(12)
男は寺の外にある納屋のわらに寝転がり、少女のことを思い浮かべた。目をつぶれば、少女の吐息すら聞こえて来る気がした。
夜毎の夢に見、恋い焦がれる女。そんな偶像。血の気のない、青白い肌。月の光を束ねたような髪。はらはらと肩に流れ落ちる。
花のかんざしが少女の髪を飾っている。あの小男が娘に買ってやったのだろうか。
男は顔をしかめた。
気がつくと、納屋の窓から朝日が差し込んでいた。朝の光が納屋全体を照らし、男は錆び付いた鎌を見つけた。
人を殺すのに武器すら持っていないとは、小男の言うとおり、笑いの種だ。男は鎌をベルトの輪に引っかけた。
土間へ行ってみたが食べる気などなかったので、そのまま寺を出た。よく考えてみると、崖から落ちて以来、何か食べた記憶などなかった。
村を歩く男の姿を見かけると、村人が脅えた様子で逃げて行く。男は皮肉めいた思いで眺めていた。
街への道を辿り始めると、いつのまにか小男が寄り添うように歩いていた。
「昨日はどこへ行ってた? え? 浮気してたのか? 昨日の夜が最後だったのに、惜しいことしたよな」
「昨日の夜が最後?」
またしても小男は答えない。
「その腰につけたもんはなんだ? 今ごろ役に立てようとしたってな、後の祭りだよ。今さら役に立ったって、一体どこに突き刺すんだ? 誰に突き刺すんだ? 村のあまっこか? 街のあばずれにか?」
男は小男のおふざけを無視した。
「これからどこへ行くつもりだ? 誰に会うんだ? 王さまに会おうって魂胆か? どうするつもりだ? やっぱり殺すのか? なんで無視するんだ? あっしがうるさいか? 鬱陶しいのか? それとも、嫉妬に狂って口もきけねぇようになっちまったんか?」
男はため息をついた。
「おまえと私が一体どんな約束をしたというのだ? 娼婦まで使って邪魔しなければいけないほど大切な約束だったのか?」
「はっはぁ、一体どなたに入れ知恵されたのかな、おバカちゃん? あいつが娼婦だって? あいつがそう言ったのかよ?」
小男の顔が一層カエルじみた。
「あんたのあいつを見る目! 邪魔されたくてたまらねぇって目じゃねぇか! あいつに乗っかられてよ、いやらしく撫でさすりやがって!」
「嫉妬しているのはおまえのほうではないのか? 私とあの娘の一挙一動をくまなく覗き見ているくせに」
「好きで見てるんじゃねぇよ。我慢できねぇくせに、たまらねぇくせに、なんでやんねぇんだ?」
小男は下卑た仕草をしてみせて、狂ったように笑った。
「おまえはどうなのだ? どうみてもあの娘にかまってやってるひまがあるとは思えないが」
小男は含み笑った。
「嫉妬に狂うのはあんたのほうだな。今もあっしはあいつと一緒だよ。かまう? 言ったじゃねぇか、おバカちゃん。あっしはあいつとは魂まで食い込ませてる。あいつが嫌がっても、がっちりと抱き締めたまま、離さねぇんだからな」
男はふいに自分が不機嫌になったと感じた。
「嫌がるのを無理か? どこで買ってきたのだ ? それともさらってきたのか? 自由を奪って、自分の思いどおりにしているのか? もののように扱って、あの娘の意志や存在を踏みにじっているのか?」
男は気分のままに、怒気をはらんだ声でうなった。
「無理に?」
小男はぴょこんと跳ねた。
「買った? さらった?」
ゲラゲラと腹を抱えて、地面を転がった。面食らったのは、男のほうだった。
「どこのどなたさまがそんなことを言いやがった? こりゃ傑作だ! あいつは自分からあっしの所へやってきたんだぜ? 今だって自分からすすんでやってんだ。おいしいごちそうがいただけるってんなら、だれだって喜んで自分からしようって言い出すだろうさ」
「おいしいごちそう?」
男は動揺を隠して、尋ねた。
「ちゃんとあっしは報酬を用意してるんだ。それともあいつがあっしに縛られてるって、言ったのか?」
男はうろたえ、首を振った。
「それによ、さっきのあんたの言葉をあいつにそっくり言ってやりな。ありがたがって、涙流しながらあんたをナイフで刺すだろうよ」
「私の言葉のどこが、あの娘を怒らせることになるのだ? 同情してはだめなのか? おまえはあの娘に一体何を与えると約束して、たぶらかしたのだ?」
「あんたとあっしの約束は親子みてぇなもんさ」
「なぜ、その内容を教えない? なぜ、いつもはぐらかす?」
「はぐらかしてなんかいねぇさ! 聞きてぇんなら、いくらだってその臭いくらいは嗅がせてやれるさね」
小男は大仰に手を広げ、歪んだ体をよじった。
「おぉ、口にも言い表せない愚かな約束! たちくらみがしてしまうほど愚鈍な約束! それが形になって生みだされて、あんたになったんだ」
男は腹がたったからというよりも、不安にかられて鎌に手をかけた。小男は素早く男の傍らから飛びずさった。
「怒ったのかよ? 本当のことを言われて腹がたったのか ? 今さら自分の馬鹿に気付いても、手遅れじゃねぇか? 後の祭りじゃねぇか?」
「そんなことはない」




