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軍司令官と地の文

「それでは席について」



 ユッタ・モニカ中将が指示を出すと先ほどまで護衛をしていたバルターの部下達が退室していく。その最後の一人が扉を閉めてからユッタはゆっくりと席に着いた。



「さぁ、皆さんもお座りください」



 物腰の柔らかな女性だなとノーメンが感心しつつその容姿にさりげなく観察していると、少しだけ違和感を感じた。



「……? あぁ、この耳ですか? 帝国では珍しいですよね」



 そう言ってモニカが触った耳はバルターのように尖っていたが、右耳だけ欠けていた。彼女はそれを気にするように触りながら苦笑いを浮かべる。



「昔、戦場(やんちゃ)で――」

「すいません。不躾な事を……」



 ユッタは丁寧な帝国語で「気にしないでください」と微笑み、そしてマウザーに視線を向けた。



「マウザー・ベンテンブルク准尉――それとも中尉と呼んだほうが良い?」

「はッ! 准尉で構いません!」

「そう、では軍務卿から渡されたと言う命令書を見せて」



 手早く命令書を背嚢から出した彼女は震える手でそれをユッタに渡す。それが一読されるとユッタはバルターにその命令書を向けた。



「報告の通りですね。ですが准尉、王国の見解として残念ながら貴女の亡命の受け入れは出来ません」

「え――?」

「ただし、今日付けで貴女を王国陸軍少尉に任官し、特別任務を下達されます。命令、マウザー・ベンテンブルク少尉」

「ハッ!」



 物腰こそ柔らかな口調だったが、そこに有無を言わせる間を与えない喋り方にマウザーがガタリと立ち上がる。

 予定調和だな――とノーメンは目を細めた。



「貴官にはこの文章に書かれているマリア・フレイスの身柄を拘束し、彼女が持つと言う帝国執政室――通称帝室の汚職事件に関する証拠を奪取せよ。その後の処置については貴官の亡命受け入れ並びに王国における当面の生活の保障を確約します。質問は?」

「おい、なんだよそれ」



 ノーメンの言葉が静かな会議室を凍らせる。マウザーとバルターの顔から血の気が引き、青い顔でノーメンを見た。



「閣下になんと言う口を――」

「ダール中尉。わたしは構いません」



 ユッタはどうぞ続けて、と言う様にノーメンに言葉を続けさせた。



「いや、都合が良すぎるだろ。マウザーはただ亡命を願っているだけだし、路銀は自ら捻出しようとしてるんだ。その上でこいつを止めるのか? マリアからその証拠を得たいのなら王国軍(おたくら)でやれば良い」

「手厳しいわね。わたしもそうしたいのだけど、そうも行かないのよ」



 とタハハ、と困ったように欠けた耳を撫でる軍司令官にノーメンは「どうして?」と聞き返した。



「貴方の言う通り、彼女に頼る事無く軍が動くべきです。ですが王国軍が動いていないと?」

「……ん?」

「すでに帝国の教会には軍を向かわせました。すでに我々は勇者マリア・フレイスが南方辺境領に来た事を確認はしています。ですがその後の足取りを掴みきれていません」



 バルターの報告を受けた南方総軍司令部はすぐに隷下の部隊を出動させて各教会――帝国の国教を信奉する教会から王国の教会まで捜索の手は及んだが、未だ発見に及んでいない。



「教会施設――とくに帝国の教会は捜索に対して非協力的であったと言うのと脱出のための隠し通路を備えている物が多くて手間取っていたのだけど、今朝入った報告によればほとんどの施設でマリア・フレイスを見つける事は出来なかったわ。ただ、彼女がこの地に来たことは確か」

「匿われていて、見つけられなかったって事か?」

「確かに我が軍の目が節穴であった可能性は否定できません。軍の行動から自分が拉致されるのではと考えてどこかで息を潜めているとも考えられます。

 そこで少尉に命令したと言うわけです。同じ帝国人でもある彼女ならあるいは、と」



 その説明にノーメンはまだ不信感を拭えなかった。

 自分でもどうしてそこまでマウザーの心配をしているのか疑問であったが、それよりもわき水のようにあふれ出す不安にその疑問が押し流される。



「で、マウザーどうなんだ。協力するのか?」

「軍の命令を拒める分けないでしょ! それに王国に渡るためならそれくらい……でもノーメンは?」

「俺?」

「だってマリア様は――」



 マウザーの言わんとしている事は彼が王国(こちら)側に入る事でマリアを傷つけるのでは無いか――そういう事かとノーメンは頭を書いた。

 それにマウザーが依頼したのはこのシュタット領までの護衛であり、その後の事は宣誓に含まれていない。



「こちらとしては民間人の貴方にとやかく言うつもりはありません。

 ただ、軍務に関わる事に関しては我々の指示に従って頂きますし、場合よっては貴方の身柄を拘束する事になるやもしれません。よろしいですね」

「どうせ拒否権は無いんだろ?」

「それもそうなのですが……。では少尉はバルター中尉の指揮下に入って任務に励むように」

「はい! マウザー・ベンテンブルク少尉、了解いたしました!」



 スクッと立ち上がって敬礼をすると、ユッタはそれに答礼をして部屋から出ていった。

 すると残った軍人達が一気にため息をつく。



「ノーメン、貴方ね……」

「まさかとは思っていたが……」



 二人の疲れを滲ませた顔にノーメンは「なんだよ」と口を尖らしたが、もしかしてまずいことでもしたのか? と焦りを覚えた。



「ノーメンがさっき話していた相手は南方総軍――シュタット領に駐屯する六千人の兵士の頂点に立たれている方なのよ。

 その上にあの人は王国健軍期から軍人をしていてエリートしか入れない猟兵小隊を創設したり、新式小銃の選考委員会の委員長をしたり、人外で初の爵位を得た人で、あと北方戦争では旅団を率いて――」

「待て。何を言っているか分からん」



 ぐるぐると回るマウザーの瞳にそう言い返すとバルターがため息をついて「とにかく偉い人なの」と一言にまとめた。



「あの人は予備役も含めて百年は軍務に携わっている人で、階級は中将とは言え王国軍の重鎮中の重鎮さ。元帥の中にはあの人をご意見番にしている方だっている」

「百年?」

「人間基準だと永いって思うのか? オレ達エルフにとっちゃそう感じはしないんだが」



 さて、とバルターが立ち上がるのと部屋にマウザーの武器を預かっていた兵士が戻ってきた。



「支度をすませろ。この帝国軍務卿の命令書に記載された教会を徹底的に捜索しよう。そうだな……一〇三〇時に城の前に集合せよ。オレの部隊と共にこの教会を捜索している中隊と合流する」

「了解しました」



 互いに敬礼を交わしたてバルターは部屋を後にした。

 残されたのは二人と沈黙。

 その沈黙を破ったのはマウザーだった。



「それで、ノーメンはどうするの?」

「…………そうだな」



 ここでマウザーと分かれて職探し――と言う気分では無い。

 何よりもマウザーと出会った縁の事を思えばここで何事もなく彼女と分かれると言うことに引っかかりを覚える。

 神様(あいつ)の事だ、何かあるはず。そんな疑念がノーメンの中で生まれる。



「久しぶりにマリアと会ってみるのも良いかもしれないな」

「それじゃ共に行動ね」

「そうなるな、我が主さんよ」

「………………」



 返事が無い。いや、周囲から音と言うものが消えた。

 静かな会議室でもそれは会議室内だけの事であり、耳を澄ませば打ち寄せる港の喧噪や風が窓を叩く音等が聞こえるはずなのにそれすら固まってしまったかのような静寂。



「――マウザー?」



 振り返ると不自然な体勢でマウザーが固まっていた。マウザーだけではない。

 億劫そうに扉を開こうとしたバルターも、窓の外を飛ぶ鳥も、皆が固まっていた。

 ノーメンはゆっくりと周りを見渡し、そして「おい、隠れる事は無いだろ」と声を低くして言った。



「やぁやぁ。別に隠れるつもりなんてなかったんだけどね」



 そう言って姿を表してやるとノーメン――クルルギ君は静かなそして冷たい視線を向けてきた。怖い、怖い。



「久しぶりだな。最後にあったのは十年も前だったよな」

「そうか、君にとっては『久しぶり』と思うのか」



 我ながらに人の感情を逆なでする声だなと思いながら手招きをする。

 もっとも彼がイライラしやすい声で話している自覚はあるが。



「つもる話もあるかもしれないけど、用件だけを言おうと思うのだけど、良いかな?」

「俺が良くないと言っても無駄なんだろ。さっさと話せよ」

「神様に向かって不遜だなぁ。まぁ良いや。本題に入ろう。それが天使に堕天(ストライキ)されちゃってさぁ。困っているんだよ」



 クルルギ君は疑わしそうな視線を向けてくる。もっとも彼との関係はお世辞にも良いとは言え無い。むしろ彼にとっては悪い部類に入るだろう。



「本当だって。まぁ、堕天事態は珍しくもないさ。ただね、そのせいで予定が狂いそうなんだ」



 クルルギ君は「予定?」とやっと話に興味を持ち出してくれた。

 そうでなければはなはだ困る所だった。



「そう、予定。この世界を救うための道筋が狂ってしまう所だったからね。危ない、危ない」

「……どうせその堕天もその世界を救う道筋のうちじゃないのか? 俺があの魔王を殺した事も含めて堕天さへも予定に組み込むような奴なんだから」

「ハッハッ。君は未来の事を一本の糸のように思っているのかい?」



 一本の糸を上る事が時間の流れと思っているのだろうか。

 まぁ、彼にとってはそうなんだろうなぁ。全てが決められているように思えるのだろうなぁ。



「君にとって未来は必然だけなのかもしれないね。もっとも十年前の出来事を思えば仕方がない。

 でも、君はそこの少女に出会った事を必然と言い切れるのかい?」



 指さした先には血に惑わされて数奇な運命を突き進もうとする固まった少女。だが、この問いにクルルギ君も固まってしまった。

 処理能力不足かな? まぁ良いや。



「君たちは縁ある偶然に遭遇したんだよ」

「縁ある偶然?」

「『偶然』とは運命の細い糸が絡み合っているような物。逆に言えば偶然が無ければ糸は絡み合わない。それが折り重なり、君は元親友の義娘と運命的な出会いをした。

 いや、もしかするとその絡まりは最初から結ばれていた『必然』かもしれないし、誰か(・・)が絡めた『作為』なのかもしれない」



 誰にも分からないし、分からせる気もない。

 そんな秘密をもって冷笑する自分が格好いいと中二病真っ盛りの言葉でお茶を濁そうとするが、クルルギ君にとってそれは逆に興味を失わせるには十分な台詞だったようだ。興味なさそうに窓の外で固まっている鳥を見つめてる。



「まぁ良いや。本題に行こう。実は堕天した天使がマリア・フレイスと接触をはかっているようなんだ」

「マリアと?」

「そう。困ったものだよねぇ」



 クルルギ君に殺気が満ちていく。良い感じだな。



「天使の管理も出来ないのによく『神様』と名乗れる物だな」

「痛烈だねぇ。まぁ良いや。そんな事を言うんだったら代わりに神様をやってもらいたいね。あぁ、そう言えば前にも君に神様にならないかって誘った事があったな。あれは、君にとって十年前の出来事だったっけ?」



 それに彼には素質がある。

 先祖の食べた知恵の実。この世界に来るにあたって与えた生命の実。

 強いて言うなら薄まった知恵の実もう一度食べれば完璧に神としての素質を備えられる。



「君が神様になって君の理想通りの世界を創造すると良い。この世界のように、ね」

「どこが理想の世界だ。天使の管理は出来ない、争いも飢えも病もある。どこが理想なんだ?」

「神様から見れば十分さ。争いも飢えも病も喜びも幸せも快楽さえも――それこそ始まりも終わりも同義なのだから。まぁ良いや。君に理解出来るとは思っていないさ」



 ムッとした怒気が伝わってくる。良いねぇ、反抗的なその態度。

 君のような人間が好きでたまらない。

 人間とはいつの世も神に反抗する生き物なのだから、それを地で行く彼には好感さえ持てる。



「でも、これだけは――救世だけは予定通りに進行させなくてはならない。それが予定を違えてしまえば破滅になってしまう。それは君も望まないはずだ」

「……お前の指図に乗るのは癪だが、協力はしてやる。マリアと天使が接触して何かされるのは見過ごせないからな」

「ありがとう。では君から何かあるかい?」

「天使と無手でやりあう気は無いんだが――」

「君には神剣をあげたろう。あぁ、そう言えばあれは売ってしまったのだね」



 ばつが悪そうにしているクルルギに微笑みかける。皮肉を込めて笑ってやる。

 やはり人を困らせるのは良い。



「君は心が折れて戦から遠ざかりたいがために神が授けた神剣を質屋に入れてしまった。なんと罪深い事か。

 でもそんな君が再び神剣を手にしようと言う。折れた心を繋ぎ止めて立ち上がろうとするか。いや、進歩、もしくは一歩踏み出したと言うべきか。あのまま君が朽ちてしまうのでは無いかと心配したものだよ」

「……確かに剣を捨てた事は悪かった。確かに虫の良い話だとは思う。でも――」

「皆まで言わなくて良いよ。如何なる理由でも君が前に進む事を祝福しよう。福音書にある『求めよさらば与えられん』だよ。

 自ずから行動する君が存在する限り、心配しなくともいずれあの神剣と再会するはずさ。それが縁ある偶然と言う奴だよ」

「つまり予定調和って意味で取っていいのか?」

「君は神の話を聞かない奴なんだね。まぁ良いや。君が未来をどう思うかは君の勝手。そもそも偶然と必然の分かれ目が君に分かるかい?」



 面白くなさそうに睨んでくるクルルギにもう話す事は無いだろう。

 必要とあればまたこうして出向くまで。



「それではまた逢う日まで。恰好つけるのであれば君の行く手に光あれ、だよ」

「中二病か、くそ。もう良い。あんたと話す事は無い」



 時が動き出す。

 マウザーがクルルギ君――ノーメンを見て「どうしたの?」と聞いた。



「なんでも無い。それより行こうぜ、主様」

「……もしかして怒ってる?」



 そんな話を残して会議室が静かになった。

 くれぐれも、頑張ってくれたまえ、勇者様。


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