<5>
扉が閉じられジェラルドの姿が視界から消えると、室内に重苦しいため息が満ちた。部屋に残ったのは再び三人だけになる。
「……いいのか、エド」
片眼鏡を円卓に置いて、リッツは座ったままため息を付き、凝った肩を軽くもみほぐした。
話しかけられたエドワードは、ジェラルドが出て行ってからずっと、立ったまま窓の外を見つめて身動きもしない。
円卓に座ったまま、自らが書いたメモ類をまとめていたシャスタも顔を上げ、何も答えないエドワードに視線を注いだ。
円卓には報告書二点と共に、純金製の髪飾りが置かれたままになっている。
――此は汝らに富をもたらす鍵となる――
この言葉に間違いがないことは分かった。確かにこの髪飾りを得、麻薬組織に参加したものには、多大な報酬がある。この国ではその報酬を受け取れるものを、犯罪者という。
「おい、エド。聞いてんのか?」
再度話しかけたリッツの声も聞こえているのかいないのか、エドワードは身動きひとつしなかった。やがてその沈黙に耐えきれなくなったのか、シャスタが口を開いた。
「陛下、やはりおやめになられた方がよろしいでしょう。王太子殿下の身にもしもの事があれば、この国は乱れます。……それぐらいのことは陛下にはよくお分かりでしょうに」
最後は愚痴に近い独り言になっていく。彼には分かっているのだ、もうエドワードの気持ちを変えることなど出来ないことが。
シャスタとエドワードは乳兄弟で、つき合いは五十年以上。それでもいわずにいられないのがシャスタの性格なのである。
だがエドワードは何か物思いに耽っているのか、振り返りもしない。こうなると待つしかないことを、リッツとシャスタは長いつき合いで、よく分かっている。
ようやくエドワードが口を開いた時、外には雪がちらつき始めていた。
「……俺が王位についてから三十五年、ジェラルドが生まれて三十三年……この国に内乱はないし、他国にも攻め入られてはいない」
遠くを見つめるようにエドワードはそう呟く。その声は静まりかえった部屋によく響いた。その声の中に微妙な老いがうっすらと含まれていて、リッツは視線をエドワードからそらした。
時間の流れは残酷だ。自分を取り残してどんどん進んでいってしまう。あとどんなに長くても四十年経たずして、エドワードはこの世からいなくなってしまう。シャスタもまたしかりだ。
取り残されるのは自分だ。それを思うとたまらなく辛い。永遠とも言えるほど長い時間を、たったひとりで生きられるわけなど無い。
ひとりで永遠の孤独を抱えるならば……瞬くような人間の短い一生を、共に生き、共に死にたい。最も信頼する友と。
自分が三十年エドワードから離れることとなった自らの弱さが重くのしかかる。だがそれを態度に出すようなリッツではない。もうあの頃のような子供では無い。
繕うことには慣れた。傭兵として、怖いぐらいに。
ことさら何事もないように、座っていた椅子の背もたれに重心をかけ、背筋を伸ばした。
「いいじゃねぇの、平和でさ」
ちらりとシャスタを盗み見ると、エドワード越しに外を見ているのが分かった。きっとその窓の外に見ている景色は、エドワード、シャスタ共に目に見える景色ではないだろう。
過去の、忘れ得ぬ景色……。
四十年程前、内戦が起こった。起こしたのはエドワードを中心とした革命軍であり、そのエドワードの傍らに寄り添い、友として戦場に立ったのがリッツだった。
そして今は亡き三人の将たちと、部隊を動かした幹部たちと、常に二人と共にあったシャスタに、パトリシア。今も生きている四人の絆は、あの戦乱の中で育まれたと言っても過言ではない。
過去への回想を断ち切ったのは、エドワードの言葉だった。
「人の命を従え、生を率いたことのない者が、王足る資格を持ちうるのか。俺にはいつもそれが疑問だった」
「エド……」
呟きは重く三人にのしかかった。若かりし日々の彼らにはその答えが簡単に出ただろう。
答えは否、だ。
だから彼らは立ち上がったのだから。だが状況と立場が彼ら三人を無口にした。
「……俺の結論は出た。リッツ、お前はどうだ?」
リッツは黙ったまま軽く首を回して、こりをほぐした。
「いったろう、俺はお前に最後までつき合うって」
エドワードの王位の最初から最後まで。それは勿論言葉に出せない。
「シャスタ、お前はまだ許せんか?」
じっと手元の紙に目を落としたまま、黙っていたシャスタが顔を上げた。
「私は……リッツさんのように命を張ることは出来ません。それだけの技量はない。ですからたぶん割り切れていないんでしょうね……」
自らも同じ危険に身を置く。それが内戦の際に三人が進んできた戦いの道。だがシャスタの立場が彼の感情を邪魔する。
「ですがあの頃のように、陛下ではなくエドワード様をただ信じ、自分の信念に真っ直ぐ向かっていけた私なら、きっとこう言うのでしょうね『ジェラルド様を信じています。きっと大丈夫です』と」
真っ直ぐだったあの頃の自分を、遠くに見つめるように懐かしそうな表情でシャスタは呟いた。
「心配をしすぎることは、信頼をしていないことだと母が昔教えてくれました。会議の時にそれをふと思い出しましたよ」
一拍おいて、シャスタは俯きがちだった顔を上げた。シャスタの母は、エドワードの育ての母である。積み重ねた三十年の苦悩のしたから、本来のシャスタの微笑みが見えた。
「ジェラルド殿下を信じます。私が命がけで信じてきたエドワード様のご子息ですから、きっと無事にお戻りになられるでしょう」
それが自らの葛藤と苦悩の中で、ようやくシャスタが導き出した結論だった。
「二人とも、すまんな。俺の我が儘だ」
エドワードはそう言うと、じっと二人を見つめた。リッツは思い出す、前にも同じ言葉を聞いたことがあると。
それは内戦の始まりの夕暮れだった。
不思議だ。あの頃とリッツ自身は対して変わった気がしないというのに、今、ここでひとつの時代が終わろうとしている。
それだけが真実を持ってリッツの胸に迫った。
重苦しい雰囲気の部屋を一番に退出したリッツは、扉を閉じて二人に見えなくなってから、大きくため息を付いた。自分がいなかった三十五年という時間の中で、傾いたこの国を立て直したエドワードとシャスタの苦労は、いかほどであっただろう。
年を重ね、その苦労を刻みつけてきた二人の顔を見ると、辛くなってくる。自分は逃げただけなのではないかという、罪悪感もある。
だが自分がいれば何らかの助けになったかと考えると、やれることはなかっただろうと言う結論が出てしまう。複雑だ。
廊下に誰もいないのを確認してから、一人呟く。
「疲れた……早く帰って寝るぞ、俺は」
今日一日は、精神的にきつかった。これでようやく家に帰れると思うとホッとする。だが帰りたい日に限って帰れないのが、世の常と言うものだ。それはリッツにも例外ではない。
とりあえず自分の執務室にあるだろう、書類たちを一通り見ておこうと、柄にもなく勤勉なことを思いついたリッツは、人気もまばらな城内を歩き出した。本日は仕事始めとはいえ、実質の仕事は顔合わせのみで、ほとんどの人間が観閲式後に帰宅してしまったのだ。
静かな城内の石の床に、自分の足音はよく響く。リッツは今日の会議の内容を、頭の中で何度も反芻していた。
ジェラルドが二小隊の指揮を執る場合、リッツはどれだけのことがしてやれるのか。はたまた敵が大多数で一斉にジェラルドを襲ってきたりしたら、リッツの命ひとつでジェラルドを守れるだろうか。大体彼の実力はいかほどなのだろう、自分の身を守れるくらいの腕はあるのだろうか。
麻薬組織と国王暗殺事件……なにも結びつかなくたっていいじゃないか。そうすれば自分だって、楽できたのに。
「ああ、しんどい……飲み行きたい……」
考えれば考えるほど、頭が痛くなる。
その時だった。
「……疲れているところすみません」
「うおっ!」
人影がないと思っていたところで突然掛けられた声に、リッツは飛び上がった。振り返ると柱の影に人が立っていた。高貴な顔立ちのわりに存在感が薄い、穏和で物静かな男……。
先ほどまでリッツの頭を悩ませていた男がそこにいた。
「ジェラルドか」
「はい」
リッツは苦笑した。王城での危険を先ほどの会議で話し合ったばかりなのに、全く無警戒でいた自分が可笑しかったのだ。
「脅かすなよ、寿命が縮まるぜ」
「すみません」
申し訳なさそうに微笑むジェラルドに、リッツは頭を掻いた。
王太子ジェラルド。エドワードとパトリシアの唯一の子供であり、王位継承者である。
彼の名は内乱時にエドワード軍の司令官であった、偉大な名将からつけられた。分かり易く言えば、王妃パトリシアの父親、ジェラルド・モーガンの名を貰ったのだ。
だがまわりから見ると、どうも名前負けしている印象が強い。彼が武器を持っている姿を見た者はほとんどおらす、彼の姿と言って思い出すのは、テラスで本を読んでいる姿と、執務室でエドワードの補佐をしている姿だけだ。
リッツは彼をまじまじと見つめ、先ほどの不安を再び沸き上がらせた。
どうも彼には、覇気がない。この間リッツに絡んできたあのグレイグの半分ほどでも覇気と闘志が見えたなら、もっといいのだが。
「どうしました?」
黙りこくってしまったリッツに、ジェラルドが恐る恐るといった体で声を掛けてきた。彼がリッツにそんな遠慮をする必要も本来なら無い。何しろ見た目からすれば、三十代前半のジェラルドの方が上なのだから。だがそれを本人を目の前に考え込んでいても仕方ない。
「お前こそどうしたんだ、こんなところで」
いつものように笑みを浮かべつつ軽く彼の肩を叩くと、ジェラルドは気にするようにまわりを見渡した。
「少々話があって……時間はありますか?」
そういわれてしまったら、飲みに行きたいから帰る、とも言えない。
「かまわないさ」
「ではこちらへ……」
小さく肩をすくめ心の中でため息を付きながら、リッツはジェラルドの後に続いた。やはり帰りたい時は帰れないものだ。
リッツのそんな嘆きも知らずに、ジェラルドは王城から門を一つ超え、王城の最奥へと続く回廊を歩く。
前王やその前の王など、側室や取り巻きの貴族を多く置いた王の世代ならば、人で賑わっていただろう王宮だが、今はエドワードの家族と、女官たちや、警護官以外住む人はいない。
リッツも仲間たちと共に外に出てしまったため、この時間ともなれば静まりかえっている。
エドワードが王宮に初めて入った若かりし頃は、護衛を務めるリッツを含め、エドワードの安全のため点在するいくつかの建物に仲間たちがいたのだが、それもいまはいない。シャスタですらも王宮を出て、城の外で暮らしている。
ジェラルドの背中越しに薄暗い王宮を眺めつつ、リッツは流れた時間の長さに思いを馳せる。あの頃の賑わいが幻のように目の前に現れては消える。
なんて長い時間を、ここから逃げていたのだろう。今この場にいることだって、自分で決意してきたわけでは無く、エドワードに連れられてきたことだ。
そう。リッツは、未だに強くなれていない。仲間たちが歳を重ねているのを見ても、笑って傍にいられるように強くなろうと決めて王都を出たのに、結局逃げ回るだけで強くなんかなれなかった。
だから、今ここに居ることが、目の前の仲間が年を経ていくことが恐ろしい。
黙ったまま二十分ほど歩いたところで、王宮の地下に下り、ようやくジェラルドは足を止めた。それから黙ったまま王宮にあるにしては妙に質素な扉にてをかけた。
「ここなら今の時間誰も来ません」
そう言って開かれた扉の中は、音が響くほどに天井高が高かった。ジェラルドがランプを灯すと、薄闇の中に浮かび上がったのは、幾振りもの剣だった。大小様々なものが、壁にずらりと掛けられている。
「へぇ……こんなところがあるんだな……」
そこは狭いがきちんと整えられた、剣の訓練場だった。
「王家の秘密の訓練場だそうです。誰が作ったのかは分からないけれど、父が発見して整備したと聞いています」
それは初耳だ。きっとリッツが王城を逃げ出した後の話なのだろう。もしその前ならリッツが知らないわけがない。何しろエドワードの剣技の練習相手は、もっぱらリッツだったのだから。
「今は父と私とグレイグが主に使っています」
なるほど、誰も知らないうちにグレイグの剣がエドワードにそっくりになったのは、ここでエドワードが彼に稽古を付けていたからか。ようやくグレイグの剣技の謎が、明らかになった。
だとしたらジェラルドも、ここでエドワードから指導を受けているのではないだろうか?
「ジェラルドも訓練はしてるって事だな?」
口に出して確認すると、ジェラルドは小さく頷いた。
「一応はですが……」
「そうか。一応でも訓練を受けていてよかったよ」
エドワードが彼を仕込んだのなら、身を守ることくらい出来るだろう。最低でもその位できるのなら一安心だ。
だが何故この場にリッツを連れてきたのか、それが分からない。見てもジェラルドから話してくれそうにない。ふとジェラルドを見ると、壁に掛かっている剣をぼんやりと眺めていた。たぶん話し始めるきっかけを、探っているのだろう。
そうなるとリッツから切り出した方が話が早い。
「俺に話があるんだろう? じゃないとこんなとこまで俺を連れてこないはずだからな。しかも王家の者、部下たち、親衛隊の誰にも聞かれたくない話が」
唇を噛み、顔を上げてジェラルドは振り返った。
「ええ。リッツさんその通りです」
彼はリッツを敬称付けで呼ぶ。それはきっと父の友人であるリッツを敬ってのことだろう。だがそれはリッツから見ると、ジェラルドが自らを封じてしまう枷のようだった。
まずここから壊していこう。
「リッツでいい」
「ですが……あなたは父の友人です」
遠慮がちにそういい、ジェラルドは顔を伏せた。微かにリッツに対して及び腰なのが見て取れた。怖がられているわけでは無く、年下に見えるリッツに対して敬意を表してくれているのだ。
だが謙虚で礼儀正しい態度も、度を過ぎればこれから共に麻薬組織壊滅の仕事をする間柄には不要だ。そもそもこの国の国家元首になるジェラルドに自覚を持たせる為にも、むやみと謙虚すぎるこの態度は邪魔なのだ。
「確かに俺はエドの友だ。だけどジェラルド、俺はお前次第でお前の友人にもなれる」
「ですが……」
「お前は謙虚だ。それに礼儀正しい。きっとそれはお前の得がたい性格なんだと思う。俺にはそれが無いしな。だけどそれで作れるのが、人間関係の全てじゃない」
「ですがあなたは父と並ぶ救国の英雄の一人です。私など足下にも及びません」
「確かにエドは英雄だよ。でも俺は違う」
「違いません。父が絶大な信頼を置き、第一線で父を補佐したあなたも、この国を救った英雄です」
偉大なる父。偉大であるが為に、あまりに自分が小さく見えて萎縮する息子。そのせいでリッツ個人を見ることも無く、ただ父の友であるリッツを敬い畏れる。
リッツなど自分ではどうしようも無い男だと思っている。逃げ回るだけ逃げ回って、結局仲間の前で、寿命の差に怯えて震えているだけの存在だ。
だがエドワードのベールに覆われたリッツの姿は薄ぼんやりでも眩く見えるのだろう。
片眼鏡を外し、頭を掻く。どうすればこのジェラルドの遠慮を壊せるだろうか。いっそエドワードがリッツの父親カールのように脳天気に生きていれば、ジェラルドももっと気楽に生きられただろう。だがそれは無い物ねだりと言うものだ。
押し黙ったジェラルドの顔を見ていて、ふといたずら心が浮かび上がる。関係性を縮める天才がリッツの近くにはいるではないか。あの真っ直ぐで迷いの無い少女が。
リッツはがっしりと両手でジェラルドの両手を握った。ぎょっとしたように顔を上げたジェラルドの顔を上からがっつりと覗き込み、満面の笑み浮かべる。
「り、リッツさん?」
「仲良く話をしたら、もうみんな友達なんだよ。だからもう私たちは友達なの!」
「!!」
唐突なリッツの高い作り声と掴まれた手に、ジェラルドは度肝を抜かれたように絶句し、よろめきつつ半歩身を引く。だがここで放したら意味が無い。
「今日仲間になったんだから、仲良くしようね!」
「な、何を!」
狼狽え、目を白黒させながら後ずさろうとするジェラルドの手をぱっと放し、力を込めて両手でジェラルドの肩を力強く叩く。
「いたっ……リッツさん?」
「うちのアンナの真似」
「あ……」
ジェラルドも当然アンナを知っている。アンナはパトリシアやジェラルドにも、エドワードと同じように両手を掴み、勢いよく握手をして自己紹介したのだ。
『王妃様と、王子様ですね! 初めましてアンナ・マイヤースといいます!』
戸惑ったようにい手を握り返し、ジェラルドが小さく『王子様はこの年では少し……』と恥ずかしがっていた。
「アンナは、いつもこうだ。俺が誰であろうと、お前が誰であろうと、エドが何であろうと、自分の感覚だけで親しくなろうとする。確かにトラブルも多いが、それでもあいつはこうして世界を広げてる」
「……確かにそうですね」
「現に今だって、こうして作った友達と今一緒に住んでるぞ」
当然それはジョーだ。ジョセフィン・クレイトンという正式名になった彼女は、現在アンナの親友であり、リッツのたったひとりの押しかけ弟子である。
僅かに緊張がほぐれたのか、ジェラルドは笑みを浮かべた。
「なるほど、アンナちゃんらしい」
「だろ? アンナだよなぁ」
したり顔で頷くリッツに、ジェラルドは初めて遠慮のない笑顔を見せた。やれやれ、これで何とか対等に捜査に向かえそうだ。
「ジェラルド、俺はエドとシャスタの友人だが、アンナとフランツのいい加減な保護者だ。飲み屋に行けば陽気な傭兵の兄ちゃんだし、実家に帰れば親不孝の放蕩息子なんだ」
唐突に並べ立てられたリッツの言葉の意味が分からないらしく、ジェラルドは黙ったままじっとリッツを見つめた。気にせずリッツは続ける。
「お前にはお前の目があり、耳があり感情がある」
「……はい」
「エドを通さない俺はどう見える?」
「……親しみやすそうな……人だな……と」
「だろ? お前は今まで俺を見ていなかったんだ。お前が見ていたのは英雄王の片腕のリッツ・アルスターで、俺じゃ無かった。初めから父親やシャスタの決めた物差しだけで、自分の尺度を決めるな。ちゃんと目を見開いて、お前の目で見ろ」
ジェラルドの表情に、微かな光のようなものが宿った。
「いいのでしょうか?」
「いいに決まってる。その目の玉は飾りじゃ無いんだろ?」
初めて感じる自分の気持ちを噛みしめるように小さく、しかし力強くジェラルドは頷いた。
「はい」
「じゃ、それを有効に使えよな。お前は次の王なんだから。最も重要なのはお前の目で見て、考えることだ。知識を知っている必要もあるけど、知ってても見ないと駄目だろ」
「……確かに」
強ばっていたジェラルドの頬が緩んだ。少し葉吹っ切れたのかもしれない。リッツが与えたのはきっかけに過ぎない。だけどこれで彼に自分が人を指揮する立場であることを自覚させる一歩になれば、それでいい。
「で、お前の話ってなんだ?」
ようやくそう聞いたリッツに、ジェラルドは微笑んだ。
「……私が父に命じられた任務に適しているかどうかを聞きたかったんですが……」
「あ? 聞こえなかったな」
あえてその敬語を無視してやると、ジェラルドは小さく笑って言い直した。
「私は指揮官として全力を尽くせばいいんだな?」
「そう。その通りだ」
頷いてやるとジェラルドは納得したように壁から、自分の物だと思われる剣を取り構えた。その姿にリッツは思わず吹き出しそうになった。
その姿は可笑しいくらいに、父エドワードに似ていた。剣の手ほどきを受けたとはいえ、この姿。まったく、父親が偉大だとか何とか言ったって、結局この親子は似ているのだ。
……きっと内面もどことなく。
「ありがとうリッツ」
「俺は何もしてないさ」
ただ彼が本来の持っている可能性を、小さく指し示しただけだ。
「礼ならそのうちアンナにしてやれよ」
「確かに。彼女は凄い」
ジェラルドに背を向け、リッツは剣が掛けてある壁から、自分に合いそうな一降りの剣を外して構えた。
「どうせだから、どうだ? 一戦」
剣を手にしたままのジェラルドは、リッツの姿を見て微笑んだ。リッツに対する気負いや緊張はほんの微かなものとなり、それ以上の信頼感を感じ取る。
「いいね、お相手しましょう」
二人で向き合うと、ふとジェラルドは何かを思いついたらしく、リッツに尋ねた。
「そういえば私の相談役とは、誰なんだい? リッツは知っているんだろう?」
確かに何も知らないジェラルドには、あれだけのやりとりで、相談役に任命された人物が誰なのか、分かろうはずがなかった。
リッツは笑みを浮かべて、自分を指さした。
「大臣の親族で、同じ名前のリッツって言うやつらしいぞ。エドの考えではな」
「それはいい。大臣の親族で私の友人ということにすれば、お互い遠慮することはないね」
「その通りだ。巧い演技で隠し通してくれよ、ジェラルド」
二人は初めて笑いあった。
リッツはふと思う、先ほど感じたたまらない寂寥感は、このようにエドワードやシャスタの次の世代とのつき合いの中で、徐々に時間を掛けて埋められていくのかもしれない……と。
――でもそれだけでは、人は生きられない。孤独は人を殺す。特にリッツのように、種族からも厭われ、居場所を求め続ける心弱い者は。
リッツは一瞬だけ自嘲の笑みを浮かべ、ジェラルド気が付かれないようすぐに、楽しげな笑顔にその表情を改めた。
「さあ、どこからでもかかってこい!」
「よし!」
子供じみたかけ声と共に、剣を合わせる二人をこっそり覗いている人物がいたことを、まだ誰も知らない。




