第二章~攫~ 下
第二章下です。たいへん長いこと時間が経ってしまいました。物語も少し動いてきたのではないでしょうか。
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奥深い森に、人は立ち入ろうとはしない。よっぽどの物好きか、変り者か、はたまた命知らずな冒険家くらいなものだろう。だから奥深い森の中に人々は秘密を持ち込む。ただ、森の奥には行けないから森の近くに秘密を置いていく。いつしか森で見たもの、そこにあるものに人々は口を出さない、そんな暗黙の了解ができていた。
そうした捨てられたものは動物たちやリスタ、カミサマが奥へ持っていた。捨てられた側はたまったものではない。恨み辛みが積み重なる。なんな気持ちを持ち続けたものは転じて異形のモノとなったり、感化されたりした。
この森は、人間により汚され、また人間に忌み嫌われている。
ある命知らずな冒険家が森の奥深くに入ってしまい、命からがら逃げ帰ってきて言う。
「あそこは、妖怪が住む森だ」
と。その冒険家が本当に何を見たのかは誰にも証明できない。しかし証明することが必要なのではない。その話は尾ひれがついて人々の間に広まり、森のイメージはますます悪くなるばかり……。
「ミケ、ミケ! お前もこっちに来て手伝え!」
アルもクルムも未だにヴォルペの腕の中で丸くなっている。ヴォルペは身動きが取れず、困っていた。
「まんざらでもないんじゃなぁい?」
ミケ、つまり例の猫又の黒猫は、その様子をみてニヤニヤしながらのんびりとした動作でそこへ近づいた。
「それに、よぉく二人を見てごらんよぉ」
「え?」
見ると二人はヴォルペにがっしりとしがみつきながら寝ていた。とりあえず泣き止んでくれたことにホッとするが、どっちにしろ身動きが取れないことに変わりはない。どうしようか、とミケに助けを求めるが、ミケはそ知らぬ顔でクルムの頬をぷにぷにとつついていた。
ふとヴォルペは気が付いた。人の姿でいるから抱き付かれたままなのだと。
思ったが早いか、ヴォルペは元の九尾の姿に戻っていた。
「ばか!」
ごちんと、二人の頭が地面にぶつかりそうになるの。ミケはヴォルペのふわふわしっぽをむんずと掴み、目にも留まらぬ速さで二人の頭の下に挟んだ。
「二人に怪我でもさせたら承知しないんだからぁ」
ミケに睨まれてヴォルペは身動きが結局、取れないまま。そのまま夕刻になった。
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「森を出る」
アルの目覚めの第一声がこれだ。クルムも隣でこくこくと頷いている。
「はぁ……」
枕にされた挙句、わがままを言いだした困った二人にヴォルペは頭を抱えた。
「まったく……」
「いいんじゃなぁい?」
「ミケ!」
隣でペロペロと顔を洗っているミケは、なんとも呑気な感じでアルとクルムに同意した。
「いいの? 外に出て良いの?」
「まぁ、成人したんだしぃ、リスタも二人の成長を望んでるんだからぁ、いいんじゃないのぉ?」
大きなため息がヴォルペの口から洩れた。ミケは何も考えていないようで、たまにズバリと真実を言い当ててしまう。本人が分かっているのかどうかは謎なのだが……。
「ありがとう! ミケ」
そう言うとアルはミケをガバッと抱き込んだ。
「く、くるじぃ」
潤んだ瞳でヴォルペを見つめるミケだが、ヴォルペはさっきの仕返しか知らん顔を決め込んでいる。
ひょいっとアルの腕の中からミケを救い出したのはクルムだった。口数の少ないクルムだが、森の動物たちとは仲良く話をしている姿が時々うかがえた。
「……どうしても、行くのか?」
ヴォルペが再度、確認する。
「うん」
それにクルムは目をしっかりと合わせて答えた。
もう、何を言っても梃子でも動かないだろうとヴォルペは観念した。
「森の外ではカミサマの加護はないぞ。用心して行け」
「ありがとう」
アルもしっかりと頷いた。クルムはミケを地面にそっと下ろすと歩き出した。アルもクルムの隣に並んで歩き出す。二人とも振り返らなかった。
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「行くのか?」
だいぶ森の出口まで近くなってからのことだった。アルとクルムは誰かに後ろから話しかけられた。森の動物たちと親しいクルムでさえ聞き覚えのない声だった。
「誰?」
振り返って、二人が見たものは、意外にも“女の子”だった。
青と緑を混ぜたような曖昧な色の髪と瞳を持つ不思議な感じの子だった。
「もう、忘れてしまったのかの? 寂しいことじゃ。昔はよく遊んでやったものを」
くっくっくと喉の奥で愉快そうに笑う姿を、二人は曖昧に覚えている気がした。
「誰だっけ?」
「わからない」
それでも、誰かは思い出せずにいた。
「まぁ分からないなら、その方が良いのかもしれんの。それより二人とも、リスタからもらったクリスタルを奪われたのじゃろう?」
「え?」
女の子に言われて、慌てて二人はポケットを探したが、本当にクリスタルは見つからない。
「奪われたって、あの男に?」
「そういうことじゃ」
リスタも連れていかれ、リスタからもらった物まで奪われる。どこまでも、あの男に対する恨みが積もっていく。
「そんなに怖い顔をしなさんな。あのクリスタルは、そうそう使いこなせるものではない。安心せい。わしがくれてやった花は持っておるか?」
「これのこと?」
アルとクルムは別のポケットから白い小さな花を取り出した。それを女の子は認めると、満足そうに頷いた。
「それは護符にもなっておる。肌身離さず持っておるのじゃぞ。わしから言えることはそれくらいじゃ。……行くがよい」
結局、何が言いたかったのかわからないまま二人は花をしまうと、また歩き出した。森の出口はもう、すぐそこだ。
「……お前たちなら、世界の理を変えることが出来るかもしれんな」
女の子がぽつりと呟いた言葉は二人の耳には届かなかった。
こんにちは、はじめまして無月華旅です。第二章を終えるまで、こんなに時間がかかるとは思ってなかったです。夏休みの間、何をしていたか振り返ってみるとバイト、旅行、バイト……。9割がバイトでした。なんてことでしょう。
それは、まぁいいのですが。前の話を読み返してみて、誤字、脱字がすごく多いことが判明しました! もっと早く気が付ければよかったのですが、自分が読んでいるだけでは気が付かないことも多々あるのです。言い訳です。
誤字、脱字はなるべく気を付けてはいるのですが、見かけたときは「またやってる。バカだな」と生暖かい目で見過ごしていただけたらと思います。そして、フィーリングで分かっていただけると幸いです。物語自体に支障が出るような誤字、脱字はしていない……はずなので。
それでは、今度はいつになるか分かりませんが、近い内に会えることを願っておきます。第三章でお会いしましょう。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。