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呑気な冒険者たち  作者: さかもと希夢
底から始まる真実
90/224

<12>

「聞いて欲しいことがある」

 そう切り出すと、三人は顔を上げた。自分の言葉がどうやら相当真剣だったらしく、全員が全員訝しげにフランツを見ていた。

「深刻そうだな。聞くぞ」

 リッツは自分も椅子を引っ張り出して座りながらそういった。エドワードもいつの間にか座っている。

「今まで隠していたことがあるんだ」

 もう一度大きく深呼吸すると、フランツは『無限の悪夢』の中であった本当のことと、ここで見つけた書類のことを全部話した。

 全員黙ったまま話を聞いてくれた。全てを話し終えた時、リッツは大きくため息をついた。

「なるほどな。それで納得がいく。大体闇の精霊に打ち勝てる道具を、フランツが偶然持ってたなんて出来過ぎてる」

 そうだった。リッツにはこの件でカマを掛けられ、冷や汗をかいた覚えがある。フランツは小さくため息をつくと、腕を組んだ。黙っているフランツにリッツは続ける。

「それにオルフェさんな、お前がいない時、俺とアンナに言ったんだよ『自分は君と似て非なるものだ』ってさ。それから……そうだ俺よりも長生きだって言ったな」

 それは初耳だ。確かに師匠は、リッツだけはオルフェがかなりの年齢を生きていることに、気が付いているかもしれないといっていた。

「まだ開いていないけど、師匠からの手紙がある。ここの宝物庫で見つけたんだ」

 フランツは手紙を取り出すと、開けながら話を続けた。

「師匠がどうやって、地下宝物庫に入ったか知らないけど、確かにこの手紙は師匠の字で僕の名前が書かれている」

 手紙を取り出すと、フランツは自分宛のふざけた内容でないことだけを確認した。あの師匠ならそれくらいのいたずらをしかねないと思ったのだ。

 だがそれはまともな内容のようだ。しかもリッツやアンナが一緒に読むことを、前提としたような書き方だ。フランツがこの手紙を見る時、すでに師匠のことをリッツに打ち明けていると思っていたのかもしれない。

 だとしたら自分は師匠が思うよりも意志が硬いのかもしれない。なにせ今の今まで黙っていたのだから。

「全員が読むのは時間がかかる。フランツが読んでくれないか?」

 エドワードの提案に、フランツは頷いた。その方が早そうだ。

「読みます」

 フランツは咳払いをしてから小さく息を吐いて手紙を読み上げ始めた。


『愛弟子フランツへ

 この手紙を読んだと言うことは、君は無事に王国暦五四七年の書類に、辿り着いたと言うことだろう。『無限の悪夢』について書かれているものは、この世界にたったひとつ、この本しかないからね。

 つまり君はエドワード王に、閲覧許可を貰っているのだろう。仲間を信頼して話すことができたんだね』


 さすがのオルフェも、親王と鍵を無断拝借して忍び込むとは予想もしなかったようだ。小さく溜息をついてから、フランツは再び手紙を読む。


『私が前にこの国にいたのは、今から千年以上前のことだ。質実王エドモンドの時代だった。あの時に私は孤独に耐えきれず、再びユリスラ王国の王室に関わってしまった。そこでたったひとつ残してしまった置き土産で、君と再会するとはなんという偶然だろうか。

 いや君を、あの二人と共に行かせたことから、全ての運命が始まっていたのだろうね。

 君には私の正体を知る権利があると、あの時も言ったけれど、手がかりを与えはしなかった。だけどここまで来た君に手がかりを与えようと思う。

 リッツくん、アンナちゃん、そして君が持っているあの珠のことだ。あれは大きな手がかりだ。リッツくんに頼んで、エドワード王に王冠を見せて貰うといい。リッツくんが頼めば、エドワード王は絶対に折れるだろう』


「……何故それを知っているんだ」

 エドワードが小さく呟いた。

「本当に折れるか? エドきっぱり断りそうじゃねえか」

 リッツも小声で応戦しているが、フランツは二人の言い合いを遮る。

「王冠を見せて貰えませんか?」

「別に構わんが」

 首を捻りながら、エドワードが呟く。

「出してこられるか、エド?」

「ここは地下宝物庫だ。それくらい容易いさ。リッツ、机を出しておけよ」

 エドワードが立ち上がり、書庫と反対の扉を開ける。あちらが宝物庫だということは分かっているが、王冠は見つからなかった。多分国王やその側近しか知らない秘密の隠し場所があるのだろう。

 エドワードが王冠を取りに行っている間も、何となく三人は無言だった。口を開いたとしても何を話したらいいのか、考えつかないだろう。

 あまりにもオルフェの手紙は、想像の範囲からかけ離れている。

 リッツは黙ったままバリケードになっていた机を起こして、三人の中心に据えた。机が出来た御陰で、座りやすくなった。フランツも椅子を持ってきて机の傍に寄せ、ようやく腰を落ち着けた。

 立派な木箱を持って現れたエドワードは、全員の前にその木箱を置き、順繰りに周りを見た。

「開けるぞ」

 鍵の束から小さな鍵を出して、エドワードは鍵を開けた。静かに掛けがねを外して蓋を押し開ける。

 柔らかいベルベットに包まれたそれは、重厚で優美な輝きを放ちながら、三人の前に姿を現した。

「これが王国の王冠だ。国が出来た時に高名な精霊使いから贈られたと伝えられている」

 エドワードはそう言うと、王冠をゆっくりととりだして閉じた箱の上に載せた。

 王冠の最も目立つ正面に、丸くて不可思議な輝きを放つ、不思議な宝玉が填っていた。その宝玉には見覚えがある……。

 それの正体に気が付いた瞬間、フランツは息を呑んだ。アンナは口をぽっかりと開けている。リッツを見ると軍服の中に着ているシャツの胸ポケットに手を入れている所だった。フランツもリッツと同じように、荷物から小さな袋をとりだした。

「どうした?」

 何も知らないエドワードだけが、訝しげに眉を寄せる。だがリッツとフランツがとりだしたものを見て、愕然と目を見張った。

「これは……王冠の宝玉と同じものか?」

「みてぇだな……」

 三人が持っていたあの不思議な珠は、王冠に填っているものと全く同じものだったのだ。比べてみると大きさも同じだ。

「え、え? どういうこと?」

 唯一今は手にしていないアンナが、動揺したようにリッツとフランツの顔を見る。

「アンナも持っているのか?」

 エドワードが尋ねると、アンナはこくりと頷いた。

「はい。今は家にあるけど、両親を知る唯一の手がかりなんです」

 フランツは他の三人の視線が自分に注がれているのに気が付き、手紙を自分が持っていることを思い出した。そうだ続きを読めば、何か分かるかもしれない。

 フランツは慌てて続きを読み始めた。


『王冠には君たちが持っているのと同じ宝玉があるはずだ。この王冠を作り、初代の国王に贈った人物もまたアーティス・オズマンドという偉大なる精霊使いだ、と書物に記されているはずだ』


 全員が凍り付いた。読んでいるフランツもふるえを隠すことが出来なかった。ならばオルフェはもうすでに、千五百年以上生きているということになるのだ。

「フランツ、大丈夫か?」

 一番最初に立ち直ったリッツに顔を覗き込まれて、フランツはハッと正気に戻った。混乱が混乱を呼ぶ。だがこの手紙を最後まで読むのが今のところ自分に与えられた役目だ。

「大丈夫だ。続きを読むよ」

 フランツはひとつ大きく深呼吸すると、続きを読み始めた。


『つまり私は千五百年前、千年前、そしてつい最近と三回この国の王家に関わったこととなる。その中で一番長くこの国にいたのは最近だ。といってもここ数十年のことだけれどね。

 まさかそのうちの五年もの長きにわたって君の面倒を見るとは、夢にも思わなかったよ。

 ねえ、フランツ。

 話がそれたようだ。実はこの珠、他にもいくつかある。ユリスラ王国にあるのは、この王冠で最後だ。あとは全て、人間以外の種族に贈られているんだ。私が配って歩いたわけではないけれどね。

 そしてこの珠と同時に、ひとつの種族に一つずつ、珠にまつわる異なった伝承が残されているはずだ。

 六つの種族に、六つの宝玉と伝承が託されている。光の一族の伝承は、リッツくんが知っているかもしれないね。知らなかったとしたら、カールにでも聞くといい。ああ見えても彼は相当な博識だ。リッツくんは信じないだろうけれど。

 さあこれが今私に言える全てだ。

 その文章を皆読んでみれば、今私がいるところが分かるだろうと思う。それは皆1つの地を指し示している事に気がつくだろうからね。

 そこまで辿り着く事が出来たならば、私は逃げも隠れもせず、君に……珠を持つ君たちに全てを話してあげよう。

 だが真実を知ることが、全て幸福であるとは言い難い。知らずに忘れてしまうことも一つの選択肢だ。どうするかは君たち三人で決めるといい。

 願わくば君たちには、幸福な選択をして欲しいと思う。真実を知るための旅は、茨の道を行く過酷な旅となるはずだ。

 私はその道を君たちに歩いて欲しくない。幸せに生きて欲しいと願っている。

 その反面もう一度君たちと会いたいと考えてしまう私は、何と罪深いのだろうか。

 そうそうフランツ、今もしサラディオに帰っても、私の家はもうない。街の人間は私のことを覚えていない。数百年来の友であるカール・アルスターとその妻、つまりリッツの両親だね。この二人は覚えておいてくれるだろう。

 そして君たちも覚えていてくれるだろう。一番最後に出会ったのが君たちだからね。この意味が分かるかい?

 私が望む者以外は私を覚えておけない。それが私という存在なんだよ。あの時に君に言っただろう? 私のことを忘れたければ忘れて欲しいと。

 この手紙を見ていると言うことは、君は私を記憶にとどめて置いてくれたんだね。それは素直に嬉しい。忘れ去られるほど悲しいことは無いからね。

 色々と長くなってしまったね。今頃君のことだ、きっと大混乱しているんだろう。きっと、時間が欲しいはずだね。君のことは、君以上に理解しているつもりだからね。

 最後に言わせて欲しい。

 フランツ、あまり肩肘張らずに生きなさい。例えどんな選択でも、それが君の選択である限り、後悔しないで生きて行ってほしい。これが君の師匠として言える最後の言葉だ。

 それでは、またどこかで。 

 君の師オルフェこと アーティス・オズマンド』


 フランツは読み終わると、静かに目を落とした。考えれば考えるほど、事態は複雑になるだけなのは分かっている。でも考えずにはいられない。

 黙ったまま手紙をもう一度広げてみてみるが、その手紙のどこにも、これは冗談だよフランツ、とはかいていない。

 これは真実だ。

 紛れもなく、真実なのだ。

「難しい話だよね」

 最初に口を開いたのはアンナだった。

「それに考えても仕方ないことだよね?」

 あっさり切り捨てられて、フランツは唖然と顔を上げた。目の前に真っ直ぐな瞳で王冠を見つめる、アンナの決意に満ちた顔がある。アンナの言葉に、苦笑しながらリッツも頷いた。

「そうだな。来いと言われれば行く以外に道はないだろうよ。それにこの手紙を見る限りでは、俺とアンナにも何か関わりがあるみたいだしな」

 確かに事は、フランツがオルフェの正体を知るというだけのことではなくなっている。この珠を持っていたものがアーティス・オズマンドで、しかもそれが他の種族に託されているのなら、三人の持つ宝玉にも何らかの意味があるはずだ。

 アンナが王冠の宝玉にそっと触れながら呟くように言った。

「この宝玉、オルフェさんが他の種族に自分で配って歩いたわけじゃないって言ってたよね? じゃあさ、これを配って歩いた人が別にいるってことかな?」

 その事に意味があるのだろうか。アンナの質問はよく分からない。混乱している頭では特にだ。

「そういうことになるかな」

 いち早く立ち直ったリッツがアンナに答える。

「だけどそれに何の意味があるんだ?」

 フランツの替わりにリッツが、疑問をアンナに投げかける。

「……もしかしたら、それを配った人が私の両親かなぁって……」

 ポツリと呟いたその一言に、全員の視線が一斉にアンナに集まる。慌てたようにアンナが手をブンブンと顔の前で横に振った。

「もしかしたらだよ。だって普通の人が他種族と関わる事ってあんまりないでしょう? ね、リッツ?」

 アンナはこの中で唯一の他種族、リッツに話をふった。唐突に他種族扱いされ、リッツは苦笑する。

「確かにないな。一族で俺と親父以外、人間と接している奴は今まで百五十年見たことがない」

 フランツは生まれてこの方、リッツと先ほどのレフとやら以外の他種族を見たことがない。確かにそういうものなのかもしれない。

「でしょう? でも私はどう見ても人間みたいだし、でも寿命が長いって言うことは、絶対に何か別の種族が入ってるとしか思えないもん」

 全員がアンナのその考えに同意した。その可能性はある。あくまでも可能性の枠をでないが。

「それなら私は真実を知りたい。だって私は両親を捜すために旅に出たんだもん。この珠が手がかりなら、オルフェさんに本当のことを教えて貰うのが一番早そうだもんね」

 アンナはフランツに、もしオルフェを探すなら一緒に行くと行っているのだ。それが分かった。顔を上げるとリッツと目が合う。リッツも顔を上げて笑っている。

「俺もアンナに賛成だ。この珠は俺に『自分が生きている答えを探せ』って言ってきたんだ。答えがそこにあるのなら、模範解答とやらを見せて貰いたいもんだな」

 リッツとアンナの視線がフランツに注がれる。後は自分次第だ。自分が決断すれば、ここから目的を持った新しい旅が始まる。

 ふと『無限の悪夢』の中で、自分が幻影のリッツの前に立ち塞がった時に言った言葉を思い出した。

 ……この二人となら、自分の存在する意味が見つけられるかもしれない。

 何故生きてきたのか、何のために生きるのか。それすらも分からぬまま流されてきた、自分の生きる意味が。

「僕は……真実が知りたい。一緒に師匠の正体を見つけて欲しい。来てくれるかい、二人とも」

 顔を上げると二人の笑顔があった。

「当然。もうお前だけの問題じゃないしな」

「そうだよ、私の問題もあるし。それに仲間だもん」

 知らず知らずのうちに、口元が綻んでいたようだ。アンナがそれに気が付いて指さす。

「見た見た? 今フランツ笑ったよ! 絶対に見たんだから」

「そういう顔しとけば、可愛げあるのにな」

 不思議だ。今まで本気で腹を立てていた二人のからかい口調が、嫌じゃない。心底安堵しているからだろう。

「……話が決まったようだな。出発の日までに私が少々の手伝いをしよう」

 王冠をしまいながら、エドワードはそう柔らかく言葉をかけてくれた。箱に戻した王冠を手に歩き出しかけて、エドワードはリッツを振り返った。

「リッツ、戴冠式の翌日でいいんだろう?」

「ああ。約束通りな」

「分かった」

 エドワードが扉の向こうに消えてから、リッツがアンナとフランツを見た。

「戴冠式後、国王即位のお祭り騒ぎに混じって、王都を出る。今まで黙ってたけど、エドとそういう約束をしてたのさ」

 なるほど、だからリッツはあっさりと王都にやって来て大臣職に就いたのか。ようやく疑問が解けた。

 その時、扉の外から大勢の足音と声が聞こえてきた。憲兵隊がきたのだ。これで自分たちがここにいる必要はなくなった。

「さ、アルトマンか城の憲兵隊か、どっちかが来たぞ。これでお役ご免だ。家に帰って飯でも喰おうぜ。昼飯抜いちまったから、腹が減って仕方ない」

 そう言うと、リッツは大きく伸びをして立ち上がった。つられたようにアンナも椅子から勢いよく立ち上がって、両手の拳を握りしめて振り回す。

「そうだよ、私なんて昨日の昼ご飯からず~っと食べてないんだから!」

「そりゃあ大変だ。アンナが飯を喰ってないなんて、明日の天気は猛吹雪だな」

「もう、リッツの馬鹿!」

 あの大喧嘩がなかったかのような、二人のいつも通りの陽気な笑顔につられて、フランツは小さく頷いた。混乱に支配されていた頭が、大分楽になってきた。どうしようかと悩んでも始まらない、動くしかないのだ。

 フランツはどうしても頭で考え、追いつめられて動けなくなる事が多い。リッツとアンナは、それを知っているから、悩んで立ちすくむフランツに、前に進もうと手を差し伸べてくれた。

 それだけで、気分が楽になった。

 分からなければ探せばいい、混乱するなら真実を求め続け、そこへ辿り着けばいい。この選択に後悔はしない。

「さ、帰ろうぜ。我が家にさ」

 リッツは全員を見渡すと、そう告げて扉を開けた。

 我が家……そうか、今の自分には我が家がある。帰れる場所があるから、旅に出られるんだ。

 それが純粋に嬉しかった。

 結局最初に辿り着いた憲兵隊は、リッツによると事前に準備をしておいて貰ったというアルトマンだった。

 簡単な事情聴取の後、アンナの状況を見て後日直接家に事情を聞きに来ることで話が付き、何のお咎めもなしで自宅に戻れた時には心底安堵した。

 不法侵入で処罰されるかもしれないという恐怖から、ようやく解放されたことが嬉しい。

「おおっ、いい匂いだなぁ……」

 耳ばかりか鼻までもいいリッツが頬を緩める。すぐにフランツもその香りを感じた。玄関を開けたとたんに漂ったのは、香ばしくて甘いアップルパイの香りだった。

 時計を見ると時刻は丁度おやつ時。長い長い一晩がようやく明け、全てが終わったのだ。

 何より、今まで抱えていた悩みが解決してしまったのだから、嬉しいことこの上ない。これで今までのようにこそこそ図書館で王室を調べ上げなくてもいいし、師匠の正体に頭を悩ませることも無い。

「アンナ!」

 扉の音を聞きつけたのか、二階から転がるように駆け下りてきたジョーが、ボロボロのアンナの姿を見て抱きついた。

 アンナも思い切り力強くジョーを抱きしめる。

「ジョー、ごめんね、心配かけちゃって」

「心配したよ! アンナが死んだらどうしようって、気が気じゃなかったよ」

 一気にそういうと、ジョーは声をあげて泣き出した。

「うわあああん、アンナ~、無事でよかったよぉ~」

「ごめんね~ジョー~」

 それまで張りつめていた気分が一気に溶けたのか、アンナもジョーの抱きついて泣き出した。

 そういえば何がどうしてこうなったのか、昨日の夕方から家を出てしまったフランツはいきさつを知らない。きっと色々なことがあったのだろう。

 その辺はあとでリッツとアンナに聞けばいい。

 リッツに促されて、フランツはレフと共に談話室へと入った。年配の男性のように、リッツが『どっこらせ』といいながら座り心地のいいソファーに腰を降ろしている。リッツの中身は、見た目と違いたまに中年だ。

 フランツは昨夜から連れ回していたサラを暖炉の中に戻す。サラは素直に炎の中に入り、満足げに火力の強い中央で身を丸くした。

「お疲れ様」

 小さく呟くと、リッツに呼びかけられた。

「フランツ、紹介が遅れたけど、獣人のレフ。あの麻薬事件の時の被害者だ。うちでしばらく預かることになった。レフ、これがもう一人の仲間、フランツだ」

 フランツは呆れて小さく溜息をついて振り返る。「随分と遅すぎる紹介だね」

「お前も聞かなかっただろうが」

「そうだけど」

「ならいいだろ」

 適当すぎるリッツに小さく息をつくと、いつの間にか目の前に来ていたレフが、満面の笑みを浮かべてフランツに手を差し出していた。

「よろしくお願いします、フランツ」

「うん。よろしく」

 素っ気ないフランツの態度にも、レフは全く動じない。それどころか楽しそうでもある。何だかこの態度、どこかで見た事がある。

 そう、アンナだ。この無邪気さはアンナに近いものがある。でも外見的には大人だろうし、どうも年齢が分からない。

 リッツを伺うと、リッツもそれが気になったようで、まじまじとレフを見て問いかけた。

「レフ、お前……幾つだ?」

「え? 十五です」

 思わずレフを見返した。

「なるほど……獣人族の年齢は分からないなぁ」

 心の底から納得したようにリッツが頷いている。確か前に遊びに来たアルトマンという男の話では、獣人族が一人あっさりと麻薬組織に捕まって、薬漬けにさていたということだったが、彼のことだったらしい。

「じゃあ僕よりも年下?」

 小さく聞くと、レフは無邪気な笑みを向けた。

「歳は下ですが成人ですよ」

「え?」

「獣人族は十五で成人です。もう一人で狩りも出来ます」

「狩り?」

 狩りと成人、何か関係があるのか? それはとどのつまり、どういうことだろう。亜人種っていうのは、リッツのような歳の取り方をするだけでは無いのだろうか。

 困惑していると、笑みを崩すこと無く、レフが語りかけてきた。

「獣人族は寿命が五十年しかないんですから、人間とは違います」

「そうなんだ……知らなかった」

 フランツは大きくため息をつく。

「寿命は短いですけど、運動神経と自己回復力はどの種族にも負けません。人間から見れば駆け抜けるように一生を終えてしまうように見えるらしいですが」

 ふとリッツを見ると、リッツはソファーにもたれて目を閉じていた。リッツは最も寿命の長い精霊族。そしてその対極を行くのが獣人族。

 亜人種であるけれど、あまりに違う二の種族。どちらが幸福だといえるのだろう。人間であり、今まで死んだように生活していたフランツには分かりようが無い。

「よし、決めた」

 唐突にそういうと、リッツが体を起こした。口を挟む間もなく、リッツが満足げに頷く。

「とりあえず全ての他種族を巡る旅、最初は獣人族にしようぜ」

「え?」

 意味が分からず、リッツを見つめると、リッツは片眼を閉じた。

「五月は船旅にはいい季節だぞ? 船で隣国に入って、レフの故郷にレフを送るついでによらせて貰う。そんでもって陸路でサラディオを通って、多少不本意だが俺の故郷シーデナの森で親父に会う……ってコースが、どうやら最短だ」

「リッツは精霊族の伝承を知らないんだね?」

 そう尋ねると、リッツは苦笑した。

「残念ながら」

「……情けないな」

「悪かったな、役立たずで。レフはどうだ? 伝承について知ってるか?」

 リッツが自分の事を棚に上げて、近くにいたレフに問いかけると、レフも首を横に振った。

「獣人族は成人して、一年の放浪生活をするんです。それが終わったら大人として認められて、何か教わるらしいので……」

「なるほど、まだ知らないってことだな」

「はい」

「なフランツ。知らないの俺だけじゃないだろう?」

 知らないことを誇らないで欲しい。フランツは手に持ったままだったサラのランプを、静かにテーブルに置いた。

「それじゃあ仕方ないね。そのコースでいい」

「そんじゃ、決定だな」

 リッツが明るくそういうと、フランツはため息混じりに呟いた。

「サラディオ……通過するだけでいいから」

 フランツが実家を燃やして飛び出してから、あの街で彼がどういう立場になっているのか、想像もつかない。

「勿論だ。あの街じゃお前は、放火魔じゃないか」

「放火魔は余計だよ」

「そうと決まれば、戴冠式の後の船便を捕まえなくちゃな。おそらく他国からの観光客も来るだろうから、船を見つけるには容易いさ」

「そうだね」

 戴冠式までまだ三ヶ月。それまでにやっておかねばならないことは結構ある。これから忙しくなりそうだ。

「準備するものを決めておけよ。食料に防寒具、それから……」

「……薬草だね」

 さらりとフランツはリッツに言い返した。放火魔扱いされた仕返しだ。前に準備をし忘れたことは、忘れたくても忘れられない。

「フランツ、任せる」

 やはり無責任だ。だがリッツに任せて戴冠式の忙しさにかまけて全て忘れられたら元も子もない。フランツは大きくため息をついた。

「分かった。任されるよ」

『みんなお帰りなさい、アップルパイはここで食べる?』

 話が一段落ついたところで、アニーが入ってきた。トレイにはすでにお茶の用意が調っている。尋ねてはいるが、もうここでお茶にすることが、アニーの中で決まっていたようだ。

 ふとアニーの後ろを見ると着替えてきたアンナと、大泣きしたせいで、妙な泣き癖がとれなくなったジョーがいる。ジョーを支えているのは、なんとエヴァンスだ。

「やれやれ、これでようやく話が聞けるのかな?」

 本来なら今日は仕事でいないはずのエヴァンスは、ここに居る全員を見渡してから微かな微笑みを浮かべた。

『さあ、おやつにしてね。それから何があったか私にも分かるようにきちんと説明してくださいましね?』

 アンナの失踪はリッツとフランツ、ジョーが隠し通していたはずだったが、どうやらアニーも何かを感づいていたらしい。それでも静かに見守っていてくれたのだ。

 もしかしたら、これがこれがアンナの言う家族というものかもしれない。

「じゃ、とりあえず座ろうぜ。それから報告会だ」

 これから始まる穏やかな家族の時間を想い、フランツは『家』があり『帰るところがある』幸福が、じんわりと胸にしみいるのを感じていた。 

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