大臣の帰還<2>
Ⅲ
旅装を解き、ようやく揺れないベットに身を投げ出したフランツは、ぼんやりと天井を見上げていた。この旅がこれから先どうなるのか、フランツには全く見当が付かずにいる。
王都に行って大きな図書館でアーティスを調べたいという希望はあるが、よくよく考えれば自分たちはどこに滞在するのかそれすらも不確かだ。
そもそもエドワードと一緒にいること自体、今後どうなるのかわからないではないか。
視線をリッツとアンナがいる部屋へと向ける。
おそらくこれから何らかの大変なことに巻き込まれそうなリッツは、アンナという監視付きでのしばしの休憩を取っている。
あのリッツの態度を見ると、王都はあまり愉快では無いところなのかもしれない。
まどろむ暇も無いまま、館の使用人に呼ばれて気まずい雰囲気の円卓会議が行われた。
円卓会議といっても、形式張ったものでも、深刻な雰囲気を持ったものでもない。ただ単にこの別荘にある一番大きなテーブルが円卓であるというだけのようだ。
会議の議題は唯ひとつ。それががむっつりと黙りこくったままのリッツに関係のあることなのだから、楽しい会議になるわけがない。
議題は、表向き国王の帰還である。
国王は表向き、重病にて静養中のため玉座につけない事になっている。その国王を国民に気が付かれぬようにどうやって王宮まで入れるかを、まことしやかに大人たちが話し合っている。
「早朝ですと人気は少ないでしょう。ですが農家の人間や旅の商人は朝早い者がいるのも事実。人目に付かぬというのは難しいでしょう」
ケニーの発言に、リッツとアンナ、フランツの三人を除く全員が頷く。リッツは窓の外を見たきりだ。会議に加わろうともしない。フランツとアンナには、王都の状況など分かるわけがない。
「それでは夕方ではどうだ、ケニー君」
侍従長オコナーの言葉に、ケニーは副官に目をやる。心得たように副官は発言した。
「その方が危険ではないでしょうか? 城門が閉じる間際の駆け込みが多い時間帯です。人目に付きやすいのではないでしょうか?」
再び全員が頷く。
「残るは夜中ということになるが……」
エドワードの発言に、ケニーは即答した。
「陛下、夜中は城門が閉ざされ、王都防衛部隊が常に目を光らせています。陛下が出かけられたことを知る人間は、ここにいる者と王妃と王太子、宰相のみです。兵士に見つかればそれこそ大事です」
「うむ、それもそうか……」
全員が黙り込み、そしてこっそりリッツの方を盗み見ている。
全員の態度がおかしいことに、フランツはすぐ気が付いた。会議と言うには緊迫感がないし、下手な演技を見ているような違和感を覚えてしまう。
もしかしたらこの会議、三人の知らないところで全部決まっているのではないだろうか。そうだとしたらその計画の首謀者はエドワードだろう。
突然、リッツがドンと大きな音をたてて立ち上がった。彼はテーブルに思い切り両手をついたのだ。全員が突然の行動に驚いて顔を上げる。
「その嘘くさい会議、いつまでやってんだよ」
フランツは、リッツを見上げた。フランツがこの奇妙さに気が付いたのだから、リッツが気が付かないわけがなかった。
アンナだけは、何のことか分からずにきょとんと目を瞠っている。
「……結論が出るまでといいたいところだが……」
真摯な目でリッツを見たエドワードが、小さくため息を吐きつつ言った。
「結論は出ている。リッツもそれには気付いていただろう?」
「……うすうすとは。お前の脱走の尻ぬぐいを、何で俺がしなければならないんだ?」
「尻ぬぐいだと? そもそも解任した覚えもないのに勝手に国を出た大臣が言う言葉とは思えん」
「……」
その言葉を最後に無言になってしまった二人に、周囲の人間はただオロオロするばかりだった。フランツも何となくその気持ちは分かる。
フランツとアンナにとっては旅の同行者に過ぎない二人だが、なんといっても国王と大臣だ。
国のトップと二番手が険悪に睨み合っている状況には、侍従長までもが先ほどの威勢も無く、視線を彷徨わせている。
それを止められる人間がこの中にいるだろうか?
「駄目だよぉ~、喧嘩しちゃ」
一人いた。アンナだ。
「何か分かんないけど、でも喧嘩しない方がいいよ。だってリッツとエドさんが喧嘩してたらみんなが困っちゃうよ。ね?」
「アンナ……」
リッツとエドワードは同時にアンナの名前を呼び、またむっつりと黙った。
「エドさん、リッツ、あのね、まずちゃんと話をして欲しいんだけどなぁ。だってなんにも分かんないもん。フランツも話して欲しいよねぇ?」
勿論その通りだ。先ほどから何だか彼らだけが蚊帳の外にいるようで、疎外感がある。孤独はいいが、会議の席での疎外感は何となく嫌だった。
「ああ、僕も知りたいよ。何がどうなっているのか、僕らには全く分からないから」
リッツを見据えて促す。
「俺の予測だけどいいか?」
渋々口を開いたリッツに、フランツは頷いた。それでも何も知らないよりは数段ましだ。
「そもそもこの会議、議題からして嘘だ。見た目は会議の議題は国王が目立たずに王都へ入って玉座に着くことだよな?」
フランツは無言で頷く。
「だがこれは表向きだ。エド一人なら、難なく王都には入れる。今まで脱走を重ねてきたのだから間違いない」
「あ……」
そういえばエドワードがそんなことを行っていたような気がする。ならばこの会議はいったい何だ?
「この会議の本当の議題は『如何に俺の逃げ道を塞いで、王都にとどめておけるか』だ」
「……リッツを?」
「そうだ。反論があるならいえ」
リッツはいつもとは違って、鋭く油断ならないような目つきで睨むようにエドワード、オコナー、ケニー、その副官をぐるりと一週見渡した。
ケニーと副官は恐縮してしまい下を向いている。オコナーの目は泳いでいるし、エドワードははぐらかすように遠くを見るような目つきをしている。
誰も何も言わないことに、わざとらしいため息を吐くと、リッツは続けた。
「目立つ人間で王都の人間の目を全て引きつければ、国王はそんなに警戒せずとも王宮に入れる。それは当たり前だ。だが国王は普通に入ってもきっと見つからない。ならば何故目立ったことをして王都の人間の目を引かねばならない?」
フランツは、意味が分からずリッツを見上げた。
「どうしてだ?」
「分かんないよぉ?」
「答えは一つ。俺が王都に戻ったことを王都の人間に示し、俺があっさりと王都を逃げられないような楔にする気なんだろう」
水を打ったように静まる部屋に、リッツの声だけが響く。
「俺の予測は当たってるだろ、エド」
話をふられたエドワードが苦笑した。
「ああ、その通りだ。参るな。お前に私の考えは未だ筒抜けか」
「何言ってるんだ。このぐらい馬鹿な俺でも分かる」
不機嫌そうに顔を背けたリッツに対してアンナが手を挙げた。会議で発言するには手を挙げるものだと思っているようだ。
「は~い、質問!」
「アンナ、どうぞ」
「どうやって目立つの? 普通に入ったら目立たないよね?」
それが分からない。フランツがアンナと共に見上げると、リッツはボソボソと自分の考えを語った。だがそのボソボソした小さな声でも、この静まりかえった空間では良く聞こえる。
「『大臣の帰還パレード』とか銘打って、サバティエリの遺産と共に国を挙げた大々的なパレードをする、ってのが最悪のシナリオだ」
なるほどとフランツは頷く。確かに三十年以上も国を留守にしていた大臣が帰ってくる、というだけで人々の興味が集まることは間違いない。
リッツの説明はなおも続いている。
「大臣が行方不明ってのは、ユリスラでは知られた話だ。大臣が自由な精霊族故に名誉職として、永遠に大臣の地位は開けられたままという噂もある。俺はエドが面倒くさがって放って置いただけだと思ってるけどな。でもまあ、それが三十五年ぶりに帰ってくるとなると大変な騒ぎになるだろうよ」
世間一般的な常識を知らなかったフランツは、大臣の行方不明を知らなかったが、知られた板ならなおさらにその衝撃は大きいだろう。
「となると、どうなるんだい?」
淡々と訊ねると、リッツが肩をすくめた。
「見たこともない大臣を一目でも見ようと、沿道に大勢の人々が駆けつけること間違いなしだ。パレードで大々的に王都へ入ってしまったのだから、俺にはもう逃げようがない」
語り終えたリッツがまたむっつりと黙り込んだ。あまりに重たい雰囲気に口を開く気すらしないから、心の中だけでご愁傷様と呟く。
オコナーが感服したようにため息を吐いた。
「流石でございます閣下。全く持ってその通り。ご慧眼恐れ入ります」
「……おだてたって知らん」
再び沈黙が訪れた中で、ため息を吐いたのはアンナだった。
「パレードかぁ……すごいねぇ~見てみたいねぇ」
「……アンナ」
場の状況も全く読まずにうっとりとしてそういったアンナを、頭を抱えつつフランツはいさめた。
「え、何で? だってパレードだよ、見たことないもん」
「リッツがパレードに出るなら、僕たちが外から眺めるのは無理だ」
「どうして?」
フランツは再びため息を吐いた。
「アンナは、パレードをどうやって見るんだ? 僕らだけ単独で王都へ入って、人に紛れるのか?」
「あ、そっか」
そう、彼ら二人は王都へ行くのは初めてなのだ。リッツがいないと右も左も分からない。その上パレードとなると大変な人混みだろう。
どこに行ったらいいかも分からない街で、二人っきりでどうするというのだろう。きっと路頭に迷うだけだ。
彼らの選択肢といったら、結局リッツにくっついていって、パレードの終着点、王宮へたどり着くことしかない。
「つまんな~い、見たかった~!」
二人のやりとりが終わると、エドワードは咳払いをした。
「そういうことだ。あまりにも分かり易い作戦で申し訳ないが、何とか分かってくれないか?」
「俺が嫌だといったら、やめてくれるのか?」
投げやりな上、不機嫌にリッツは視線をエドワードに送った。エドワードがその目を見返す。いつものひょうひょうとした表情ではない。それがリッツにとって、代え難い状況になっていることがフランツにも分かった。
「それは出来ん。ここへ我々が付いた時点で早馬を王都へ走らせている。明後日には王都へ入場する手筈だ。準備は進められていたからな」
「……明後日、か」
リッツは立ち上がり扉に向かって歩き出した。
「どこへ行く?」
エドワードの問いかけに、振り返りもせずにリッツはノブに手をかけた。
「息抜き。どうせ俺がいなくても話は進むんだろ?」
全員が止める間もなく、リッツは部屋を出て行った。残された全員は緊張の糸が切れたようにため息を吐く。
「フランツ、リッツってどうしてあんなに大臣が嫌なの?」
アンナの言葉に、フランツは肩をすくめた。世間一般の人々から見ると、大臣になれるだなんて夢のまた夢、憧れでしかないだろう。だがリッツはあんなにも嫌がっている。
「エドワードさん、何か知っていますか?」
だが、エドワードは明確な答えを彼らに与えず、一言呟いただけだった。
「リッツは自由でいたいんだ。私もそう思うことが多々ある」
結局、その会議の場にもう一度リッツが現れることはなく、後はケニーと副官、オコナーによって警備状況の確認や、国王を王宮へと送る段取りなどが事細かに打ち合わせされただけだった。それもだいたいの計画が済んでいたらしく、お互いへの確認で済んでしまう。
だが、その計画を聞いていたアンナとフランツは呆然と顔を見合わせ、目で会話することしかできなかった。
……確かに派手だな、と。
Ⅳ
農場で作られた材料がふんだんに使われた豪華な夕食の後、ちょっとした騒動が持ち上がった。夕食まではいたリッツが、行方不明になってしまったのだ。
「陛下、まさかもう、ここにはいらっしゃらないのでは!」
パニックになるオコナーとケニーを宥めつつ、エドワードはアンナとフランツを見た。二人も心配しながらウロウロしていたのだ。
もしここで本当にリッツが行方をくらましてしまったら、この二人の被保護者はこの先の路頭に迷うだろう。
「フランツ、リッツ行っちゃったの?」
「……」
「私たち、置いて行かれちゃったの?」
青ざめたまま答えることができないフランツに、アンナが詰め寄っている。
「フランツ、なんか言ってよ、ねえ!」
「落ち着いて……」
「落ち着かないよ! リッツ私たちを置いて行っちゃったかもしれないんだよ!」
混乱するアンナに、絞り出すような声でフランツが答えた。
「もし逃げたとしても。リッツなら僕らを迎えに来るはずだ」
フランツに確信はないのだろう。フランツとアンナはリッツがいないと路頭に迷うが、リッツは一人で生きていけるのだ。
だからリッツが彼らを置いていこうと思えば、簡単にできることを二人ともよく知っている。
「オコナー、ケニー、屋敷内を徹底的に探せ」
「はっ!」
二人が駈けだしていくと、エドワードはアンナたちに優しい笑みを見せた。
「すまない二人とも。もしリッツが本当に逃げたとしたら、私が責任を持って王都へ連れて行こう。でもリッツが君たちを置いていくことは有り得ん。これは慰めではないぞ?」
「……本当ですか?」
不安なまなざしに揺れる二人に、エドワードは自信を持って頷いた。
「勿論だ。リッツというヤツは、地位や名誉、しがらみというのが大嫌いだが、人情には厚い。一度面倒を見ると決めたら、とことんつき合うヤツだ」
フランツが頷いた。彼はリッツがアンナやフランツを家族のように大事に思っていることを、何となく感じ取っているのだろう。だからリッツの許可を得ずに昔の話をすることにした。
「一つ過去の話をしよう。昔……そうリッツの見た目がフランツくらいだった頃の話だ」
何を言い出したのかという顔で二人がエドワードを見上げた。
「私がまだ国王ではなかった頃、王宮で暗殺事件が起きた。殺されたのは私の母だ」
「<」
それは今から遡ること四十年ぐらい前の話だ。その頃まだエドワードは若く、王位など関係のない場所で暮らしていた。
だがその事件が起きた頃、リッツは、すでに彼と共にいた。共に剣技に磨きを掛け、来たるべき戦いに向けて切磋琢磨していた頃だ。
事件を耳にしたその日の真夜中、エドワードはいてもたってもいられず剣を片手に家を飛び出した。思えば母親が殺された悔しさと悲しさで、混乱していたのだろう。自分でも分からぬうちに、母親を殺した人間に復讐しようとしたのだ。
誰にも気付かれなかったと思っていたが、村を通る細い道から旅人の街道への入り口で、不意に頭上から声をかけられた。
見上げるとそこには月明かりを背負い、木の枝に腰掛けて足を揺らすリッツがいた。
木の上のリッツは、どことなく神秘的で、月明かりに透ける尖った耳と、すらりと若木のようにしなやかなシルエットに、ずっと一緒にいたエドワードでさえも美しいと思ったほどだった。
『勇ましい格好でどこ行くんだよ、エド』
木の上から身体の重みなど感じさせないで、しなやかに地上に降り立ったリッツは、驚くエドワードの剣を抜き取った。
『復讐ってんならやめとけよ。今行っても絶対意味ないぞ。ま、どうしてもってんなら、俺も行くけど』
「私はリッツの一言で、緊張の糸が切れた。意味がないのは承知の上だったし、行かなければ気持ちが収まらなかったんだ。だがリッツまで危険にさらすわけにはいくまいと思ったのさ。無理にでも私が行けば、こいつは付いてくると思ったからな」
「でも、それはリッツとエドさんが友達だから……」
「そうだな。私とリッツは親友で、私にとってあいつはかけがえのない片腕だ。だが君たちも同じだ。フランツとアンナもリッツの仲間なんだろう?」
「うん」
それでも心配そうに顔を曇らすアンナの頭に、エドワードは優しく手を置いた。
「大丈夫だ。私とリッツが友達になったきっかけは、行き倒れたリッツに食べ物を与えたことだったんだからな。そんなきっかけでも、リッツは危険なことに手を貸そうとした。そういう男だからな」
「何だかリッツらしいね」
そういってアンナが頷いた。フランツもアンナに頷き返す。もう大丈夫だろう。
「さあ二人とも夜はもう遅い、もう寝なさい」
「はい」
「お休みなさい」
ようやく与えられた自室に戻っていく二人の後ろ姿を見つめつつ、エドワードは一人呟いた。
「……リッツは君らの保護者だぞ。保護する人間がいるのに、それを置いていける男じゃない」
自分では気がついていないようだが、本当のリッツはどことなく生真面目で律儀なところがある男だ。人に託された被保護者がいるのに、逃げ出すわけがない。
それに何となく、エドワードにはリッツの居場所が読めているのだ。とりあえず友として迎えに行くべきだろう。
エドワードは防寒着を身につけて、一人建物を後にした。
この後、国王まで行方不明になったと、オコナーとケニーは恐慌状態に陥るのだが、そんなことは露とも思わない、意外と呑気なエドワードなのだった。
リッツは、農場の中にある森の一番大きな木の上にいた。本当は自分でも大人げないということは理解している。だが彼にとって王宮は窮屈なものでしかないのだ。
リッツはあの内戦で良くも悪くも王宮の中を知りすぎてしまった。最初は単なる家出だったはずが、気が付けば王位継承の争いの渦中にいた。
目を閉じれば、過去の権力争いの光景が蘇ってくる。戦いに次ぐ戦い、そして血塗られた戦場と、人々の猜疑に満ちた悪意の王宮。
王宮の中は人間の心の迷宮だ。誰が信頼できて信頼できないのか、常に考えて暮らさなくてはならないし、常に人を疑うことをしなければならなかった。
友を守るため、ずっとその命に気を配った。そうしなければ、エドワードの命は幾つあっても足りなかっただろう。
仲間たちの努力のおかげで一年で暗殺者や敵対者は姿を消したが、それでもリッツには王宮は苦しい場所でしかなかった。
今の王宮は、きっとそんなことはないだろうが、リッツは未だ、あの頃の印象がぬぐいきれない。
それにリッツは権力が嫌いだ。権力は正しく自分を律することを続けなければ人を変貌させる。
だから自分は、権力を持つことも、地位を持つこともしない。そうすることで自分の心が自由でいられる。
内戦の末、それがリッツの信条になった。信じられるのは自分の実力のみ。その傭兵の生き方はリッツの性に合っていた。だから長く傭兵を続けられたのかもしれない。
「リッツ、ここにいたか」
「エド……」
自分の考えに浸っていたリッツを現実に引き戻したのは、エドワードの声だった。
「お前の被保護者が大混乱に陥ってたぞ。置いて行かれたってな」
「……悪い」
リッツには、狼狽えるアンナと、平然と構えているようで心の中が混乱しているフランツの姿が簡単に想像できた。
だがまさかこんなに簡単にエドワードに見つかってしまうとは思わなかった。
「よく俺の居場所が分かったな」
「お前の考えくらい分かる。それとも俺が分からないとでも思ったか、相棒?」
昔から変わらない友の口調で、エドワードはそういうと、立ったまま木の幹に寄りかかって腕を組み黙る。
リッツは枝の上で幹に寄りかかって空を見上げた。星が綺麗に見える。夏の暖かな空気では霞んでいたが、秋も深まってきた今、空気が澄んでいるのだろう。
昔からリッツは不機嫌になったり苛々すると、だいたい木の上にいた。子供の頃からの癖みたいなものだ。エドワードはそれをよく知っている。
「降りてこないか? 少し話そう」
ふてくされた時によく宥められた柔らかな声でそう言われると、無視できない。渋々とリッツは木から下りた。見つかってしまったのでは、あのまま木の上にいても仕方がない。
「話ってなんだ?」
エドワードの横にどかっと腰を降ろしたリッツは、立ったままのエドワードを見上げた。エドワードも横に座る。
「どうせ、王都へ来い、大人しく大臣の席に着け、だろ?」
「半分はイエス、半分はノーだ。俺の言葉には続きがある。聞いて損はないぞ」
二人だけになったのをいいことに、エドワードの口調から国王の品が消えた。本来の彼はこういう奴なのだ。
「続きだと?」
不審そうに尋ねられても、エドワードは動じなかった。
「ああそうだ。王都に来い、大臣の席に着け……春になるまでで構わん」
「何?」
「シャスタやオコナー、ケニーはお前が今後もずっと王都へ住むと思っているようだが、俺はお前が大臣の座にいることが無理だと理解している。だから期限を切る。春までだ。ほんの数ヶ月でいい」
リッツの方を見ずにエドワードはそう告げた。春までの数ヶ月だけの帰還……。
「その間に何があるんだ?」
「分かっているだろう? 俺は引退する」
「……」
「もう決めた」
一連の騒ぎで分かっていたが、エドワードは本気で王位を譲ろうと考えているらしい。
「春ってのは、お前が引退するときか?」
「そうだ。いい季節だろう? 旅行するにも」
「何いってんだよ」
だがリッツにはエドワードが本気なのが分かった。彼は本気でこの春に王座を降りる。
「何で俺が派手に王都に入る必要があるんだ?」
一番の疑問をようやく口に出せた。リッツが嫌がることを知っているのに、エドワードがこんな算段を付けたのが理解できなかったのだ。
「敵の目を引きつけるためだ。スチュワートが死に、お前が王都に来た。これは敵方を揺すぶる大きな材料になる」
「……お前……まだ敵が……」
「分からない。スチュワートの死で終わっていればいいが、正直、確信はない。だがもし敵に俺とリッツ二人と戦う覚悟がなければ、お前が王都に入った時点で計画は瓦解するはずだ。首謀者と目された兄は死んだからな。だがもしスチュワートが本当に黒幕ではなかったら……?」
微かに潜められた声に、リッツはエドワードを見返す。
「スチュワートさえ動かせる大物がいるってのか?」
「もしそうなら、お前が戻り、確固たる軍備が整えられる前にと敵は考えるだろうな。お前の武勇伝は、皆が知るところだ」
「……お前、敵をあぶり出す気か?」
「まだ確信はできていない。だがこれでことが一気に動くと思わないか?」
またあまりに無謀な賭けにエドワードは出ようとしている。自分が退位する前に、全てを綺麗に片付けておきたいのだろう。
確かにスチュワートは内戦の遺恨だ。始末するのはエドワードとリッツの世代でなくてはならない。
「もし、敵の組織が瓦解してたら?」
楽天的な希望を口にすると、エドワードは小さく笑った。
「そうだったなら、お前に俺の息子の試練を見届けて欲しい。俺もシャスタも年を取った。今、昔のように動けるのはリッツしかいない」
「試練って、普通に王座を継がせろよ」
「いや、息子が本当に相応しいのかそれを試練という形で見てみたい。俺が今まで苦労を重ねてここまで国を何とか持ち直させた。息子がそれを潰すようでは忍びないのでな。それに……」
エドワードは静かに空を見上げた。何かを思い出しているようだった。彼の頭をよぎったのは、過去のことだろうか?
「それに、お前には俺の国王としての最後の仕事を見届ける義務がある。俺の国王の座は俺一人の手で成り立ったものじゃない。全員の力によって成り立ったものだからな」
「……ああ」
「そしてその中心にいたのは、俺とお前だった」
リッツも当時に思いを馳せる。戦いと混乱に身を置きながら、王都を目指した日々が、エドワードの退位という形で終わろうとしている。
あの時代はリッツの中で未だ色あせずに眩く輝いているけれど、あれからもう三十五年の歳月が過ぎているのだ。
これはもう、乗りかかった船だ。最後までつき合うしかないだろう。
「……分かったよ。春までだな」
「ああ、春までだ」
「ちゃんと脱走させてくれるんだろうな?」
「勿論正門から堂々と脱走させてやる」
あまりにも自信ありげなエドワードに、リッツは首をかしげた。
何故正門から堂々と脱走できるのか?
「言わなかったか? 春は旅行に向いているとな」
「まさかお前……」
エドワードはニヤリと笑った。リッツの考えは当たっているらしい。
「本当に旅行する気だったのか……」
「まあな。観光にでも行こうと考えているのさ」
リッツはため息を吐いた。
「この国王でよく国がもってたよな」
「宰相が優秀なのさ」
自分のことは置いておいて、宰相のシャスタにリッツは心から同情した。




