オーク村の戦い
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太陽は地平線から僅かに頭を出す。だが、森は静寂につつまれ、痛いほどの緊張を孕んでいた。
「……兄貴、鳥の声がしませんぜ」
「殺気にあてられたんだろ。戦の前ってのはこういうものよ。そうだろ?」
男達の一団は木々を縫うように静かに、そして淡々とオークの村に歩を進めていた。その所作からして誰もが傭兵であった事を思わせる身のこなしだった。
そう、彼らは傭兵だ。金で雇われる戦場の狗。だが、彼らはただ金のためでは無く魔王軍に抗うために結成されたと言う珍しい経歴を持っていた。
彼らはいつも市井の輪から弾きだされた者だったが、それをまとめたのがこの巨漢だった。
彼は言った。「戦い、認めてもらおう」と。
戦い、勝利する事こそ価値のある行いと思われていた時代。男達は勇敢に戦った。そして戦い抜いた。国に、神に、市井に己を認めてほしくて戦いに明け暮れた。勇者が魔王を倒すまで。
魔王が倒され、束の間の平和が訪れた。誰もがそれを祝福した。皇帝陛下も、司教も、騎士も、農民も。
だが勝利の熱は冷め、北方戦争の敗戦を受けて人々の意識は変わって行く。
あの敗戦を受け、戦に負けた責を傭兵達も受けた。その上、戦争で減ってしまった働き手を回復するため多くの人外が雇われるようになり、元来、人間より胆力のある人外達は瞬く間に人間社会に溶け込みだした。
そのせいで魔王戦争の頃に人外殺しを行って来た者への非難が生まれてしまう。
「やりすぎだ……!」
周囲はそう言った。そして恐れた。敗戦を受け、職にあぶれた傭兵が人外にして来た事を自分達にするのでは無いかと。
そのため彼らは町を追われた。今まで守り続けて来た町から捨てられ、教会からもその性癖を異端だと罵られ、騎士からは下卑な身分と嘲笑され、国からの見舞金も消え、彼等は排斥された。
「なんのための戦争だったんだ。なんのために戦ったと言うんだ。居場所を認めてほしかっただけなのに。それなのに、それなのに――。おぉ! 神よ! 残酷な神よ!」
兄貴は教会の梁に吊るされた仲間を見て悟った。神は男を救わないと。
だから彼は決断した。
神では無く、自分が男を救おうと。
理想郷をを作るまで、排斥された男達を救うまで自分達の戦争が続いているのだと思った。
魔王戦争では人間を救うために多くの人外を殺して来た。ならば男を救うために自分達を阻むものを殺そうと彼は決めた。自分達の小さな幸せを守るために――。自分達の安住の地を手に入れるために――。何人にも侵されず、自由に愛し合える失った楽園を得るために――。
「兄貴!」
「あぁ、見えたな」
朝靄に隠れるような粗末な村。泥と藁を混ぜ合わせた壁。藁葺きの屋根。帝国のどこにでもある貧しい農村。
だが、そこに暮らす住民は人間では無く、彼らが自由のために狩り続けたオークの巣だ。
「ケッ。一端の人間気取りか、あの化け物共。忌々しい」
「兄貴! やっちまいましょう」
「そうですぜ、兄貴。昨日の連中もいるでしょうが、こっちは総勢四十人。オークの村を襲撃するにはちと、心許ないですが、あんな戦意の無い連中、一ひねりですぜ」
チラリと同志達を見やればギラギラと瞳を輝かせる姿を見ることが出来た。
よし、やるか。
そう決断した瞬間、村から何かを打ちならす音と「早く、早く!」と言う叫びが聞こえてきた。どうやら奇襲が察知されたらしい。
「ど、どうして!?」
「あ、兄貴!?」
「うろたえるんじゃねぇ。武器なんてあいつ等にはありゃしないんだ。一気に攻めるぞ。相手の防御が整う前に殺せ! 全ては薔薇園のために!」
「薔薇園のために!」
「約束の地のために! 我らが薔薇園のために!」
「オークを殺せ! 立ちはだかるものを殺せ!」
「ヒャッハー! 殺せ!」
「ひゃっはー! 蹂躙だ!」
喚声。そして男達は虐げられる男のために、愛する男のために武器を掲げた。
◇◇◇
森を揺らす振動が迫ってくる。横隊を組んだオーク達がその振動に身震いし、神の名を口にする。
「……主よ、慈しみ深い主よ。どうか我らをお守りください」
「やっぱり、ダメよ。逃げましょう!」
「誰? 弱音を吐いたのはのは誰!? なんのために武器をとったの? この生活を守るためでしょう! 銃ならあなた達の生活を守る事が出来る。他者に生活を脅かされる事もない。
そのために武器をとったのでしょう!
戦いなさい! 主も我らの戦いを見ておいでだろう。そして主を敬愛するあなた達を神が見捨てる訳がない! 今こそ立て! その手に銃を握り、主の下に諸君の武勇を示すのだ!」
マウザーの言葉にオーク達が口々に祈りを呟く。
ノーメンはその光景に「オークが神に祈るとはね」と複雑な表情のまま黙ってマウザーの隣に立っていた。
「第一列、前へ!」
すでに男達の前衛が見えた。
「構え!」
横隊をなしたオークが手銃を男達に向ける。
「狙え!」
男達との距離はまだ五十メートルほど。オーク達は生唾を飲み込んで手銃の手元に空いた小さな穴に火縄を近づける。
「撃て!」
火縄が穴に落ち着けられ、そこに盛られていた火薬に引火。その火は瞬く間に銃身内の火薬を燃焼させ、鉛玉を押し出す力を生んだ。
鼓膜を振るわす轟音。全てを包み込むような白煙。そして悲鳴。
突撃をしかけてきた男達の体は鉛によって引き裂かれ、鎧に大穴をあけた。
「後列前へ。第二列。構え」
そこにマウザーの無慈悲な号令がかかる。
二列目と三列目のオークが一列目のオークを抜く。二列目が先ほどの発砲煙の前に出ると彼女等は銃先を盗賊に向けた。
「撃て!」
再び轟音と白煙。そして悲鳴。
濃厚な硝煙の香りに血の臭いが混じる。
「後列前へ。第三列。構え。撃て」
男達の悲鳴を聞きながらマウザーは号令を下す。オーク達には接近戦への忌避感があった。
それは教会の教えによる所が大きく、殺生を戒めるよう暮らしてきたからだ。
だが、銃のような武器には肉を絶つ感触など無くただ引鉄を引くだけであり、その抵抗感が薄れる。
だから射撃で出来るだけ多くの盗賊を葬る必要があった。
「後列前へ。第一列、構え」
二列目と三列目の射撃の間に再装填を終えた一列目がまた銃口を盗賊に向ける。そして発砲。白煙に隠れて見えないが、盗賊達が多大な損害を被ったであろうとマウザーは思った。
「各自、一斉射撃。構え、撃て」
各列が前に向けてただ銃弾を吐き出す。そしてマウザーは義父の形見である短剣を引き抜く。
「突撃に、進め!!」
ドシドシとオーク達が駆け出す。そして白煙のカーテンを飛び出すと、そこには赤い光景が広がっていた。
木々に飛び散った血痕。草の上にぶちまけられた肉片。それでも生きようとあえぐ盗賊達。オーク達はそこに突っ込み、手にした手銃で彼らを完膚無きまでに叩きのめす。誰もがその場の空気に酔い、本能のままに鍬や槌を使って死に体の傭兵達に止めをさしていく。そこに理性の欠片など無く、ただ一方的な殺戮が生まれていた。
「……。これが、これが王国の戦い方なのか?」
白煙を出たマウザーの背後からノーメンがゆっくりと現れた。
そしてマウザーは口を開こうとして、閉じる。
ただ、朝の森に肉を打つ音と悲鳴が聞こえる。それが静寂を強調しているようで、マウザーには耐えられなかった。
「――やらなければやられるわ」
「そうだな」
「――だから襲いかかる火の粉は振り払わなくてはならない」
「そうだな」
マウザーは唇を噛みしめた。虐殺を課したオークを背に、彼女のふっくらとした唇から血が流れる。
「やめ! 戦闘やめ!! 集結せよ」
マウザーは殺しに酔うオーク達を押し、その場から離れさせる。
オーク達も戦闘の興奮が冷めはじめ、誰からと無く荒い息を吐くばかりだ。
そんな中、森の奥から一人の巨漢が現れた。
彼は無言のまま背をっていた身の丈ほどの大剣――バスターソードを引き抜く。
「お前等、よくも、よくも!!」
兄貴は身体強化の魔法をかけつつ、手近なオークの首に己の剣を叩き込む。スッパリ。オークの首が地面に落ちるのと、別の獲物に向け大剣が振るわれるのが同時だった。
「俺の男達を! これが、これが人のやる事か!!」
「盗賊家業のテメーには言われたくないぞ」
オークの隙間を縫うように駆け出すノーメン。彼は死んだ男が持っていた細身の剣を掬い取ると、体のバネを使って伸び上がるように兄貴に切りかかった。
「やっぱり、いい腕だな、兄ちゃん」
兄貴はその巨躯には似合わない俊敏さでその一撃を後ずさりながら避ける。そして体が伸びたノーメンに向かって大剣を上段から素早く振り下ろす。
「くッ」
ノーメンはそれが避けられないと演算するや、剣でその一撃を受けるようにしながら後退を始める。
だが、上段から振り下ろされた一撃は難なくノーメンの剣を叩き折った。
「危ね!」
紙一重でその攻撃を避けたノーメンは転がるように男から距離を取る。
「ノーメン!」
「お前は引っ込んでろ!」
ノーメンはそう言うや、近くの盗賊から手斧を奪い取る。
それを構えつつ立ち上がると、兄貴は「お前もあの戦場に居ただろう?」と言った。
「お前はあの地獄を知ってるはずだ。全て国のために、主のために人外を殺してきた。全て正義の名の下に殺してきた。
俺様達は戦ったぞ。勇敢に戦った。
俺様達の事を認めてもらうために死にものぐるいで戦って人外を殺してきた。
確かに魔王戦争が終わったとき、俺様達の功績をみんなが称えた。教会だって報償を出してくれた。それがこのざまだ!」
見ろ!
兄貴は喉が裂けるほどの声で怒鳴った。
「俺様達はただ居場所が欲しかった! 自由に愛し合える場所が欲しかった! そのために戦ってきたんだ。そのために国を愛してきたんだ。そのために主を愛したんだ!
俺様達はただ、愛する国のために戦った。だから、国も俺様達を愛して欲しかった!!
その裏切りを、お前も知ってるだろ! あの戦争に参加した者なら分かるはずだ」
「……。知ってるさ」
「ならどうして俺様に剣を向ける!? どうしてオークの味方をする!? あの豚面共は敵じゃないのか!?」
ノーメンは構えを解くと、ばつが悪そうに頭を掻いた。
「俺もあの戦争の意味が分からないんだ。
村のために戦った事もある。希望を託されて戦った事もある。
だが、全部、熱が冷めるように消えていった。そんで北方戦争だ。あの戦争のせいで俺は正義のために戦う事を、辞めたよ」
ノーメンは先ほどの硝煙と轟音から北方戦争を思い出していた。
丘を越えて聞こえる砲声。無慈悲な弾丸の嵐。そこには騎士の誇りも矜持も無い無機質な殺戮の場だった。
そうして戦争が終わり、町に戻れば待っていたのは罵倒の嵐だった。
「魔王戦争ではあれほど勇敢に戦ったと言うのに情けない」
「人外の軍団に負けるなど恥だ」
「どうしてもっと戦おうとしなかった!?」
ノーメンの中に蘇ったその声に彼は震えた。
そして耳のすぐそばで「どうしてお前だけ生きて帰ってきた」と言う声が聞こえた。
「魔王戦争では英雄と言われ、北方戦争では卑怯者と言われ、俺はもう正義のためには戦わないと決めた」
「それじゃ、なんでそこに居る!? そこにはなにがある?」
チラリとノーメンはマウザーを見た。
親友の娘。ただそれだけの縁だと言うのに、どうして自分は彼女のためにここに立っているのか、と自問する。
かつて、この世界に来る前の自分は周囲からの縁を全て断ち切って過ごしてきた。
だが、こうして彼女と出会えた事に何かを感じずには居られなかった。
あの好かした神が仕組んだとしても、彼はその縁を無視する事は出来なかった。
「巡り合わせだよ」
「はぁ?」
「正義のために戦うのは辞めた。そんな物のために戦うのはもううんざりだ。だが、女のために戦って見たくなった」
「ハッ! なんだそれ? だが、愛のために戦うのなら正義を振りかざす奴と戦うよりよっぽどマシだ。
さぁ、来い。殺してやる。そうして俺様は理想の薔薇園を男のために作る!!」
「そんなケツが痛くなるような理想郷、俺が阻止してやるよ」
ノーメンは斧を握りしめ、駆けだした。
後半はいつもの。
シルバーウィーク中の更新ですが、所用につきまして一日一話午前11投稿になります。
また、予約投稿を行って居いますが、コメント・感想の返信が遅くなる可能性があります。
ご了承ください。
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