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呑気な冒険者たち  作者: さかもと希夢
謎の宝を守れ
34/224

突撃! 旅路の晩ご飯2<2>

査察官ケニー・フォート、恐怖の献立  


 ケニー・フォートとその副官は大量の食料を積んだ馬車の荷台で、石のように押し黙ったまま固まっていた。

「どうなさいますか?」

 こわごわと尋ねる副官に、ケニーは黙ったまま振り返った。自分でも表情が強ばっていることは自覚しているが、副官も恐ろしいぐらいに顔色が悪い。

 今日一日、先頭を馬で進みながらケニーはとことん苦悩していた。そのせいで本日の行程が遅れに遅れてしまっている。

 ユリスラ王国軍における、最高のエリート集団である査察官の小隊長を最も悩ませること……それは料理を作ることであった。

 ケニーは今まで感じたことのないプレッシャーを感じていた。査察官となるには、厳しい訓練と試験をクリアしなくてはならず、料理などを習得している暇はなかった。

 つまり彼を含め、今回の任務で派遣されてきたこの小隊の査察官全員、料理が作れないのである。料理が初体験の上、大人数分用意する、しかも料理を食べさせるのは査察官と馭者だけではない、国王と大臣、その連れまでいるのだ。

 この状況は、もっとも危険とされる潜入捜査よりも難しい。交替してくれるというなら、料理を作ることより敵の本拠地に侵入する方がまだましだ。

「隊長、正直に『我々全員、料理は出来ません』と陛下に申し上げた方がよろしくありませんか?」

 正直すぎる副官の言葉に、ケニーは首を小さく横に振った。この時間になってしまっては、今更料理は出来ませんともいえないだろう。

 隙を見て幾度も料理が出来ないことを打ち明けようとはしたのだ。したのだが、アンナのあまりの張り切りように、料理が出来ないことをリッツやエドワードに打ち明けるタイミングを、すっかり逃してしまったのである。

 馬車の外では、すでに本日のキャンプの準備とかまどの支度が始まっている。奇妙なまでに静寂を保ったままの荷馬車の中にも、外の賑やかな声は聞こえてきているが、ケニーの心は冷え切っていた。というよりも心はすでにブリザードである。

 やがて重苦しい沈黙を、ケニー自ら破って口を開いた。 

「何を作ったらいいと思う?」

 尋ねられた副官もまた、料理経験ゼロである。簡単に何かが思いつくわけもない。

「……小官には考えも及びません」

 結局、しばし思案した後に出た言葉はそれだった。その答えはケニーの予測通りだったから、さして落胆はしない。査察官は皆こんな感じなのだ。

「そうか……」

 再び二人の間に沈黙が降りる。このままでは埒が明かなそうだ。が、これといって打開策もない。そんな二人の沈黙を破ったのは、この荷馬車にひょいっと現れたリッツだった。

「お~い、かまどの支度できたぞ」

「……リッツさん……」

 困惑しきり、憔悴すらしているその様子に、リッツがギョッとしたように一歩引く。

「何だよ、葬式みたいな(つら)して」

 押し黙ったまま言葉の見つからないケニーに変わって、副官が口を開いた。

「閣下、我々査察官は……料理が出来ないのです」

「へ? 出来ない?」

 ポカンとするリッツに、憔悴しきった二人はこくりと頷いた。リッツの顔が呆れ顔から徐々に困惑した表情に変わっていく。

「出来ないって、今日の夕食どうすんだよ」

 じっとこちらを見る視線が突き刺さるようで、ケニーは俯いた。どうするといわれても、どうするべきか見当が付かない。やがてリッツは何かを決意したかのような顔で、深くため息を付いてから明るく彼らを励ました。

「大丈夫だって」

「しかし何を作ったらいいかと」

 苦悩する彼らにつき合い、リッツも苦悩の表情を浮かべている。

「簡単に作れる料理で、大量の人数分になるものがいいよな」

「はい」

「そうだなぁ……米ものか麺物だな。これでごまかせば何とかなるんじゃないか?」

「といいますと?」

「リゾットとか、ピラフとか、パエリアとか、ミートソース・スパゲティとか?」

 手伝ってくれるのかと期待に胸を膨らませて聞いていると、リッツがこちらの様子に気が付いたようで、ハッと何かに気が付いた表情になる。

「そんなところで考えてくれよ、な? 俺は行くからさ」

 どうやら提案しただけで、手伝ってくれる気などさらさらなかったらしい。そそくさと逃げ出したリッツの後ろ姿に、ケニーと副官はため息を吐いた。

「方向性が見えて来た気は致しますが……」

 ケニーは副官の言葉に頷き、食料庫から米の袋を取り出した。確かに考える方向すら分からなかった先ほどよりは、状況は好転している。なによりどんなモノを作るべきか、先が見えてきたのだから。

「作ってみるしかあるまい」

 ケニーは重苦しい気持ちのまま、悲壮な顔つきの副官と見つめ合って頷いた。気分だけを評すのならばこれがまさに『死地へと赴く心境』だろう。

 ようやく荷馬車から出た二人を出迎えたのは、他の査察官の面々だった。彼らも料理経験皆無である。

「隊長、何を手伝ったらよろしいでしょうか?」

「米料理を作ったことがある者は名乗り出てくれ」

 唐突なケニーの言葉に、査察官達は黙った。その中で一番若く、最近査察官になったばかりの唯一の妻帯者がおずおずと口を開く。

「作ったことはありませんが、妻が作っているのを見たことはあります。妻の得意料理はパエリアでして」

 その査察官に、全員の視線が集まった。ケニーは決意したように全員に告げた。

「よし、本日の夕食はパエリアを作ってみよう」

「了解」

 だがパエリアという選択が悪夢を招くことになるとは、まだ当事者たちを含めて誰も知るよしがない。

「それで米はどう仕込むんだ?」

 ケニーは妻帯者の査察官に尋ねた。彼らは今、かまどのそばにいる。他の人々は遠巻きにして、彼らの様子を眺めているだけだ。あまりに異様な緊張感に満ちているため、査察官以外の誰もそこに近寄れないのだ。

「は、フライパンに入れてオリーブオイルで炒めていたような気がします」

「うむ。それではそうしてみよう」

 ケニーは、袋から取り出した米を巨大なフライパンに流し込んだ。彼は米が炊きあがると二倍になることを知らないから分量など分からない。その上からオリーブオイルを流し込み、かまどにかけた。

「炒めるにしては油が少なくないか?」

「そうですね。もう少し入れてみましょう」

 フライパンの中に、どばどばとオリーブオイルが注がれる。炒めると言うよりも、この状態を普通は揚げているという。時間がたつに従い、米がポンポンと音を立ててはじけ始めた。

「はじけて来たぞ! このままでは溢れる!」

「隊長、鍋に移しましょう!」

 はじけて容量がどんどん増してくる米を、ケニーと副官は二人がかりで鍋に空けた。これでは米というよりもポップコーンだ。

「それでどうしたらいいんだ?」

「え~っと、確かスープを入れていた気がします」

「スープ? 水でいいのか?」

「多分……」

 本来はスープといえばダシなのだが、そんなことは査察官達に分かろうはずがない。とにかくそのポップコーン状の米の中に水を入れた。

「あと海老や貝が入っていたような……」

「そんな物は無いぞ?」

「ありませんね……肉と野菜などはどうでしょう?」

 既婚の査察官の提案に沿って、彼ら査察官は総出で肉やら野菜やらを切り刻み鍋の中に放り込んだ。形はまちまち、皮を剥いた物やら剥いていない物やら、もう鍋の中は闇鍋状態である。だが、そんなことはもう分からない彼らだった。

「それから塩と胡椒を入れなければなりません!」

「塩と胡椒だな? どれくらいだ?」

「分かりません」

「よし、適当に入れておこう」

 分量の分からない彼らは、適当に塩と胡椒をどっさり入れた。彼らに味見という考えは全く思い浮かばない。表面が緑の油の層に覆われ、鍋の中でぐらぐらと煮えたぎる不思議なもの……これをパエリアと呼んでいいものかどうか……。

「そうでした隊長、パエリアは黄色です!」

「黄色? どうやって黄色にするんだこれを」

「何か細長い赤い物……そうだサフランです、サフランを入れるんです! 小官の家で育てていますから間違いありません!」

「よし、荷馬車からサフランを探すんだ!」

 査察官達は走って食料がある荷馬車に行き、ハーブの袋からサフランを発見した。隠れた物を探すのは彼ら査察官の得意とする作業である。

「隊長、ありました!」

「よし入れろ!」

 色づけ程度のサフランが、たっぷりひとつかみも鍋に放り込まれた。鍋の中はみるみるうちに真っ黄色になる。

「……これでいいのか?」

「……さぁ……」

 パエリアには水分が多くなかったとの既婚者のいうとおり、パエリア――だと彼らは思っている――をずっと火にかけて彼らはひたすら水が無くなるのを待つことにした。


 二日目 査察官達の献立

どろどろとした黄色の液体状のもの

崩れた野菜と、分離したオリーブオイル入り

 

 皿に盛られたその料理に口を付けることを、誰もが一瞬ためらった。異様なまでの原色の黄色に彩られたその液体状の物は、まるで何かの残骸のように野菜やその皮を浮かせている。見た目を一言で言うならば、まさに黄色の地獄絵図……。

「あ~、ケニーこれは何だ?」

 アンナの隣に座っていたエドワードが、査察官から受け取った皿を片手に、口を付けることにためらいつつ尋ねた。あまりに真剣な彼らに、アンナですらも尋ねるのも失礼かと思ったが、この皿に盛られた不思議な物体としかいいようのないものが何なのかは、アンナでなくても尋ねずにはいられない。

「パエリア……のつもりでしたが……」

 作った張本人ケニーですら、思わず言いよどむ異様さだった。全員がそれはパエリアとはほど遠い不思議な料理であることを理解していた。

 当番制で料理をしようと言いだしたアンナは、自分の選択が間違いであったことに今更真柄気が付いたが、後悔先に立たずだ。リッツとフランツと自分の三人で旅をしていたとき、三人とも料理が出来たから、皆が皆料理を出来るわけではないことを、すっかり忘れていた。だが言い出したのは自分なのだから、ここはまず自分が口を付けてみるしかないだろう。

「……いただきます」

 アンナは意を決してスプーンに盛られた黄色い液体を口に運んだ。全員が固唾を呑んでその光景を見ている。その視線を全身に感じながらも、一息にスープの中身を舌に乗せる。

「!」

 その瞬間、アンナの頭が真っ白になった。

「大丈夫かい?」

 気遣うエドワードの声も耳に入らないほど、アンナは混乱していた。今まで感じたことのない、凄い味覚が、口の中で大暴れしている。三十年という時間の中で感じたことがないこの味は、アンナの感覚で言うと、食べ物という感じはない。

 まず塩のしょっぱさ。これはもう、もの凄い。それと同時に襲い来る胡椒の辛さ。一体どれだけ胡椒を入れたというのだろう。そして次に鼻に来るのがサフランの濃い味……もの凄く薬っぽい。それこそ全てがサフラン臭に染まるぐらいには。

 ようやくその味を飲み干したあとに口に残るのは、溶け残った米と野菜のザラザラ感とどろどろ感……。

「アンナ、泣いてる?」

 こわごわ尋ねるフランツに、あまりの苦しさで涙が滲むアンナは、少し待ってと手で合図を送る。吐き戻しそうになりながらも、食べ物を粗末には出来ないと教えられてきたアンナはその黄色い液体を必死で飲み干して口を開いた。

「しょっぱくて辛くて……でも基本は薬っぽい……」

 口を開いたら香りが鼻に上がってきて、吐き気を堪えたら涙が出た。思わずじっとりと、フランツとエドワードに、早く食べてみてと促す。自分ではこの何とも複雑で、未だかつて無い激しい味が言い表せない。

 なおも躊躇う二人をじっと見据えると、フランツとエドワードは観念したように、黄色い液体を口に運んだ。

「うっ……」

「お……」

 二人は同時に世にも苦しげな呻き声を上げた。やっぱり凄い味だよね、とアンナは一人納得する。エドワードは必死で飲み込んでから、そばにあったワインをがぶがぶとボトルごと飲み、フランツは水を求めてかまど横の水入れに走った。

 そのただごとではない様子に、どれだけすごい物なのかと馭者たちも興味を示し、よせばいいのにその黄色い液体をひとくち口に入れてみる。

 次の瞬間、その広場は阿鼻叫喚の嵐となった。水を求めてはいずり回るもの、突っ伏して倒れるもの、吐き出そうと四つんばいになるもの……まさに地獄絵図。

 呻きながら次々と倒れ伏して行く人々、水を求めて作られる行列……これは食事の風景ではない。

 大騒ぎが一段落して、呆然と座り込む人々は、ふと誰かがいないことに気が付いた。リッツだ。

 あれほど食事が好きなリッツが食事時に見あたらない事は、今まで一度もなかった。どこか目が虚ろな彼らの鼻先に、いい香りがぷ~んと漂って来たのはその時だった。さっき入ってきた旅人の街道の方からだ。

 腹が減っているがとても食えない料理を前にした一行は、引き寄せられるかのようにぞろぞろと、その香りの漂ってくる方向へ列をなして進み始めた。漆黒の闇であるはずの旅人の街道の一部分が、やけに明るい。

 近づいてみると、かまどを作ってその前にどっかりと腰をおろし、何かを作っている背の高い男の後ろ姿が見えた。間違いない、あの場にいなかったリッツである。

「リッツ、何してんの?」

 アンナが声をかけると、リッツは笑いながら振り返った。

「あり? 見つかったか」

 彼の前にある大きめのかまどの中では、サラが心地よさげにうとうとしている。サラは腹がいっぱいのようだ。となるとリッツはかなり前から一人でここにいたことになる。

「あ! ずっる~い!」

 リッツの前のかまどにかかっているのは、大鍋いっぱいのミートソースだった。

「いやぁ~査察官がさ、料理したこと無いっていってたから、せめて自分の食料だけでもと夕食作ったんだよなぁ」

 そうなのだ。リッツはあの食料が積んである荷馬車の中でケニーに出会ったときに、美味しい物が出来る確率は万に一つもあり得ないと踏んで、自らの食べ物を自分で作って確保していたのだ。

 昨日のラム肉の残り、トマト、タマネギ、人参、ニンニク、オリーブオイル、バジルを使って作り上げられたそのミートソースは、空腹の一同の腹を、激しく刺激した。

「リッツ、俺たちは友達だな? な?」

「何だよエド、気持ち悪りぃな」

 リッツに嫌な顔をされつつも、エドワードはいそいそとリッツの隣に座り込む。

「私たちって仲間だよね、リッツ」

 アンナもそういうと、リッツの隣に座った。フランツも黙って腰をおろす。その他の面々は、なり出す腹を抱えながら、この一同を見ていた。

 やがてリッツが、プッと吹き出した。徐々に笑い声が大きくなっていく。やがて彼は腹を抱えて笑い始めた。

「何がおかしいんだリッツ」

 不機嫌に呟くフランツに、リッツは笑いを止められずに鍋を指さした。

「この量見て気付けよな。何人前作ったと思ってんだよ」

 そういえば、かまどにかかる大鍋はリッツ一人で食べるにはあまりに多すぎる。

「これ、全員分だから」

 リッツはこれを作っていることを査察官に知られたら悪いと思って、こうして離れた場所でこれを仕込んでいたのである。もし万が一にも査察官の料理が美味かったとしたら、明日の夕食にすればいいし、食べられないものだったらこれを持って行く。そう考えての決断だったのである。

「悪いなケニー」

 ようやく笑うことをやめたリッツが、ケニーに謝ると、ケニーは明らかにむっとした顔で答えた。

「ならば初めから作ってくだされば良かったではありませんか。我々を信頼できないのなら、初めからそう言ってください、大臣閣下!」

 その言葉に馭者たちがざわめく。リッツが大臣であることを、彼らは初めて知ったのだ。リッツはあえてそれを否定しなかった。怒るケニーに油を注ぐのは得策ではない。

 彼は、彼なりに一生懸命やったのだ。それを信用しなかったリッツが悪いといえば悪い。ケニーと査察官は不快だろう。

 それを考えなかったわけではないが、腹が減っては本当に気力を奪われてしまうリッツにとっては、仕方のない選択だったのだ。

「俺が悪かった。お詫びにこれを食べてくれ。な?」

 両手を合わせて謝るリッツに、ケニーはまだ仁王立ちのまま表情を崩さない。だが他の査察官達は、明らかにホッとしたように肩の力を抜いた。これでようやく夕食にありつける。

「ケニー、許してくんないか?」

 両手を合わせ続けるリッツに答えたのは、ケニーではなくケニーの腹の虫だった。思い切り鳴ってしまったその音に、ケニーは肩の力を抜いた。

 怒っていても仕方ない。裏切られたような気分ではあったが、落ち着いて考えてみれば、リッツは最悪の状況(黄色のどろどろした液体)を想定して、その打開策(ミートソース)を彼らに示してくれたのだ。怒っていても仕方ない。リッツのいうとおり食事をしてから考えるべきであろう。

「分かりました。とりあえず食事にしましょう」


 二日目 リッツの献立   ラム肉のボロネーゼ


 食事の後片づけが済み、一同が寝静まった中で起きている見張り役の査察官が二人いた。小隊長ケニー・フォートとその副官である。

 ミートソースは確かにうまかった。料理を食べるのが好きなリッツは、飾り気のない家庭料理が得意で、逆にしゃれた料理はよく分からないという。

 リッツの料理が美味ければ美味いだけケニーは、惨めになった。やはり人生は仕事だけでは上手くいかないこともあるのだ。

 その後リッツは、『自分は大臣ではないから仲良くしてね』などと恐縮する馭者をなだめすかして丸め込み、いつも通りの接し方に彼らを戻してしまった。こういうところでもケニーはリッツに叶わない。

 格が違う……ケニーはそう感じずにはいられない。やはり彼は大臣に相応しい男だ。何より人望を得るのが上手い。

 せめてリッツには叶わなくても、彼は何か一つでもリッツに追いついてみせると決意した。

「私は決めたぞ」

 ケニーは小声で呟いた。

「どうなさいました隊長」

「王都に帰ったら料理を習う……」

「……そうですか」

 ケニーの決意など知るよしもない副官は、複雑な顔で頷いた。 



リッツ一行+国王の献立


 今晩は、リッツ達三人が料理当番である。

この日は珍しくリッツは馬車から降りて、査察官の一人から馬を借り、馬車の先頭を馬で進んでいた。今晩の夕飯に使う何かを探したいためらしい。アンナとフランツには見当も付かないが、何かいいアイディアでもあるのだろう。

 それにこの二人も色々と考えなくてはならなくて大変なのだ。

 本日の朝、キャンプ地を発つ際リッツは二人にこんな課題を出していたのだ。

『俺たちで何とか一揃え簡単なコースを作んないか?』と。


「コース?」

 不信感たっぷりにフランツが聞き返すと、フランツの感情など気にも掛けず、リッツは楽しげに言葉を続けた。

「そ、コース。簡単だから、メインとサイドメニューとスープでいいんじゃないか?」

 何だか少しずつ見えてきた。リッツは三人が一品ずつ作って、コースを完成させようとしているらしい。

「楽しそ~! やるやる!」

 すぐに乗り気になってしまったアンナとは反対に、フランツから見ればその事に何の魅力もない。折角楽出来るというのに、これでは今までの旅路と変わりない。

「なんだフランツ、嫌か?」

「……別に」

 反対するだけ無駄だ。リッツとアンナがやると決めてしまったら、フランツには抗う術がない。ため息を吐いてリッツを見上げたフランツに、アンナは楽しげに話しかけた。

「何作ろっかなぁ、楽しみだねフランツ!」

「……それで担当は?」

 アンナの言葉を聞こえなかったふりで無視して、フランツは話を進めた。なるべく早く料理を決めてしまった方があとで楽だ。

「希望があれば言ってくれ」

 どうやらそれ以外は決めていなかったらしく、リッツは逆に二人に尋ねた。急にそんなことを言われてもフランツには考えつく物がない。だがアンナにはあったらしい。

「はい! サラダ作りま~す」

 間髪入れずに返事をしたアンナを、リッツとフランツは思わず見てしまった。

 サラダとは、今までのアンナらしくない。今までのアンナはとにかく時間をかけて何だかすごい物を作り出す奴だったのだ。

「サラダ?」

 やはり意外だったのか、リッツは聞き返した。

「うん! あのね、リラのお父さんにね花サラダのドレッシングだけ習ったから」

 そうだった。彼女はリラの父ネットに花サラダを習っていたのだ。そういえば、花はもう来年まで手に入らないから、ドレッシングだけ習ったと言っていた気がする。

 アンナがサラダを作るということは、ドレッシングの試作をしてみたいということなのだ。

「ということは、アンナはサイドメニューだな。残るはスープとメインだが……」

「僕はスープがいい」

 言いかけたリッツの言葉に、フランツは割って入った。メインよりはスープの方が絶対に簡単そうだ。元々この案に好意的ではないフランツを不機嫌にするのが面倒だったのか、リッツは不敵な微笑みを浮かべて宣言した。

「よし、じゃあ俺はメインな」


 そんな三人を、少々羨ましげに見ていたのはエドワードだった。

 一日目は馭者が作り、二日目は査察官、三日目は彼ら……。この分では自分はいつまでも食べているだけかもしれない。黙って飯の支度が調うのをいつもじっと待っている事に彼は少々飽きていた。

 むくむくと彼の中の退屈という生き物が頭をもたげてくる。

 エドワードは元々王宮で育ったわけではない。養母の家はそんなに裕福だったわけではなく、彼は幼い頃、乳兄弟のシャスタと共に何かと手伝いをさせられていた。そんなわけで国王のくせに得意とはいえないまでも、家事がある程度出来るのだ。

 それに彼に剣技を教えてくれたジェラルドという男は、サバイバルな事が好きで、リッツを連れて食材現地調達のキャンプに出掛けたものだった。そんな彼が料理に加わらず退屈を噛み潰しているだけなど、考えてみれば我慢できるはずがない。

「私も仲間に入れてくれないか?」

「は?」

 唐突にそういいだしたエドワードに、リッツ達三人は言葉を失った。

「国王に飯の支度なんぞ、させられねぇだろうが」

 あきれ顔でそういう言ったが、エドワードは食い下がる。

「何故だ? 国王だから飯の支度をさせないのか?」

「何故ってお前……」

「そんなことは法に無い」

 引きつった表情で言葉を失うリッツに、アンナとフランツも戸惑っている。

 実際の所国王は飯の支度をしてはいけないという法律は無い。それはどう考えても国王がそんなことをする必要がないからであって、必要があるときなら料理をしても全く問題がない。

 考えあぐねて頭を掻くリッツの顔をじっと見つめて、エドワードは柔らかく微笑んだ。

「リッツ……そういえば昔、お前良くマリーの店に出入りしてたな……」

 唐突にエドワードが語り始めた言葉に、リッツが一瞬にして怯んだ。どうやらリッツはまだアンナとフランツに、過去の女癖を知られたくないらしい。

「……それが何だよ……」

 リッツは思い切り警戒心剥き出しでエドワードを見た。だが微笑みを崩さず見つめ返す。

「あの店のシンシアの話を、ここでしようか?」

 リッツが慌てたように、アンナとフランツを見てから、エドワードに向かって不自然なほどの笑顔を作った。

「分かった、一緒に夕飯を作ろう、な?」

 にこやかにエドワードの肩を叩く、突然のリッツの変わり身についていけないようで、アンナはキョロキョロと二人を交互に見た。

「え、何々? シンシアって誰?」

「あ~、店にいた、う~、ペットのオウムだ」

 苦しい言い訳をしつつ、リッツは精一杯の作り笑いを浮かべた。

「シンシアちゃんに何かしたの?」

 たじっと一歩下がるリッツに、思わず意地の悪い笑みが浮かんでしまったエドワードに気が付いたのか、リッツが軽くこちらを睨む。それがまたおかしい。何かしたといえばしたのだろうが、そんなことは被保護者の前で言えるわけがないだろう。

「別になんでもないんだ。うん。な、エド?」

「……まあな」

 誤魔化しきろうとするリッツに、エドワードは軽い含み笑いで答えた。リッツにとっては丁度いい具合に、隊列の出発する号令がかかる。ホッとしたようにリッツはアンナに向かって、馬車に戻るよう急かす。

「ほら、出発出発、置いてかれるぞ」

「は~い」

 あっさりと自分の乗る馬車に戻っていったアンナを尻目に、リッツは大きくため息を吐き、振り返った。

「お前、覚えていやがれ」

 リッツの恨みの言葉をあっさり受け流して、エドワードは涼しい顔で勝手に話題を変えた。

「久しぶりにジェラルドの料理が食べたくないか?」

「おい、話をそらすな!」

「いい考えだと思わないか? 大人数だし、豪快だし、手間もあまりかからん」

 リッツはため息をつくと、再び頭をガシガシと掻きむしった。昔から変わらない、仕方ないと諦めたときのリッツのくせである。

「おっさんの料理か。いいかもな」

「そうだろう?」

 リッツは頷くと、黙って査察官の方へ歩み寄っていった。馬を借りるつもりらしい。料理づくりに加わることが出来て満足したエドワードは歩き出しかけ、後にまだフランツが立っていたことにようやく気が付いた。

「馬車に乗らないのかな?」

 だが返事は返ってこなかった。代わりに返ってきたのは質問だ。

「マリーの店って、何の店ですか?」

「………」

 エドワードは困ったように笑みを浮かべた。リッツのいないところで、リッツの事を語るのはフェアーではない。

「居酒屋さ」

 本当は四十年以上前から王都にある、有名な老舗の娼館だ。シンシアはリッツが王都にいた当時の高級娼婦で、当時のリッツのお気に入りだった。だがマリーの店にはもう一つの顔があった。内戦時、そこは革命軍のアジトだったのだ。リッツはそこで数ヶ月暮らしていたのである。

 リッツがいないからという理由だけではなく、何となくこの生真面目そうなリッツの連れにそれを言うのは憚られたエドワードだった。そんなこんなで先ほどに至る。


 本日のキャンプ地に到着した隊列は、ここ二日間の手慣れた作業に移っていた。かまど作りと、本日の宿泊場所作りである。

「さー、ドレッシング作るぞ~!」

 アンナは、張り切って本日のサラダの準備を始めた。フランツは黙々とジャガイモをむき始める。彼にとってジャガイモは、腹に溜まるし処理も楽な最高の素材なのだ。

 そんな中に、いつもと違う変わった行動を取る二人がいた。無論リッツとエドワードである。

「一メートルくらいでいいか?」

 大きなスコップを片手に、リッツがエドワードに尋ねた。

「いいんじゃないか」

 二人は、広場の真ん中に穴を掘っていたのである。穴を掘り始めたとき、彼らの突飛な行動に査察官達が飛んできて『力仕事で国王と大臣自らが手を汚さずとも我々が……』などと、ちょっとした騒ぎになったのだが、エドワードは強引に穴掘りを強行した。リッツもまたしかりである。

 これが権力による特権という奴だろうか? だがよく考えると、本当は特権で査察官と馭者に穴を掘らせればいいのだが、そんなことはつまらない。元々エドワードは農家の出身だし、リッツも数年それを手伝っていたのだから、これぐらいなんてこともないのだ。

 穴を掘り終わったところで、リッツは馬に括り付けられている荷物を降ろした。そこにあるのは大量のキノコと、大きくて丈夫そうな葉だった。

 じゃがいもを剥きつつ、耳を澄ませていると二人の楽しげな会話が飛び込んでくる。

「いいキノコがあったじゃないか」

 つまみ上げながら吟味するエドワードを尻目に、リッツは食材庫から持ってきたバターの瓶と薫製サーモンを取りだした。

「お前も手伝えよ」

「ああ、手伝うさ」

 それから二人は、座り込んで、何やら細かい作業を黙々と始めた。

 その頃フランツは、ゆであがったジャガイモを丁寧に潰していた。一緒にバターとチーズも入れ、良くこねる。味付けには塩・胡椒とハーブを少々。良く混ざったそれに、お湯をくわえて伸ばしていく。

 本当は牛肉と野菜で仕込んだスープを入れたいところだが、そんなことをしていたら、夜が明けてしまう。代わりに干し肉を粉状になるまで包丁で刻んで鍋に放り込んだ。暖まり湯気が立ち始めた鍋から、チーズの風味がほんのりと辺りに漂う。彼は暖かいビシソワーズを作ろうとしているのである。

「フランツ、進んでる?」

 暇になったのか、アンナがやって来た。ドレッシングはとっくに仕込み終わっているらしい。

「退屈~」

 アンナが隣で話したところによると、あのドレッシングは仕込んでから数時間おくのが美味しくなる秘訣らしい。だがら仕込み終わった彼女に、いまいちやることがない。寒くなってきたので本日のサラダは、温野菜に決めているそうだ。早々と茹でたら冷たくなってしまうので、全員の出来具合に合わせたいらしい。

「ほとんどいいよ」

 フランツの言葉に頷くと、アンナはリッツとエドワードの方を眺めた。今度はかまどで焼いた大量の石を、先ほど掘った穴に投げ込んでいる。何を作っているのか、フランツにはさっぱり分からない。

「リッツ達、何作ってるのかなぁ~」

 アンナも見当が付かないらしく座って頬杖を付きながらそう呟いた。フランツもそちらへ目を向ける。

 石を投げ込み終わった二人は今度は何やら葉でくるまれた物をぽいぽい中に投げ込み、その辺にあったらしい生の葉を最後に放り込んで土をかけた。

「……なんだろう」

 こんな風に作る料理など、フランツに見当が付くわけがない。

「お~し、後は二十分待つだけだ」

 リッツの声に、アンナとフランツは顔を見合わせた。何だかあれで完成らしい。

「何が出来るのかなぁ。楽しみだねぇ~」

 うきうきするアンナは、足取り軽く野菜を茹でるためにフランツの元を立ち去った。

 残ったフランツは、焦げ付かないように鍋をかき混ぜながら、想像付かないリッツとエドワードの料理を、考えてみたりするのだった。


 三日目 リッツ一行+国王の献立

温野菜の特製サラダ(アンナ)

ビシソワーズ(フランツ)

キノコとサーモンのバター蒸し(リッツ&エド)


 アンナとフランツの作った料理が全員に配られた後、リッツとエドワードはまだ湯気の上がる地面を掘り返しにかかった。

 全員が固唾を呑んで見守る中、土の中からは大量の葉に続いて、直径二十センチほどの葉に包まれた固まりを人数分掘り起こす。まだ熱い。

「結び目の方を上にして、ゆっくり開いてくれよ」

 配りながらリッツはそう注意を促す。開け方如何によっては、火傷をすることもある代物なのだ。

 リッツとエドワードも席に着くと、食事が始まった。例によって例のごとく、食べ物に興味津々のアンナが一番に葉っぱの包みを開いた。隣に座っていたリッツはその反応をじっと見る。

 中から蒸気と共に立ち上るバターの何ともいえぬいい香りと、香ばしいサーモンの香り、たっぷりと添えられたキノコも、ふんわりとした香気を放っている。そこに甘いタマネギの香りがしていた。久し振りに作ったが、大成功のようだ。

「うわぁ……美味しそう……」

 アンナの感嘆の声に誘われるかのように、次々に包みが開けられる。広場中に何ともいえない、いい香りが漂った。

 リッツが馬を借りて探していたもの……それはこの料理を包めるほど大きな葉と、秋が旬のキノコだったのである。

 薫製サーモンのほどよい塩気が、キノコの甘みを十分に引き出している。調味料はバター以外全く使っていない。

「土に入れたのに、何で蒸し物になってるの?」

 自分の分を解こうとしたリッツに、アンナが茸をフォークに刺したまま聞いてきた。

「最初に焼けた石を入れただろ? あの上に生の葉を入れて、その中にこの包みを入れてまた葉をかけて土をかける。そうしたらほどよく葉の水分が出てきて、間に包まれたこの包みが蒸されるってわけだ」

 説明すると、リッツはアンナの温野菜を口に運んだ。ブロッコリーとカブ、人参、ざく切りのジャガイモに、酸味のきいたドレッシングがよくマッチしていて美味い。

 だが、これは『緑の森亭』で食べたドレッシングとはちょっとと違う気がする。

「アンナこれ、ネットに習った奴か?」

「うん。三種類くらい聞いたからその一つ」

 何とアンナはリッツとフランツが街をブラブラして子供を拾ってくる間に、それだけのドレッシングのレシピを頭に入れたらしい。

「あと二つか、今度はそっちも食べてみたいな」

「今度作るね!」

 ほのぼのと会話を交わす二人の横で、フランツはせっせとサーモンを口に運んでいた。この簡単な作り、また三人の旅に戻ったらフランツは是非ともやってみるつもりだ。

 何せ手がかからなくていい。穴を掘って石を入れて葉っぱを入れる。これくらいなら、どんなに疲れているフランツにだって作れる気がする。こんなに簡単な料理法があるなんて、目から鱗である。

 バターとジャガイモ、肉を入れたっていいわけだし、ベーコンを入れても美味いだろう。

 これからの旅路の料理の手抜き方を考えていたフランツは、料理をあらかた食べ終えたアンナの質問で我に返った。

「フランツのスープ、美味しいよ。ジャガイモのポタージュ?」

「ビシソワーズっていうんだ」

 アンナに作り方を聞かれて、フランツは丁寧に教えた。これでまたアンナのレシピ集に新しいレシピが加わる事になるのだろう。彼女の食に対する探求心は並じゃない。そのうち店を開けるくらいのレシピが溜まるのかもしれない。

 そんな二人を横目に見ながら、リッツはエドワードに話しかけた。

「久しぶりだな、おっさんの料理」

 実はこれ、リッツとエドワードの二人に剣技を一から教えてくれた、元王国軍総司令官だった将軍のレシピなのだ。彼がエドワードとリッツと共に過ごした間のキャンプで、彼らはこれを教わったのである。

「何だか思い出しちまうよな、昔のこと」

 感慨深げなリッツの言葉に、独り言のようにエドワードが応えた。

「嫌でも思い出すことに遭遇するさ……」

「あ? 何だって?」

 聞き返したリッツに、エドワードは苦笑に近い表情で笑った。

「独り言だ」

「何だよ、変な奴」

 とにもかくにも彼らの食事は、全員に大好評のうちに幕を閉じたのである。  



終章


 喜びと、地獄絵図と驚きをもって過ごされたこの数日間の夕食の後、また夕食当番は馭者のおじさんに戻ることとなる。その後の食事作りも全ておじさんに任されることとなった。

 アンナによって、料理当番制が廃止されたのだ。どうやらかなり懲りたらしい。

 今度こそ本当に、フランツは料理当番から解放されたと安堵した。

 だがちょっと最初の日と違うのは、アンナが馭者のおじさんと共に食事当番になったことと、暇があれば馭者のおじさんのレシピをノートに書き留め、質問する熱心な生徒、ケニーの姿が見受けられるようになったことだろうか?

 ケニーが料理を習うという決意は、どうやら本物だったらしい。王都に帰ってからといっていたが、彼はいても立ってもいられず、馭者のおじさんの助手になったのである。

 そんなわけで二人の助手を得た馭者のおじさんの料理は、益々手が込み益々美味しくなって、全員の胃袋と幸福感を大変に満足させることとなる。

 この三日間――というか、二日目の査察官の献立――で、アンナが学んだことが、一つある。

 それは『人には向き不向きがあるから、ちゃんとそれが出来るのかどうかを確認してから、お願いした方がいい』ということだった。

4巻へ続きます4巻は。なんと過去の内戦に関連した、ちょっぴりシリアスなお話ですよ。といっても三人はいつも通りの三人です(^^)

次回は1と2を同時アップする予定です。といっても1は序章なので短いのですが(^^;)

ではでは次回をお楽しみに~(^^)/

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