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壊滅作戦決行二日前に、憲兵隊、査察官たちの初めての顔合わせが行われた。極秘の作戦のため、この顔合わせは表向き、憲兵隊と査察官の代表による『現在の王国治安維持問題の意見交換を行い、お互いの親睦を深める会』として開かれたのである。
だが、集まった面々に『親睦』という親しさは全くない。査察官たちはともかく、憲兵隊の査察官嫌いは半端ではなく、もはや軍の伝統であるといってもいいからだ。
そもそもこの二つの組織は、特徴が大きく異なる。
憲兵隊は、一からの叩き上げが比較的多く、階級は雑多で大所帯だ。軍所属のため、あれこれ組織が複雑化し、決まり事や上下関係が厳しい組織でもある。
かたや査察官は査察部総監の下、厳しい試験と事細かなことまで及ぶ、性格判定をクリアしたものだけが入団できる、エリートだけの集団だ。
総監の上に立つのは国王と宰相、大臣のみという特殊機関でもある。軍の中に存在する階級に調査の時にさえ左右される、難しい立場の憲兵隊とは雲泥の差であった。
そのためお互いにどこか相容れないものがあるのだ。現にこの二つを合わせた合同部隊を指揮するジェラルドが入ってくるまで、双方に全く言葉のやりとりはなかったようだ。
ジェラルドとその副官に任命されてしまったリッツがこの部屋に入ったとき、疑心暗鬼渦巻く、異様な空気を感じることが出来た。
敏感にそれを感じ取ったジェラルドは、後ろにいたリッツに困ったような視線を向けた。確かにやりやすい状況ではない。だが作戦実行まで、もう二日しかないのだ。ここで揉めていてはどうしようもない。
ジェラルドに気が付いた全員が立ち上がり、礼を持って二人を向かえた。
「皆ご苦労。座ってくれ」
穏やかにそういったジェラルドに一礼して、全員が席に着き、中央の席にジェラルドとリッツが着いたところでこの会議が始まった。
リッツは今回、まったく変装をしていない。そのままの姿で王宮に入るのなんて、三十五年前にシアーズを後にして以来だ。服装は軍の制服だが、所属・階級を表すものは一切なく、襟元の留め具を外したままのラフな格好は、少々不思議な印象を与えている。何者なのか全く読めないだろう。
そんなリッツの姿を見た瞬間、憲兵隊には苦々しい表情が浮かんだ。憲兵隊は最も規律の厳しい部署だから、軍服を崩して着るなど、けしからん若造だとでも思ったのだろう。
だが国王と大臣直々の任命では、階級社会にある彼らは文句の言いようがない。
今回の参加者はジェラルドとリッツの要望で、直接作戦に参加する三十人のみである。あれほど仲の悪い総監たちが参加すれば、なお一層こじれるに違いないと考えたのだ。
憲兵隊には馴染みがないリッツだったが、見ると査察官側は、数人を除くほとんどがリッツの顔見知りだった。
ファルディナからリッツたちと王都まで共にやって来たケニーの小隊が、引き続き国王暗殺未遂事件を調査しているから当然だ。
「忙しいところだと思うが、作戦決行まであと二日となった。ここで憲兵隊、査察官双方の作戦を共に検討し直し、ひとつの作戦をして運用するべく本日はここで率直に意見をぶつけ合って欲しい」
そう宣言したジェラルドだったが、会議慣れしていないため、どう進めるべきか思いつかないらしく、横に座ったリッツを振り返った。困ったことに助けを求めている。
リッツとしては、あまり最初から目立つ事は避けたいのだが、このまま黙って過ぎ去る時間に、身を任せるのでは時間の無駄と言うものだ。仕方がない、ここはとりあえずリッツが進めるしかないだろう。
それに先ほどから憲兵隊の面々は、リッツを怪訝な顔で見ているから、そちらも何とかしなければなるまい。作戦をスムースに進める場合、どんなときでもとりあえず重要なのは、お互いを知ることなのだから。
リッツは立ち上がって全員を眺め、笑みを浮かべながら口を開いた。
「意見の交換に先立って、お互いの自己紹介なんてのをして貰おうかな?」
重苦しい空気に似合わぬこの軽い提案に、四十代の口ひげが似合う、憲兵隊の小隊長が立ち上がって、リッツに対して怒りを露わにした。
「自己紹介だと? 何をくだらないことを言うのだ! ここは女子供の親睦の場ではないんだぞ!」
今まで皆が彼を大臣だからと敬っていたが、変装を解けばこの通りだ。久しぶりにストレートにぶつけられる感情にリッツは嬉しくなる。
「いいじゃないか。表向きは親睦会だし」
いっこうに怯む様子のないリッツに、憲兵隊はいきりたった。
「ふざけているのか若造!」
怒りのあまり発した小隊長の言葉に、空気が凍り付いた。いった本人さえもハッとしたような顔をする。憲兵隊長の顔には、しっかりと、国王陛下の人事に逆らってしまうとは何と言うことか……と書かれている。
やれやれ、自分に対する申し訳なさはないんだな。苦笑するリッツの横で、次の瞬間ケニーが立ち上がった。
「失礼なことを言うな! この方は……」
何かリッツの意図した方向と別に進みそうな気配に、リッツは慌てた。
「ケニー、落ち着け。いいんだって」
「ですが……」
「いいんだ。座れよ」
「はい……」
リッツに強く言われて、ケニーはがっくりと肩を落として座る。それを見ていた憲兵隊の呟きがリッツの耳にも入った。
「査察団の関係者か……」
しまった、こう思い込まれては面倒だ。ここはひとつ自分が先に何とかしてしまおう。
「俺はどこにも所属してないぞ。ケニーとはちょっとした事件で知り合っただけだ」
怪しむばかりの憲兵隊にリッツは、裏表のない笑みを浮かべた。疑心暗鬼はチームワークを左右する。何とかお互いを信頼をさせねば。
「俺はリッツ。階級も何もないから、名前で呼んでくれ。大臣の親類で同じ名前だからややこしいけど軍人じゃない。殿下の友人で、この間までタルニエンの戦場で傭兵隊長をやってた。たまたまユリスラに帰ってきてたんだが、殿下の護衛と参謀にって、国王陛下に要請されてここに来た。無位無冠の傭兵なんで、遠慮なくなんでも言ってきてくれ。以上だ」
何のきっかけもなく突然そう自分の説明をし始めたリッツを、全員が困惑したように見つめる。だがリッツは全く怯まなかった。
「多分みんなが一番知りたいのは、見たこともない若造の俺のことだろう? ま、本当はあんまり若くはないけどな」
最後の言葉は呟きになった。別にここは聞こえなくても構わないのである。それに憲兵隊はその通りの意味でリッツが何者なのか知りたいだろうし、ケニーたちはリッツがどういう肩書きを作って今回参加しているのか知りたいだろう。だからこの言葉に決して間違いはない。
「とにかく自己紹介の提案をしたのは俺だから、先に名乗らせて貰ったんだ」
平然とそういうと、リッツは憲兵隊長とケニーを交互に見た。
「とりあえずお互いに名前を知っていた方が、作戦行動も喧嘩もしやすいだろ? だから隊長から部下たちを紹介してくれよ。な?」
逃れられないような方向に話を進めたが、まだ納得がいかないらしく憲兵隊長は黙ったままだ。今回の憲兵隊長はたたき上げの実力主義者と聞く。きっと王族の友人として突如現れた男を信用すべきか、まだ迷っているのだろう。
結局その隊長に納得させたのは、ジェラルドの語りかけた、その決意に満ちた言葉だった。
「私は軍の指揮を執るのが始めてだ。極秘任務のため少人数とはいえこの大役なのだから、少々自信がないというのが本音だ。諸君らも非常に不安なことと思う」
誰も一言も発しない中、ジェラルドはゆっくりと一同を見回す。リッツはその目に自分で見極めたいとする意志を感じた。彼の言葉は続く。
「だが諸君と共に作戦を実行する以上、命を預かった皆の名をきちんと知っておきたい。そう考えるのは司令官として間違っているのだろうか、憲兵隊第三課第一小隊長」
「正しゅうございます、殿下……」
静かで温厚ながらも重い決意が滲むその言葉は、その場の全員の胸に響いた。全員が今までの不穏な空気を反省し、姿勢を正す。
リッツは頭の後ろで手を組み軽く目を閉じた。戦いに赴く前にその言葉が出たことは、リッツの中の司令官レベルで計ったら、高得点だ。惜しむらくは、最初からそれが言えれば、何の問題もなく、リッツが出るでもなく会議が始められただろうにということだが。
とりあえず、リッツにはジェラルドが司令官職に全くの不向きではないことが確信できた。
「それでは憲兵隊側から全員の所属と名を頼むぞ」
「はい、殿下」
それからの会議は比較的スムーズに運んだ。誰もがまずこの二つの組織の対立を棚上げしたからだ。
麻薬や精霊魔法絡みの特殊任務を担当する憲兵隊三課の第一小隊長アルトマン中尉は、麻薬組織の本拠地についての説明を始めた。ちなみに彼は軍関係の幼年学校にも、士官学校にも通っていない一兵卒からのたたき上げである。
「敵アジトは王都を囲む外壁を出て、国人の道ぞいに進んだ先にある館であることが分かりました。この王宮からは馬でゆっくり進んでも一時間ほどですな」
アルトマンが促すと、彼の副官が王都とその周辺の地図を取りだした。
「王都からこの道を海岸沿いに進み、北に森が見えてきたところの海側の崖の上に館がある……これが本拠地です」
指し示されたその場所には、赤く印が付けられている。
「なるほどな……」
リッツはその場所を見つめて呟いた。この屋敷の裏手、街道から見えない海側に密かに作られた船着き場がありそうだ。おそらく海側からも巧妙に隠してあるため、近くを通る船も気が付かなかったのだ。そこを通して船で麻薬を港湾地区に持ち込み、売上もまた船を使って運んでいた……。
「よくこの短時間で突き止めたよな、本拠地。この間の会議だと、まだ見つけてないって話だったのに」
リッツの感心した言葉に、アルトマンは不信そうに眉をひそめた。
「……仕事だからな」
そういえばリッツは前の会議に出ていないことになっているのだ。あくまでも前の会議にいたのは、大臣なのだから。何事もなかったようにリッツは、アルトマンを見返した。
「何故この短時間で突き止めることが出来たんだ?」
この切り返しに、アルトマンは少々不本意そうな表情で答える。
「残念ながら我らの手柄ではない。査察官の情報の御陰だ。この間の会議で報告された下級貴族の行動を再捜査させたところ、それまでは毎日暮らすのが精一杯だったこの男が、急にこのような豪邸を購入したことが、分かった」
「そうか……。それで裏付けはとれているのか?」
地図から目を離さずにそう尋ねると、アルトマンはしばしリッツの顔に目を留めたあと、苦笑に近いものを浮かべた。どうやら王族の友達がど素人ではなく、きちんと実戦を経験した人物だと理解したようだ。あくまでもその程度の理解ではあるが。
「このような豪邸を買ったにもかかわらず、この下級貴族はそちらへ居を移してはおらん。それにもかかわらずこの家には、今現在も大多数が寝泊まりしている気配がある」
「それで憲兵隊の内偵者がその中にいる人物の顔を確認したということか?」
言いたいことの一歩先回りをするリッツに、アルトマンはフッと小さく笑って頷いた。
「その通りだ。まるで報告を受けたのは君のようだなリッツとやら」
「褒められたと思っておくよ。アルトマン中尉」
嫌み半分ではあるが、微かに認めて貰えたことだけは確かだ。この作戦を実行するのには、これで十分だろう。
「査察官側はどうだ? 何か捜査状況に変化はあるか?」
リッツがケニーに話をふると、ケニーは立ち上がった。ちなみにケニーはアルトマンより十歳以上若いにもかかわらず、階級は二つ上の少佐だ。ちなみに幼年学校卒、士官学校卒で、少尉から軍歴を始めたエリートである。
この辺りに憲兵隊と査察部の対立の構図が生まれる原因がある。仕事の内容上それは仕方のないことではあるのだが、叩き上げからしてみれば納得がいかないことも多いだろう。
「絞り込みは進んでおりません。ですが気になる話はあります。こちらを御覧ください」
副官に命じてケニーが取りだしたのは一枚の表だった。十人ほどの人物の名が書き記されている。
「これは殺された下級貴族が、夏以降につき合いを深めた貴族、及び軍関係者をリストアップしたものです」
受け取ったジェラルドは、目を通しながら顔をしかめた。リッツは横から覗き込む。ジェラルドはため息混じりの呟きを漏らした。
「……大貴族や、軍の要職のものもいるな……」
「はい殿下。勿論全員が国王暗殺に関わっている犯人であるとは言えません。おそらくこの中の数人は情報を集めるのに使われたに過ぎないでしょう。ですがこの中に必ず国王を暗殺しようとした人間がいるのです」
リストを眺めたリッツは、名前を人物を一致させて思い出すことなど出来なかった。三十年以上のブランクがあるのだ、当然だろう。
「ケニーは誰だと思うんだ?」
リッツはリストから目を上げるとそう尋ねた。
「もっとも有力だと考えられるのは、こちらの方です」
そういってケニーが指さしたのは、古くからの由緒ある貴族の名だった。
ジョゼフ・ウォルター侯爵。
「……まさか侯爵がそのような……」
アルトマンはそれだけ呟くと、黙り込んだ。ウォルターは人格者として軍では有名だったのだ。その彼が国王暗殺を画策するなど、真面目なアルトマンには信じられなかったのだろう。
ウォルター侯爵は、内戦時スチュワート偽王の弟リチャード親王の腹心として活躍し、後に多くの軍人を戦死の憂き目から勇気ある降伏によって救った男である。
当然、リッツとエドワードとは敵同士だった。リッツは彼と直接戦ったことはあるが、王都から離れた三十五年の間、一度もその姿を見たことが無い。
内戦後、エドワードの元で当時の王国正規軍司令官と共に軍の立て直しを図り、王国防衛部で辣腕を振るったはずだ。
年は七十をとうに過ぎており、王国正規軍司令官と共に軍を引退してからもう十年は経っていると聞いている。今はシアーズ郊外に建つ静かな館で隠居生活をしているという話だった。
「何かの間違いでは無いのか? ウォルター大将閣下は、そんな方では無かったはずだ」
「小官も信じたくはありません。ですが殺された下級貴族が足繁く通っていたのは侯爵に間違いないのです。しかも侯は軍を退いて久しい。情報収集に訪れる必要も無いのです」
「だが何のために?」
「……分かりません。ですが国王陛下のお命を狙い、麻薬を撒く組織に関与していることだけは間違いないのです。おそらくリチャード親王がらみであることは間違いないかと」
重苦しい雰囲気で、誰もが口を噤んだ。リッツも黙り込んでしまう。内戦に参加していたリッツも、ウォルターの名を知っている。戦ったこともある相手だったし、昔なじみにはウォルターの友人もいた。
しばし考え込むようにリストを見ていたが、ジェラルドは何も言わず、ただ静かにリストを机に伏せて置いた。
「まず組織を壊滅させてから、そちらの調査を確実にこなして貰うということにしよう」
「御意にございます」
「それでは作戦行動の行程を決めようか」
ジェラルドはそういって、憲兵隊から提出された館内の見取り図を広げた。
「広いな……」
リッツの呟きに、一緒に見取り図を覗き込んでいたケニーとアルトマンも黙って頷く。断崖に立っているというのに、この館はかなり広い。
地上は三階あり、一部屋一部屋の広さがかなり広い。それなのに全部で二十部屋以上ある。部屋と部屋は廊下でつながれているもの、部屋同士が扉で仕切られているものなどと様々で、ひとつとして同じ形がない。
「随分と変わった建物だ。犯人たちが建てたのかね?」
図面から目を上げ、ジェラルドはアルトマンに問いかけた。
「いいえ殿下、裕福な商人によって建てられたそうです。長いこと放置されていたのを、下級貴族が買い取り、修繕したと聞いております」
一旦言葉を切ったアルトマンは、小さくため息を付くと言葉を続けた。
「実を申しますとこの図面、その修繕が成される前のものにございます。家を貴族に売ったという商人から手に入れたものです」
言葉の隅々にまで、無念の気持ちと申し訳なさが滲んでいる。
「そうか。昔の図面か。では今現在はどうなっているのか分からぬのだな?」
「その通りであります、殿下。申し訳のしようもございません」
恐縮するアルトマンの肩を、叩いてジェラルドは微笑んだ。
「よい、アルトマン。この短期間でよくこれだけのものを手に入れてくれた」
一礼するアルトマンに、図面からようやく顔を上げてリッツが尋ねた。
「外観は変わってないんだよな、これ」
「変わっておらんそうだ。修繕が済んだあとに一度この商人が見に行ったそうだが、外からではどこをどう直したのか分からなかったらしいのでな」
「なるほどな……」
これでは手がかりにならない。
「館の内部の情報はないのか? 地下や屋根裏は?」
尋ねながら顔を上げたリッツに、アルトマンは首を振った。
「残念ながら、内偵者もそこまでは入り込めなかった。作戦の直前は危険だから、ここ二日ほど彼らと情報のやりとりをしていないが。もしかしたら今頃は何かを掴んでいるかもしれん」
「確証はあるのか?」
「ない。当日彼らと落ち合わねば分からん」
「そうか……」
リッツは頭に浮かんだ疑問を、独り言のように呟いた。
「やつらに一から建物を造る余裕はなくても、中を大改装するぐらいの資金の余裕はあったかな?」
呟きに答えたのは、アルトマンだった。
「活動資金を麻薬で作っていたのだろうから、それぐらいはできただろうな。麻薬で儲けた利益の大部分の使い道が、いまだに謎なのだから」
確かにそうだ。今の時点ではこの利益がどうなったのかさっぱり分かっていない。
だがこの活動資金の使い道のひとつを、リッツは知っている。おそらく『無限の悪夢』に閉じこめられた首謀者の一人、スチュワート元王太子の為の館、生活資金などに多額に使われたに違いない。
そのスチュワートは今、王宮の奥の間で昏々と眠り続けている。おそらく死ぬまであのままだろう。
だが館を建て、召使いを置き豪華な食事を用意させていたスチュワート元王太子がいなくなった今、彼らは何のために麻薬を売る人手を増やしたのだ?活動資金はもう最低限で済むのではないだろうか?それともそこに、何か別の目的があるのか。
結論のでない疑問が、幾つも浮かび上がってくる。何かすっきりしない。ひとつ分かれば全てが分かりそうなものなのに……。
何故今になって密売人を増やしたのか……しかも信頼できそうにない、スラム街のごろつきばかりを集めたのか。そこには資金繰り以上の、何か(ヽヽ)が隠されている気がしてならない。
組織の分裂? 予定以上に必要となった資金の荒稼ぎか?
いや、違う。
何かが違う気がする。それが何かわからない……。
「では作戦の詳細な詰めに入ろう。まず査察官から方針を……」
横で、当日の作戦行動が決められていく中、リッツはただただ、その疑問を頭の中で繰り返していた。
リッツの中でちぐはぐさがぬぐえず、微かな違和感が収まらぬうちに、月日は流れ去り、ついにその日はやってきた。
麻薬組織の壊滅作戦決行の日。
十人の憲兵隊、査察団合同隊とジェラルド、そしてリッツを見送るために集まったのは、ほんの少数の人々だった。
「気を付けてね。怪我しちゃ駄目だよ」
馬の横に立っていると、心配そうにアに見上げられた。
「大丈夫だ」
「でも……」
微かに向けられた視線の先に、黙ったままのフランツがいた。フランツも無表情ながら不安のある目をしてリッツを見上げている。
そういえば、アンナと出会い、新たな旅を始めてから、初めてこの二人を置いていくことになる。
リッツは苦笑しながら自らの格好を確認した。本日は再びあの階級と所属のない軍服姿だ。この格好は、二人の目から見ると奇異なものに映るらしい。
見慣れない以上に、何だかいつものリッツじゃなく見えるとはアンナの談である。
この二人は、グレイグにうっかり作戦実行日時を聞いてしまったため、数少ない極秘任務を知る人物となってしまったのだ。
「当たり前だろ、俺を誰だと思ってんだよ」
安心させるために、リッツは明るくアンナに笑顔で答えた。
「だって……」
最近のアンナは、何故だかリッツのことを必要以上に心配している。談話室でふと視線を感じると、アンナは何だか思い詰めたような目でこちらを見ていて、リッツと目が合うと、困ったように微笑むのだ。
今までは見た目通りの年齢に近い態度でリッツに懐いていたアンナだったが、愁いを帯びたようなそんな目は年齢通りに大人びて見える。
多分一人で酒を飲んでいたところを見られたり、グレイグに厳しく当たったりと、今までとは違う所を見られてしまったせいだろう。そのくせ今迄みたいに、直接リッツに聞きに来ることもなければ、誰かに相談しているそぶりもない。
いったいアンナの心境にどんな変化があったのか、リッツも少しアンナを心配しているのである。
もしかしたらアンナとは、いつかちゃんと腹を割って話さねばならない時が来るのだろうか。アンナはフランツ以上にきちんと物事を捉えて、その心の中に抱えているのだ。
それにリッツは気がつき始めている。
でも、そのいつかは来るのだろうか。
このままリッツが命を落とすことになれば、そんな日は来ないだろう。そんなことになった時、フランツがちゃんとアンナと話せればいいのだが。
フランツも心を閉ざしていたあの頃に比べると、前を向き始めている気がするのだ。
フランツの方を見ると、リッツを見ていたその目があった。特に何を言うでもなく、小さく頷いた。一応は、大丈夫だと信用されているのだろう。
この二人の隣にはグレイグがいる。この間の一件以来口を聞いていないが、表情を見ると軽くむくれたように顔を逸らされてしまった。まだまだリッツの言ったことが理解出来ていないようだ。やれやれだ。
全員が整列したところで、エドワードが現れた。早朝の冷たく澄んだ冷たい空気が、今まで以上に緊張感を持ってピンと張りつめる。
それは奇妙な光景だった。
この二十数名以外には誰もいず、まだ眠りから覚めない王城の中庭に、国王がいる。しかも宰相までもその隣にいるのだ。
彼ら以外にこの集まりを知るものはいない。本来は、エドワードがこの場にやってくる予定ではなかった。そのため憲兵総監と査察団総監もいない。国王は個人的にこの場へやって来たのだ。アンナやフランツと同じように。
リッツはその気持ちが分かる。彼は表向き息子に対して強い態度を取ってきたが、内心穏やかではなかったのだ。
エドワードは静かに全員を見渡した。その視線はは一瞬リッツの上で止まり、そのままジェラルドにじっと注がれる。
「ジェラルド、どうだ今の気持ちは?」
「はい、父上。非常に緊張しております」
冷たい空気に、この二人の声は驚くほど響いた。
「何故ゆえに緊張しておる?」
「私の決断で、ここにいる者たちの生死が左右されてしまうこの立場にです」
しばらく黙った後、エドワードは静かに頷いた。
「それを決して忘れるでないぞ、ジェラルド。今は三十人の命がかかる任務であるが、国を守るということは、ユリスラの民総ての命をその肩に背負うということなのだ」
「はい、父上」
深々と頭を下げるジェラルドから、エドワードはリッツに視線を送った。
「リッツ……頼む」
何を頼むとも言わないその言葉は重い。
ジェラルドの命を守ること、そしてここにいる全員が、間違った指示で動き命を落とさぬよう、ジェラルドに助言すること。それがいま自分に課された役割だと分かっている。
黙って頷くと、それで十分リッツの答えは分かったらしく、エドワードも頷き返した。
王宮を出た一同は、静かに馬を歩かせながら街の静寂の中を進んでいく。この速度で行けば、目的地まで二時間近くかかる予定だ。
だがずっとこのまま進むわけではない。王都を出て少しゆくまでは、このまま演習に向かうように見せかけてゆっくり進む予定なのだ。
リッツは、軍服のポケットに無造作に突っ込まれている懐中時計を見た。今回の任務に必要だからと全員に配られたものだ。いくつかの組に別れた場合の時間あわせは、このような任務の場合必要不可欠だからだ。
現在時刻は早朝五時……。
馬の上からまだ朝日が昇りきらない薄闇の街を見て歩くと、麻薬だの国王暗殺だのという事件の本拠地に向かう自分たちが、ひどく不思議な存在に見える。
国民は何も知らない。知らないうちに解決しなければ、この事件はこの王都に暗い影を落とすことになるのだ。
「リッツ、眠れたかい?」
横に並んで馬を進めるジェラルドがそう尋ねた。
「初めての実戦じゃないからな。勿論寝たよ」
「そうか……そうだね。私は全く駄目だ。眠れやしなかったよ」
初めての経験では仕方ない。だが寝ていないとは大丈夫だろうか? 見れば確かにジェラルドの目の下には隈がある。
「大丈夫か? 今日は厳しいぞ」
「大丈夫だ。緊張感が満ちているからね。本拠地で寝たりしないさ」
静かな微笑みを浮かべてそういったジェラルドに、リッツは少々安心した。
「それだけ冗談が言えれば、大丈夫さ」
「そうかい? では私は大丈夫かもしれないな」
それから二人はしばし黙って馬を進めた。自宅の前を通りかかると、門の内側にジョーとエヴァンスが立っているのが見えた。
この二人も、押しかけてきたグレイグの御陰で今日のことと事件のことを知ってしまったのだ。リッツに気が付いたジョーに軽く片目を閉じて手を上げてみせると、ジョーは笑顔で手を振った。
「知り合いかい?」
不思議そうにそう尋ねたジェラルドに、リッツは答える。
「前に話したろう? アンナが突然友達にして一緒に暮らしてる子がいるって。それがあの子さ」
ジェラルドは顔を綻ばせた。
「それではあの子は私の先輩だな。私と同じく、友達になり方をアンナに教わったと言うことのね」
「その通りだ」
街の外へと通じる外壁に開いた巨大な門に辿り着くと、ケニーはそこを守る兵士たちに大声で呼びかけた。
「開門をお願いしたい」
門の横にある兵士の詰め所から、二人の兵士が出てきた。
「許可証はあるか? この時間では許可証がないと開門できん」
ケニーは許可証を取り出すと、兵士に手渡した。
「確かに正式な許可証だ。開門を認める」
許可証を読んだ兵士は、ハッと顔を上げた。慌てたようにこの集団の先頭を見る。兵士は馬上にいる人物をしっかりと確認してから最敬礼する。
「失礼いたしました。どうぞお通りください、王太子殿下」
「ありがとう」
そうして麻薬組織本拠地壊滅部隊は、早朝の街道へと進軍を始めた。




