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追手

「勇者!?」

「なんだ。知らなかったのか? いや、無理ないか。だいぶ人相が変わっているからな」

「おい、年上に人相が変わったとか言うな」



 三者の言葉が交錯する。

 それでもクロスボウを構えた連中に囲まれた中、会話している余裕も無い。

 ノーメンはジリジリとマウザーに歩み寄ると、敵を倒すための最適解を演算しだす。



「ねぇ、どういう事なの?」



 それを密談のためと受け取ったマウザーになんと返答しようかと思ったが、適切な答えを紡ぐには時間が足りないような気がした。



「あいつの言った通りだよ。それでヴィルに世話になった」

「だって中隊時代って――」

「何をコソコソと話している!」



 痺れを切らしたバルザの言葉に二人は視線をまっすぐ向ける。



「クルルギ。すぐに投降しろ。僕もマウザーを傷つける事は本意では無い。このままだと彼女は死ぬぞ」



 凶暴な鏃が二人を捉えている。その事にマウザーは冷や汗が流れた。

 武装解除を幼なじみであるルガーに奇しくも邪魔されたために、今の自分にはリボルバーが二丁に義父の短剣、体中に仕込んだナイフが数振りある。だが、相手は十人。

 どうした物かと悩んでいると「借りるぞ」と声がした。



「伏せろ!」



 マウザーの腰に吊されたホルスターからノーメンは無遠慮にリボルバーを引き抜く。

 彼はマウザーに倒れ込むようにしながら敵の握るクロスボウめがけて引鉄を絞る。そして撃ち終わるやすぐに撃鉄を起こして隣の傭兵然とした男のクロスボウを撃つ。



「う、わああッ」



 マウザーの上に覆い被さるように倒れたノーメンは次々とクロスボウを破壊していく。そして蓮根のようなリボルバーに込められた六発の弾丸を撃ち尽くすと同時にもう一丁のリボルバーを拝借する。



「や、野郎!!」



 腰のショート・ソードを引き抜いた傭兵がかけてくる。ノーメンはそいつに向かって撃ちきったリボルバーを投げつけ(男女の悲鳴が響いた)、親友の形見の短剣を抜く。



「あ、あたしの武器!」

「後で返す」



 と、言った瞬間、ドスっと鈍い音と共にノーメンの左肩に矢が突き刺さった。



「ノーメン!」

「大丈夫、かすり傷だ」

「刺さってるのに!?」



 ノーメンは傷などお構いなしと言う風に立ち上がり、リボルバーを投げつけた傭兵に切り込む。

 短剣で相手の斬撃を擦り落とし、懐に飛び込むと傭兵の服を握って逃げられないようにしてから短剣で首の血管を裂く。



「ば、馬鹿者ども! 接近戦を挑むなと言うておろう! クロスボウで奴の機動力を奪え!!」



 バルザの言葉に傭兵達が間合いを取り出す。その隙にマウザーはライフルに飛びつき、撃鉄をあげる。



「ノーメン、伏せて!! 【楽園を守りしゆらめく炎の剣よ、我に仇名す敵を閃光と共に討ち倒せ――】」

「炎の剣!? 火魔法か。ならば水魔法で相殺してやる」



 バルザの抜いたミスリル製の剣に青い光がともる。



「【清廉な水よ、主の威光と共に大地を潤す水よ、その力を我に貸したまえ――】」



 体内の魔力が周囲にあふれだし。魔法陣が空中に現れ、呪文を唱える事に力の籠もった光が輝き出す。



「【――稲妻よ(トニトルス)】!!」

「【――豪雨よ(インベル)】!!」



 双方の詠唱が終わる。バルザの握ったロングソードに魔法陣が収束し、青く輝く。そして彼がそれを振るうと春雨を思わせる優しい水の膜が生まれた。

 対してマウザーは銃口の眼前に浮かんだ魔法陣に向けて引鉄を引く。魔法陣を突き破った弾丸に魔法が付与され、それはよじくれる稲妻となってバルザや傭兵を襲う。



「ば、ばかな! 炎の剣と――。あばばば」

「稲妻は木に落ちれば炎となるでしょ」



 天を引きちぎるように駆ける稲妻を炎の剣に見立てた魔法が炸裂し、バルザ達を炎から守るはずだった水の膜に電流が走った。



「くそ、広範囲に被害のでる魔法を使うのなら先に行え」

「いや、バルザだけを狙ったつもりなんだけど」



 彼の魔法のせいで被害が増え、包囲の輪に隙が生まれた。

 二人は顔を見合わせるとそこに向かって駆けだす。ノーメンの使ったリボルバーを回収しながら二人が逃げさると、傭兵達から「追え」とか「雇い主はどうする?」と言った言葉が聞こえてきた。



「走れ、走れ、走れ!」



 ノーメンに言われるまでも無く足を動かすマウザーは途中で視界が暗転しそうになって足がもつれた。



「あっ」



 反射的に受け身こそとれたが、黒く染まった視界と乱れた呼吸が合わさって動けなくなった。



「おい」

「ちょ、ちょっと待って」



 意図的に呼吸を落ち着かせるよう、大きく息を吸う。

 その間、ノーメンは周囲を警戒しつつマウザーの背嚢の背負い紐をつかむと街道脇の森に引きずり込んんで街道の土に残った痕跡を乱す。

 そんな流れるようなノーメンの行動が終わると、マウザーの視界も大分回復してきた。



「ご、ごめん」

「まったくだ」



 ノーメンは短くそう答えると魔力の波を飛ばして周囲に人が迫っていない事を確認する。そして六人ほどの人影が迫っている事を知った。



「しまったな。追手がかかった」

「やるの?」

「やるしか無いだろ。少し待ってろ。片づけてくる」



 颯爽と親友の短剣を握ったノーメンが飛び出していった。

 その後、「ぐああ」とか「シニタクナーイ」と言った叫び声が聞こえ、静かになった。



「ただいま」

「お帰りって、肩!」



 マウザーが指摘すると、そこにはクロスボウから放たれた矢が突き刺さっていた。

 ノーメンは「取り忘れていたな」と無造作に抜こうとして止められた。



「そんな雑に抜いたら出血が――」

「大丈夫。死ぬことはない。そういう風にできてる」

「……不死のクルルギって本当なの?」



 十年前、帝国を救った英雄の一人にそう呼ばれた男が居た。男はこの世を作った神によって特別な体を持っていた。



「まぁな。おかげで魔王戦争や北方戦争で生き残っちまった」



 世間話のような口調に油断しそうになったマウザーだが、力ずくで自身の肩に生えている矢を抜こうと躍起になるノーメンを見て頭の芯が焦げるような思いがした。



「待って。今、矢羽を切り落とすから」



 ノーメンの手に握られていた短剣を取り返えし、矢を動かさないようにしながら「動かないで」と言った。



「別に、もう痛覚の上限を突破してるからなにやられても感じねーよ」

「そういう問題じゃ……。よし、後は紐で鏃を縛って引き抜けば――」



 テキパキとした所作にノーメンが関心していると準備が整った。

 細い荒縄を鏃にひっかけるように結びつけ、マウザーは深呼吸をしながらリボルバーに一発だけ弾丸を装填する。



「ちょっと待て。それは何をするつもりだ」

「矢を引き抜いた瞬間に火魔法を撃ち込んで焼灼止血する」

「やめろ。ガチでやめろ」



 命乞いのような必死の言葉に顔を曇らすマウザーだったが、しぶしぶとうなずいた。

 そしてノーメンが木に背中を預けて座ると彼の胸を踏むようにマウザーが踏ん張って矢が引き抜かれる。収縮した筋肉が押さえ込んだ矢を抜く間、奇跡的にノーメンは気絶しなかったが、抜き終わった後にマウザーが倒れた。



◇◇◇



 ふと、マウザーが目を覚ますとすでに夜だった。たき火がパチパチと揺れている。



「……ごめん、倒れすぎて今がいつかわからない」

「今回のは軽かったな。たぶん、二時間くらいしか経っていない。ほら、飯だ。とにかく飯食って力をつけろ。じゃねーと熱が下がらないぞ」

「熱?」

「なんだ、気づいていなかったのか」



 そう言えば体が気だるい。魔法を使ったせいかと思っていたが、どうも違うようだと結論したマウザーはゆっくりと身を起こした。



「石のように重いし、節々が痛い……」

「無茶すんな。メンカナリンの僧侶にも言われたろ。ほら、とりあえず薬湯」



 たき火の傍らにおかれた金属のコップが差し出された。それに口をつけたマウザーは「苦い」と一言。



「治癒魔法はかけたが、無茶は出来ないぞ。ま、幸いに近くに沢があった。ゆっくりは出来ないが、明日は旅はやめだ」

「そ、それは困る」

「何が困るんだよ。まぁ、確かにマリアは魔王戦争の功績でただの僧侶から聖女と言われるようになったと聞いたが。だが、供も連れてるだろうし、足は俺たちのほうが早いだろ。一日や二日遅れたって」

「ち、違うの」

「あ?」



 マウザーは口をモゴモゴとさせていたが、意を決するように大きく息を吐いた。



「船が出るのよ、王国行きの」

「それにマリアが乗るって言うのか?」

「そうじゃ無くて、あたしが乗りたいの。王国に亡命しようと思って」

「……マリアからヴィルの無実を証明する証拠を確保しに行くんじゃ無いのか?」

「うん」

「……騙したのか」

「うん」



 気まずい沈黙だったが、湯気を吹き出す飯盒に視線を転じたノーメンは薪を数本抜いて飯盒を拾い上げた。



「ほらよ」

「……ベンテンブルク家が汚職で取り潰されて、行く場所も無かったし、王国なら軍人にさえなれれば移民でも市民権が得られるから――」

「そんで亡命か。くそ、血の宣誓の時に気づけば良かった。あの宣誓は片道分だけ(・・・・・)だったからな」



 宣誓ではマウザーを無事にシュタット領まで送り届ける事と書かれていた。そして帰りについては何も書かれていない。



「あの命令書は? 軍務卿のサインもあったろ。俺を騙すために偽造したのか?」

「あれは本物。それに、今日まで貴方がその、クルルギ様だって事も――」

「言葉を改めるな。気持ち悪い。ノーメンで良い」



 麦粥をすくったノーメンがそれに息を吹きかけながら言った。それでも「あつあつ」と声に出してしまう光景にマウザーの腹が空腹を訴えた。



「そ、それで名目上は軍務卿の命令で動いているって事にして関所の通行章と特務中尉って階級をもらったの。

 あと、帝都を出る際に突然、呼び止められて旅の道中で縁を持つ相手と出会うだろうから、その者とこの宣誓を行えって」

「言われたのか。あいつに……」



 ノーメンは忌々しげに帝国の至宝と言われる魔法使いの顔を思い浮かべた。

 いつも寡黙な佇まいなのに行動力だけはある仲間。



「で、家の再興とか、やらないのか? ヴィルの名誉回復だって出来るんだろ」

「別にそこまで家にこだわりも無いし、家に縛られるだけがあたしの人生では無いと思うの」



 ノーメンの感想としては貴族らしくない、と言うよりこの年端もいかない少女に何があったのかという心配の方が強かった。いくらお家お取り潰しになったとは言え、彼女はどうして異国に行こうと思っているのか――。



「どうせ、あたしのような若輩が当主になっても家名に引かれた他の貴族に食い物にされるだけよ。

 それに、さっきも言ったけど王国軍に入営出来れば市民権ももらえる。移民でも、人間や人外でも対等な国民として扱われる。

 まぁ、王国には幼年学校時代に作ったコネもあるし、あたしにはこの命令書がある。これを王国に提出すれば幾ばくかの謝礼が出るでしょうし」



 つまりマウザーは帝国を売るつもりなのだ。帝国内ので政争や軍事情報と引き替えに王国で暮らす道を歩もうとしている。



「最低でしょう」



 そう言って彼女は疲れた腕にむち打って軍用の背嚢を開く。そしてそこからノーメンと交わした血の宣誓を取り出すとそれを差し出した。



「解呪の方法は宣誓者がこれを燃やすだけよ。好きに、して……」

「おい」

「ごめん、ねむ……」



 熱のせいか、それとも激闘のせいか彼女の瞼は言葉を紡ぎ切る前に閉じてしまった。

 ノーメンは舌打ちをして彼女を横に寝かせ、そして宣誓書に視線を戻した。



「血の宣誓ね……」



 宣誓者は(あるじ)に忠誠を誓った事を表す魔法の契約書。だが、ノーメンはこの世界を作った神によって永遠の命が与えられたためにこの契約に反しても死ぬことはない。

 故に彼は契約したのだ。



「そう言う意味では俺もお前を騙していたんだけどな」



 たき火に薪を数本投げ入れ、ノーメンは木に体重を預けた。



(さて、どうすっかな)



 手にした宣誓書をこのままたき火に入れて暖でもとるかと思ったり、ヴィルの義娘である彼女を放っておく訳にもいかないと思ったり、いや、死なないのだから宣誓そのものが形骸化してるんじゃないかと思ったり、つまり悶々と一晩を過ごす事になった。



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