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縁ある出会い

連続更新2/3になります。お間違えの無いようお願い申し上げます。

「え? クビ!?」



 朝、薄い粥をすすって出てきた船問屋の裏口でノーメン・ネスキオーは顔を強ばらせながら荷役長に先ほど言われた言葉を繰り返す。

 すると荷役長は鬱陶しい、と言わんばかりに帳簿をめくりながら言った。



「そうだ。お前みたいなガキはクビだ」

「ガキって……。確かに見てくれは十五、六だがな、こう見えて十年前の魔王戦争にも従軍した――」

「うるせー。クビと言ったらクビだ。今日一杯で人間はみんなクビにしろって上役から言われたんだ」



 ふと、今、船から荷を運び出しているのは犬のような頭の小柄な人外――コボルトだった。

 最近は人外が人間社会に進出して来ているとは聞いたが、こんな地方都市でもそうなのか、とノーメンの心に燻るように存在していた怒りが音を立てて燃えそうになる。だが、彼は精一杯の自制心で鎮火させると「そうですか」と小さく言った。



「そういうわけだ。だから仕事は他を当たれ」

「ほ、ほか!? あの退職金とか――」

「とっとと失せろ! それともなんだ? まだ魔王戦争の英雄様気取りなのか?」



 殺気立つ荷役長にノーメンは万の言葉を持ってこの不当解雇をやめさせたかったが、それは無理なのだろうと悟った。

 人間よりも安い給料で倍は働くと言う人外を雇った方が効率が良い。なら店はより利益のためにも人間を解雇するのは同然。

 それに荷役長は店の上役から言われた事を実行しているだけであって、彼に人事権がある訳では無いから彼に何を言っても無駄なのである。



「お世話に、なりました……」



 ノーメンはとぼとぼと元の職場を後にすると、その近くで「困った」と言っている同僚たちが居た。いや、元同僚か。



「魔王が死んでから平和になったと思ったのになぁ」

「戦に飢えに病……。魔王が居なくなっても、オラたちの暮らしは変わらないな」

「いや、あの後の人外の流入や北方戦争での敗戦でより悪くなるばかりだ。あの戦争に負けたから人外が仕事を奪っていきやがる。それよりおら達は明日からどうやって日銭を稼げば良い? 荷役の募集もほとんどが人外だ。こちとらこの仕事以外の事なんて出来ないぞ」



 そして誰とも無く言った。


『勇者達が現れなければ……』


 その言葉にノーメンは背を向けるように早足で遠ざかろうとしたが、それに気づいた元同僚が声をかけた。



「お前さん、これからどうするんだ? 仕事の宛があるならオラにも紹介してくれ」

「いや、あいにく。とりあえずこの町に居ても仕方ないので町を出ようと思います」

「町を出るたって、旅費なんてないだろ?」



 その日を暮らすだけで精一杯の給金。蓄え等も無い。そんな彼が旅に出ると言いだすと仲間達は「あ、ついに心が――」と憐れみを込めた視線を向けた。

 そもそも旅には金がかかる。旅の装束はもちろん野盗対策に武器や防具、そして食料。

 それらを整えられるはずのないノーメンの未来は野垂れ死にだろうと誰もが思った。



「多少の空腹は平気なんです。それじゃお元気で」



 ノーメンは足早にその場を去った。

 そして町を囲う城壁を出てあてどなく歩く。ただひたすら、街道を行く。

 みすぼらしいく汚れた布のような衣。くたびれた腰紐。財産は無く、浮浪者然とした男。



(とりあえずこのままメンカナリンまで行くか。あそこなら仕事があるかもしれない)



 街道の先の町メンカナリン。田舎の町並みのそこに行くには徒歩で四日はかかる。

 だが、ノーメンはその四日分の食料はおろか、水さえ持っていない。

 それでも彼はフラフラと街道を進む。日が傾き出した頃、西日に照らされた黒煙が空に登っているのを見つけた。

 薄くたなびく煙。風に乗ってくる人馬の悲鳴。



(村が盗賊にでも襲われたか?)



 重税に耐えきれなくなった農民や魔王討伐後に仕事の減った傭兵、町を追われた犯罪者――様々な理由で略奪を生業とする盗賊が生まれ、方々を跋扈している。

 特に元傭兵の盗賊は統率が取れ、その技量も高いためやっかいな存在となりつつあった。それこそ騎士団を用いた討伐を行ってもそれを軽々巻いてしまうほどの技量を持つ連中も居る。



(巻き込まれると困るな)



 すぐに村を迂回する、もしくはこのまま街道を外れて森に入って一夜を開かしてからメンカナリンに向かおうと考えているとドタドタと足音が響いてきた。

 逃げ遅れた――そう思った瞬間、街道の先から着の身着のままで走ってくる村人達が見え、その最後尾に茶色い外套のような物を着込んだ人が両手に魔法杖のような物を持って「早く、早く」と叫んでいるのが聞こえた。

 声からして女性――それも若い。

 そう思っていると彼女はクルリと振り向くや、手にした杖を後方に構えた。



「【風よ、力となりて吹きすさび、我を守護せよ】」



 そう叫ぶと同時に杖の先に魔法陣が形成され、呪文が唱えられる毎に複雑な文様が刻まれる。魔法式が組み立てられているのだ。



「【疾風(ウェンテュス)】!!」



轟音と白煙が耳を貫く。この音を、この衝撃を知っている。それも前世で、だ。



「銃、なのか!?」



 確か魔王戦争末期の帝国に北の王国より援助として貸与された新兵器であり、北方戦争では王国が大量に配備していた兵器。

 その兵器から吐き出された弾丸が魔法陣を突き破ると突風となって渦を巻いて竜巻を生み出した。竜巻はとぐろを巻いた蛇のように盗賊を睨み、彼らの行く手に立ちふさがる。それを見た魔法使いは踵を返して遁走に移る。

 だが、ノーメンはその光景に釘付けになっていた。銃から魔法が発射された光景に見とれていたのだ。

 それに気づいた少女が「何をやってるんです!?」と強引に袖を引く。



「早くしないと追いつかれるわ! 早く――」

「慌てるな! 中級魔法だが、ただの足止め用だ!! 土属性の魔法を連射して相殺しろ」



 盗賊のリーダー格らしい男が叫ぶや盗賊達が一斉に魔法の言葉を紡ぎだす。



「あいつら、元傭兵団らしいの」



 外套のフードを目深に被った彼女はそう言うや杖――銃を肩にかけながら腰のベルトに手を伸ばす。

 ノーメンは彼女の腰に拳銃タイプの銃が二丁と革製のポーチ、そして見知った短剣がある事に気づいた。



「おい、その短剣――」

「それより逃げましょう。これ、一度撃つと装填が大変なの」



 ノーメンはしばし逡巡した。

 この少女が持っている短剣と記憶の海に沈んだ親友の短剣を引っ張り出して測定――一致。

 あいつが家宝のそれを他人に売る可能性は無いし、それも一品物だから間違いなくあいつの物だ、とノーメンは思った。だが、それだけでは万が一があると手を引く少女に向かって叫んだ。



「……もしかしてヴィルと知り合いか? ヴィルヘルム・シュルツ名誉大将」

「え? 今、急いでるんだけど」



 知ってるよ、と叫びたい心をノーメンは押さえ込みながらもう一度問うと彼女はしぶしぶと答えた。



「シュルツは父の旧姓で、ベルテンブルク家に婿養子になってヴィルヘルム・ベルテンブルクを名乗っていたわ」



 そうなのか。それじゃ、こいつは――。



「それより逃げましょう。あいつら、騎士団並に統率が取れてる。わたし一人の魔法じゃどうしようもない」

「……よし、分かった。とりあえずあのならず者共をやれば良いんだな?」



 「え?」と言う言葉と共に急制動をかける。

 ノーメンは彼女の腰についたベルトから旧友の短剣に目を向けると「借りるぞ」とその短剣を引き抜いた。



「ちょ、ちょっと正気なの!? 相手が何人か知らないでしょ!? 十人は居るのよ! それに三人は馬に乗っている。勝てないわ」

「ま、普通の人間はな」



 彼女は口をパクパクさせていたが、逃げきれない事悟ったのが腰から拳銃を引き抜いた。

 それはノーメンが前世で見たリボルバーと同一の形をしたそれであり、「えぇい、ままよ」と短く言いながら蓮根のようなシリンダーをクルクルと回す。



「なんだ? 突風の次は魔法使いの嬢ちゃんと浮浪者が相手か?」



 馬に乗った盗賊のリーダー格が下卑た笑いを浮かべながら近づいていた。だが、不用意な接近では無く、ノーメン達と一定の間合いをとるようにしている。

 そうして続々と盗賊達が集まり、包囲の輪を作った。その輪を作った盗賊達も警戒の色を崩さず、端々で錬度の高さを伺わせた。



「痛い目を見たくないならさっさと降参するんだな」

「誰がそんな事を!」



 彼女が声を張るが、それは盗賊達の嘲笑に消されてしまった。

 ノーメンはその盗賊達の装備を慎重に見定め、演算する。最適な敵の排除の方法を、敵の動きを事細かにシュミュレートしていく。

 そして息を一つ吐くと目にも留まらぬ早さで間合いを詰め、短剣が徒歩の傭兵に突き立てられる。

 完全な不意打ちとあり、その傭兵は血を流しながら崩れ落ちた。だがノーメンはそのお数瞬前に彼の持っていた長剣を奪い取り、戦闘不能となった傭兵の隣の男に向かって真一文字に薙ぐ。



「ぐあ!」



 無駄のそぎ落とされた一撃を食らった隣の傭兵は断末魔を上げながら首が宙を舞った。

 その神速の攻撃に盗賊がひるむや、彼女が浪々と呪文を唱える。



「【凍てつけ(グラキエス)】!!」



 そう言うや銃口から魔法が飛び出し、盗賊のリーダーが乗っていた馬の足に氷に包まれ、そして倒れた。

 ノーメンは彼女の存在をシュミュレーション組み込み、再演算。敵の動きからさらに修正を加える。

 するとパイクを握った傭兵が渾身の突きを繰り出して来た。が、その軌道を正確に捕らえたノーメンは半身だけ体を引き、長剣の腹を使ってその一撃をすりあげる様に往なして距離を詰め、すりあげ切った剣を返して柄頭でパイク兵の喉仏を強打する。

 パイク兵は痛みと衝撃で息が吸えなくなり、喀血しながらパイクを手放した。もちろんそれを見過ごすノーメンでは無い。素早く再演算、倒れようとする彼の手からパイクを抜き取る。



「ば、ばけもの……」



 悲鳴に似たそれを聞きつつ、ノーメンは槍を手に力任せに振り回した。そして乱れた敵の陣形からより効率的に戦闘が行えるよう思考しようとして、隙が生まれた。

 先ほど打倒したパイク兵が喀血をたらしながらノーメンの死角をついてナイフで彼に決死の一撃をみまう。

 ノーメンに苦悶の色が浮かぶがすぐにその盗賊の顔面に鉄拳が飛んだ。



「やってくれたな!」



 引き裂かれたボロ布が赤く滲むが、それだけだった。

 その鬼神の如き戦いぶりに盗賊達はすがるようにリーダーに視線を向ける。



「ち、割にあわねぇ。引くぞ」



 そう言うや風のように彼らは包囲を解いて逃げ出した。



「くそ、待て!」

「貴方こそ待って、さっき刺されたでしょ!? 盗賊の事は町の騎士団に任せましょう」

「いや、大した事はない。それより今の内に殲滅するぞ」



 近くの死体から剣をノーメンが拝借すると彼女も渋々と言ったようにリボルバーを構えた。



「戦意の無い者を撃つのは騎士の道に反する――」

「あいつ等は戦意なんて高尚な物は最初から持ってないぞ」



 今日を生きるために他者から奪う。そうやってきた連中に戦場のルールを持ち込むなと言いたげにノーメンが言うと、彼女も観念したように撃鉄を上げた。



「追うぞ」

「……はい」



 ふと、ここでノーメンは彼女の名前も知らない事に気がついた。



「お前、名前は?」

「え? 今言う必要あるの?」



 早く答えろと言う念が届いたのか彼女は早口に言った。



「マウザー。マウザー・ベルテンブルク特務中尉」



 バサリと茶色いフードが脱げる。くすんだ金の髪、碧の瞳。薄らと日焼けした活動的な頬。

 ノーメンの知るヴィルの面影はまったく無かったが、それでも彼は彼女の吊る短剣がもたらした縁に気づかぬまま、追撃を始めた。


連続更新3/3は本日の午後七時を目安に投稿致します。よろしくお願いします。

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