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石の花  作者: 藍上央理
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(10)

「気になるか? 気になるだろう? あいつとあっしは切っても切れねぇ仲なのさ。あいつは決してあっしから離れられねぇ、逃げられねぇ。あっしの言うことに逆らえねぇ。おや? あんたはあいつとあっしが交じりあったか、そういうことを気にしてんのか? 交じりあう、そんな生易しいことじゃねぇな、それ以上だ。あっしはあいつの魂までしゃぶりつくしてる。あいつはあっしのよだれにまみれてんのさ。おやおや、嫉妬すんのかい? 指一本触れてもねぇくせに? あんたの男をあいつで証明して見せてもねぇくせにか? あいつは、あんたがちっともかまってくれねぇって、ぐずってたぜ? そうなのか? あいつを見てもふるえねぇくせに、嫉妬だけは世間の男なみに奮い立つんだなぁ? ほらほら、拳に力が入ってるぜ、鎌を持たねぇ処刑人みてぇに男を証明できねぇのか?」

 男は思わず拳を振り上げていた。馬鹿にされたことで腹がたったのか、あの少女がこの小男の好きにされていることに腹がたったのか、男にはわからなかった。男は拳をおさめ、高ぶった気持ちを宥めた。

「怒りを溜めて置くつもりなのかよ? どうせ、すぐに吐き出すくせに? 剣もなく、男もなく……か? それとも、陰間のトカゲちゃんのしっぽって言ったほうがいいか?」

 男は小男の言葉にまたハッとした。

「トカゲのしっぽ?」

 小男は下品な笑い声をあげて、男の先を走って行った。

 何か頭の中が混乱している。それが仮面と共鳴するように、男の脳みそを殴りつけてくる。痛いほどの記憶の蘇り。男は考え、思い出そうとすることをやめた。

 最初の村に辿り着いたが、男は金を持っていなかった。

 小男の言う通り、忌まわしくみすぼらしい姿のおかげで村人の視線は冷たかった。男は村外れの壊れた小さな水車小屋に身を隠し、夜が更けるのを待った。

 心地よい感触に男は目を覚ました。いつのまにか眠ってしまった。男の腹の上に黒い影がうずくまっている。小屋のわずかな透き間から漏れる月明かりが、少女の輪郭を浮き彫りにした。少女の重さが心地よかった。少女は男にまたがり、長いこと男の肩や胸をさすっていたようだった。

「あんたのことを考えてたのよ?」

 男は少女の腰に手を添え、ゆっくりと撫でた。

「あんたがあたしのことを考えるように……昼が過ぎ去るのが本当に待ちどおしい……あんたとこうして、話をするのが待ちどおしかった」

 少女の唇を見つめて、言葉を形作る謎めいた動きを追う。少女の言葉が耳に心地よく響き、男はうっとりとその声に聞き入っていた。

「ねぇ、まだあたしを拒むの?」

 男は夢の中にいた。意識は深い井戸の底にあり、浮かび上がることはなかった。男は少女の肩を捕らえ、少しずつその曲線を確かめた。

 少女の首、少女の肩、少女の胸、少女の腰、少女の脚。

 確かな形がそこにあり、暖かな弾力が刺激とともに返ってくる。少女の瞳が間近に男を捕らえ、闇の中でらんらんと輝いている。

 男は仮面の存在を忘れかけた。それは男の顔からぽろりとはがれおちるかさぶたのように感じられたのだ。

 男は横たわったまま、少女の指先の動きを眺めた。少女が顔をあげた。

「ねぇ、まだ木陰のトカゲのしっぽが怖いの?」

 少女は硬い微笑みを浮かべ、男に問いかけた。その言葉が鋭い針になって男の眉間に突き刺さった。

 仮面が戻ってきたのだ。男は少女の体をもぎ離し、後ずさった。

「なぜ、そのことを?」

 少女は驚きの目で男を見やった。

「あんたに手がかりをあげただけよ、忘れてるようだから……」

「忘れている……?」

「自分について。約束と予言……全てよ」

 男は乱れた服をかき集め、呆然と少女を見つめた。

「死があんたを能無しにしたの? もともと愚かだったけれど、もっと愚鈍にしたの?」

 少女はすっくと立ち上がり、続けた。

「あんたは、あたしとあいつに支払うべき代価がある。それを支払わずに逃げるなんて、虫のいいことなんか許さないよ。あんたがしようとしていることは、あたしたちへの裏切りなんだよ。あたしがどうだろうと、あいつは決して許さないだろうね」

「あなたの言っていることがわからない」

 男は困惑して口走った。

「この道は間違ってる……あたしはそれを正しく直すつもりなのよ。門があんたにも機会を与えるなんてこと、あいつが忘れてさえいなければ、こんなことにはならなかった」

 男はうめいた。

「私を愛しているのではないのか?」

「よまいごと……あたしがあんたを愛してると言った? あんたにもあたしにも……あいつにさえも、どんな形だろうと足りないものがあるのよ。それを手に入れなけりゃ、あたしのこの思いにはどんな名もつけられない……」

 少女は思わせぶりな態度で男を騙していたのか? 少女の存在が、男を苦しめた。自分の言葉に男自身が傷ついていた。

「あの男が命じたのか」

 少女は嘲るように腕を振った。 

「は、どうとでも取ればいい。あたしは言ったじゃないの、過去と未来をちょうだいって……今しか生きられない……そういうのってどんなものかわかる?」

 男は首をうなだれた。

 少女は口許に笑みを浮かべ、ひざまずき、男のつま先に口づけた。

「愛を感じないと、あたしを受け入れられないの?」

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