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第2巻スタートです。
続けて読んでくださっている方、デジタルに弱くてあちこち設定変えまくって済みません。こちらを本編として書いていく予定なので、よろしくお願いします。
ユリスラ王国東北部サラディオ自治領区に属するトゥシル村は、小さいが豊かな村である。
理由はこの村でしか採れない『アーリエ』という薬草にあった。このアーリエは別名『女神の掌』と呼ばれる大変に貴重なものである。土質の問題か、このアーリエはトゥシル以外の場所で栽培しても、上手く収穫できない植物である。たいていの場合、枯れるか、薬効の低いものになってしまう。
アーリエ単体ではシチューやスープを煮込む際の香り付けにしか使えない、何の変哲もないハーブなのだが、薬草と調合することで薬草の薬効を倍の効果にする増幅薬となる。
ユリスラにある安価な薬草は、アーリエが使われていないものがほとんどだが、高価な薬草には例外なくトゥシルのアーリエが調合されている。そのためアーリエの需要は高い。
だからこの村の人々は、全員で共同経営する巨大なアーリエ畑を持っているのである。畑と行ってもアーリエは背の低い樹木だ。葉の大きさ、形、収穫方法は、紅茶や緑茶に近く、何も知らない人から見れば茶畑にしか見えないだろう。
だがお茶と違うのはその収穫時期である。お茶の収穫期は春から初夏だが、アーリエの収穫期は秋だ。アーリエが赤く色づいたところで収穫するのである。
赤いと行っても散り際の紅葉ではない。柔らかな赤い新芽が出てくるのである。秋の深まる年に一度の収穫期には、村人が総出でアーリエの刈り取りに廻り、刈り取ったアーリエは村の集積場に集められて、専門の職人たちにより、乾燥させられて出荷される。だからこの時期には、小さな村が買い付けに来た商人たちで溢れるのだ。
刈り入れが終わり、手が空いた村人たちはみな、商店主や宿屋や食堂の経営者となり、買い付けに訪れた沢山の人々相手に商売をして暮らす。そして村人たちは長くて寒い冬を、暖かく暮らすのである。
ユリスラ王国暦一五七二年秋。
そんないつも通りに平穏な暮らしをしていた、小さな村で大事件が発生した。それは収穫期の天気のいい朝の出来事だった。
共同農場に毎日の日課である畑仕事に出掛けようとしていた村人達は、非常時を告げる鐘の音ででいつもの平安な朝が破られたのを知った。
鐘の音を聞いた村人は農場に駆けつけた瞬間に絶句した。
「ア、アーリエが……ない……!」
鐘を鳴らしたのは村長だった。いまだ鐘をつく木槌を持ったまま立ちつくす村長の足下には、無惨にも無茶苦茶に荒らされた畑が広がっていた。柔らかく風にそよいでいるはずの赤いアーリエの新芽はことごとく消え去っていたのである。
所々アーリエの木が折れているものもあり、その惨状は目を覆うばかりだ。
「村長、何があったんです?」
恐る恐る尋ねた村人に、村長は真っ青な顔でゆっくりと首を振った。
「分からん。分からんがひどい有様だ……」
黙ったまま村人は農場を眺めた。
薬草用のアーリエは、アーリエの木の今年成長した分の新芽をつみ取るから、収穫にはその新芽の部分しか刈り取らない。
だが、この畑は、木の葉という葉全てが荒々しくちぎり取られている。まるでここだけ竜巻が起こり、全ての葉を持って行ってしまったかのようだ。
「無惨な……」
他に言う言葉が見つからない。長年この地に暮らしている村人達だが、このような奇妙な事件に遭遇したのもはいない。
押し黙っている村人に、ようやく我に返った村長が力無い声で尋ねた。
「誰か……どうしてこうなったのか知ってる者はおらんかね?」
村人たちは一様に青ざめた顔で頭を振った。
いったい誰が、何故こんな事をしたのか。そもそも一晩で全ての薬草を刈り取ることが、どんな人間に可能だというのだ。
村長は頭を抱えた。この村の産業はアーリエしかない。それを奪われた今、これからくる長い冬の暮らしは成り立たない。
「この村は、いったいどうなっちまうんでしょう?」
村人の気持ちを代表して、一人の男が呆然と村長に尋ねた。長い沈黙の後に、村長は重苦しい声で答える。
「わしには分からん。分かるのは、これからひどいことになるということだけだな」
どうにもならない現実に、村人達は言葉を失った。




