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呑気な冒険者たち  作者: さかもと希夢
月光桜の誘惑
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<8>

 一方残った見送り部隊には、奇妙なまでの不安感が漂っていた。特にその不安感を全身から醸し出しているのは、シャスタだった。やはり王太子を戦闘状態に陥るであろうと分かっているところに送り出すことは心配なのだろう。

 エドワードも部隊が消えた方を黙ってみたきり、なかなか動こうとしなかった。この寒いのに見送りの五人は、こうしてお互いに言葉も掛けず佇んでいたのである。

 かくいうフランツは一抹の寂しさを感じていた。旅に出てから今迄の数ヶ月、様々なことを一緒に経験してきたリッツが戦いに赴き、自分が留守番であることに少々の違和感のようなものを覚えていた。のだ。

 勿論、自分がまだ戦うということに不慣れで、足手まといだということは分かっているのだが、それでも気になるのは仕方ないことだろう。

 それに今回は、留守番でよかったと思うところもある。それはアンナのことだ。グレイグが尋ねてきた日から、アンナは少々落ち込んでいるような、考え込んでいるような気がする。

 今までもフランツはアンナが口に出さずとも、色々なことを考えていることは知っている。アンナの口に出さない深い思いに救われたことだってある。

 だが彼女は感情的になることも悲観的になることもなく、いつも変わらず楽しげな笑顔でいるのだ。フランツはそんな彼女を、決して口に出すことはないが、ちょっと尊敬している。

 そんなアンナなのに、今回は何だか違う。今まで人と接する機会が少なかった自分ですら、そのアンナの変化に気が付いたのだから、アニーやジョーたちの心配は相当なものだ。どうしたのかとフランツは何度も聞かれたのだが、答えることなど出来なかった。

 アンナはフランツに何かを相談することなど無いのだ。その事に初めて気がついた。

 旅路ではいつもアンナに助けられてばかりいる。毒蛇に襲われた時も、アンナはフランツを庇って死にかけた。ラリアの館に行く前に、フランツはアンナに助けられた。情けなくもいつだってフランツはアンナに救われてばかりだ。

 リッツはそんなフランツに、機会があったら助けてやれ等と気軽にいうが、フランツは未だに何も出来ていない。だからこそ、この状態のアンナに何かしてあげられることはないかと、悩んでいるのである。

 そんなフランツの前に、不意に機会が訪れた。意を決して、家までの三十分の時間を二人きりで帰るこの貴重な時間に、何を思い詰めているのかを聞いてみることにしたのだ。

 だがフランツのそんな計画は、もう帰ろうかという直前に、思いも寄らない事で、もろくも崩れ去った。ずっと黙ったままだった見送り組の中で、一番不安感を抱いていない……というより自分がいけない不満ばかりが満ちているグレイグが、ここに満ちている空気も読まずにアンナを誘ったのだ。

「アンナ、久しぶりに王宮に来ないか?」

「え?」

 考え込んでいたアンナが、驚いた顔でグレイグを振り返った。

 フランツはのど元まででかかった『帰ろう』の言葉を飲み込んだ。そんなフランツの様子には全く関心を向けることなく、グレイグはアンナを誘い続ける。

「アンナのために、とびきりの菓子を取り寄せたんだ。シアーズで一番の店なんだ」

「殿下が私のために?」

「そうだ、アンナのためだけに取り寄せたんだ」

「? ありがとうございます」

 アンナも驚いていたが、フランツは顔にも声にも出さずにもっと驚いた。これではまるで、グレイグがアンナに好意を持っているようではないか。いや好意ではない。明らかにグレイグはアンナに恋心を抱いて誘っているのだ。

 いつものごとく、アンナは全くそれに気が付いてはいないようだが。

「フランツも一緒に行っていい? ねえフランツ、お菓子好きだよね?」

 自分の方に振られてフランツは困惑した。見るとグレイグの目が冷たくフランツを睨んでいる。はっきりとフランツに、邪魔だからお前は来るなと思っているのが分かった。

 別にグレイグの恋路を邪魔する気はないし、グレイグとアンナの問題だから、自分は関係ないと思っているのだが、明らかに彼はフランツを敵対視しているようだ。

 だがアンナには、そのグレイグの気持ちがさっぱり分かっていない。

「殿下、駄目?」

「う……」

 純粋にそう尋ねられてしまっては、グレイグも断りようがないだろう。リッツやエドワードのように、軽く相手をいなせるような大人ではないのだから。

「え? 駄目だったの?」

「駄目というわけでは……」

「だって美味しいお菓子なんでしょ? みんなで食べた方がきっと美味しいよね」

「う……うん、それはそうだけど……」

 グレイグが押し切られかけている。なんだろう、その光景が面白いと感じてしまった。普段は見られない光景だからだろうか。

 そんな不思議な膠着状態を変えたのは、エドワードだった。押し黙ったままのシャスタの肩を叩いてから、三人の方を振り返って言ったのだ。

「三人とも、寒いから中に入りなさい。フランツとアンナも王宮で朝食を取っていくといい」

 エドワードは三人の微妙な空気に気付くでもなく、先ほどからの少し暗い顔で、三人とシャスタを促した。

「ありがとうございます。頂きます」

 あっさりとアンナが笑顔で承諾したため、必然的にフランツもその朝食の席に招かれることとなったのである。

 当初の予定は完全に破綻し、なし崩し的に王宮へ朝食を食べるためやって来たフランツは、そこで久しぶりにパンの焼き方から紅茶のミルクの種類まで全て聞かれる、煩わしい朝食を長時間かけてゆっくりと取った。

 最近はアニーの作ってくれた朝食をさっと食べて、王立図書館に向かう生活をしていたので、久しぶりのそれは、それなりに美味しかった。

 もっともグレイグの視線さえなければ、もっと美味しかっただろうと思う。

 アンナはといえば、パトリシア王妃と話が弾んでいて、グレイグがフランツを睨んでいる事なんて全く気が付いていないし、エドワードとシャスタに至っては深く考え込んでいるらしく、フランツにはその苦悩はうかがい知れない。

 フランツは軽く頬杖を付いて、小さなため息を漏らした。明らかにグレイグはフランツを敵対視していた。勿論アンナを間に挟んでである。はっきりと誤解であると言いたいのだが、この席の状況ではそれは言えない。

 そもそもいつ、何がどうしてグレイグがアンナに恋心を抱いたのか、それがさっぱり分からない。直接グレイグと会い、話をしたのは、アンナもフランツも同じで二回目だ。

 となるとこの前、家にきたときに何かあったんだろうと思ったが、フランツには知りようがない。こんな時フランツは、リッツのようになりたいと思うのだ。

 直接グレイグに自分はアンナのことを何とも思っていないことを軽快に冗談交じりに話し、その上で自分を敵対視するよりは、アンナに分からせた方が早道だと告げる。どう足掻いてもフランツには無理な話だ。

 じっと黙ったままでいるせいか、グレイグになお一層の敵対感を持たせているような気がしないでもないが、だとすれば一体何を言ったらいいのか、全く見当が付かない。

 王妃とアンナ以外の面々の重苦しい雰囲気が垂れ込めた食事が終わり、どっと疲れたフランツはエドワードに食事の礼を言って帰ろうと考えた。

 これ以上グレイグにつき合っている暇はない。あとは好きにやって貰おうと思ったのだ。

 だがその自分の考えは甘かった。フランツがエドワードに向かって口を開く前に、グレイグがエドワードに話しかけてしまったのだ。

「お祖父様、地下の訓練場を使っても宜しいでしょうか?」

 嫌な予感がする。とてつもなく面倒で嫌なことが起こる予感が。出来れば巻き込まれたくないし、関わりたくない。

 フランツは耳を塞ぎたかったが、国王の目の前にいる今は、それも出来なかった。

 そしてその嫌な予感は、的中した。

「フランツに、炎の精霊を見せて貰いたいのです。あの地下室は確か石と焼き煉瓦で出来ていたので、ちょうどいいと思うので」

 グレイグの目は真っ直ぐにフランツに向けられた。フランツはこの間その目を見た気がする。そう新祭月の武闘大会で彼がリッツに挑戦したときに見せたあの目だ。

「ほう、フランツにな……」

 ゆっくりとエドワードの目が、フランツに向けられる。フランツの喉元まで『僕はいやです』との言葉が出て来かかったが、結局それはエドワードの笑みの前で言葉にならなかった。

「それはよかったなグレイグ。炎の精霊使いとの戦いは勉強になるぞ」

 国王はそういってから、フランツにしか分からぬように肩をすくめた。

 きっと、いや絶対にグレイグのアンナに対する恋心と、巻き込まれたフランツの逃れようのない状況を、エドワードは知っているに違いない。それでその状況を面白がっているのだ。間違いない。

 さすがリッツの親友だ。状況に置ける対処が非常に似ている。似ていて腹が立つ。この状況なら助けてくれても良さそうなものなのに。

「アンナも一緒に行くのかい?」

「はいエドさん。私もたまには水の精霊の練習しようかなと思ってるから」

「そうか」

 先ほどまでの暗い心配顔を、柔らかな笑顔に変えてエドワードは頷いた。大人だなと思うが、大人なら子供の暴走を止めて欲しいと本当に切実に思う。 子供とは勿論グレイグのことだ。

「昼食も一緒にと考えているからな。昼食までにはここに戻っておいで」

 笑顔でそう送り出されてしまっては、行くしかない。陽気にアンナに自己アピールしているグレイグと、楽しそうに相づちを打ちながらそれを聞いているアンナに、渋々続いて歩く。

 まったくもってどうしてこんな事になるんだか、全く不本意だ。

 地下の訓練場に着いたとき、グレイグはようやくフランツを振り返った。

「フランツ、剣を抜け!」

 やはりそうきたか。とはいえフランツに剣は扱えない。

「どうした、僕が怖いのか?」

 グレイグのこの一言で、頭のどこかで何かが切れた音を聞いたような気がする。勝手に誤解して、勝手に挑んできて、人を挑発するとは……腹が立つ。

「怖いだと……?」

 炎の精霊だけで対抗しようと思っていたが、気が変わった。防寒具の内側からフランツは、短い槍を取りだした。王族の印が刻まれた、あのファルディナでのもらい物の伸びるミスリルの槍である。

 防寒具を脱ぎ捨て、槍を前方に大きくふる。軽く金属のふれあう音と共に、槍は長くその姿を変えた。炎の精霊に反応して輝く宝玉に、久しぶりの輝きが戻る。

「変わった得物だが僕が負けるはずがない。いざ彼女の愛を賭けて勝負だ!」

「え、何の?」

 まだ何も気が付かないアンナが、きょとんとしてまわりを見渡す。

「誰の愛? 何のこと? 教えてよぉ~」

 ちょっとグレイグが気の毒になった。だがもうフランツを倒すことしか興味のない彼の耳には何も入っていないかもしれない。これはもう、なんとか相手を負かして誤解を解くしかないようだ。自分はアンナの事をグレイグと争う気はないと。

 フランツは破れかぶれにグレイグに向かった。

「行くぞ! 覚悟しろ!」

「……どうぞ」

 憲兵隊・査察団合同部隊とは真剣さが全く異なる戦いが、うんざりするような状況の中始まったのだった。


  ◇ ◇ ◇


 その頃、とある場所で人々の決意を持って事件の最後の矢が放たれようとしていた。

 男は窓の外をじっと見ている。朝日が昇り始めていた。その美しさはまるで、これからの自分たちへのはなむけのようだった。

「……いよいよでございますね」

「ああ、いよいよだ」

 先日と同じように、暖炉の炎が揺らめく、落ち着いた応接室に、死んだ一人を除いた全く同じ顔ぶれが揃って座っていた。息を詰めているわけでもなく、緊張感が漂っているわけではない。ただただ穏やかな、それでいて緩慢な諦めのような静かな空気だけが、この部屋に充ち満ちている。

「本日の早朝、予定通りに王太子の小隊は出発いたしました。大臣も共に行った模様です」

 報告者がそういうと、一番年配である男がゆっくりと頷いた。

「うむ。スチュワート王太子殿下の時には、あの男が最も邪魔であったらしいからな。となると……」

「は。国王の警備は宰相と、近衛兵、そして形ばかりの親衛隊数名……もともと国王は身辺警護を少数しか置きませんから」

 年配の男は静かに目を閉じた。男もまた遠い時間に思いを馳せているようだった。

 長く続く沈黙に、報告者である男は気遣うかのように小さく声を掛けた。

「ウォルター侯?」

「ああ、すまぬ」

 小さく身震いをして、男……ウォルター侯爵は目を開いた。

 長い長い夢を見ていた……いや、今になって見果てぬ夢を見始めてしまったのか……。

「何を思っておいででした?」

「……長い時が経ったと……」

 これは見果てぬ夢か……。

 それとも夢の終わりか……。

「あやつの館はどうなっておる?」

「準備は出来ております」

「そうか、ではこちらも準備に入ろうぞ」

 音も立てずに男たちは立ち上がった。軍人であり、報告者であり……そして軍内部に潜む内偵者である男が、彼らに小さな小瓶を渡していく。

 憲兵隊が必死に追い求めている、麻薬の原液の一部がここにあった。

「これが『炎の恵み』の原液でございます」

 全員に行き渡った時、ウォルター侯爵はゆっくりと立ち上がり、さざ波ひとつない湖のように静かな声で宣言した。

「時は来た」

 全員が立ち上がって、同じく静かな瞳でウォルター侯爵を見つめる。

「これを飲めばもう後戻りは出来ぬ」

 無言で頷く人々の前に立ち、ウォルター侯爵は再び窓の外を見た。

 体中が痛む。もう全身に病が根付き、助かりそうにない。医者はウォルター侯爵に、春まで生きていることは難しいと告げた。ならば、死ぬ前に遣らねばならないことがある。

 今は地方の一領主以下の生活をしている、スチュワートとリチャードの子供や孫たちに……もし内乱が起こりさえしなかったら今も国の中心にいたであろう彼らに、何とか機会を与えてやりたい。

 おそらく国民誰もが臨まぬ事であろうな……と、ウォルター公爵自身分かっていたが、受けた恩を返さずに死ぬことは出来ない。

「それではみな、幸運を……」

 部屋の中はただただ静かである。

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