<11>
ホッとして炎の槍を降ろした瞬間に、グレイグが扉を思い切り開け放ち、外に飛び出していた。
「挟み撃ちだ!」
「グレイグ!」
フランツが制止する間もない。
「……馬鹿だ。本物の馬鹿だ……」
頭を抱えてももう遅い。扉の外で怒号と叫び声が上がった。こうなったら飛び出すしかあるまい。決意してフランツは炎の槍を手に静かに扉の外に出た。
そして目の前で繰り広げられる光景に、一瞬言葉を失った。グレイグは剣を抜いている。抜いているが……二十人に取り囲まれている……。
「訂正。本物の大馬鹿だ……」
この状況に合うそれ以外の言葉があるようなら、フランツは今すぐ知りたい。気付かれていないようなので、こっそりと書庫に戻って、扉の影から外の様子を窺う。
扉の前にはバリケードが築かれていて、積み上げられた机や椅子が、外からの侵入者によってガタガタと揺さぶられている。多分フランツがちょっと衝撃を与えれば、いとも簡単にバリケードが倒れ、外の助けを招き入れることが出来るだろう。
問題は、その時間をどう作るかだ。
当面の問題として、二十人に袋だたきにされそうな状況のグレイグを助けなければならない。それからバリケードでは、助けが遅すぎる。ここはこっそりと、バリケード崩しをする方が先だろう。
殺気だった男達がグレイグを取り囲み、じりじりと間合いを詰めている。どうやら彼を警戒して、すぐに攻撃をすることが出来ないらしい。
この状況だと、まだグレイグがボコボコにされるまでに時間があるだろう。仮にも彼は、剣技を修めている。剣技だけなら、一応軍の中で天才的だと言われているのだ。これが実戦になると、頭に血が上りすぎて役に立たないのだが。
回りをよく見ると彼らが見張りすら立てていないことが分かった。彼らは追いつめられ、浮き足だっているのだ。これはチャンスだ。
フランツは手に炎の槍を持ったまま、そっと忍び足で書庫を出た。彼らに気が付かれないようにバリケードにされている机をそっと押す。急いで重ねたらしく、相当にぐらついている。
これなら簡単に壊せそうだ。力を込めてもう一度ゆっくりと押すと、机はじりじりと扉の先に移動する。外にいる人物は相当な力を持っているらしく、フランツが少々机を動かしただけで、数センチ扉を押し開けることが出来たようだ。
もう一息で扉が開く。そう思った時、扉の外の人物がひときわ力を込めて扉に体当たりをした。大きな音を立てて机の上に重ねられていた椅子がガラガラと崩れ落ちた。
「……!」
フランツが飛び退くのと同時に、強盗団が崩れたバリケードを振り返った。一斉に向いた男達の視線は、当然その場にいたフランツに集まった。
「貴様! いつからここにいた!」
男数人がこちらへ走り寄ろうとした瞬間、フランツは、炎の槍を構えた。
「力と勇気を司る炎の精霊よ……」
小さく祈りの言葉を唱えると、男達は一瞬立ちすくんだ。
「こいつ、精霊使いだ!」
「何!」
じりじりと男達が下がる。フランツはわざともったいぶって長く祈りの言葉を唱える。
「汝のもつ力を、我に与えたまえ……」
本当はもう火球を撃つことが出来るが、それをすればこの密閉空間で、何が起こるか想像がつかない。バリケードは崩れた、早く、早く何とかしてくれ。
だが外の人物がやってくる前に、男達が襲いかかってきた。仕方ない。
「突き立て、炎の矢!」
フランツは派手に見える炎の矢を数本、男達に向かって放った。当然当てるつもりはない。
男達の足下で炎の矢が破裂する。
「くそっ!」
下がった男達は、グレイグを十数人がかりで押さえつけた。剣を抜く間もない。
「精霊使いめ! これ以上何かしやがったら、このガキの命はねえぞ!」
リーダー格と思われる痩せぎすで、底意地の悪そうな目つきをした男が、他の男達によって地面に押さえつけられたグレイグに、ナイフを突きつける。
「くっ……」
炎の槍を握る手に、力が入る。人質を取られては何も出来ないじゃないか。
「フランツ……ごめん」
苦しい息でグレイグが謝った。まったくもって、こうなることが事前に想像できないのか?
「……ごめんですむわけないだろ」
フランツは動くことが出来なくなった。だが事態は確実に進んでいた。崩れたバリケードが、一気に押しのけられ、男が顔を覗かせたのだ。
「……おや、大変だ」
男は呑気にそういった。大きくて尖ったフサフサの耳の大きな男だ。男はすぐに顔を引っ込めた。扉の外から、聞き覚えのある声が聞こえる。
「どう大変なのだ、レフ」
……地下宝物庫に無断侵入した時には絶対に聞きたくなかった声で、今は何よりホッとする声だ。聞き覚えのある声の主は、レフと呼ばれた大男が大きく開いた扉から、ゆっくりと威厳ある足運びで部屋の中に現れた。
「フランツ、馬鹿者のお守り、ご苦労だったな」
「……とんでもございません」
国王エドワードがそこに立っていた。その顔を見た瞬間、男達の間に動揺が走る。
国民ならば……王都に住むものであれば、例えスラム街の住人でも、国王の顔を知らぬものはない。男達は地面にグレイグを押しつけたまま、じりじりと下がる。
「そこで何をしているか?」
強盗団は息を呑み押し黙った。さすが国王の威厳、強盗団とて怯ませる。だがエドワードはその後、国王とは思えない楽しげで、人の悪そうな顔をしてみせた。
「おお、そこにいるのは余の孫だな。なんぞ悪さでもしたのかな? グレイグよ」
「……申し訳ありません、お祖父様……」
グレイグを押さえつけていた男達は、ぎょっとしてグレイグの顔を覗き込んだ。皆、親王の顔くらい知っている。
おそらく今まで、動揺のあまり顔を見ることすらしなかったに違いない。自分が押さえつけている人物が、国王の孫にして、たった一人の親王グレイグだと気がついた瞬間、男達は思わずグレイグの上から飛び退いた。
「何をしてるんだ! 宝物庫に忍び込んだことと、親王に無礼を働いたことで俺たちは死罪だ!」
リーダー格の男は、体を起こそうとしたグレイグの髪を掴んだ。呻くグレイグののど元に、ナイフを突きつける。
「放せ!」
もがくグレイグの腹に、男は一発蹴りを入れた。グレイグは短く呻き声を上げるも、突きつけられたナイフで反撃などできない。
自業自得とはいえ、これではグレイグが可哀相だ。フランツはこっそりと炎の槍を構え直した。
「何ボサッとしてんだよ! 俺たちが生きるにゃ、国王と親王を殺すしかねぇ!」
気が狂ったように、リーダー格の男が喚きだした。口の端に泡を溜めている。
「だ、だけどボス!」
「うるせぇっ! 死罪になりたいのか」
死罪の言葉に男達は悲壮な決意を固めた。顔を硬直させたまま、各々に武器を握り直す。
「ほほぉ……本気でやるというのだな。余とグレイグを殺せば、助かるとは早合点の最たるものだな」
エドワードがそういうと、部屋の中にもう一人の人物が入ってきた。フランツはため息をついた。そこにいるのはジェラルド王太子なのだ。
「王太子よ、どうする?」
「私の存在は、どうなるのでしょうね」
「ふむ。お前がいればこやつらを死罪にすることは可能だからな」
「それを忘れられているんでしょうか、父上」
「もう少し強面にならねばならんようだな、ジェラルド」
そういう問題じゃないと心からフランツは思う。どういったわけか、この二人はこの状況を楽しんでいるように見える。
……いや、もしかして何らかのチャンスを狙っている?
フランツがそう思った時、事態が動いた。扉の影から飛び出してきた小さな人影が、何の前置きもなくボスと呼ばれた男に向かって、水の球を投げつけたのだ。水の球を体に受けた男は、思わずナイフを取り落とした。
水の球……まさか……。
「グレイグ! 逃げろ!」
ジェラルドの怒鳴り声に、反射的にグレイグが立ち上がって駆けだした。呆然としている場合ではなかった。
「行け、炎の矢!」
グレイグを追おうとする男達を足止めすべく、フランツは咄嗟に炎の矢を放った。グレイグはようやく父親ジェラルドの元に駆け寄った。
「勝手に危ないことをしてくれるな、グレイグ」
心から安堵した顔で、ジェラルドは一人息子グレイグの頬に出来たかすり傷に触れた。
「お前は私にとってたったひとり、妻の血を引く大切な子なんだぞ? お前に何かあったら、私は女神の国にいる妻に合わす顔が無い」
「ごめんなさい、父上」
いつもの威勢はどこへやら、心底心配げな父親の前に神妙にグレイグがうなだれる。フランツはそれをほっと一息つきながら眺めた後、後ろにいるであろう水の球を放った主を見ようとしたが、前にいる敵から目を離すことが出来ない。
和んだ状況に隙有りと見たのか、強盗団は武器を構えた。相手は国王と王太子、そして親王である。一応国民として彼らを敬愛しているのだろうが、自らの命がかかっている場合、このように追いつめられた顔でかかってくるしか道がない。
フランツはこの状況なのに、妙にもの悲しくそう思った。だがそんなことを考えている場合ではない。敵は二十人だ。
そんな時、フランツはすぐ後ろに人の気配を感じた。先ほど扉を開けたレフという男だろうか? 今だ敵に緊張感がみなぎっているから、振り返ることは許されない。
だがその男が数歩前に出たから、正体が分かる。その瞬間に気が抜けた。フランツより頭一個分よりも上にあるその顔は、よく見慣れたものだったからだ。
「リッツ……」
「よう」
アンナがいなくなってから、ずっと苦悩していた影がすっきりとなくなった、いつものリッツの顔がそこにあった。とするとやはり……。
視線を下に向けると、リッツの影からアンナがひょっこりと顔を出した。照れくさそうに笑っている。
「やっぱり、アンナ……」
「えへへへ、そうだよ。ごめんね、心配かけて」
敵もアンナに気が付いたらしく、殺気立つ。
「やはりあの女! 憲兵隊を呼んだな」
「……え?」
状況が分からないフランツに、アンナはにっこりと微笑んだ。
「後で話すね」
アンナの言葉とほぼ同時に、リッツが一歩前に出た。着ている軍服のせいか、それともリッツの全身から立ち上る、何とも言えない怒りのオーラのせいか、敵は一歩下がった。
リッツは振り返りもせず、敵を見据えたまま、エドワードに向かって静かに尋ねる。
「エド、お前はグレイグとフランツを探しに来ただけだな?」
「ああ」
答えながらリッツを振り返り、その顔を見ると何かを感づいたのか、エドワードは笑みを浮かべて頷いた。
「まったく持ってその通りだ。私の役目は、ほぼ終えたと言えるな」
この二人の会話には、省略された言葉が多すぎて、当人達以外には全く理解できないことが多い。今回もそうだ。
「それならこいつらの始末は俺の仕事だな?」
「ああ。それで構わん。ジェラルド、下がっておけ」
言い終えると、エドワードはさっさと後ろに下がった。
「はい」
国王を殺すと言っていた男達は、標的が下がったというのに、一歩も動くことが出来ない。全てはその場で男達をにらみ据え、仁王立ちになっているリッツのせいだ。
気が付くと、リッツの後ろにはレフと呼ばれた大男が、リッツの指示を待っているかのように控えていた。
いったい何者なのだろう。
フランツが考える暇もなく、リッツは男達全員をゆっくりと一回り眺めた。
「さてと……執事ってのは誰だ?」
思い切り怒りを込めたその声に、男達は一歩下がり怯えた目でリーダー格の男を見る。その男は、リッツと目があったのか、一気に青ざめた。
何があったか知らないが、リッツは相当な怒りを込めてその男にゆっくりとにじり寄った。じりじりと迫り来る恐怖を前に、男は震えだした。
「く、来るな!」
歯の根が合っていないのか、その声は震えている。恐怖で男が後ずさるが、リッツは足を止めない。
「お前か……」
リッツはまるでこの場に他に人がいることを忘れたかのように、低く呟いた。
「俺の可愛いアンナを、棍棒で殴りつけたのは?」
おそらく無意識なのだろうが、頭に血が上っているリッツは、さらりととんでもないことを言って、大剣を構えた。
「お、俺がやったんじゃない、女房だ!」
「……なら責任は旦那にもとって貰おうか」
「ひっ……」
鞘付きだが、大剣で殴られれば桁外れのリッツの一撃に、普通の人が耐えられる可能性は、ないに等しい。フランツがリッツのあんまりな言葉と、敵の置かれた哀れな状況にため息をついた。
いつの間にかフランツの隣に来ていたアンナは、フランツの視線に気が付くと顔を上げた。
「もう。私はリッツのものじゃないもん。ね、フランツ?」
「……そういう問題?」
どうやらアンナはむくれているようだ。この状況で何故そっちに文句をいう……? そんなことをフランツに言うくらいなら、リッツに敵に大けがを負わせないように注意した方がいいのでは?
常識的にそう思ったフランツは、小さくため息をついた。
まったくこの馬鹿コンビは。
だがここで気が抜けていても仕方ない。加勢しようかと炎の槍を手にした瞬間に、一気に事態が動いた。
「きええええっ!」
男がパニックを起こしたのか、甲高い奇声を発してリッツへと、がむしゃらに突っ込んできたのだ。だがリッツは冷静だった。
「ふん、身の程知らずが」
リッツは言葉と共に繰り出した大剣の一振りで、男を打ちのめした。可哀相なくらいきれいに決まったその一撃に、男は弧を描いて飛んでゆく。床にたたきつけられた男は、まったく動けない。
「思い知ったか」
そう呟いたリッツは、悠々と腕を組んだ。やはりリッツを敵に回したくないと、フランツはつくづくそう思う。
「わぁ……痛そうだねぇ」
アンナがそう見当違いなことを呟く。だが同情の口調ではないのは、あの男に相当ひどい目にあわされたからだろうか? フランツがそんなことを考えてる間に、リッツとレフが動いていた。
「後はみんな雑魚だ。レフ!」
「はい」
「パッパと片付けるぞ」
「わかりました」
リッツは、群がって押し寄せる敵を、片っ端から片付け始めた。一瞬逃げかけた男達だったが、逃げ場がどこにもないことを知ると、破れかぶれになってかかってくる。
だが所詮、穴掘りと荷運びのために雇われたような男達だ、戦うことに慣れているリッツとレフに敵うわけがない。
大剣が届く範囲の敵はみな、強烈な一撃をお見舞いされて床に崩れ落ち、レフの通った後には意識不明の男達の体が転がった。ものの数分のうちに、立っている敵は綺麗さっぱりいなくなった。床には呻き声を上げる二十人の男達がいる。
「物足りないくらいだな」
大剣で自分の肩を叩いていた余裕のリッツの呟きは、当然といえば当然だろう。この間は人外の化け物と戦っていたのだから。
「準備運動にもならないぜ」
準備運動にもならないと文句をいわれた男達は、今や一列につながれて、項垂れている。
「……とりあえず、一件落着?」
アンナが居並ぶ人々を見回しながらそう尋ねた。何がどうなって、ここにアンナとリッツがいるのか分からないフランツには答えようがない。
そんなアンナの疑問に答えたのは、リッツだった。大剣を背中に戻して、大きく伸びをする。
「とりあえずじゃないぞ。本当にこれで一件落着だ」
その言葉にフランツは大きく吐息を漏らした。何だかよく分からないけど、終わったらしい。
「それでは私が憲兵隊を呼んできましょう。レフ、罪人達の見張りを頼んだよ」
ジェラルドはそういってグレイグを促した。
「さあ、行こうグレイグ」
「でも父上!」
グレイグは全員を見渡し、それからフランツに助けを求めるような視線を向けた。フランツは無言で肩をすくめる。状況が分からないから、ここは分かっていそうな人物に任せるのが正しいだろう。
誰も引き留めてくれそうにないことを理解すると、諦めたようにため息をついた。そんなグレイグに、ジェラルドは優しく微笑む。
「君がいると、色々大変なんだよ。フランツはリッツと一緒に別ルートから来たことにするから、処罰される事はない」
それを聞いて安心した。憲兵隊に強盗団共々縄を掛けられ、連れて行かれる可能性はなくなった。グレイグもその点が気になっていたらしく、フランツを見てウインクをした。
まったく、あくまでもマイペースな奴だ。
ジェラルドがグレイグを引きずるように連れて、憲兵隊を呼びに行くと、レフは男達を部屋の外へと連れて行った。そこで憲兵隊が来るまで見張っていてくれるとのことだ。
部屋の中にはリッツとアンナとエドワードと自分の四人だけが残される。
不思議なものだ。王都へ来る途中は、嫌と言うほど顔をつきあわせていたこの四人が、一所に顔を合わせて座っているのはもの凄く久しぶりだった。
全員がそれに気が付いたのか、ふとほほえましい空気が流れる。その流れからか、アンナはほんわりと柔らかな笑みを浮かべた。
「お腹空いたし。眠いよ。久し振りに家に帰りたいなぁ」
アンナがそう呟くと、リッツは手近にあった椅子を引っ張ってきて、優しくアンナの肩を抱き座らせる。
「憲兵隊が来れば帰れるさ」
柔らかな口調だった。どうやらアンナは大変な目に遭っていたようで、リッツはそれをとても気に掛けているようだ。
アンナはよく見ると、相当に疲れているようだった。普段なら大丈夫だというところなのに、リッツに促されるまま大人しく座っている。
この事件は一件落着だろう。だがフランツにはまだ、伝えなくてはいけないことがあるのだ。資料があるこの場所で、そして今。
丁度いいことに今いるのは、気心の知れた人物だけだ。
フランツは大きく深呼吸をした。




