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南方辺境都動乱

「ん? 銃声?」



 町行く人々の間でマウザーが立ち止まった。

 だがそれは海風に瞬く間にかき消され、本当に銃声がしたのか、それともマウザーの聞き間違いなのか判然としないものだった。



「ねぇ、さっき何か聞こえなかった?」

「そうか? よく分からなかったな」



 二人は日雇い仕事の斡旋所を目指していたが、突然、街の人々に動揺が走り出した。



「なんだ? 何かあったのか?」



 と、ノーメンが言った瞬間、マウザーが頭を抱えてよろめいた。



「おい、どうした?」

「なんか、声が……」

「声?」

「頭の中に直接響くような……」



 ノーメンが周囲を見渡すと目に付く人々、みんなが頭を抱えたり、天を見上げている。

 その天を見ると空中に南方辺境都を覆うほどの魔法陣が輝いていた。

 その文様から広域の通信魔法陣である事を悟ったノーメンはこの魔法陣を作った人物に心当たりを覚えた。天使だ。

 神の代理人たる天使には神に及ばないものの強力な力を持っている。その力をもってすれば一つの都を覆うほどの魔法を行使出来るだろう。



(だけどあの神がこんなに出しゃばって来るものか? いや、あいつの性格なら絶対にありえない。それじゃ、これは堕天した天使の仕業か)



 彼はマウザーに声がなんと言っているのか説明を求めると、頭を押さえた彼女は切れ切れに言った。



「えと、王国の兵士が……教会を襲って、物取りに見せかけて神の家に血を流したって」

「教会って……俺達が行ったところか?」

「分からない……。あ、声が止んだ」



 その言葉通り、周りの人々も混乱しながらも先ほどまで体験した奇妙な出来事に顔を見合わせていた。



「どういう事だ?」

「声が聞こえた!」

「天の声だ!」



 混乱は興奮へと代わり、そして動揺に移った。



「大変だ! 声に導かれて教会に行ったら僧兵様達が殺されていた!」

「子供が生き残って事の一部始終を見ていたぞ! 相手は訓練された兵士のようだったって行ってる!」

「それじゃ、王国兵か!! 許せない! 総督府に抗議にいこう」



 動揺は怒りへと変貌し、熱気に包まれた群衆が動き出す。



「まずいな。マウザー、一端ここを出よう」

「………………」

「おい、マウザー!?」

「な、ない?」



 緊張のせいか、ひりついたマウザーの舌が思うように動かない。

 その様子にノーメンは「とにかく脱出だな」と言った。だが、例のごとくその案をマウザーは却下する。



「総督府に向かった方が良いんじゃないの? 軍と合流すべきよ」

「ならあの群衆をかいくぐって総督府に行く方法を示してくれ」

「む、むぐぅ……」

「まずは安全の確保だ。幸い、荷物は全部持ってるからな」



 総督府に向かう流れに反するように二人は街を脱出する。この街を囲む城壁までたどり着くとやっと一息つく事が出来た。



「さて、どうるすさ、中尉殿」

「……今は少尉よ」



 覇気の無い返しにマウザーに何かある事を確信したノーメンは静かに歩きだした。目指すは城門だ。

 そこに行けば城門を守る守備隊が居るはず。



「まずは情報を仕入れるぞ」

「うん。そうね。そうしましょう」

「お前、なんかあるならどこかに隠れて騒動が収まるのを待つって手もあるぞ。

 どうせこの騒ぎだ。マリアを追う所じゃねーぞ」

「それもそうなんだろうけど……。でもまずは軍を合流しなくちゃ」



 二人が城門に行くとこの騒動から逃れようとする人々やそれを押し止める兵士とで押し問答が行われているようだった。その中を通って城門を守る兵士にマウザーが認識票を見せる。



「第三三六猟兵小隊のマウザー・ベンテンブルク少尉だ。詰め所に通してもらう」

「はい!? ちなみに軍の認識コードを言ってもらえますか?」

「急いでるのよ。えと、確か……」



 その後、マウザーが十桁ほどの数字を言うと兵士は「失礼しました少尉殿」と道をあけてくれた。

 それに続いて二人が雑踏を抜け出ると今度は守備隊の詰め所から怒鳴り声が聞こえてきた。



「反乱? 城門は閉鎖? はい、はい。――――。分かった。応援? そっちは今、周辺の部隊を集めている所だと言え」



 詰め所の扉を開くとノーメンの腰ほどしかない小柄のおっさん――ドワーフが乱暴に杖を兵士に押し返した所だった。



「第三三六猟兵小隊のマウザー・ベンテンブルク少尉です。こちらは任務の都合で同行してもらっている者です」

「ラーダニル大尉だ。なんだ、援軍か?」

「いえ、特別任務中だったのですが、隊から離れていて状況がつかめません。よろしければ教えて頂けませんか?」

「見ての通りの反乱だ。ちょうど良い。司令部から戦闘団を組織して反乱を鎮圧するよう命令が出た。もう総督府の方ではドンパチやっているようだからな」



 その言葉に二人は顔を見合わせる。

 その間にもドワーフの大尉は魔法杖を持った兵士に部隊を城門に集結させるよう命令を出す。



「あんたらも悪いがこっちの隊に臨時で入ってもらう」

「で、ですがあたしは戦闘指揮の経験がありません」

「あ? なんでだ?」

「特別任務で臨時に少尉に編入されたので士官教育も一年分しか――」

「技術屋って所か?」

「そ、そんな所です」



 威圧的とも言える大尉の言葉にタジタジとなるマウザー。だが相対する大尉はそんな事、お構いなしだ。



「それは法兵用のライフルだな。兵科は?」

「……魔法兵科です。中距離支援魔法専攻していました」

「よし。軍袴ははいてるようだが、上はあるか?」

「い、いえ」

「おい、余りの軍衣があったろ。あれを貸してやれ」



 あれよあれよとマウザーの旅装束が軍人のそれになる。

 バルター達が着ていた紺色の詰め襟に水色の軍袴。そして崩れかかったピケ帽。



「軍帽が兵用しか余っていないんだ、勘弁してくれ」

「いえ、お気遣いありがとうございます」

「大尉殿! 各地から兵が集まってきましたが、五十名ほどしかおりません」

「なに、法兵が一人居る。群衆程度すぐにケチらして勲章を頂くぞ」



 勇猛な言葉と裏腹に兵士達の顔には緊張が走っていた。

 特に新兵にとっては初めての実戦とあって表情が堅い。それを見たノーメンはどこも同じなんだなっと場違いな感慨を覚えたものだ。



「で、あんたはどうなさル?」



 堅い帝国語で問われ、ノーメンは「彼女についていく。任務なんで」とおどけたように言った。



「くれぐれも邪魔をしないでくれヨ」



 陰険な目でノーメンを睨むように立ち去る大尉の背中に「はいはい」と返事を返す。

 そして大尉の率いる部隊が総督府を取り巻く群衆の側面を着ける位置に移動した。



「なぁ、この雷のような音って――」

「たぶん、総督府に駐留していた砲兵が撃ってる」



 南方辺境都は穏やかな騒がしさが消え、今あるのは混乱と怒声に満ちた殺伐さがあるだけだ。

 そんな中、大尉の部隊は総督府からの通信魔法を受けて中央通りを確保するよう命令を受けた。

 その中央通りはこの都でも広く、よく整備された道であり、総督府や軍港まで続く主要な往路だ。それを制圧出来れば群衆の活動を大幅に制限出来る。



「行くぞ! 二列横隊を形成しろ」



 手にライフルを握った兵士達がラッパの号令とともに道を封鎖するように広がる。

 その背後に彼らを指揮する士官達が兵士達に発破をかけて行く。

 その中にマウザーの姿もあり、手にしたライフルを堅く握っていた。



「大尉! 司令部から発砲許可が出ました」

「良し。全隊前進!」



 規則正しい軍靴の音が往路に響く。

 いつもは商人や漁師達が陽気にあるく道に響く硬質な足音が木霊(こだま)していく。

 その眼前に居る群衆達は未だに総督府へ群がっており、彼らに気づく事はない。



「よし、止まれ! 構え!」



 一糸乱れぬ動作でライフルが構えられ、撃鉄が引き起こされる。それはノーメンがオークの村で見た戦闘からすれば一つ一つの洗練されすぎていて別の物を見ているような気さえ起こさせた。



「狙え!」



 ノーメンの記憶にその王国語が蘇った。

 北方戦争において無慈悲な弾丸を送り出す時にかけられる言葉。



「撃て!!」



 雷鳴に似た銃声と濃密な白煙が耳と目を制圧する。

 「装填」の号令がかかるのとノーメンの意識が戻るのが同時だった。

 海風によって吹き払われた煙の先で悲鳴を上げ、泣き叫ぶ民達が見えた。

 それを前にしても王国の兵士達は黙々と銃口から流し込んだ火薬と弾丸をカルカで押し固める作業を続ける。



「構え!」



 ガチリっと撃鉄が起きあがる。

 整然とした動作と共に再び死の号令が下され、銃声と悲鳴が二重奏を作り上げた。



「装填!」



 カシャカシャと銃身に火薬を詰め込む音が響く中、ノーメンはふとマウザーの姿を探した。

 彼女は大尉から法兵と言う役目を受けたせいか射撃には参加せず、ただ堅い表情で眼前で血を流す群衆を見つめている。



「前進! 五十メートルほど前進し、射撃を再会する! 全前進! 前へ、進め!!」



 大尉は士官らしくリボルバーを引き抜いて進む方向を示す。

 それと同時に横隊が進みはじめる。すると群衆達が我先に逃げようと後退しだした。

 横二列に広がる濃紺の軍服が放つ威圧感に群衆達はすでに戦意を喪失してしまったと言って良いだろう。それでも彼らは止まらない。

 王国は緩やかな統治で南方を治めていたが、それは王国の弱腰では無いのだ。王国に恭順するから緩かったのであり、逆であれば苛烈な措置が待っているだけだった。



「大尉! 総督府から通信がありました。各戦闘団が進軍を開始、港に向かって()を追い立てているそうです。また海軍の軍艦も艦砲射撃の準備を整えているそうです」

「よし、こちらも前進してあいつらを港に追い込め」



 遠隔通信魔法による各部隊の連携がよく取れている。

 ノーメンはこれが本当の王国の戦争なのだと実感した。

 確かに彼はオークの村でマウザーが教練した戦闘を見ていたが、あれは正に即席の部隊でしかない。

 だが、目前にいる兵士達は皆、訓練を積んだ一般人であり、その訓練の大成がこの戦闘なのだと実感した。



「これが王国の戦争……」



 勇者一人の力では勝てない軍としての戦闘。

 素直にすごいと関心してしまう。



「このまま帝国の豚どもを追い立て――」

「大尉! 九時方向!! 敵!!」



 一人の兵士の声が響く。幾本も道が交差する辻に入ったとき、別の道から押し寄せる群衆達が目に入った。

 彼らは別の方面から攻撃を開始した戦闘団に追い立てられるように逃げていたのだが、計らずに成立してしまった挟み撃ちに混乱が生まれた。



「も、もう終わりだ!」

「主よ、我を助け給え!!」



 悲痛な混乱が彼らを付き動かし、怒濤の勢いで迫ってくる。

 対して大尉率いる戦闘団はちょうど彼らに側面を取られてしまった形になっており、迅速な攻撃に移れない――そもそも彼らは正面の敵を攻撃しようとしているのだから横は無防備にならざるを得ない。



「陣地転換! く、間に合わないか!?」



 髭面の大尉の顔に焦りが生まれる。だが、その血走った目がマウザーを捕らえ、勝機を見いだした。



「少尉! 法撃で群衆を止めろ!」

「り、了解!!」



 マウザーは震える手で撃鉄を起こし、ライフルを腰だめに構える。



「目標、前方の敵集団! 火炎魔法、撃ち方用意!」

「も、目標前方の敵集団。ひ、火炎魔法、撃ち方――」



 震えた声がそこで止まる。ノーメンが彼女の元に走りよると、彼女は大粒の汗を流して震えていた。



「なにをしている少尉! 撃て! さもなくばみんな死ぬぞ!」

「し、死、死!?」

「おい、落ち着け!」



 悪鬼の如き形相で迫る敵。今度はそれに圧倒された王国兵達がそれに及び腰になる。

 そんな中、マウザーは奥歯を震わせ、荒い呼吸を繰り返して完全に魔法が撃てる状態では無くなった。



「くそ、そいつを貸せ」



 ノーメンは彼女の手からライフルを奪い取る。

 どうしてマウザーが怯えているのか疑問が残ったが、それでも彼はまず眼前の敵をどうにかしなければとライフルを構えた。



「【永遠に燃え続ける柴よ、天の声と共に啓示を伝える赤色の光よ、行く手を指し示す声よ、我に力を貸し与え給え】」



 ノーメンは演算を加速させつつ魔法陣を作り出していく。

 そこに昔、神が地上の者に天啓を与えたさいに己の姿を燃え続ける柴にした時の炎がくすぶり出す。



「【炎よ(イグニス)】!!」



 引鉄が引かれる。撃鉄が落ち、火花が――散らない。

 ノーメンの脳内がフリーズするが、すぐにエラーの文字が踊る。

 そうしている内に魔法陣が消えかかるが、それが消失する寸前に弾丸が飛び出した。


 いわゆる遅発だ。

 撃鉄が生み出した火が上手く火薬に着火しない事で起こる事故。その確率は良質な火薬や銃の整備を徹底する事で限りなく下げられるのだが、その限りなく低い出来事をノーメンは引き当ててしまったのだ。



「ま、魔法が!?」



 力のない魔法陣を通過した弾丸はいくら上級魔法が付与されていてもその力を十全と発揮できずに炎の壁となった。



「突破される……!」

「て、撤退! 撤退!! 走れ走れ!!」



 大尉の悲鳴に似た声と共に兵士達が我先にと逃げ出す。

 その光景は先ほどの群衆と同じ物だった。



「マウザー! 逃げるぞ!」



 彼女の腕を掴んだノーメンだが、その手は強引に振り払われた。



「マウ、ザー?」



 疑問が漏れる。だがそれに答える事無くマウザーは濁った碧の目で駆けてくる群衆を見ていた。



「なにしてる! 一端引くぞ」



 それでも彼女は石のように動かない。そしてマウザーが右手を群衆に向かって突き出す。その間に彼女はぽつりと「やらなきゃ、殺される」と狂ったように呟いた。



「【原初の闇を斬り裂きし創造の先駆者、混沌たる闇を貫き昼と夜を分かつ先兵。汝、光よ。開闢以前の創造を今、ここに】」



 虚空に出現した魔法陣に書き込まれる膨大な魔法式にノーメンは直感でヤバいと思った。

 それに彼女の唱える最上級魔法はまだ魔法陣の構築中と言うのに肌が焼けるような熱気を放っている。



「【光あれ(イェヒー・オール)――」



 彼女の詠唱が終わる前にノーメンは「すまん」と短く言うと鳩尾を正確に強打して彼女の意識をつみ取った。

 術者からの魔力の供給が止まった魔法陣からそれを構成していた魔素が熱と共に霧散していく。



「まったく、世話の焼ける……!」



 【光あれ(イェヒー・オール)】――神が世界を創造する際に発した始まりの言葉。

 闇の中から昼を創り出した火が群衆に向けばどうなるか、とノーメンは冷や汗をかいた。

 だが、それに構っていられるほど悠長な時はない。

 依然とこちらに群衆は向かってきている。



「逃げるしかないな」



 そして逃げながらノーメンは思った。



(あれ? こいつ銃無しじゃ魔法を使えないんじゃ)



 どうやらまだマウザーは隠し事をしているようだとノーメンは後で尋問(おはなし)しなくてはとため息をついた。


昨日は申し訳ありませんでした。ただ、目標の十万字を突破したのでこれからは不定期投稿とさせて頂きます。(ストックが切れました)

また、銃火のも更新があるのでどうかご容赦ください。


それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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