(・・・・・・・)事を思い出して宣誓する事にした。



「宣誓。ノーメンは血の宣誓をもってマウザー・ベンテンブルクに忠を誓う」

「え? そんな即断して良いの?」



 当惑しながらもマウザーはナイフをノーメンに差し出した。

 後は魔法陣に血を流すだけなのだが――。



「おい、このナイフ、ジャムがべったりついてるぞ」

「ごめんさい。気づかなくて」



 マウザーはナイフに唇を当てるとそこに付着したジャムを舐めとった。それでも残った滓に小さく蠢く舌を使ってそれを清める。そしてそれがノーメンの手に渡ったが、彼はなんとも言えずにナイフを凝視するばかりだ。

 彼は薄ら濡れて光るナイフとマウザーのぷっくりと桜色の唇を見返し、再度ナイフをマジマジと見つめる。思わず溢れ出しそうになる唾を飲み込み、自制心と欲望に揺れながら彼は答えた。



「……汚い」

「え? あたしは別に気にしないけど」

「俺が気にするんだ。ヴィルの短剣を寄越せ」



 渋々と渡されたそれでノーメンは人差し指の先を切り、血を垂らす。魔法陣が輝き、宣誓を受け付けた事を告げた。



「我、マウザー・ベンテンブルクはその宣誓を受け、汝の忠誠をここに認める。汝はこれより我が剣、我が盾となり我を守護せよ。汝が危機に落いりし時、我はその忠誠に応えるために万難を廃し、これを打ち破らん」



 マウザーは先ほどのナイフで自分の人差し指を切ってさらに血が魔法陣に流れる。これで血の宣誓が有効になった。



「これからよろしくね。ノーメン」

「不本意だが、こちらこそ」


コメント返信は今夜行います。



それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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