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呑気な冒険者たち  作者: さかもと希夢
底から始まる真実
87/224

<9>

「本当にすごい……」

 フランツは落ち着き無く、地下大書庫を歩き回っていた。回りにあるのは全て本、本、本……そして木箱に入った書類達だった。

 王立図書館に有る本とは、全く性質が異なるこれらの本を前に、フランツはグレイグに見舞われた数々の疲れを綺麗に忘れた。

 結局昨夜、地下宝物庫に辿り着いてから、フランツは殆ど寝ることなく今に至っている。テリトリアルは、思った以上にグレイグを熱くさせてしまったのだ。

 誤算だった。わざと負けようとしても、疲れた頭で上手く負けるのは思った以上に難しく、結局朝方までゲームにつき合わされた。

 眠すぎる頭では、どうしても調べものは出来ないと二、三時間寝たのだが、思った以上に石床は堅く熟睡には至らなかった。寝ることを諦め、早々と起き出して、フランツは書庫へと入ったのだった。

 こうなると旅の途中で、草むらに野宿していた方がまだましだった気がするのが不思議だ。虫や危険はあったが、まだ地面は柔らかかったとしみじみ思う。

 そんな苦しい事情はあったものの、この大書庫に閉じこもってから、すでに数時間になる。それでも全部を見られないぐらいに、とてつもなく広かったのだ。

 地下宝物庫は、大空間が広がっているのだろうと予想していたフランツとグレイグに反して、三つの部屋から成り立っていた。

 まずは外から入ってすぐの部屋。ここは書き物や会議、書類の編纂が出来るようにとの考えからか、執務室的な作りをしていた。ここでフランツとグレイグはテリトリアルに熱中していたのだ。寝ていたのもこの部屋だ。

 この部屋の書棚に、地下宝物庫の収蔵品リストがあった。収蔵品の場所を記しただけだというのに、それはかなり大きく分厚い本だった。しかも一冊や二冊では無い。初期の物はすでに黄ばんでおり、現代に近づくほどに紙が新しくなっている。なんとユリスラ建国から全ての収蔵品が記されているのである。 

 その部屋を挟んで左右に大きな部屋がある。右の部屋はまさに宝物庫と呼ぶに相応しい部屋だった。覗いただけのフランツでも溜息が出るほどだ。

 高級そうな宝石だらけの剣や鎧、何に使うのかは分からない綺麗な鉄のかたまり、磨き込まれた水晶のようなもの、それに沢山の鍵がかかった宝箱が、整然と並べられていた。

 広々とした空間に並ぶそれらの宝物の数は、とてもじゃないが数えられそうに無い。

 グレイグが見たがっていた王冠がどこにあるかは、見た目では全く分からず、資料のどこを見れば書いてあるかも分からない。

 散々探し回ったあげく見つからなかったらしいグレイグは、宝物探しにすっかり飽きて、年代物の鎧や武器を身につけてはフランツに見せに来るからうっとうしい。やはり彼はまだ、十二歳の少年なのである。 

 そして最初の部屋を挟んだ宝物庫の逆側にあるのは、フランツが今いる大書庫だった。サラに部屋の中の全てのランプを灯させると、地下だというのに結構明るくなった。これなら探し物をしやすいだろう。

 この地下大書庫には、天井まで届く書棚が延々と数え切れないほどに並んでいる。一番手前の本はかなり大きくて立派な革張りだった。

 両手で抱えて所々に設置してある書見台に広げていると、それは最近の新聞を、綺麗に製本された物だった。しかも王都で発行されるほとんどの新聞が日付ごとに綺麗に揃えてある。

 ずらりと並ぶ巨大な本は、全てそうした新聞を集めて職人が製本した物なのだろう。おそらくこれは色々な情報収集に使われた後、資料として保管されたに違いない。

 フランツは様々な書物が並ぶ本棚の迷宮をサラランプ片手に進む。戦術、戦略、歴史、他国研究論文、民俗学、風俗、軍や政務部の報告書まである。興味は全く尽きない。フランツにとって宝の山だ。

 それにここには、今まで知ることすら出来なかった歴代国王の執務内容、配下の重役達の名、内密理に荷処理されている極秘事項が、思った以上に詳細に残されているのだ。

 これならきっと、フランツの探し求める『無限の悪夢』を作った王の名と、その時の王に仕えていた精霊使いを知ることが出来るだろう。

 恐ろしいまでに綺麗に整備された、最も厳重な管理下にあるだろう、王家に関わる様々な書物と書類を、フランツは丁寧にとりだしては、近くの書見台に持って行き、ゆっくりと捲っていた。

 『無限の悪夢』の中にあった街は、リッツによると千年ほど前の王城ではないかとのことだった。となると求める資料は、王国暦四五〇年から六〇〇年あたりになる。それだけでも資料は膨大だ。それにリッツの適当な推測が確実かどうかは分からない。

 ユリスラ王国歴代国王の平均在位は二〇~三〇年。長い人は五十年以上、短い人ではほんの数ヶ月ということもある。

 とにかく分かっていることは、その国王の在位は短くはなかったこと、悪政を布いてはいなかったろうということ、そして退位と時期国王への政権委譲は平穏に行われたということ。

 そして高名な精霊使いが傍についていた……。

 一冊ずつ持ち出しては、書見台で確認し、戻してからまた次の本を取り出す。まとめて取り出して戻す順番を間違えれば、たちどころにここへ進入した人間がいる事が知られてしまうから、それを畏れてのことだった。時間はかかるが、致し方ない。

「……軍事クーデターね。これはなし」

 国王の執務記録の最初についているその国王の仕事ぶりと評価を見て、フランツは目的の人物を捜していた。几帳面で、国政に対してかなり潔癖、そして相当な堅物だろうことは『無限の悪夢』を作ったことから伺える。

「贅沢者、好色家、芸術狂い……これもなし」

 パラパラと素早く書物を捲りながら、フランツは片手でメモをとっていた。リッツの仕事を手伝っていた事がこんなところで役に立ってくるとは、夢にも思わなかった。

「何事も経験か……」

 リッツに感謝する気はないが、こんな特技が身に付いた自分を褒めてあげたい。適当なはったりで事態を混乱させるくせに、後始末はちゃっかり誰かに押しつける調子のいいリッツに、どこか世間離れしているくせに、変に正義感が強くて、いつも何らかの問題の種を見つけてくるアンナ。

 せめて自分だけは、二人と一緒にいる間、絶対に常識の範囲で生きていこうと、そう思うのだ。

 普通ではない二人と一緒にいると、それだけで自らの勤勉な部分が成長していく様な気がする。これはいいことなのだろうか? それともそれなりに悪いことか?

 でも常識人でいようとしているというのに、いま自分がやっていることは……地下宝物庫荒らしだ。もしかしたら、一番常識外れなのでは?

 フランツはそんな自分の考えを、頭を振って振り落とした。なにもかもこれからの目的のためだ。ここでそれを思い出したら先に進めなくなる。他のことを考えなければ。

 そう思った時、アンナのことを思い出した。そう言えば自分がいないうちに、何か異変は起きていないだろうか。もし何らかの進展が起きていたら、どうしたらいいのだろう。自分がいても助けにはならないかもしれないが、何か手伝えることが有れば、手伝いたい。

 そう思いながら何十冊目かの本を手にした時、フランツは今まで感じたことのない、不思議な手触りに気が付いた。本に何かが挟まっている。

 恐る恐る、その本の何かが挟まっている部分を開くと、そこには一通の封筒があった。

「手紙?」

 手に取ってみると、まだ新しい紙であることが、はっきりと分かった。この本とは全く時代の違う、今の時代の紙だ。

「何故こんなところに?」

 前に来た誰かが挟んでいったのだろうか? 呟きながら裏返すと、そこにあった文字に思わず息を呑んだ。

「……そんな……」

 手紙には、見覚えのある角張っていて、堅苦しそうな文字で宛所がはっきりと明記されていた。だがその宛所は、この場所にある物に書かれていてはいけない人物の名だ。

「うそだ……」

 フランツはそう呟くと、大きく息を吐いてもう一度封筒を見直す。だがそこにある文字はどうみてもフランツの幻などではない。何度見直してもそれは、同じ人物の名をはっきりと記したままだった。

「そんな馬鹿な……」

 震える指で、書かれた文字を一文字一文字確認するように辿る。

『最初にして最後の最愛なる弟子 フランツ・ルシナへ  アーティス・オズマンド』

 初めて見る師匠、オルフェの本名がそこには記されていた。

 自分宛の手紙が、この地下宝物庫に眠っていた。

 いったいいつから?

 いや、いったいどうやってここに?

 混乱しつつも、フランツは『無限の悪夢』の中で最後にオルフェと別れた時のことを思い出した。そういえば彼は、何故あそこに来れたのか? それさえも分からないではないか。

 混乱しつつ手紙が挟まれていたページをみると、そこには国王の名と王位についた年月日、宰相・大臣の名前、王国軍の要職者、事務官の最高責任者の名前が書かれている。

 国王の名はエドモンド、宰相の名がアーティス・オズマンドとある。そして国王の在位期間は……ユリスラ王国暦五四七年……いまから一〇二六年も前のことだ。

 一〇二六年前……。

 背筋に冷たいものが走った。寒気がする。いったいどういう事なのか理解できない。確かに『無限の悪夢』の中で出会った時、千年以上前にオルフェはそれを作ったと言った。だが本当にそうだとは思えなかった。

 いや、そう思いたくなかった。自分が唯一信頼をした師匠なのだ。だから普通に人間で、それで精霊使いでいてくれればよかった。

 いったいアーティス・オズマンドとは何者だ? 

 もしこの手紙に残された署名が本名で、しかも本人であるならば、精霊族でもとっくに死んでいるだろう年齢だ。なのに彼はいまでも三十代半ばにしかみえない。

 つい半年ほど前まで、フランツと一緒に暮らしていた、あのがらくた好きで、唯一の取り柄が精霊を扱えることという、生活無能者のオルフェと本当に同一人物だとでも言うのか?

 とうていそうは思えない。

 だが『無限の悪夢』の中で出会ったアーティスは、確かに切れ者の印象が強かった。ということは、千年であそこまで……よく言えば穏和に、悪く言えば脳天気になってしまったのだろうか。

 いや、そんなことはどうでもいい。いったいどうしてこうなったのだろう。そもそも彼は人間なのか? 精霊族とは思えなかったが。

 頭の中が真っ白だ。だけど事務的に、手がエドモンド国王の執務内容を捲っていく。そこに記されている文字に、フランツは逃れられない現実を感じた。記されていた文字は、手紙の封筒の宛て書きと全く同じ字だった。フランツもよく見慣れた文字だ。

 もしかしたらと思って、最新の国王の執務内容を急いでとってきた。エドワードの執務内容が記されたそれは、几帳面なシャスタの文字で埋められている。

 つまり国王の執務内容を記すのは、歴代の宰相の仕事なのだ。ということは、手紙の文字の主とエドモンド国王の執務内容を書いた宰相は、同一人物ということになるのだろうか?

 いや、もしかしたら一家代々、アーティス・オズマンドと言う名前を継承して、文字も真似て書いているのかもしれない……。

 何故かは分からないけど、それなら納得がいく。納得がいくが、その理由が分からない。

 いったいどうなっているのだ? それにそんなにそっくり同じように、文字を書くことが出来るのだろうか?

 フランツはエドモンド王の執務内容が記されたものを、アーティスという名が書かれている部分だけを抜き出しながら読んだ。すると途中で宰相が交代しているのが分かった。

 時期を見ると、このアーティス・オズマンドなる人物は、エドモンド王の元で十年ほど過ごした後、引退しているようだ。その直前に例の『無限の悪夢』が名称として書き記されていた。アーティスはこれをエドモンド王に贈った後、引退していた。

 フランツの探していた真実は、どうやらその本に記されているものが全てらしい。国王と国の政治に関する書物に、引退した一介の宰相にのその後について書かれるわけもない。

 ただ一言だけ書かれていたのは『先の宰相アーティス・オズマンドは、偉大なる精霊使いであり、隠居後故郷へ帰った』というエドモンド王の発言だけだ。

 故郷……それはどこだろう。フランツは彼に故郷の話など聞いたことがない。いや尋ねようとも思わなかった。

 今にして思えば、頑ななまでに他人を知ることを拒んでいたのだ。例えそれが、自分を唯一理解しようと務めてくれた師匠であったとしても。

 そんなことに気がつくのは、自分が相当に変化しているということだ。答えなければしつこく聞き回るアンナや、色々とカマを掛けてきて白状させようとするリッツと、行動を共にしてきたからだろう。

 これがもっと早ければ、師匠の謎の行動を追う手がかりがあったのに……。

 混乱する頭を冷やすために、フランツは本を閉じて冷たい書見台に額を押し当てる。洞窟内にある書庫は涼しく、適度に冷やされた重厚な木製の書見台もひんやりとしていて、心地がいい。

「……他に千年以上生きるもの……」

 額をつけたまま、フランツはポツリと呟いた。頭の中で色々な生き物を思い浮かべる。

「……木?」

 いくら何でもそれはないだろう。例えいつもぼんやりしていて、腰が重いといっても本当に根っこが生えてはいなかった。

「精霊……」

 精霊は同じものであり、同じものではない。いつもどこかで生まれ、どこかで消えてゆく。彼らは『個』であり『集団』である。一人一人という考え方はない。つまり寿命などというものは、彼らにはないのだ。

 でもオルフェは間違いなく個人だった。人間だった。精霊のように不確実な存在では無かった。そもそも精霊ならば、リッツに見えるわけが無い。

「……わからない」

 フランツはそのまま書見台に突っ伏した。そろそろ一人で抱えるのは限界だ。世間を知らない自分で考えたって答えが出ない。

 誰かに相談して聞いて欲しい。誰かではない。リッツとアンナにだ。そして現国王であるエドワードにも聞いて欲しい。オルフェのこと、アーティスのこと、全て打ち明けてしまいたい。

 そして何か解決策を提案して欲しい。どんな突拍子もないことでも構わない。『不思議だねぇ』と言って貰うだけでもいい。もう頭がいっぱいだ。『無限の悪夢』の中でオルフェと別れて二ヶ月間、たった一人で考えてきた。そろそろ煮詰まってきてしまった。

 ため息をつくとフランツは顔を上げ、再び書物を引き寄せた。とりあえずエドモンド王の執務内容から、アーティスが関わっているところを書き出しておかなければならない。二人に相談するのは、資料を獲てここから脱出し、メイドになったアンナが家に帰ってきてからだ。

 師匠からの手紙は後で読む。読んでしまえば、混乱が益々ひどくなるのが分かっているからだ。

 机の上のランプにいるサラは、先ほどから暇をもてあましているらしく、体を丸めて眠っている。ここは書庫だから、出してやるわけにはいかない。

「お前はいいな。悩みはないだろう?」

 話しかけてランプを軽くこづくと、サラは眠そうな目をちょっとだけ開けて、また閉じた。サラに愚痴を言っても始まらないのに、無駄なことをしてしまった。

 頭を一降りして作業に入ろうとペンを手にした瞬間、書庫の扉が壊れるかと思うくらい乱暴に開け放たれた。思い切り驚いて頭が真っ白になった。

 心臓が……痛い……

 胸に手を当てて鼓動を押さえようとするフランツの目には、扉を開け放ったのと同じくらいの早さで書庫へ飛び込んできた少年の姿が映っていた。

「フランツ! 大変だ!」

「……少し静かに……」

「大変なんだ!」

 フランツの苦情は、あっさりグレイグに封じられる。彼はかなりの興奮状態にある。

「落ち着け……」

 言いかけた言葉を最後まで言う前に、グレイグはフランツに駆け寄ってきていた。正面に立ってフランツの肩を掴む。

「落ち着いていられないよ。強盗だ! 強盗団だよ!」

「……は?」

 ここは地下だ。しかも入り口はグレイグが、エドワードから盗んできた鍵を使って入れるあの場所だけ。あり得ない。

「冗談?」

「これが冗談に見えるか?」

 たしかにグレイグは真剣な眼差しで、フランツの肩を掴む手にも強い力が入っている。

「……分かった信じるよ。状況は?」

「知るかよ。相当数いるって事だけは分かるけど」

 そうだった。状況は? と聞いて正確な情報がかえってくるほど、グレイグは場慣れしていないのだ。

 フランツは先ほどとは違った意味で、寒気がした。また敵と接近遭遇戦になりそうだ。

 しかも再びこのグレイグと一緒とは……。

「どうして強盗団だと? 姿を確認した?」

 短く聞くと、グレイグは小さく頷いて答えた。

「洞窟の中で声が聞こえたんだ。地下宝物庫の宝を持ち出して、港経由で他国に持ち出して売るってさ。そっと見てみたら、男達がいたんだ。数人じゃないな。十数人だと思う」

 十数人対フランツとグレイグの戦い初心者コンビ……。どうにも不利だ。

「まだ遠くにいる?」

 もしもの事を考えて持ってきた炎の槍を、手触りで服の上から確認する。

「……結構近くだ」

「……え?」

 まってくれ、心の準備が……と心の中で慌てたが、顔にも口にも出さない。そんなフランツの気も知らず、グレイグは少々考えてから顔を上げた。

「もう来るかも」

「……」

 絶句すると、グレイグはむくれた。

「仕方ないだろう、僕だって急いだんだ。でも見つかるわけにはいかないだろ!」

「……分かった。とりあえず隠れよう」

 小さくそう呟くと、フランツは灯していた書庫の明かりを吹き消し始めた。

「隠れるのか!」

「ああ」

 いくつか吹き消しただけで、書庫は相当に暗くなった。隅にあった未処理の箱の書類を机の上に積み上げて、二人が隠れられそうな場所を作る。

「戦わないのか?」

 非常に不本意らしく、怒りを露わにするグレイグを、静かに見据える。

「隠れて様子を見るんだ。敵が狙っているのは宝物庫の宝だろう? ならば書庫の片隅にある箱など、見向きもしないだろうから」

 最後の明かりも消し終えて、ついにこの書庫をテ照らす光は、サラのランプのみになった。

「卑怯だ!」

 顔を紅潮させて、グレイグが文句をいった。

「……何が?」

「逃げ隠れすることがだ!」

 全くこう言うところは大人げなくてならない。プライドよりも実情を理解して欲しい。

「グレイグ、敵はこの地下の地図を持っていない。多分それを手にしている僕らの方が有利だ」

「……ああ」

「敵が荷を運び出したら、大急ぎで王宮に駆け戻り憲兵隊を呼んで来るんだ」

「それじゃ間に合わない!」

 むくれたままの顔でグレイグはそっぽを向いた。まったく持って子供だ。……十二歳では仕方ないか。

「間に合う。洞窟内で迷っている敵を、簡単に補足できるはずだ。その際に僕が彼らを追跡して、見張っておく」

 フランツの提案を頭の中でシミュレートしてから、グレイグは顔を上げた。

「追跡したって、後から来たらフランツがどこにいるか分からないぞ」

「通り過ぎる道ぞいに矢印を刻んでいく。それを追ってくればいい」

 大げさにため息をついて、グレイグは納得したらしくフランツを上目遣いに見た。どうしても嫌々なのは仕方ない。

「なるほど……消極的だけど、俺たち二人だとそれしかないな」

「分かったなら、とりあえず隠れてくれ」

 グレイグを促すと、二人で暗い書庫の片隅に重なった箱の隅に身を寄せる。サラのランプには、フランツの鞄に入っていた布をかぶせた。部屋の中が一気に暗くなる。

 一瞬フランツの頭の中に『他国に売るなら、国王の執務内容を記した書類は、高く売れるな』と言うことが浮かんだが、時はすでに遅い。彼らが隠れてから数分後、まだ目も慣れないうちに、男達が現れたのだ。

 彼らは乱暴に書庫の扉を開け放ち、中に侵入してきた。本棚の影から覗き見ると、男達は十人ほど。一番身近にあった本を物色している。あの入り口周辺は、確か国の行事と、祝い事を執り行う際の、細かいことが書かれた書類だった気がする。

「ちっ……面白くもねぇ……」

 男の一人がそう呟いた。

「乱暴に扱うなよ。こんなもんでも他国じゃ買い取ってくれるかもしれないからよ」

「へいへい」

 やっぱり書物も売る気だ……。フランツは自分の浅はかさに、ため息をついた。リッツにも聞いたことがある。他国に売れる一番高いものは、情報だと。

「おい来てみろよ!」

 書庫の外から男の仲間が顔を出した。

「こっちが宝物庫だ。すげえぞ、お宝の山だ!」

「そうか、それじゃあそっちからだな」

 ぞろぞろと男達がでていく。どうやら彼らは二手に分かれていたようだ。だとすると全員の人数はこの二倍……。

 やはり二人で戦いを挑もうとしなくてよかった。フランツはともかく、グレイグに何かあったら国王と王太子に申し訳が立たない。妻と死別している王太子にとって、グレイグはただ一人の跡取り息子なのだから。

 扉が再び乱暴に閉められ、男達が立ち去ると、グレイグが文句をいった。

「いいのか? 盗られるぞ、宝物!」

「しっ! 声が大きい」

「でもフランツ、あれはこの国のものだぞ。この国の宝だ。盗賊団に渡してなるもんか!」

「……分かってる」

 意外だった。グレイグがこの宝を王家の物扱いしないことが。少々ではあるが、親王の自覚があるのだろう。

「分かってるんなら、行かせてくれよ!」

「駄目だ」

 はやる気持ちを抑えきれずに騒ぐグレイグを、どう説得したらいいのか、フランツにはいまいち考えが及ばない。

「とにかく駄目」

「お祖母様みたいに子供扱いするなよ」

 次第に本気で怒り始めたグレイグに、フランツは困り果てた。

「グレイグは一人息子で親王だ。もし何かあっても、僕に責任はとれない」

 仕方なく本音をいうと、一瞬グレイグは怯んだ。

「君が死んだら国が絶える。君個人が死んでも構わないが、国が絶えると何かと困る」

「……」

 自分の立場が分かっているのか、グレイグは黙った。言い過ぎただろうか? だがこれがフランツにとって真実なのだから仕方ない。だがグレイグは、次の瞬間にとんでもないことを言い出した。

「……フランツは俺が死んだっていいんだろ」

「……は?」

 あまりのことに言葉を失う。何を言い出すというのだ?

「フランツは悲しくないんだろ。友達甲斐ないよな」

 そういうつもりではないが、どうやら誤解されたようだ。個人が死んでも構わないというのは、国民としての感覚で自分個人のことではない。

「フン、フランツの考えは分かったよ。それなら俺がいなくなったら、父上が再婚して、次の子を作ればいいじゃないか」

 あまりに子供じみた言葉に、ため息を付く。

「……子供だな」

「どうせ子供だよ!」

 頭が痛い。確かに王太子はまだ若い。再婚はしておいてもいいだろうし、グレイグに兄弟が出来る可能性は高い。でもそう言う問題ではないのだ。

「とにかく、僕は行くぞ」

 グレイグが感情のままに飛び出す。止める暇もなかった。

「駄目だ!」

 フランツも飛び出して、グレイグの腕を掴んだ。身長差だけでいえば、フランツの方が数段高い。だがグレイグには力があった。

「行くったら行く!」

「待て!」

「宝を見捨てておけない!」

 二人が揉み合っていると、扉の外が慌ただしくなった。気付かれたのかと思ってフランツは咄嗟に炎の槍を取りだして扉の方に向かって構える。

 冷や汗が額を伝う。

 だが聞こえてきたのは男達の怒鳴り声だった。

「敵だ! 憲兵隊だ!」

 扉越しに聞こえてきたその言葉に、グレイグを顔を見合わせる。まだ誰も呼びに行っていないのに、何で強盗団の侵入がわかったのだろう?

「とにかく……助かった」

 とりあえず、誰にも知られることなく、地下宝物庫でグレイグと二人、のたれ死にという自体だけは避けられた。

 大きく息を吐くと、フランツは手に握っていた炎の槍を下げた。 

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