襲撃
連続更新3/3になります。お間違えの無いようお願い申し上げます。
村を救ってくれたからと村長から温かい歓待を受け、通された部屋にはふかふかの藁をシーツで包んだベッドは二つ用意されていた。
ノーメンとしては互いに別々の部屋で寝たかったのだが、部屋が無い事とマウザーが「あ、慣れてるんで」と不穏な発言をしたため同室となった。
「はぁ。久しぶりに屋根のある所で寝られる」
「奇遇だな。俺もそう思ったよ」
だが、元とは言え、貴族のマウザーがよく野宿をしている事を伺わせる発言にノーメンは疑問が湧いた。
いくら貴族の籍を剥奪されてもまさか着の身着のままと言う訳ではあるまい。
故に早速ベッドを一つ占領した彼女に不信感丸出しの視線を向けると、逆に彼女も碧の視線に不信感を露わにしてノーメンを見つめ返した。
「それより、名無しの権兵衛さんね……」
偽名でしょ? と言いたげなマウザーをしり目にノーメンは「『さん』はいらない」と答えながらベッドに身を横たえる。
(もっとも偽名だけどな)などと思いながら両手を広げて大きな伸びをする。腕が伸ばされ、腹筋が広げられて快感が走った。
「あの、今更かもだけど、盗賊に刺されていなかった?」
ノーメンはふと記憶に検索をかけ、思い出した。確かにノーメンは傭兵にナイフで刺されていた。だが彼はそれが最初から無いように今まで立ち振る舞っていた。
その上、傷があれば悲鳴でも上げそうな姿勢をしている。
「あぁ、紙一重でなんとかなったよ」
「本当に大丈夫なんですか? 治癒魔法は使えませんが、薬草くらいならお分けしますよ」
「いや、だから平気だって。自分で治癒魔法もかけたし。ほら」
衣をめくって(もっとも衣の体をしていない服だが)見せると、そこには筋肉で引き締まった胴があるだけで傷一つない。
胡乱げな瞳でノーメンを観察するマウザーだったが、深い疲労が刻みついたようなノーメンの顔を見ている内に追及する事をやめた。彼は何を問うても答えないような気がしたのだ。
だが、どうしても聞きたい事が一つだけあった。
「それで義父様とどういう関係だったんですか? 知り合いのようですが」
「魔王戦争からの戦友と言うか……」
「魔王戦争って、もう終戦してから十年は経ちますよ。何歳なんですか?」
ノーメンの見てくれはどんなに増しても十八以下にしか見えない。先ほどの偽名疑惑の事もあり、マウザーに不信感を生まさせた。
「この外見はその……呪い? みたいな」
「………………。まぁ、ベルテンブルク家の宝物ならもとより、この短剣の事を知っているのなら、義父様と戦友と言うのも嘘では無いようですね」
それでもマウザーから不信感は拭えなかったが、それは逆に対してもしかりだった。
ノーメンからすれば元貴族とはいえ供もつれずに一人旅をしている事の理由が知りたかった。
「それで、特務中尉だっけ?」
「帝国ではそういう身分よ。それが?」
「いや、中尉って確かある程度の経験を積んだ少尉がなる階級だろ?」
そう、マウザーは中尉として若すぎる。それが親の七光りと言うならわかるのだが、マウザーの家からお家お取り潰しと聞いた。
「臨時で中尉待遇の指揮権を有しているから、そう名乗っているのよ」
そこで互いにまだ腹の中に何か隠しているなと思っているとノーメンがピタリと動きを止めた。
殺気を感じたのだ。
それも複数。
そのノーメンの動きからマウザーが起きあがる。
「どうしたの?」
「……囲まれてるな」
さっと強ばるマウザーの表情。だが彼女はすぐに自分の荷物を軍用背嚢に押し込むと雨衣に袖を通す。
「まさか昼間の奴ら?」
「分からない」
昼間の賊は全て討ち取ったつもりだが、残党が残っていて報復に来たのか?
そうノーメンが思ったとき、急に濃い煙の臭いがした。
「まずい! 火をかけられた!」
反射的にノーメンは部屋の扉をけ飛ばすが、その先にメラメラと家をなめる炎が見えるだけだ。
「他の家も燃えてる!」
窓に駆け寄っていたマウザーの悲鳴。それを聞くやノーメンは彼女の肩を掴んで引き寄せた。
「ばか、不用意に窓に近づくな。弓兵が――」
スカンッ。
気持ちの良い澄んだ音と共に窓から矢が進入し、床に打ちつけられた。マウザーは危うく自分に突き刺さるはずだった矢に視線を落として肌が粟立った。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして。で、ここからどうやって出るか、だな」
この火炎を突破しても外に矢を放った刺客がいる。それに刺客が弓兵一人と言うのも考えづらい。
ノーメン一人なら相手が何人居ようが、どのように待ち伏せを企てても対処できる自信があったが、マウザーを連れては難しい。
「とりあえずこの壁を破壊して外に出る?」
「は? 矢の飛んできた方向に逃げるって言うのか?」
「考えがあるの」
ノーメンはイヤな予感しかしなかったが、それでも彼女を生かす術が今は無い。
ならば――。
「分かった。好きにしろ」
そう言うやマウザーは腰のホルスターから二丁のリボルバーを引き抜く。
「あー。ちなみにノーメン。魔法は使える?」
「肉体強化と治癒くらいしか見るべき物は無いぞ。後は初級魔法をかじってるくらいだ」
「……なんで魔法が使えるのにそんなボロを着てるの?」
呆れともつかない問いにノーメンは答える事無く「早くしろ、焼け死ぬぞ」と苛立たしげに言った。
「【風よ、力となりて吹きすさべ。疾風】」
リボルバーの銃口に現れた魔法陣を貫いた暴風は瞬く間に書面の壁を粉砕し、その破片を巻き上げる。
「【水の精よ、我らを守りたまえ。水の乙女】!」
二丁目のリボルバーが吠えると空気中の魔素が水の名を与えられ、清水の柱が立ち上る。
水柱は二メートルほどの高さに成長すると丸い女性特有のシルエットを描き出した。
「……【炎の精よ、我らの行く手を阻むものを焼き付くせ。火蜥蜴】」
「――ん!? ば、ばか!」
ノーメンの悲鳴と共に銃口から生まれた火蜥蜴が水の乙女と激突し、大量の水蒸気が二人を包み込んだ。
「今の内に逃げ――。あつ! あつッ!!」
「当たり前だ、バカ! 水蒸気の中に突っ込む奴がいるか!」
マウザーの雨衣のフードを押しつけるように被らせると、その上から抱き込むように彼女を庇いながらノーメンは壊れた壁から出て素早く暗闇の中に姿を消すように逃げる。
「くそ、すげー熱いぞ」
「も、申し訳ありません……」
闇を湛えた木の影に隠れるとすぐに「あっちに行ったぞ!」と鋭い声が響いた。煌々と光を放つ炎はすでに村を覆っており、武具を携えた者達が村人を一か所に集めている姿が良く見えた。
「助けなきゃ」
「は? 何言ってるんだ。よく見ろ。あいつ等、昼間の連中じゃないぞ」
その村人を捕らえているのは傭兵崩れの盗賊では無く、白銀――おそらくミスリル製の鎧を着込んだ者達だった。
「あれはどう見ても騎士団の連中だ。きっと、この村が反乱か、何か企んでいたんじゃないか?」
「そんなバカな。貧しくてもあたし達を歓待できるほどの料理を出してくれたのよ。反乱を起こすまで追いつめられた村のはず無いわ」
確かに――そう出かかった言葉を飲み込んでノーメンはさらにその騎士のような連中を観察すると、胸元のプレイトメイルに誰も彼もが布を巻いて家紋が見えないようにしていた。
本来なら己の手柄を周知させるためにも家紋を隠すなどと言った行為は行われないはずなのに――。
それなのに家紋を隠すと言うことはこの行いを露見させたくないと言う思惑があるに違いない。
「……確かに、ただの反乱鎮圧じゃ無さそうだな。くそ――」
「やっぱり、追ってきたんだ……」
「な、なに?」
マウザーはしまったとばかりに「いえ――」と言葉を濁した。
しばらく燃え行く村を彼女は見た後、意を決したように背嚢を地面に置いた。
「おい、まさか村人を助けるって言うんじゃないだろうな」
「あたしのせいです。あの人たちはあたしを殺そうとしている。それにあの人たちは巻き込まれて――」
だから助ける。
そう言うや、マウザは腰のポーチから油紙に包まれた葉巻のような物を取り出すとそれを口で噛みきった。
「ノーメンはこのまま森に逃げて」
確かにこのまま闇に紛れて追っ手を巻くことは出きるだろう。
だが、それではこの少女を見捨てる事になる。
「おい、あのミスリルの鎧を見ろ。きっと魔法防御の術式が組み込まれてるぞ」
「それなら大丈夫。対法兵戦闘についても習ってるから」
「習うって……」
さて、そろそろ身の振り方を決めなければならない。
このまま逃げてメンカナリンに向かうも良し、だ。
そうノーメンは思ったが、戦友の忘れ形見を置いて行って良いのか? と思った。
共に戦い、共に嘆き、共に喜び合った戦友の義娘。
血の繋がりは無くとも親友がもっとも大切にしていた短剣を受け継いだ娘を放っておけるのか?
「たく、なんて土産を残していったんだ」
「え?」
「手伝ってやる」
「でも――」
「なんつーか。俺も心当たりがある。その、追われている身なんでな」
ノーメンは体をほぐすように腕の筋を延ばす。そんな彼の姿にマウザーは「追われているって、何やったんですか?」と聞いてしまった。ノーメンはどう答えようかと思ったが、説明している時間が無いから無視する事にした。
「とりあえず、俺が突っ込む」
「手伝うって言っておいて無策!?」
そう言いながらもマウザーは噛みちぎった葉巻のような物から魔法杖――ライフルに何か、銀色の粉を注ぐと、残った油紙を銃口に押し込んだ。
「分かりました。ですが、まずはこいつを撃ちこんでから」
銃口の下に取り付けられた込め矢を引き抜き、それで弾丸を薬室まで押し込んだ。
「それじゃ、大きいのを撃ちます」
「待て、もう火傷は勘弁だ。何の魔法を撃つのか予め言え」
「氷の魔法です。ただ、攻撃って言うより火消しと目くらましを狙って、ですけど」
そう言うやマウザーは撃鉄を引き起こす。
ふと、ノーメンは銃とは火が無いと撃てないのでは? と疑問に思ったが、マウザーはそのまま引鉄に指をかけた。
「【凍てつくものよ、時さえも氷結させ冷めぬ冬を召喚せよ! 氷よ】!!」
詠唱と共に魔法陣が展開していく。複雑な魔法式が組み終ると共に引鉄が引かれ、魔素を含んだ白煙と冷気が飛び出す。すると凍てつく風が村に吹きすさび、火炎の勢いが削がれていった。
「居たぞ! あそこだ!」
銃声からか、騎士達の注目が二人に集まる。的は総勢で十五、六は居るだろうか。
「行くぞ」
「ちょっと、得物は? まさか無手で行くの!?」
「殺して奪う」
シンプル極まり無い答えにマウザーは閉口しつつ、ノーメンに続いて飛び出した。
そのまま全力で走り、剣を振りかぶった騎士の間合いに飛び込む。瞬時にその斬撃の軌道を解析し、半歩下がってそれをかわす。
「なッ!?」
「良い剣だな。くれよ」
下がった半歩を利用して助走をつけると側頭部に一撃を加えて平衡感覚をつみ取る。そして緩んだ手から彼の得物を奪い取ってそのまま露出した首筋を斬りつけた。
「ふーん。ミスリル製の直剣か。良い装備してんな。帝都で買ったのか?」
「き、きさ――うあ!」
敵の装備に関心していたノーメンに切りかかろうとした騎士が横倒しに躓いた。
正確にはマウザーの放った氷の初級魔法の直撃を防御魔法が緩和しきれず、その衝撃で倒れたのだ。
「油断しないで!」
「別に油断はしてないさ」
マウザーは両手で包むようにリボルバーを構えながら近づいてくる騎士達に一撃を叩き込んでいく。
見るからに初級魔法のそれであるが、撃たれた騎士達は防御魔法がありながらその衝撃を殺しきれずに倒れていく。
プレイトメイルの性質上、衝撃を逃がしきれないのだろう。
「く、弾切れ!」
その言葉と共にノーメンが前衛に躍り出る。
マウザーがもう一丁のリボルバーを準備する間に彼は騎士達の間に飛びいるや鋭い突きを放って命を刈り取った。
「この!」
その隙を付かれ、脳内に『回避不能』とエラーにも似た警告が現れる。そのため彼は剣を手放して先ほど絶命した騎士を盾代わりに一撃を回避。渾身の一撃を阻止された騎士に向かって死体を押し倒して身動きを封じて彼の顔面に蹴りを叩き込む。そして流れるような動作で彼が新しい得物を掴んだのが同時だった。
「離れて!」
リボルバーを構え直したマウザーの一撃。
それがどんどん戦闘不能な騎士を作り出す。
「中々上手いな」
そう関心しつつ、剣身についた血糊を払ってマウザーの射線に出ないよう注意しながら剣を振るう。そして剣の刃が潰れ、脂によって切れ味が落ちるとすぐに別の剣に持ち帰る。
十五、六人は居た騎士達はあっという間に半数以下に減じており、隊長と思わしき人物が舌打ちをして撤退を告げた。
「逃がすか!!」
キビスを返して逃走に入る騎士。それを追うノーメン。
だがその間に炎のカーテンが敷かれた。
「くそ、火の魔法か。マウザー! 水の魔法を――」
「む、無理……。もう魔力がない」
舌打ち。だがその時、肉体強化の魔法のせいか、煌々と燃える炎に反射した何かをとある家の屋根に見つけた。
それはそこに陣取った弓兵がマウザに鏃を向けた所作だった。
「くそ」
魔力切れでへばる彼女は回避行動をとれないだろうし、これだけ装備の良い騎士団お抱えの弓兵がその程度の回避運動で矢を外すとは思えない。
故にノーメンは弓兵とマウザーの間に入り込む。どうしてそこまでやるのかは分からなかった。
だが、そうしなければならないような気がしたのだ。
「ぐ」
短い悲鳴と共にノーメンの手のひらに矢が突き刺さる。
「ノーメン!」
「あの屋根に弓兵だ!」
指示された方向にマウザーは最後の力を振り絞って氷の魔法を撃ち込むと、彼女は気を失ってしまった。
「はぁ、暢気なものだな。ってこれなんとかしないといけないのか」
燃える村。取り押さえられた村人。ノーメンが切り捨てたは良いがまだ息のある者。マウザーの銃撃で気を失った騎士。
「いや、どうにも出来ないぞ」
ノーメンはため息をついてから後始末に乗り出した。
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