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南方辺境領

「熱は下がったな」



 翌朝、二人は朝食を食べ終えると昨日の遅れを取り返すように早足でシュタット領――現南方辺境領に足を向けた。



「追手はどうだろ……」

「さぁ。ま、なんとかなるだろ」



 楽観するようなノーメンに抗議の声をあげたいマウザーだったが、確かに超上的な力を持つ彼ならなんとでもなるか、と思った。



「お前、俺の事を気持ち悪いとか思わないのか?」

「へ? いきなりなんなの?」

「いや、死なないって結構不気味だと思うけど」



 マウザーは少し考えるそぶりを見せたが「戦術上、重要だとは思うけど」とジョークとも受け取れる答えを言っただけだった。



「死なないって、どういう事なの?」

「お前が俺にその銃の事を説明してくれた事があったろ? その時と状況が入れ替わるだけになるだろうが、話そうか?」

「あ、やっぱりあたしの説明聞いて無かったの!? あれだけ説明したのに!」



 上手い逃げ方だとノーメンは思いつつ、不死の話題は避けようと心に書き留める事にした。



「悪かったな。まぁ、互いに言葉が通じ合えないからお前がこうして怒っているって事なんだろうな」

「言葉が通じないから帝国は王国と戦争したって言いたいの?」

「それもあるが、魔王軍ともそうだったのかなってな。あのオークの村を思い出すと、そう思う時がある」



 あれほど人外を憎んでいたのに――。

 そうノーメンは思った。確かに心の奥底では人外に対する怒りが泥のようにこびりついている。それでも彼はそう思うのだ。



「そんなに世の中が簡単だったら義父様も冤罪なんて受けなっただろうに……」

「あいつは目の前で不正を行っている奴を見ると許せなくなる質なんだ。あいつと魔王城を目指して旅してる時に二重、三重に税を搾り取る悪徳領主の不正を暴いたりとかやったけど、それが領主にばれて山中を逃げ回ったりとかやったな」

「不死なのに逃げ回るの?」

「俺以外はみんな不死じゃ無いからな」



 ポツポツと語られる義父の姿にマウザーの中にあった義父像がどんどん肉を付けられていく。

 過ごした時間こそ短かったが、それでも清廉な騎士の姿に憧れたものだった事を彼女は思い出した。



「潔白だけじゃ生きられないって事だよね」

「なんだよ、いきなり」

「……正義ってなんだろうって思う事があって」



 「その問いが好きなのか?」とからかってやろうとノーメンが口を開こうとしてやめた。物憂げに問う彼女にそんな軽口を叩いてはいけないような気がしたのだ。



「……魔王戦争や北方戦争の時は帝国に正義があると信じて戦ったさ。もちろんあの戦場に居た奴らはすべからく思っただろう」

「そうよね。王国も、正義を信じて海を渡ったって」

「昔居た所だと正義の敵は別の正義って言葉があったなぁ」



 マウザーは「別の正義」と反芻して彼の顔を見た。



「ねぇ、異世界から召還されたって本当なの? ガレスラ様が世紀の大魔法で召還したって」

「まー。合ってるな」



 ノーメンはどこまで話そうかと思ったが、辞めた。

 理由は簡単。めんどくさかった。

 そこまで話してやる義理も無いし、話したとして神に世界を救うよう言われて強制的にこの世界に来たとは言えない。



「どんな世界だったの?」

「どんなねぇ。あ、魔法は無かったな」



 そんな生活考えられないなぁと言い合いながら歩いていると大きな河が見えてきた。

 シュタット領の境を流れる河だ。

 二人は出来るだけ不用意に川岸を歩いて森からの襲撃に警戒しつつ橋を探す。



「なんか、人通りが少ないのね」

「正式な国交は無いからな。こっちに来る商人も少ないんだろ。それに陸路よりも海路の方が物を運べるし、帝都とシュタット領の距離を見れば大手の商会は海路を使うだろうな」

「なるほど」

「てか、なんでお前は直接シュタット領行きの船に乗らなかったんだ?」

「ろ、路銀が心許なくて。それに軍務卿からの任務もあったから追手を攪乱させるためにも手前で降りようと」



 それもまったく無駄だったのだが。

 そうして二人は大きな橋が見えてきた。

 木造の頑丈そうな橋だ。



「やっぱり関所があるな」

「そりゃ一応、向こうは帝国じゃ無いんだから」



 ノーメンとしてはおよそ五年ぶりのシュタット領であり、マウザーとしては初めての土地だった。



「止まれ! 誰何!」



 関所前には二人の兵士が立っていた。濃紺の軍服に赤いズボン。色こそ違えどオークの村で出会ったエルフのバルターと変わりない服装であり、五年前の北方戦争でノーメンの目に焼き付いた敵兵の格好だった。

 その兵士が銃剣のついたライフルをこちらに向けて誰何(すいか)の声にマウザーは両手を上げて敵意が無い事を示す。



「通行章を提示せヨ」



 語尾が堅い帝国語。ノーメンはチラリとマウザーを伺うと、彼女はゆっくりとした動作で背嚢の中から通行章を取り出して王国語で兵士に話しかけた。

 成り行きを見守っていると、マウザーが胸元から鎖で繋がれたペンダントを取り出して見せた。

 すると彼らは慌てて敬礼をマウザーに送る。



「……お前、偉かったのか」



 その敬礼に答えたマウザーは「こう見えて士官候補生だったんだから」と苦笑した。

 そのペンダントのせいなのか、すぐに二人は関所を越え、街道に足を向けた。



「さっき見せたペンダントはなんだよ」

「あぁ。認識票。これで個人の階級だったり、名前だったりが分かるのよ」

「便利なもんだな」

「まぁ、大概は戦死した仲間の遺体の代わりに持ち去るものだったりするんだけどね」



 急に話題が暗くなった。だが、その雰囲気を脱する前に急に二人は先ほどの兵士に呼び止められた。

 兵士が駆け寄ってくると王国語でマウザーと何かを話しだした。ノーメンはこの会話を聞こうか迷ったが、トラブルとあれば何か聞いておいた方が良いだろうと思い、【言語翻訳】を起動する。



「バルター中尉が?」

「はい。三三六猟兵小隊が直接お迎えに上がるそうです。それまでこの監視所で待機するよう命令が」

「分かったわ」



 ノーメンはマウザーとバルターがオークの村で話し合っていた会話の断片を思い出した。

 あれは軍務卿からの任務について何か、交渉をしていたのだろうと思った彼はなに食わぬ顔で王国語を傍受し続ける。



「関所で待たせてもらえる?」

「そのように命令を受けております。こちらへ!」



 一礼して案内を始めた兵にノーメンがついていく。

 その途端、マウザーが立ち止まった。



「ん? どうした?」

「な、なんでもない」



 彼女の頬を流れる冷や汗に疑問を浮かべつつノーメンが歩き出す。その背後でマウザーの疑念が再燃した。



(ノーメンは王国語が分かるのかもしれない)



 つまりオークの村での会話を聞かれたと言うことだ。

 だが、いくらノーメンでも海の向こうで起きた一件を知っているはずがないし、バルターとの会話を思い出しても詳細は知れないはずと自分に言い聞かせる。



「おい、どうしたよ」

「な、なんでも無いって」



 そんな会話をしつつ、二人は関所に入った。



「で、俺たちは何日ここに逗留すりゃ、良いんだ? 船の事もあるんだろ?」

「そうなんだけど……。ここの兵士に聞いてもバルター中尉がいつ来るか分からないって」



 軍事機密に触れる事なのか、兵士達は言葉を誤魔化すばかりで具体的な日数を教えてくれない。もしくは本当に知らないのか。

 そのせいかマウザーは落ち着き無く、ノーメンも身を預ける相手が元とは言え敵兵である事に思うところがあって落ち着かなかった。

 そんな二人を指揮官の人間の少尉は暖かく迎えてくれたが、別れはすぐだった。



「バルター・ダール中尉だ。この命令書にサインしてくれ」

「了解です中尉。しかし、さす三三一猟兵小隊ですね、対応が早い」



 二人を引き渡した事をサインで証明した少尉は二人に軍帽を振って見送ってくれた。



「お久しぶりだね。お二人さん」

「出発前に中尉にお会いできて光栄です」



 マウザーとノーメンは三十人ほどの兵士に囲まれて街道を進んでいるのだが、ノーメンとしては扱いがまるで犯罪者の護送のようで気が滅入りそうだった。



「で、なんでこんなに護衛がいるんだ?」

「……二人を護衛して南方辺境都に連れてくるよう命令を受けた」

「マウザーだけじゃ無いのか?」

「腕の立つ用心棒が居るって報告したら会いたいと」



 どうもバルターが余計な報告をしてしまったせいらしい。



「それでバルターさん、俺達を連れてその後はどうなるんだ? このまま拘禁か?」

「ちょっとノーメン――!」

「その可能性がある」



 「え?」と言う声が漏れる。バルターは「亡命の件だが、認められるか分からなくなった」と苦虫を噛みつぶしたような顔で言った。



「まず、その命令書の真偽について」

「それは確実です。花押もあります」

「それについては確認している。だが、王国としてはそれよりも勇者の一人であるマリア・フレイスの持つその証拠の方が喉から手がでるほどほしがっている」



 つまり内紛の断片では無く、帝国を揺さぶるための根本的な証拠が居ると言うことだ。

 もっともマウザーにとってこれはおまけ程度であり、家を出る際に持ち出した宝石で路銀と当面の生活費を捻出して王国に行こうと考えていた。



「まぁ、詳しくは南方辺境都に来てくれ」



 そこから二人は街道を北上。途中の町で馬車を調達してさらに北上。旧シュタット領都であるシュタットラントに到着した。

 港に面するシュタットラントには色とりどりの旗を掲げた商船や砲扉を備えた軍艦、波間をえっちらおっちらと進む漁船など多様な船が行き交っていた。

 もちろん船だけでは無く、船から荷をおろす者。軍服姿で町を行進する兵士達。大声をあげる漁師達と様々な人が行き交っている。

 その上、人間以外にも人外が往来を闊歩し、商売に励んだり喧嘩をしたりと忙しく活動していた。



「なんか、混沌って感じがするな」

「ノーメンのような帝国から出たことのない人はみんなそう言うんでしょうね」



 異世界体験は十年前に終わっているノーメンだったが、ここは初めての異文化体験の地となった。



「占領当初はこうも行かなかったけどな。

 でも、相手が何んであれ金さえ儲かるならって商人が集まって、商人が集まれば職を求めて戦災にあった民が集まってくる。

 もちろん王国からも新天地を求めて海を渡ってくる者もいるし、法の目をかいくぐった帝国人もまたしかり」



 バルターの説明に「なるほど……」と観光気分のノーメンが答えた。

 そして馬車が止まる。目的地に降り立った一行の中でノーメンだけが足を止めた。



「どうしたの?」

「……領主館」



 案内された建物は所々戦傷を思わせる傷こそあったが、それでも華美な城壁が残っていた。



「ヴィルの家だ」

「義父様の?」



 傷ついた箇所に塗られた漆喰の多さが目に付くが、それでもその城壁をノーメンは知っていた。

 一度だけだったが、彼の家を訪れた事のあるノーメンにとって懐かしさのせいか喉の奥がひきつるような気がした。

 だが、自分達を出迎えてくれた騎士達の姿は失せ、代わりに王国軍の衛兵が城門を警備している姿に胸が締め付けられる。



「シュタット家は北方戦争でヴィル以外はみんな死んで、あいつだけが唯一の生き残りだったのにな」



 バルターに案内されて城に入るとそこは政務と軍務二面で南方辺境領を支配する南方総督府と呼ばれる城が姿を表す。

 シュタット領時代の物を補修と改築したそれには昔の面影は無く、無骨な王国式の城――いや、要塞と変貌を遂げていた。

 そのせいか、ノーメンは昔の感慨がわかない。



「この城は帝国軍の拠点と言うことで艦砲射撃の的になってしまって、こうして再建されたわけだ」



 観光案内をするような言葉に続いて「こっち、こっち」と手招きされる。

 その案内に従って入城し、複雑な通路(増改築のせいだろう)を進み、入り組んだ階段を上ってとある会議室に通された。



「まずは武器を預からせてもらおう」



 バルターが顎で指示を出すと付いてきた彼の部下が二人の前に立つ。ノーメンは両手を上げて無手である事をアピールしながらボディーチェックを受けないと会えない人と会うのかと思った。

 確かにここは王国の城であり、二人はまったくの部外者と言っても差し支えない。城内の安全を考えれば致し方の無い事ではあるが、ノーメンはそれだけでは無い予感がしていた。



「よし。では得物については後ほど返却する事をオレの名において約束しよう。ま、お前の武器は元々はオレのだったんだけどな」

「そ、その節は――」



 「気を付け!」と鋭い声が扉の外から聞こえて来た。先ほど武器を回収した兵士が慌てて部屋の隅に下がり、ノーメン以外の面々は天井から釣り下げられているのかと思うほどピンとした直立不動の姿勢を取る。

 そしてドアが開く。



「敬礼!」



 サッと示し合わせた様な動作。ノーメンはただ一人だけこの状況に取り残されてしまった。

 だが、部屋に入って来た主はそれに構うことなく敬礼をしてくれる部下に丁寧な敬礼を返す。

 ノーメンの第一印象としては若い女性だなと感じた。

 だが品の良い軍服の胸元には勲章と思われるメダルやリボンが縫い付けられ、腰にはサーベル状の古びた軍刀を吊るしている。



「誰だ?」



 とノーメンは小声でマウザーに問うたが、緊張で静まり返った部屋にその声は十分に響いてしまった。



「オホン。初めまして。わたしはケプカルト王国陸軍南方総軍司令官のユッタ・モニカと言います。ネスキーさん」



 北の王国がこの南方辺境領に展開する軍の最高司令官である彼女が優しく微笑む。



「よろしくお願いしますね」


一人シェアワールド。

当たり前ですが銃火のストーリーは関係ありません。

ネタバレになるような事もありません。


それだけは断言します。

強いて言うならユッタちゃんは無事に銃火のの世界を生き延びる事が出来たと言う事くらいです。

ほら、ヒロイン枠って殺せないじゃ無いですか。ね?



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