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呑気な冒険者たち  作者: さかもと希夢
底から始まる真実
86/224

<8>

 アンナは微睡んでは起き、起きては微睡むのを繰り返していた。昨日は意識を失うように眠ったのに、ほんの少しの時間で目を覚ましてしまったのだ。

 眠いし、寝たい。そのくせ寝ようとすると、すぐに目が覚めてしまう。とにかく眠りが浅いのだ。

 眠れない原因はいくつかある。何より寒いし、ベットは硬い。それに怪我の痛みも酷かった。だが一番の原因は恐怖心だっだ。

 自分は死なない、きっと助けが来る、と信じているものの、恐怖心がずっと心のどこかで揺れている。眠るのが怖い。もしも目が覚めた時自分が死んでいたら……そう考えると怖くて仕方ない。

「どのくらいたったのかなぁ……」

 土を掘っただけの粗末な部屋の中で、独り言はよく響いた。耳が痛くなるようなこんな沈黙の中にいると、例え独り言でも、しゃべらずにはいられなくなるのだ。

 ランプも忘れ去られたように消えていて、今は地下牢や闇に包まれている。

「助けに来て……くれるよね」

 小さくアンナは呟いた。リッツもフランツも、絶対に来てくれる。アンナを見捨てるわけがない。それは信じている。

 だけどアンナはやはり、リッツと喧嘩をして飛び出してきた事が引っかかっていた。

「リッツ、来てくれなかったりして」

 もしも怒っていて、来てくれなかったらどうしよう。ジョーが約束を完全に守って、リッツに秘密にしていたらどうしよう。

「でもフランツがいるし!」

 自分を励ますように力強く言ってみたものの、しばらくして小さく息をついた。アンナには分かる。絶対にフランツだけじゃ、ここまでたどり着けない。

 それに自分のせいでフランツまで捕まったら、リッツはもう口を聞いてくれないかもしれない。それどころか、完全にリッツの信頼を失う可能性もある。

 そうなったら、アンナの旅はここでお終いなのだろうか? リッツのことだから、そうなればヴィシヌまで送ってくれそうな気はするが、そんなの問題外だ。

「そんなのやだ……」

 だけど自分は確か『リッツなんて大っ嫌い!』といって出てきた記憶がある。なのにこうして期待して待ってるなんて、虫がよすぎるだろうか?

 ランプの火も消えてから随分になる。

 暗い、音もない部屋に、空腹……そして痛み。考えることがどんどん暗くなっていく。そして暗い考えになるほど落ち込んでいく。

「痛いなぁ……」

 頭の後ろと背中がズキズキと痛む。殴られた痕がどうなっているのか、縛られて転がされている自分にはさっぱり分からない。背中は蹴られたから、きっとひどい打ち身だろうけれど、それも想像するしかない。

 もし無事に帰れたら、ジョーかアニーに見て貰おう。帰れたら……の話だけど。

 縛られた手の感覚は、すでにない。せめて手だけ自由になれば、治癒魔法を使えるのにと思って、一生懸命に外そうと努力したが、縛られた部分が擦れて余計痛んだだけだった。

 だけどその手の状態さえ見えない。何と言っても結っていた髪がほつれて、顔に絡みつくのがうっとうしいと思っても、それを払うことすら出来ないのだから。

「マロンクリームのケーキ、食べたいな」

 暗いことばかり考えていては、身が持たない。アンナは食べ物のことを考えることにした。

「チキンソテー、ラザニア、フィッシュフライ、リンゴジャム、クリーム……シチュー」

 しまった、食べ物の事と思ったのに、クリームシチューで、またリッツの戸惑ったような、だけど寂しそうな、食堂での喧嘩の時の顔を思い出してしまった。

 もしかして自分は、とってもリッツを傷つけたのではないだろうか? 彼は大人だから傷つかないとでも思ったのだろうか?

 あの時フランツがいてくれたら、きっとあそこまでの言い合いにならなかっただろう。何故ならアンナはいつも、フランツに余計な心配を掛けたくないと思って、彼の前ではなるべく全てを穏便に済ませてきたからだ。

 フランツが顔に出さずとも、いつも色々抱え込み、人一倍悩んでいるのは、よく分かっている。体力もなくて旅についてくるのがやっとだったフランツを、精神面でも疲れさせたくなかったのだ。

 だから……リッツと二人しかいなかったから、つい言い過ぎてしまった。大嫌いなんて言うつもりは全くなかった。それにあんなにリッツが傷ついた顔をするなんて、思わなかった。

「最悪だよぉ……」

 もしも誰にも助け出されずにこの地下牢で、一人ひっそりと餓死したとしたら、自業自得? というより、餓死っていうのは、もの凄く嫌かもしれない。お腹が空いてひもじくて、苦しいのがずっと続くなんて、耐えられない。

 悲観的な考えにアンナは沈み込んだ。いくら明るいアンナだって、こういう状況では落ち込まざるを得ない。

 ため息と共に全身の力を抜いた。頭の後ろがズキズキと痛むが、その痛みにもだいぶ慣れた。またこうしてしばらく黙っていよう。もしかしたら、ちょっとは眠れるかもしれない。

 アンナが目を閉じた時、扉に何かが激しくぶつかった音がした。

「何?」

 起きあがりたいけど、それは出来ない。扉の向こうからは、激しく争う気配が伝わってきた。争うと言うよりも揉み合っているのだろうか?

 何度も扉に何かがぶつかる。仲間割れなのだろうか? そういえば今朝には地下通路が完成すると言っていたし。

 一応その事を先に考えた。そうしないと期待に膨らむ気持ちを抑えられない。

 そうだよ、強盗達が、私を人質に連れて行くのかもしれない……。

 自分を落ち着かせようとするが、期待は押さえられなかった。

 それとも……もしかして……。

 扉が開かれて、薄明かりが差し込む。アンナの見ている下からだと、扉の向こうに倒れている人物の姿しかみえない。格好からして、アンナを見張っていた人だろう。

 そしてその倒れた人物を踏み越えて、一人の男が立っていた。必死で顔を上げてみる。影でしか見えないけど、それだけでその人物が誰だか、アンナにはすぐに分かった。

 よかった、敵じゃない……。

 力が抜けて、持ち上げていた顔が堅いベットにことりと落ちた。嬉しさと安堵で、思わず泣きだしそうになってしまう。

「暗いな……レフ、燭台とってくれよ」

 聞き慣れたその声が、そう言った。どうやら外からは暗すぎて中が見えないらしい。レフと呼ばれたアンナの知らない人物が、燭台を手に現れた。

「どうぞ」

「サンキュー。見張り頼むぜ」

「はい」

 レフという人物がでていくと、リッツは燭台を高く掲げた。明かりに照らされて、真っ暗だった部屋の中が仄かに明るくなる。

 明るくなっても、アンナは顔を上げられなかった。それに顔を見なくても分かる。間違いなくリッツだ。来てくれたんだ。

 安堵のあまりじっと黙っていると、リッツはゆっくりとこちらに近づいてきた。小さく確認するかのようにアンナに尋ねる。

「……アンナ?」

 何だか胸がいっぱいになって言葉が出ない。ごめんなさいといったらいいのか、ありがとうを言ったらいいのか……。

「おいアンナ、大丈夫か?」

 心配そうな声でそう尋ねると、リッツの手がアンナの肩を軽く揺する。

 これは……生死を確認されている? そうだ、最初に言わなければいけないことがあった。

「……生きてるよぉ……」

 手が止まった後、大きな安堵のため息を一つつき、更に一呼吸置いてから、リッツは感情を怒鳴り声と共に吐き出した。

「馬鹿野郎! 気が付いてるなら、先にそういえ!」

「……ごめんなさい」

 アンナが動けないことに気が付くと、リッツは手元から小さなナイフをとりだした。

「ほら、切ってやるからじっとしてろよ」

 ベットの下に膝をつき、リッツは丁寧にアンナの手と足を縛っていた紐を切った。その瞬間に血が巡るのを感じる。

「動くか?」

 問われて動かしてみるものの、関節が軋む。それに皮膚がすれて血が滲んでいた。

「痛いよ。痺れてるし……」

「当たり前だ、馬鹿。しばらくじっとしとけ」

「うん」

 膝をついたままリッツは、アンナが体を起こすのを手伝ってくれた。この部屋に放り込まれて以来、初めて座った。

 頭がくらくらする。殴られたからだろうか? それともずっと横になっていたから?

 ベットに座ると、目線がリッツと同じくらいの高さになった。何から話したらいいのか分からず、アンナはリッツの顔を見たまま黙り込んでしまった。

 リッツの方も何やら考えているようで、黙っている。とにかく謝らないといけない。勝手なことをして、それで迷惑をかけてしまった。

 だけど先に口を開いたのはリッツの方だった。

「ごめんな」

「え?」

 怒られると思っていたのに謝られてしまった。わけが分からない。

「俺が悪かった。フランツにも怒られたよ。『僕らは仲間であって、リッツの被保護者じゃないって』な」

 あの、リッツと言い合った夜の話だ。フランツはアンナのことをフォローしてくれたようだ。

「どうも俺は忘れっぽくて駄目だな。お前と旅に出た時『これからは一緒に旅する仲間だ』って言ったし、この間も……お前に甘えちまったのに、すっかり保護者気取りだ。幻滅したろ?」

 自らを嘲るようにリッツは小さく笑う。この時折みせるリッツの自嘲の表情は、好きじゃない。アンナからすれば見たくない、嫌いな顔だ。

 アンナはベットの上からリッツに抱きついた。手足にまだ力が入らないから、リッツの上に滑り落ちたというのが正解だろう。

 しっかりとアンナの体を抱きとめつつも、面を喰らったようにリッツが硬直する。

「お前、怪我してるだろ!」

 慌てふためくリッツに、アンナは半分泣きながら怒鳴った。

「幻滅なんかしないもん!」

「アンナ……」

「するわけないよ!」 

 安堵と申し訳なさと、今まで堪えてきた恐怖がどっとあふれ出してきた。思わずしゃくり上げて泣いてしまう。

 傷つけてごめんなさいも、勝手な事してごめんなさいも、心配掛けてごめんなさいも、言葉にならない。

「……死ぬかと思った。もう駄目だって……」

 ようやく出てきた言葉は、震えている。それが自分でも分かった。こうしていると、ようやく自分が助かったことを、実感として感じることが出来る。

 本当は怖かったのだ。殴られて、縛られて、閉じこめられて。食事もないし、暗いし。それに何より、生きてでられる保証はどこにもなくて……。

 泣きたいし取り乱したいけど、そうしたところで、どうにもならないことを知っていたから、出来なかった。だけど今まで我慢して耐えてきた分、一番安心できるリッツの胸に顔を埋めた瞬間、ようやく泣けた。

 そんなアンナの気持ちを知ってか知らずか、リッツはただ黙って、アンナが泣きやむのを待ってくれていた。

 どれくらい泣いただろうか、少々気持ちが落ち着いてきた。だけどまだリッツから離れることが出来ない。それを分かってくれているみたいで、リッツもあえてアンナをベットに戻そうとしなかった。

「もうリッツは助けてくれないと思った」

 リッツにしがみついたまま、アンナは涙声でそう呟いた。

「そんなわけないだろう」

 呆れたような、だけど優しい声でリッツはそう言ってくれた。嬉しいけど、申し訳ない。

「でも私、リッツのこと傷つけたよ? それで勝手なことして、勝手に捕まって……だから……」

 何を言おうとしているのか、さっぱり分からない。

「そうだな」

「……だよね。怒ってるよね」

 顔を上げて見上げると、リッツは難しい顔でアンナを見ていた。

「怒るさ、当たり前だ」

「ごめんなさい」

「お前が次に何をしでかすのか、俺はいつも心配のし通しだ。俺だけじゃない、この件を知っているフランツとジョーもどれだけ苦しんだか分かっているんだろう?」

「……」

 返す言葉もない。こんな事になるなんて考えても見なかったなんて言い分け、リッツに通じるわけが無かった。落ち込んでうなだれるアンナの頭に、いつものようにリッツの大きな手のひらが乗った。アンナの頭を撫でる優しく暖かいその手は、アンナの中の心のこわばりすらも和らげていく。

「だからな、ひとつ覚えておけよ。人助け、自己犠牲の精神は尊いと思うさ。だけどお前には沢山心配する人がいる。一人の他人をお前の命で救えたとしても、お前を大事に思う沢山の人たちは、確実に不幸になる」

 そんなこと考えもしなかった。困っている人がいて助けを求めているなら助けたい……いつもそう思っていただけだったのだ。

 恐る恐る顔を見上げると、リッツは怒っていない。穏やかに微笑んでいた。大きな手のひらが宥めるように優しく頭を撫でてくれる。 

「分かったら、自分を犠牲にするのはやめてくれ。アントン神官、フランツ、ジョー、アニー、エヴァンス、エド、パティ、リラにディル。お前がいないと悲しむ人の数は、計り知れないんだ。何しろお前はみんな友達になっちまうからな」

 少々ふざけて明るくリッツは言った。だけどアンナには、羅列された中に入っていない人物が、気に掛かった。真剣に尋ねる。

「……じゃあリッツは? リッツも悲しむ?」

 見上げると微かにダークブラウンの瞳が優しく細められた。

「俺も悲しいさ。当たり前だろう?」

 また泣けてきた。人助けはこれからもしていきたい。でも可能な限り自分を犠牲にしないようにしよう。初めてそう思えた。無鉄砲にこんな事をして、みんなを悲しませたくない。

「さて、こんなところで長話もなんだな。そろそろ手足は動くようになったか?」

 照れくさそうにリッツはそう言って、アンナを抱えてベットに座らせた。手足を動かしてみると、痛みはあるが動かせる。

「うん。これで治癒魔法を掛けられるよ」

「治癒魔法?」

「うん。頭を棍棒で殴られたの」

「<」

「えへへ、当たり所が悪かったら死んでたかな?」

「……死んでたかなってお前……」

 愕然とするリッツを尻目に、アンナは自分の両手を後頭部に静かに当てた。

「安らぎと癒しを司る水の精霊よ、この傷を癒して」

 長く苦しめられた痛みが、じわりじわりと引いていく。ようやくこの痛みから解放された。この開放感は大きい。ついでに両手と足の傷も癒した。

 空腹と眠気以外は完璧だ。アンナはぴょんと立ち上がって、まだ愕然としているリッツの顔を覗き込んだ。

「リッツ、地下宝物庫の話、聞いた?」

「ああ」

 ハッとしたようにリッツが顔を上げる。

「捕まえにいくよね?」

「当たり前だ。奴ら、目に物をみせてくれる……」

 何だか分からないけど、リッツは強盗団に対し異常に怒っているみたいだ。

「私も行く!」

 アンナは先にそう宣言した。止められるかと思ったが、リッツはため息を一つついただけで、それを許可してくれた。

「駄目って言ったら、また何をしでかすか分からないからな。一緒に連れて行った方がまだまし(ヽヽ)だ」

 その思い切り強調された部分がちょっと引っかかるが、気にしないことにする。とにかく許可は許可だ。

「レフ」

 扉の外に出ると、リッツが誰かを呼んだ。リッツぐらいに大きくて、しかもリッツ以上に逞しい男がそこにいた。

 でも耳が人間とは違う。大きくてふさふさして、髪と同じように茶色をしている。触ると気持ちよさそうだ。つぶらで優しい目をしているから、きっと耳を触らせてくれるくらい、いい人に違いない。事件が片付いたら触らせて貰おう。

「しばらくうちで預かることになった、獣人のレフだ。仲良くしてやってくれ。レフ、この子がアンナ。俺の仲間だ」

 リッツの後ろにいたアンナは、ひょこっとリッツの前に出て、レフに向かい手をさしのべた。

「初めまして。よろしくね、レフ」

 大きな手でレフはアンナの差し出した手を、しっかりと握り返してくれた。

「こちらこそ、アンナ」

 自己紹介をしたところで、三人は廊下の先を見た。どこまで続いているか分からない洞窟への入り口が、三人の前にぽっかりと口を開けていた。

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