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戦闘の準備と正義

 あの後、マウザーは各家を回って軒下を漁った結果、黒い粉の箱が三箱、槍のような物が三十本、そして鉛玉多数を見つけた。



「なぁ、特務中尉殿。これは……?」

「あら? 魔王戦争に従軍していたと言うなら見た事あるんじゃないの? 確か、親衛騎士団が各村の自警団向けに少数配備したって記録を読んだことあるけど」



 そう言うや、マウザーは古びた柄のそれを持ち上げてノーメンに突き出す。恐る恐るそれを受け取ったノーメンはそれをしげしげと観察して、先ほどの黒い粉、そして鉛玉に視線を移す。



「これ、もしかして銃か?」

「王国だと手銃と呼ばれているタイプよ。極最初期の原始的な火器ね」



 木製の柄の先には円筒形の筒がついたそれを銃と言われ、ノーメンは「これが?」と疑問を浮かべる。

 魔王戦争後期に軍事先進国の王国から支援を受けた帝国はかの国から銃や大砲と言った火器を少数輸入していた。それを元により簡易に大量製造できるように最低限の機能だけを残したのがこの手銃と呼ばれるタイプの銃だ。

 その急造品は射程や威力において王国製の銃に大きく劣り(特に射程では長弓にも劣る)、実戦で役立ったかと言われると疑問がつく。

 その上、騎士達は個人の武勇を重視するため集団で運用される銃を忌避していた事もあって義勇兵部隊でしか運用されなかった。



「なるほどな。確かに戦争後期だと、俺は主要な戦線に居なかったからな。それでもお前が持っているのとは大違いだな」

「王国には天才的な発明家が居て、その人が火器を作ったんだって。最初は手銃で、それからより使いやすいようにって今のデザインを考えたと言われているわ。今から百年ほど前の話よ」



 マウザーの持つ銃とは似ても似つかないそれは魔王戦争が終わると生産されていない。

 勇者による魔王討伐と言う華々しい成果を前に個人の武勇こそ誉れであると帝国ではより一層信奉されるようになり、そのまま北方戦争に突入してしまうのである。



「義勇兵は元々、戦意の低い部隊だったと聞くから撤退時か、終戦で引き揚げる際にオークの村で遺棄していったんでしょうね」

「ふーん。で、それの使い方をわざわざ教えてやるのか?」



 マウザーの目的は義父であるヴィルヘルム・ベンテンブルクの冤罪を晴らし、ベンテンブルク家のお家再興をする事のはずだ。それも冤罪の証拠をマウザーが掴まない様に追手をつけられている状況でそれを中断してまでオークに戦い方を教えるのか? とノーメンは問うた。



「……見過ごせないわ。ねぇ、ノーメン。神速の軍馬に荷を牽かせる? 優れた城大工が長屋を建てさせる? 虐げられる者を助けるための知恵と力があるのにそれを行使しないのは怠惰と言う物じゃ無い?」

「要はお前が自己満足したいだけじゃねーか。正義の味方に成りたいのならやめとけ」

「あたし正義の味方に成りたいわけでは無いわ。でも、だからと言って見過ごす事も出来ない。それに盗賊を野放しにしていたら街道を通る人達にも被害が出るでしょ」



 ノーメンは怒鳴りつけたい衝動を堪えながら「言っちゃ悪いが、こいつ等はオークだぞ」と言った。



「確かに他の旅人――男を獲物にしようとする連中が野放しになっているのは男として背筋が凍る思いがするさ。だけどな、オークが何をして来たかくらい、王国に留学していたあんたでも知ってるだろ。その上でこいつ等の味方をすんのか?」

「今は改宗もした帝国民なのよ。国民の生命と財産を守るのが軍人じゃないの?」



 「好きにしろ」とノーメンは踵を返してナジーブの家に足を向けた。一眠りするつもりなのだろう。

 だが、彼はふと歩みを止めた。



「てか、お前、戦意の欠片も無いオークを戦が出来るようにやれるのか?」

「大丈夫。そういう事を習って来たから」



 そう言うや、彼女は不敵に笑った。



◇◇◇



 その日、オークの村には地獄を思わせる悲鳴と怒声が響いた。

 前者はオークであり、後者はマウザーと代わったバルターの部下の女軍曹だ。



「ひぃ! ひぃ!」

「オラ! そこ! 誰が休んで良いと言った!? ご褒美として腕立て百回追加!」

「は、はいぃ!」

「ちんたらやるな! 情けないオーク共だ。いや、今のお前らがオークなんて高尚な生物なわけが無い。お前達は蛆虫以下の存在だ。まだ年寄りの××××の方が気合い入ってる」

「は、あい!」

「返事!」

「イエス、マム!」

「よし、良く言った蛆虫共。さらに褒美で百回の腕立てをさせてやる」

「い、イエス、マム!」



 村の中でもまだ戦えるであろう二十のオークを一人でしごくエルフの下士官にノーメンは顔をひきつらせつつその光景を見ていた。そもそも彼はマウザーと口論した後は一眠りするつもりだったのだが、罵声と悲鳴に思わず飛び起きてしまったのだ。

 ちなみに軍曹がこの訓練を引き継ぐ前までオークをしごいていたマウザーもまた、罵声を浴びせる訓練をしていた。



「王国軍ってのはみんなこうなのか?」



 そりゃ、勝てねーよ。

 ノーメンは「王国の軍制が――」と言っていたマウザーの言葉を思い出し、帝国の騎士団がしているのはごっこ遊びだなと思いつつ、その場を離れた。下手に巻き込まれたくないのだ。



「で、そのマウザーはどこに行ったんだ?」



 先ほどバルターに連れられてどこかに行った彼女を探していると訓練の場から離れた家の裏に彼女達が居るのを見つけた。

 だが、ノーメンは何故かその場に行く気が失せ、物陰に隠れる。



(なんで、こんなコソコソと)



 どうして自分がそんな事をしているのか自問しながら無意識的に耳をすましてしまう。すると風に乗って二人の会話が聞こえてきた。



(王国語か?)



 だが、ノーメンはその言葉がスラスラと頭に入ってくる。

 この世界に赴く前に神によって与えられたチートの一つである【言語翻訳】を使いつつ、思わず耳をすましてしまった。



「なるほどな。それで中尉階級を名乗っていたのか。その件はオレの判断では決めようが無い。後で上に聞こう。

 だが、オレが貴様を呼び出した理由くらい幼年学校主席の貴様には言わなくても分かるだろ」

「………………」

「どうして賊を捕らえながらも、撃鉄を起こしていなかったと聞いている、ベンテンブルク准尉――いや、今は中尉か」



 どうも、先ほどの薔薇色盗賊にマウザーが組み付いた時の話のようだ。

 確かにマウザーはヒャッハーを捕らえた後、挑発を受けてから撃鉄を完全に押し上げた。



「まさか忘れていた訳じゃあるまい。新兵では無いのだからな。それともオレの教育が間違っていてハーフコックでも撃てると思ったか?」

「いえ……。あたしは、撃つ気がありませんでした」



 「何故だ」と静かに問われたマウザーは悔しさのせいなのか、震えながら唇を噛みしめるだけだった。



「――殺せないのか?」



 ビクリとマウザーの肩が飛び上がった。

 ノーメンは素早く記憶に検索をかけ、彼女が手を下した人が居ないか探すが、自分の見ている範疇ではそれが居ない事に気づいた。

 そう、ノーメンと初めて会った時、あの盗賊を追撃した時もマウザーは盗賊を殺さず、ただ追いつめ、そこをノーメンが仕留めた。

 その日の夜、刺客に襲われた時も氷魔法をマウザーは撃ったが、それで殺した者は居ない。

 マウザーはの銃は人を殺していない。ただ戦闘不能にするだけだ。



「まだ、あの事件の事を引きずっているのか?」

「いえ、そのような事は――」



 その時、バルターが手でマウザーの言葉を制し、ノーメンが潜む物陰に視線を向けた。

 ノーメンはしばらく隠れていたが、ぶれない視線にため息をついて出ていく事にした。



「な!」

「すまん。なんか、話していたから。良い雰囲気のようだったし」



 ノーメンは王国語が分からないと言ったように言葉を濁す。それでもマウザーやバルターは互いに顔を見合わせていた。



「それじゃ、俺はそこら辺を散歩してるから」

「ま、待って!」



 マウザーに背を向けた所でかけられた言葉にノーメンは首だけ向ける。だが、呼び止めたマウザーは黙るばかりで何も言わない。



「なんだよ」

「……聞いたの?」

「何を?」

「今の話」

「聞いただけだよ。てか、留学してただけあって、あんたペラペラだな。初めて尊敬の念を抱いたよ」



 マウザーは「そう……」と風に吹き消されそうなほど小さい声で答えた。

 そして歩みだした時、濃紺の軍服をまとった兵士が走りよってきた。その手には銃の代わりに身の丈ほどある杖を持っていた。



「中尉! 南方軍司令部から通信です」

「分かった。ここで出きるか?」

「お任せください」



 杖を持った兵は肩掛けにかけた円筒の雑納から一枚の用紙を取り出す。そこには複雑な文様の描かれており、それが魔法陣である事をノーメンは知った。

 その魔法陣の上にバルターが立つと、杖を持った兵が何やら呪文を唱える。すると魔法陣が一瞬だけ輝き、バルターを包み込む。



「通信魔法!」



 マウザーが呟くと、先ほど呪文を言った兵が「しっしっ!」と追い払うように手を振った。だが、二人は通信魔法の内容に思わず耳を傾けてしまう。



「こちら三三六猟兵小隊。――――。えぇ、ポイント六二一です。――――。そうです。完全に露見しました。指示を。

 ――――。報告通り、オークと人間の盗賊です。オークから治安維持を依頼されております。また戦力はオーク二十、それと現地の協力者が二人。敵は少なくとも三人を確認しておりますが、オークの村を襲うほどですので、それなりの規模かと。――――。モニカ中将、そこをなんとか! 現地での協力者に教え子がいるんです。どうか――。――――。すいません、確かに部下を危険に晒す理由になりません。――――。そうです。分かりました。復唱します。三三六猟兵小隊は所定の作戦を放棄。これより撤退行動に移ります。――――。通信終わります」



 再び魔法陣が輝くとバルターは苦虫を噛み潰したような顔をしながら「撤退準備」と短く号令を下した。



「すまんな。軍司令部からの命令で撤退が決まった」

「分かりました中尉。いずれ、シュタット領――南方辺境領に行く予定ですので、その時にまた……」



 短いやりとりをした二人は互いに敬礼を交わした。それからバルターはノーメンに向きなおり「ベンテンブルクを頼みます」と頭を下げた。



「まぁ、マウザーの事に関しては血の宣誓をしてるんで、面倒は見ます」

「ありがたい。どうかお頼み申し上げる。あれはイザと言うときに引鉄の引けない奴です。きっとそれが命取りになる場面があるでしょう」



 引鉄が引けない。その言葉をノーメンが口の中で繰り返すと、バルターはきびすを返して去ってしまった。

 そして王国軍はまた森の中へと姿を消すのであった。



◇◇◇



「中尉達は、極秘の偵察任務だったんだろうな」



 パチパチとたき火が爆ぜる。オークの村の中心に焚かれたたき火を見ながらマウザーがふと呟いた。

 ノーメンはバルターの残した言葉の意味を測りかねてマウザーに直接聞こうかと思ったが、彼女は何も答えなかった。そんな沈黙の中で放たれた言葉を彼がゆっくり咀嚼した。



「……偵察? なんで?」

「敵地周辺の偵察なんて軍じゃ当たり前じゃない。どこに集落があって、大砲が牽けるほど地面は堅いかとか、川のどこに橋が架かっているかとか、そういう事を知ることでどの道を進軍すれば良いか分かるでしょ?」

「つまり、あの人外はそれを調べに来ていたのか? それも条約を無視して」



 ノーメンの問いにコクリと頷くマウザー。

 ノーメンは王国が戦争準備を始めたからこのような条約無視の偵察を行っているのかと思ったが、マウザーはこれが定期的なものだと思っていた。

 王国の戦争は開戦する前に終わる。要は戦争が始まる前にどれだけ勝利へ準備が整うかが勝敗を分かつと考えているのだ。

 そのためにも地道な偵察を王国は何度も行う。それが勝利に繋がると信じて。



「で、オーク連中はどうだ? 戦えるのか?」

「銃の扱い方は教えたわ。後は、彼ら次第かな」

「ふーん」



 ノーメンは聞いておきながら興味が無さそうに小枝をたき火に投げ込む。

 ゆらゆらと揺れる炎を写す瞳はどこか、昔を見ているようだった。



「やっぱり、乗り気じゃない?」

「そりゃな。俺があんたに協力してんのはあんたがヴィルの娘だからだ。あんたの言う縁って奴を信じてみようと思ったからだ。

 今の仕事はあんたを無事にシュタット領に連れていく事で戦争をする事じゃ無い。俺はもう、正義とか、種族がとかで戦うのはうんざりなんだ」



 濁ったような瞳でマウザーはノーメンに見つめられ、言葉を無くした。

 そしてノーメンは見渡すようにボロい家々を指さす。



「こうやって見りゃ、人間と変わらない明かりに見えるだろ? だけどな、オークって種族は粗野で凶暴な一族だ。あいつらに蹂躙された村の跡には何も残らない。

 だからあの戦争でみんな戦った。死力を尽くしてオークと戦ったさ。

 苛烈な戦闘がいくつもあった。

 だから奴らも必死さ。人間に見つかればどうなるか分かって居たからな。あいつらも死力で向かって来た」



 ノーメンが瞼を閉じればありありとあの光景が蘇って来た。深々と突き刺さった矢に悶えるオーク。大木に吊るされたゴブリン達。火の着けられた建物に押し込められたコボルト共。

 その残虐な光景が脳裏に焼き付くノーメンはうんざりしたように溜息をついた。

 だが、人外に殺されていった仲間の顔を思い浮かべれば未だに憎しみの炎が立ち上る。仲間がオークの手によって惨たらしく殺された事を思えばマウザーの命令を無視したいほどだった。



「今思えばクソ見たいな事を散々やってきた。あんたの価値観からすれば後ろ指さされても文句の言えないような事もしたし、シュタット条約に抵触するような戦犯行為と呼ばれるような事もやった。

 戦争に正義があるように思っていたが、そんな事は無かったんだ」

「…………だから軍を辞めたの?」

「脱走したのは別の理由だ。俺は北方戦争で――」



 だが、そこでノーメンは口をもごもごさせて「もう寝よう」と立ち上がった。マウザーはそれ以上聞かずにたき火から薪を抜いて火の勢いを弱める。



「多分、奴らは明け方に奇襲して来るはずだ。払暁に奇襲をしかけるのは常套だからな」

「えぇ。確かに。それじゃ、少しだけだけど仮眠をとりましょう」



 マウザーとしてはまだノーメンの話が聞きたかった。正義についても議論してみたかった。

 そのような討論を幼年学校でも行ってきた彼女としてはノーメンと意見を交換して見たかった。

 だが、それ以上に聞きたい事があった。

「王国語を話せるでしょ?」と聞きたかったのだ。

 あの時、バルターと話していた内容をノーメンは知っただろうか。

 それが気になっていたが、それを聞いては全てを話さなければならないような気がして、自然と口が閉じてしまう。

 きっと、その時では無いのだろう。

 マウザーはそう思い直して、たき火に砂をかけた。


マウザーが得意げに話している事を詳しく知りたい方は稚拙『銃火のオシナー』をお読みください(ダイマ)



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