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前進

 夜が明け、鳥たちが騒ぎ出す。反射的にガバリとマウザーが起きると驚いたようにたき火がパチリと声を上げていた。



「お、おはよう……」



 睡眠から瞬時に覚醒したマウザーは周囲を見渡して「あれ?」と首を傾げる。



「寝ずの番は……?」

「あー。なんか、気持ちよく寝てたから起こさなかった」



 事もなげにノーメンは言うと、細い枝でたき火と戯れ始め、さて、っと言って立ち上がった。



「朝飯にすっか」



 昨日の残りが入った二つの飯盒を器用にたき火に乗せると、彼は火力を調整するように薪を入れたり、抜いたりしだす。

 その光景を見ていたマウザーは起き上がると、まだ血が足りないのかフラリとバランスを崩してしまった。



「おい、あんま無茶すんなよ」

「でも――」

「少し寝てろ。まだかかるから」



 ノーメンはぶっきらぼうな言葉をかけながら飯盒の中身をかき混ぜる。と、言っても小さな飯盒が二つだけであり、すぐに湯気を吹きだし始めた。

 昨日残った麦粥を二人ですすり、白湯を沸かして水筒に詰める。そして火の始末をした二人はとぼとぼと旅を再開させた。

 目指すはあのオークの村である。

 二人が村にたどり着くと、畑仕事をしていたオーク達が手を止めて集まってくれた。



「こりゃ、お二人とも!! もう怪我のほうは良いんだか?」

「ナジーブさん!」



 この村のまとめ役をしているオークは安堵したように破顔した。それがオークらしからぬ様だったので二人は互いに苦笑を浮かべてしまった。



「あんたらは村を救ってくれた英雄だ! オラはあんたらを末代まで語り継ごうと思っているだ」

「そんな、恥ずかしいですよ」



 両手を上げて賞賛の声が飛び交う。それを聞いていたノーメンはふと、昔の事を思いだした。

 魔物に占領された村を、町を解放した時にかけられた声。魔物に怯える人々を救った時にかけられた声。

 走馬灯のようにその光景や音や匂いが蘇る。誰もが彼らを称えた。英雄と笑ってくれた。

 それなのに――。

 俺は人間を殺して人外(オーク)に喜ばれるなんて――。



「ノーメン?」

「……ん?」

「ん? って、どうしたの?」



 なんと答えて良いのか分からず、彼はただ笑ってその輪の外に出た。

 複雑な表情でオークから万歳、万歳と手を振られるマウザーを見ていたノーメンは大きなため息と共に村の散策に乗り出す。

 なんの変哲もない村。小さく、痩せた畑。傾いき、屋根に雑草が花を咲かせる泥壁の家。

 だが、そこを巡るうちに彼らが自分の知っている強欲で粗暴な一族では無いような気がしてきて不思議だった。



「あの、どうされましただ?」



 振り返るといつの間にかあの輪を抜け出したナジーブが首をかしげていた。その姿になんとも言えない殺気がこみあげて来る。

 だが、その殺気を向ける訳にはいかない。いかないのに――。



「別に、どうもしていない」

「だども――。だども、貴方様は――」

「そんな呼び方をしないでくれ」



 早くこの村を出たい。こんな村、反吐が出る。

 どうしてこいつらはぬくぬくと暮らしているのだ。どうしてメンカナリンには四肢を失った者達が物乞いをしているのだ。

 こんな理不尽が――。こんな理不尽がまかり通って良いのか。こんな、こんな――。



「……あの戦いぶりからして、貴方様は只者じゃ無いと思っただ。貴方様はあの大戦で名のある武人であったとご推察するだ」

「…………それがなんだ」

「オラ達を助けた事に、何か思う所があると思いましただ」



 その問に答えず、彼は黙っていた。



「確かにオラ達は貴方様に助けて頂いた事に感謝しているだ。だども、そればっかりではねぇ。

 これを屈辱と思っている者もいるだ。あの家が見えるだ?」



 指された家にノーメンが視線を向けるとガラスの無い窓の奥で何かが動いた。



「あの者は大戦で片腕と身内を失いましただ。あいつの親は首を斬られて街道に晒されただ。あいつだけではないですだ。あの大戦のせいで人間に禍根を持っている輩はは貴方様方に助けていただいた事を一族の恥と言っておりますだ」



 困ったような顔で頭をかくナジーブの姿はまさにどう言ったら良いかと悩んでいるようだった。



「あの大戦から十年。たった十年で憎しみは消えないだ」

「そうだな。たった十年じゃ、消えないな」



 殺し、殺され。憎み、憎まれ。

 濃厚な感情は十年では消えない。それはあの盗賊達もそうだったのだろう。

 それなのに世の中は変わっていく。それこそ十年を過去にするには十分なほど変わっていく。

 その流れに取り残された者達にとって目まぐるしく変わる世界。

 ふと、ノーメンが振り返ると長身のオークの肩にマウザーが座って笑っていた。

 オークに囲まれた少女。

 そう聞いただけで怒りがこみ上げてくると言うのに、あの輪の連中はどうしてあそこまで笑いあえているのだろう。



「世の中、変わっちまっただ。だから、オラ達はゼロからここで始めようと思っただ」



 ナジーブが腕をさすりながら歩きだした。

 その背についていくと村の外れに小さな獣道があり、「付いてくるだ」と言われた。



「どこに向かってるんだ?」

「すぐに分かるだ」



 と、森が開けた。そこには小さいながらもしっかり作られた畑があり、黄金色に輝く麦が風を受けて踊っていた。



隠畠(かくしばた)か」



 帝国の農民もしている事だが、租税の高さから役人に隠れるように作られる田畑がある。もちろん見つかれば死罪は免れない。



「去年から作り出しただ」

「良いのか? 俺に見せて。密告したらあんたらは異端審問にかけられるぞ」

「ははは。貴方様はそういう人には見えないだ。それにどうしても見せたかっただ。あの戦禍を知っている貴方様にこそ見せたかっただ」



 輝く麦を眺めていたナジーブは「オラ達の故郷は、貴方様方、人間に焼き尽くされただ」と言った。

 オークに占領された村の事情もあり、報復としてオークの村を占領した帝国軍は苛烈な攻撃をしかけた。

 家は焼かれ、畑には塩が蒔かれ、井戸には毒が投げ込まれるような事が平然と行われた。



「人間に見つかった我らの末路は語らなくても分かるだ?

 オラ達は絶望しただ。だどもオラ達は生き残っちまっただ。

 生きて行くには畑を作らねばならないだ。だども村が人間に見つかればすぐに焼き討ちにあうだ。

 だからある時、教会が改宗すれば居住権を認めてくれるって言う誘いにのっただ。だども待っていたのは縁も無い土地への強制移住に作物の徴収。拒否すれば異端扱いで処刑だ」



 それでも彼らはそれに従った。

 教会の教えで自分達の悪逆とした行いを知り、神の道を信じ、従う事にした。



「だども、オラ達は麦作るだけの豚じゃ無いだ。

 オラ達だって生きているんだ。今年はこの麦を南方辺境領さ、行って売るだ。そんで、酒なんかを買うだ」



 誇らしげに夢を語るナジーブ。

 あの大戦から立ち直り、教会から布施と言う強制的な徴税にあいながらも彼は穏やかに笑っていた。



「貴方様。世界は変わっていくだ。オラ達も新しい神様を信奉して、こうして畑さ作るだ。

 なんたってオラ達は生きているだ。生きているから変わっていくだ。

 確かにオークとしてこの間の盗賊との戦は血が騒いだだ。だども、今はこうして畑を作って主に祈りを捧げる穏やかな日々が好きだ」

「……変わったオークだな」

「はは。まったくだ。だどもな、オラはあの大戦があったからこそ、オラはこの平穏を愛せるのだと思うだ。

 貴方様の中に凝り固まった憎しみも、いずれ雪が溶けるように消えて、穏やかな日々を愛せるよう、主にお祈りするだ」



 戦禍から立ち直った彼をノーメンは恨めしく思った。

 何を祈っている。俺の、俺たちの戦いをなんだと思っている。それにオークの暴挙を思えば、何と虫の良いことを言っているやら。いっそのことぶっ殺してやろうか、と。

 だが、それと同時に憧憬のような物も感じていた。



「あんたは、眩しいよ」



 そう、眩しく、熱いほどだった。

 あの敗戦を受けてノーメンの中で挫けてしまった身として、ナジーブの語る言葉は触れば火傷しそうなほど熱かった。



「だけど、俺は神を信奉してないから、別に拝まなくて良いぞ」

「また不敬だ」

「教会はあんたらの魂を清くするために作物全部を納めさせてんだろ? それなのにこんな隠畠作るなんて、おまえ達も相当、不敬だと思うがな」



 がはは、と笑う姿にノーメンも頬が緩んだ。

 まだ、己の気持ちに整理がついたとは言いがたい。だが、それでも、やっと戦後と言う言葉が見えて来たような気がした。



「……あいつ等にこそ、この光景を見せたかったな」



 あの傭兵崩れの盗賊達にこそ、この畑を見せたかった。そうすればまた違った未来もあったろうに――。



「これも、縁って奴なのか」



 あの盗賊は死に、自分はマウザーと共に旅をしながらこの畑を見た。

 それも縁なのだろうか。己は死ぬことが出来ず、こうして穏やかな畑を見ている。



「あの、どうしただ?」

「何が?」

「泣いているだ……」



 久しぶりに流れ出たそれはボロボロとノーメンの頬を伝っていく。それが無性に悲しかった。



◇◇◇



「……なんか、雰囲気変わった?」



 オークの肩に腰を下ろしたマウザーから投げかけられた言葉にノーメンは「なんつー所から」と呆れを露わにした。



「ノーメンって、トゲトゲした雰囲気があった気がするけど」

「俺の雰囲気が分かるほど一緒にいないだろ」

「んー。気のせい、かな?」



 マウザーのそれは気のせいでは無かったが、ノーメンとしてはそれを指摘されるのが黒歴史のように思えて話題を変えようと口を開いた。



「で、どうすんだ。ここで一泊か? もう昼だし、そろそろ方針を立ててくれ、特務中尉殿」



 と、言ってもこの村から旧シュタット領まであと三日ほど行程が残っている。この村を出てしまえば後は野宿か、打ち捨てられた木こり小屋等を探さねばならない。



「出るわ」



 そう言った彼女の顔からは先ほどまでの朗らかな笑顔は消え去っていた。その代わりにある思い詰めたような、冷たい表情が張り付いており、そこには怯えのような物も見えた。



「もう行くだ?」

「そう、仰せだからな。また、縁があれば訪れようと思う」

「んだな。だども、何か、手みやげをやれないのが心苦しいだ……」

「……それなら――」



 マウザーはオークの村が隠していた火薬を求めた。

 元々、大量にあったそれは盗賊との戦闘を経た今でも余っている。



「これはまたどこかに隠しておくべきよね」

「あぁ。これが見つかりゃ、反乱を企てているって思われるかもしれないしな」

「わかっただ。それじゃ、好きなだけ思っていって欲しいだ」



 そんなに大量に持っていても万が一に発火した際、対処出来ないとマウザーは内心思ったが、それを隠して彼女は必要な分を木を削って作った容器に入れる。



「それじゃ、行くだ? 何のようで北に行くかは知らないだ、だども、どうか達者で」

「そっちも教会にはばれないようにな」



 マウザーは「教会?」と首をひねっていたが、ノーメンは詳しく語ろうとしなかった。



「この街道さ、通るなら帰りには上手い酒が手には入っていると思うだ。また寄ってほしいだ」

「良いな、それ」



 その時、ノーメンの中で何か、違和感を覚えた。

 だが、その違和感が言葉になる前にマウザーが歩きだした。



「それじゃ、また」



 寂しそうに笑う彼女に続いて村を出る。二人はしばらく感傷に浸るように木漏れ日の漏れる街道を黙っていた。



「やっぱり、助けて良かった」

「……俺は助けられなかったって思っている」



 相反する意見。二人は黙々と歩を進めた。ノーメンはふと、このまま平行線的な議論でもして暇をつぶすのかな、と思ったが、マウザーはただ「そうね」と言ったきり、口を閉ざしてしまった。



(マウザーの事だから、何か反論でもあるような気がしたが……。体調でも悪いのか?)



 彼女の頬はどこか乾き、精気が薄いような気がした。

 上る気温と貧血が彼女を苦しめているのだろうと思ったノーメンは休息を申し出ようとして、止まった。



「……?」

「待ち伏せだ」



 マウザーは肩に掛けていたライフルを慌てて構える。それと同時に顔に黒い布を巻いた傭兵然とした男達がクロスボウを構えて森の中から出てきた。明らかに近接戦闘を得意とするノーメンを警戒している。



「動くな。武器を捨てろ」



 傭兵の一人がそう声をかける。マウザーは周囲を見渡して周囲に十人ほどの手税がいるのを見るや、ゆっくりライフルを地面に置いた。



「その腰の得物も捨てろ」



 マウザーの逡巡するような視線にノーメンは小さくうなずいた。

 今、何が出来ると言う訳ではない。まずは様子見だと言いたげな視線に彼女の手がリボルバーに触れた。



「やぁ、元気そうじゃないか」



 突飛な声だった。リボルバーに延びていた手が止まり、その声の主を探すといつの間にか白銀の鎧――ミスリル製のプレイトアーマーに身を包んだ青年騎士が居た。



「いやー。久しぶりだね」

「バルザ!」



 ノーメンはなんだ知り合いか、と聞こうとして青年騎士が固まっている事に気がついた。



「ど、どしてマウザーが!? そ、そうか。報告にあった女魔法使いとは君の事だったか」

「……? あたしを殺しに来たんじゃ――」

「――? 何を言っているんだ? 君こそ、どうしてその男と連んでいる?」



 マウザーがちらりとノーメンを見ると、彼はばつが悪そうに肩をすくめた。するとバルザがしたり顔で頷く。



「そうか、君はそいつの素性を知らないようだね。いい機会だ。教えよう。彼は名無しの権兵衛(ノーメン・ネスキオー)と巷では名乗っているようだが、本名をサクヤ・クルルギ――魔王を倒した勇者の一人だ」


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