第二章~攫~ 上
第二章に突入です。第一章、もっというと序章から読んでいただいた方がわかるかと思います。
お待たせいたしました。
第二章~攫~
家と言ってもちゃんと組まれて建っているものではなく、滝の後ろにある洞窟に葉っぱなどを集めて寝床にしているだけのところだ。辺りは柔らかい月明かりに照らされているが、三人の家の所から人工的な光が漏れていた。
「リスタ……」
クルムが不安そうな面持ちでリスタの名を呼んだ。そんなクルムの頭をリスタは安心させるように、ポンポンと優しく撫でた。
「リスタ」
アルのキラキラして興味津々な顔にリスタは軽くデコピンをする。
「ここで待っていろ」
リスタは対照的な二人に、そう言い残すと家の方にスタスタと歩いていく。アルとクルムは向き合ってしばらく無言の会話をした後、クルムは負けてしまったのか、嫌々ながらもアルに引っ張られながらリスタの後をつけた。
「久しぶりだね、リスタ」
「はっ、私はお前に見覚えがないな」
わずかだが、リスタと誰か男性の声が聞こえて来た。
「相変わらず、だね。名前を言えば思い出してくれるのかな?」
「さぁな」
「ふふっ、照れてるんだな。俺の名前は」
「知ってる」
「なんだ。じゃ最初から、そう言えば良いのに」
アルとクルムの、この声に対する第一印象は、どこまでもポジティブな人、だった。本人はリスタに嫌われていることに気が付いていないのだろうか? リスタの深いため息が聞こえてきそうだ。
「分かった。それでいい。で、用件はなんだ?」
「う~んと……。今日こそはリスタを口説き落そうかと」
「……」
「うん、冗談だよ。そんなに睨まないでよ。かわいいお顔が台無しだよ?」
「だから?」
イライラした様子のリスタに男性も少し焦ったようで、本題に入った
「あの、実は用は特にはなくてですね」
「帰れ」
「いや、そういうわけにもいかず……。お土産が欲しいな、と思うのですよ」
怒っているリスタが怖いのか男性は下手に出た。
「なら、森の木の実でも持って行ったら良いではないか」
「うーん。そうじゃなくて、本当はリスタが欲しいんだけど……。ま、仕方ないよね。それじゃ、外にいる二人をもらっていこうかな」
「っ!」
隠れて聞いていたアルとクルムはドキッとして、すぐに、その場を離れようとした。しかし、気が付いて辺りを見てみると、滝の周りには男性の部下らしき人たちが集まってきていた。
「俺なんかに怒りをぶつけてて、良いのかな?」
男性は形勢逆転、とばかりににんまりと笑みを深くした。
次の瞬間には、リスタは風のように洞窟の外に出ていた。そこにはすでに、彼の部下によってアルとクルムが倒されていた。
「アル! クルム! ……貴様っ」
二人の姿を認めるや否や、リスタは洞窟からゆっくりを出て来た男性に掴み掛る。
「おっと、そんなことして良いのかな?」
男性が右手を上げると、月の光に短剣が鈍く光った。その短剣は真っすぐにクルムの方に飛んでいき、見事にクルムの髪を切り裂いた。腰の辺りまであった髪が、首の真横あたりになっている。一歩間違えれば短剣は首に当たっていたかもしれない。
リスタはしぶしぶと彼から離れた。彼はのんびりとした動作で自分が投げた短剣を拾い上げてしまった。
「さてと。リスタ、選択肢を二つあげよう」
「……」
リスタの唇に血がにじんだ。彼はにこにこと笑顔を浮かべたまま、話を続ける。
「俺についてくるか、この二人を俺に預けるか」
リスタは一言も何も発さない。彼が諦めて、帰ってくれることを願った。彼は、そんなリスタの心を見透かしているように、じっと待っていた。二人を使えば、脅してリスタに答えを強制することだってできただろうに、それをしなかった。
随分と長い沈黙だった。
その沈黙を破ったのは意外な人物だった。
「ルーク様」
彼の部下が耳打ちをする。彼、ルークは少し不機嫌そうに眉毛を動かした。
「なんだ」
「こんなものが」
部下は二人から発見したクリスタルをルークに手渡した。ルークはそれを見ると、掌で転がしながらにたにたと笑った。
「さすがだね、リスタ。これはお前が作ったのだろう?」
「……」
「何も言わなくても、俺には分かるぞ!」
興奮したように高笑いを始めるルーク。その声に、アルとクルムが目を覚まし、うっすらと目を開けた。殴られて、ぼんやりとした頭でとらえた光景は、高笑いをしている謎の男と唇を噛み締めているリスタ。何が起こっているのか、二人の思考回路は追いつかない。
「分かった。二人を離せ。私が行こう」
リスタの言葉でルークの表情に真剣さが戻った。
「賢明な判断だな。だが、この二人の〝仕事〟を少し先延ばしにしたに過ぎないんだよ」
「私が、その〝仕事〟を終わらせれば済む話であろう?」
ふんっとルークは鼻で笑う。アルとクルムの二人は茫然としたままリスタがルークの部下に連れていかれるのを見ていた。
「アル、クルム。遊びをしようか」
「……」
去り際にリスタは口元に笑みを浮かべて言った。しかし目には涙がたまっていた。
「鬼ごっこだ。お前たちが鬼だからな。……十まで数えたら私を捕まえに来い」
いつものように上からモノ言うリスタの声が二人の頭の中で何度も響いた。
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心地よい滝の音がいつもより遠くで聞こえる気がした。
結局、二人はリスタのことを何も知らないことに今更ながら気が付いた。確かにリスタは二人の育ての親だったが、年はアルとクルムしか重ねていない。リスタはずっとあのままの姿だった。今も、昔も。一体いくつなのだろうか。背だって、二人だけどんどん伸びていく。それでも、リスタは上からモノ言うのは変わらない。
思い出して、二人は静かに泣いていた。
「おいおい。こんなところで寝てたら風邪ひくぞ」
寝転がっている二人の顔に、さらさらした金髪がかかった。ヴォルペだった。
「うげっ! ……泣いてんの?」
懐かしいようなかすれたハスキーボイスとヴォルペの顔に安心したのか二人はヴォルペに抱き付いてわぁんわぁんと声をあげて泣き出した。
「うげげ……」
まずいことになったと思いつつもヴォルペは腕の中の二人をそっと撫でであやしていた。
「うわぁ~、きゅうちゃんがアルとクルを泣かせたぁ~」
ひょいっと茂みの中から金の瞳の黒猫が出てきて、ヴォルペを非難した。ゆらゆらと揺れる黒猫のしっぽは二つに分かれている。黒猫は、にんまりと顔を歪めてヴォルペを眺めている。
「俺が泣かしたんじゃない。というか、きゅうちゃん言うな! ヴォルペだ」
「えぇ~? 九尾の狐だからきゅうちゃんだよぉ?」
「今は人に化けてるんだからヴォルペだ」
「ふーん?」
黒猫は興味をなくしたようで前足をぺろぺろとなめていた。
黒猫はいわゆる猫又、ヴォルペは九尾の狐。
ここは異形のモノたちが住む森だった。
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こんにちは、無月華旅です。更新が遅くなり、お久しぶりですね、という感じです。7月、8月と1月、2月はレポートやらテストやらで忙しいのでございます。と、言い訳をしておきます。しかし! テストの合間にだって、息抜きは必要ですよね。息抜きしすぎるのがいけませんが……。
「誰だよ、こいつ」というのが出てきまして、場所の設定がやっと出てきまして、いよいよな感じでございます。ここまで読んでくださって、本当にありがたい限りです。
願わくば、また次回にお会いできますことを。