突撃!旅路の晩ご飯2<1>
再び、旅路での晩ご飯のお話。
昔書いた頃からあまり手を入れていないので、視点が滅茶苦茶かもですが、美味しくて笑えるを心がけました。どうぞお召し上がりください。
序章
ファルディナを発って数時間。一行は査察団所属の荷馬車に揺られていた。
エドワードと一緒になった御陰で、彼らの馬車はくつろぎの宿並みに整っていて、これが旅路だと言うことを思わず忘れてしまいそうになる。
彼らの今までの旅路は、ひたすら一日歩き、体力の尽きたところで寝るの繰り返し。とにかく辛いものだったから、何だが優雅すぎて変な気分だが、ただで楽して進めるんだから感謝しなくてはならない。
その上、ラッキーなことも告げられた。今まで苦労してきたあること(ヽヽヽヽ)に、関わらなくてもいいと説明されたのである。煩わしいあること(ヽヽヽヽ)から解放され、それが一番辛かったフランツは、心の底から幸せを噛みしめた。
「肩の荷が降りた……」
あること(ヽヽヽヽ)のせいで、疲れ切っているというのに、さらなる労働を強いられるという、過酷な状況が無くなればどれだけ幸せか、言葉にも出来ない。
「そんなに大げさなことか?」
といいつつも、リッツだって少し嬉しそうだ。おそらく面倒だったのだろう。
「そうかなぁ~ちょっと残念だけどな」
そう呟いたアンナに、フランツは複雑な感情を抱く。考えてみると、アンナだけはそれを楽しんでいた。彼にはそれが羨ましい反面、苛ついたこともあった。
それほどまでに彼を悩ませていた煩わしいこと、それは……夕食の支度。
今までどんなに疲れていても『自分で仕込まなければ食べられない』という苦しい状況が一変、食事が出来るのを待つ身分になったのである。
アンナにはちょっと残念なことだったとしても、フランツにとっては天にも昇るほどの幸運が舞い降りたと同じ事である。
五台の馬車の隊列に加わっている人数は馭者六名、査察官十名、リッツ達一行三名、国王エドワードの総勢二十名。もし全員分作れといわれても、オルフェとの二人暮らしが長かったフランツには、いまいち分量の想像が付かない。
それより何より三人を喜ばせたのは、食料と荷物専門の馬車にこれでもかと集められた大量の食料であった。勿論その中にはリッツが提供したトゥシル村の野菜とハーブも含まれている。
仕度が無くなって楽になった上に、期待出来るのは、旅の途中だからたかがしれているが、彼らの今までの夕食よりましだろう豪華な夕食である。
「ねぇねぇ、今日の夕飯なんだろうね!」
馬車に揺られつつ、うきうきした口調でリッツに尋ねるアンナの声に、リッツも楽しげに答えている。
「国王もいるんだ、滅多なもんは出さないぞ」
「旅の途中だからな。期待しすぎない方がいいぞ」
当の国王エドワードは、苦笑気味である。彼はきっとこれから出る料理がどんなものか、よく分かっているのだろう。だがそんなことでアンナがへこたれるわけもない。
「え~、でも期待しちゃいますよエドさん!」
アンナの瞳は期待にキラキラと輝いている。特に期待していなそうな振りをしているリッツでさえ、今夜の夕食を、かなり楽しみにしているであろう事を、ここ数週間ともに旅したフランツは知っている。
そんなときフランツは心の底から思うのである。
――仲間とはいえ、食い意地の張った奴ら……と。
馭者のおじさんの愛情献立
朝方ファルディナの街を発って数時間、そろそろ本日の夕闇が近づいていた。最近、前よりも相当日が落ちるのが早い。まるで冬が足音を立てて近づいてきているようだ。
査察団一行の馬車は、日が落ちるとすぐに歩を止めた。
「あった、ここですよ隊長さん」
親爺さんと呼ばれる馭者のまとめ役である男が、振り返って胡桃色の髪の男にそう伝えた。
「この森の中か?」
示された森の中を見遣った男は、ケニー・フォート小隊長という。まだ若いのにこのエリート集団たる査察官を率いる、相当な実力者だ。
「勿論そうです」
親爺さんはそういうと、馬車を森の中に進めた。なんとそこには細いながらも馬車が通れる道がある。そしてその先に小ぢんまりとした広場があった。
「すご~い、森の中に広場があるよ!」
驚くアンナに、馭者は笑った。
「これはね、我々長距離を移動する馭者仲間にしか知られていない、キャンプ地さ」
森の中にありつつも、頻繁に利用されているらしいその場所に、馭者以外の全員が驚いた。
「馭者しか知らない休憩場所があるってのは噂で聞いてたけどなぁ……」
噂を目の当たりにしたリッツは、感心の声をあげた。自分たちが利用しやすいように、その上他人に荒らされないようにと、馭者たちの手によって所々このような場所が作られている事を知識として知ってはいた。
だが彼らは仲間内でその場所を教え合っていて、一般人に教えることは滅多にない。これは相当に幸運なことなのだ。今後もしこの道を旅することがあったなら、使わせて貰っても構わないだろう。
「今回は国王陛下が一緒だから特別だよ」
そういって笑う親爺さんに、エドワードが軽い口調で肩をすくめた。
「それは痛み入る」
そのおどけたエドワードの言葉が終わるやいなや、この広場にぐるりと輪を描くように馬車は止まった。到着だ。
「さあみんな、支度だ!」
リーダー格の男の言葉に、馭者が数人単位の組みになり、わらわらと散り始めた。
「?」
馭者以外の一行がぼんやりしている間にも、馭者たちの支度は続いている。彼らのうち数人が、このキャンプ地の中央にあった石組みを直し始めた。彼らの手つきは手慣れていて、テキパキと手際よくその石組みは組み上げられていく。
「お、かまどか!」
リッツが気が付いたときには、そのかまどの全貌が見えてきていた。気付くのが遅れた理由は、そのかまどの大きさである。
「でっかいねぇ~。しかも二つもあるよ!」
そうなのだ。馭者たちが組み上げたかまどは、かまどと呼ぶのが相応しいかと一瞬考えてしまうような立派な物だったのだ。それはかまどというよりもどちらかというと、立派な石組みのオーブンだ。だが、上の方を作るのが大変らしく、はかどっていない。
「おい、でっかいの(ヽヽヽヽヽ)手伝ってくれ」
親爺さんは明らかにリッツに向かって、明るくそう声をかけた。
「でっかいの(ヽヽヽヽヽ)って、やっぱ俺だよな」
リッツが苦笑しながら残った面々を見渡す。実は馭者たちにリッツが何であるかを、誰も教えていない。リッツがこの国の大臣だと知っているのは、ここにいる三人と査察官、そしてリッツ本人だけなのである。
笑いそうになって口元を抑えたのは、アンナとフランツだけではなかった。エドワードに至っては肩を振るわせている。当のリッツでさえ口元が緩んでしまう。
だがここで笑えないのは、国王・宰相・大臣のみしか上司を持たない査察官たちだ。彼らは一様に複雑な顔をしている。その中でも一層まじめなケニーが、その面に怒りを浮かべて立ち上がった。
「我が国の大臣にでっかいのとは失礼な……注意しますか?」
思わず顔をしかめたケニーを引き留めたのは、エドワードの爆笑だった。
「いいじゃないか、リッツは大臣になるの嫌なんだろう?」
「ああ、嫌だね」
不機嫌な顔を作ろうとしてリッツは失敗し、吹き出した。
「せめてでっかい(ヽヽヽヽ)のとしての役目を果たしてはどうだ?」
「そうするかぁ~」
リッツはヘラヘラと笑いながら頭を掻いた。
「ですが……」
なおも言いつのるケニーに、リッツは笑いかけた。
「俺は傭兵のお気軽な旅人なの。決して大臣じゃないからな」
「しかし……」
それでもやめないケニーに、リッツはつかつかと近づく。みるみる目の前のケニーが身を固くした。怒らせたかと思ったのだろう。だがリッツが取った行動はケニーの考えと正反対だった。
「ケニー、俺はな大臣の椅子を蹴っぽったんだぞ?」
「は、はあ」
「だからこの国に大臣はいない! な?」
ケニーの肩に両手を置いてポンポンと叩くと、ケニーの抗議など聞き入れもせずに、リッツは馭者たちの元へ歩み寄った。
「待ってよリッツ、私も手伝う!」
「……じゃあ僕も」
やることが無くて立ちつくしていたフランツとアンナも慌てて後を追ってきた。彼らは今までの習性から、何かをしていないと落ち着かないのだ。しかも今日はずっと馬車の中。体力が有り余っているのである。
「俺、何すればいいっすか?」
「石積み手伝ってくれ。あんたは力がありそうだ」
「任してください」
リッツは腕まくりをして石積みを手伝い始めた。リッツは本来、働くことが嫌いではない。実は頭を使う事務処理よりも、体を動かす方が数段好きだ。だから全くこういう作業は苦ではないのである。羨ましそうにこちらを眺めていたアンナが、馭者の背中をつつく。
「私の仕事、ないですか?」
振り返った親爺さんはアンナとフランツを見つめてから、指示をした。
「おう、嬢ちゃんは薪拾いだ。そこの坊ちゃんと一緒にな」
「坊ちゃんじゃありません」
「そうか、頼んだぞ」
耳に入ってきた会話に吹き出しそうになったが、フランツの機嫌を損ねるのも面倒だから、笑いを飲み込む。親爺さんは、フランツの抗議を露とも気に掛けていないのだ。それがおかしい。
リッツ達一行が各々の仕事を確保して、仕事にいそしみ始めた後、ケニーは気楽な旅人のような顔をして馭者に指示を仰ぐリッツを、複雑な顔で見つめていた。
その様子を見ていたエドワードは、黙ってケニーの隣に並んだ。気配を感じて振り返るケニーに、穏やかに微笑みかける。
「ケニー、あいつはそういう男だ。リッツにかしこまるのはかえって奴を嫌がらせるぞ」
困惑したような顔で、ケニーはエドワードを振り返る。
「陛下……」
「あいつは大臣じゃないリッツだ。しつこくいったらしまいには斬られるかもしれんぞ」
実際にはリッツという男はそこまで気短ではないが、リッツを知らないケニーには十分な脅し文句になろう。それに国王にそういわれてしまっては、いくら真面目なケニーとしてもこれ以上の反論をする余地がない。ふと辺りを見渡すと、他の査察官達も馭者たちの仕事を何かと手伝っている。何もしていないのはケニーとエドワードのみだ。
「手伝ってきます」
言葉少なにそういうと、ケニーが数歩先にいた、親爺さんの元へと向かった。澄んだ空気の中二人の会話がよく聞こえる。
「私も何か手伝いましょう」
だが馭者は手を振った。
「隊長さんは休んでてください。陛下もお一人では退屈でしょうし、隊長さんは何かと気を使っておられる。休めるときに休んでおくのが旅の大前提ですぞ」
「しかし……」
なお一層困り、言いよどむケニーにとどめを刺したのは、その場に居合わせたリッツだった。
「そうだそうだ。何にもしてない俺らがやるから休んどいてくださいよ、隊長さん」
「……大臣……」
「リッツだろ、言ってみろ?」
「そんな事……」
二人のやり取りにエドワードは一人笑みを浮かべる。リッツが完全にケニーで遊んでいるのが確かだからだ。じっと見つめるリッツに、結局根負けした形で、ケニーは深々とため息を吐いた。
「分かりましたリッツさん、仰せの通りに小官はあちらで休んでおります。何かあったらすぐに参りますのでお呼びください」
ケニーはリッツの名前を呼びつつも、この国の大臣に接している口調でそう返した。それがケニーに出来る精一杯の抵抗だったのだろう。
「あ、ああ任せろ」
嫌みなまでに丁寧なケニーの口調に、リッツは苦笑した。離れていながらも、はっきりそれを聞き取ったエドワードは思わず吹き出す。それをリッツに睨まれた。元の場所に戻っていくケニーを見ていた馭者がリッツの方を奇妙な顔で振り返った。
「おい、兄さん。あんた一体何者なんだい?」
「国王が国王になる前の悪友っすよ」
それ以上深く突っ込まれる前にと、リッツはそそくさと仕事に戻った。
全ての準備が整ったところで、親爺さんの夕食の支度が始まった。お手伝いに名乗りを上げたのは、誰よりも食べ物に興味のあるアンナである。
その他に手伝いを追えた面々は、各々寝る場所を作るために他の仕事に移った。
「いいかいアンナちゃん、まずこのカブとタマネギと人参を剥いてくれんかな?」
「は~い」
親爺さんが手渡したのは、小さいナイフだった。アンナは慣れた手つきで剥いていく。その間におじさんのパン作りが始まった。野菜を剥きながらも、アンナはそちらが気になって仕方ない。
「わぁ、全粒粉の小麦粉だぁ!」
アンナの歓声におじさんは顔を上げた。
「グレイン産の最高級小麦粉を引いたもんだよ。これでパンを焼くと香ばしくて美味いぞ」
「うわぁ……」
アンナは、全粒粉の小麦粉に薄力粉を入れ、優しく混ぜてからミルクを入れるおじさんの手元をうっとりと見つめていた。
二種類の小麦粉とミルク……一体どんなパンが出来るのだろうか……。
「これ、手がお留守になってるぞ」
「あっ!」
アンナは慌てて自分の仕事に戻った。約二十人分の夕食なのだから、野菜の仕込みだけでも大量だ。終わらなかったら話にならない。
全ての野菜をむき終わるのと、おじさんが人数分のパン生地の成形を済ませるのがほぼ同時となった。
「さあ、先にシチューを作り始めるとしよう。アンナちゃん鍋に水とラム肉を入れてくれ」
「ラム肉とお水っと……」
大鍋に細切れのラム肉二キロを入れ、水を注いだ。肉が水に全て浸かったところで、親爺さんに静止される。
「それでいいぞ。じゃあかまどにかけよう」
二人がかりで鍋を運ぼうとしたものの意外に重く、上手く運べない。鍋自体も重い上、肉と水も重い。その上アンナは女の子、親爺さんはご老体だ。
苦労しながらえっちらおっちらと運ぶ二人を見て、リッツが加勢してくれた。後から割り込み、ひょいっと鍋を一人で軽々と持ち上げる。彼にはこのくらいお茶の子さいさいだ。
「さすがリッツ!」
鍋をかまどにかけたリッツに、アンナと親爺さんは拍手を送る。
「これくらいで褒められてもなぁ~」
照れながら戻るリッツに笑顔で手を振りながら、アンナとおじさんの料理は続いた。
先ほどアンナが皮を剥いた野菜を軽くバターで炒めて、ラム肉の入った鍋に戻す。後は塩胡椒と、アンナ達の持っているハーブを入れてぐつぐつ煮込むだけだ。
パンはおじさんが、かまどの中に鉄板を使った棚を作って入れた。これで膨らんで来たらいいらしい。
ぐつぐつと煮えたぎる鍋をかき混ぜ、時折アクを取りながら、アンナはその香りにまたまたうっとりと目を細めていた。お腹が空いているときに野菜と肉の香り……これはたまらない。
だがアンナ以上に目を輝かせていたのは、料理に参加していない馭者たちだった。
「楽しみだよな、オヤジさんの夕飯」
「だよなぁ、美味いよな」
それを聞いていたリッツとフランツは、顔を見合わせた。嬉々として話し合う馭者たちの様子からして、いつもこのおじさんが料理を作っていること間違いなしと考えたのだ。
「あのおっさん、料理得意なのか?」
当然割り込んできたリッツに、馭者たちは頷いた。
「そりゃあもう。オヤジさんは昔、馭者か料理人どっちになろうか悩んだ、ってくらいの料理好きでさ」
「馭者か料理人か?」
フランツは首をかしげた。その二つの職業の間には、かなりの差がある。何故その二つで迷うのだろう。
「そうさ。オヤジさん、馬が大好きでさ。そんで料理も大好きだったんだってよ」
なるほど、馬か料理かを考えた末、馬を取ったのか。
「その上馭者ならいろんな場所に行くだろ? いろんなもん食える、って事でこっちに決めたらしいぞ」
人に歴史あり、親爺さんに苦悩ありである。
一方、そんな話をされているとは露とも知らぬアンナと親爺さんは、料理の最終段階に入っていた。
ラム肉と煮くずれてきた野菜の味がスープにほどよく溶け込み、コクとまろやかさを生み出している。この絶妙なハーモニー……。
仕上げに入れたのは、赤ワインである。これで甘みを抑えちょっぴり大人の味に仕上げる。かまどに入っていたパンも、こんがりと香ばしく焼き上がっていた。
「おじさん、完成?」
待ちきれずに尋ねるアンナに、おじさんはニコニコと答えた。
「まだまだ。もっと煮込んでラム肉をとろける柔らかさに仕上げるのさ。それからマッシュポテトを作って皿に一緒に盛りつけるっと」
「わぁ……」
アンナにはもはや言葉が出ない。よだれを流さん程にうっとりと鍋の中身を眺めるその出来上がりを想像していた。
それだけでも幸せだったのに、親爺さんはアンナにこれでもかの最終攻撃を食らわせた。
「アンナちゃんは甘い物好きかな?」
「! 大好きです!」
「じゃあ、アップルパイを焼こう。マッシュポテトだけじゃ、時間が余るからね」
「はい<」
シチューにパン、マッシュポテト……それだけでも嬉しいのにデザートまで付くとは……。アンナは後に訪れるだろう至福の時間を想像して、一人うっとりとため息を吐いた。
「よし、わしがパイ生地を練るから、アンナちゃんはジャガイモを剥いてくれるかな?」
「はい<」
一日目 馭者のおじさんの献立
野菜とラム肉のシチュー(アイリッシュシチュー)
マッシュポテト
ブラウンブレッド
アップルパイ
(その他 酒のつまみ数点)
「!」
シチューを口に運んだ瞬間、フランツは絶句した。
このまろやかな肉の風味……タマネギ・カブ・人参から染み出した自然な甘みと、それを全て調和させているほのかな赤ワインの酸味……。
共に入れられたハーブが、口の中にさわやかな香りを運ぶ。そして時間をかけて煮込んだメインのラム肉は、舌の上でさらりとほどけるように溶けた。
まさに、絶品である。
「美味しい……こんなに美味しいシチューは初めてだ」
食べ物にそんなに執着しないフランツなのだが、思わずうっとりとため息を吐いてしまった。今までこんなに美味しいと感じた料理があっただろうか?
過去まで振り返らせるほど、この料理はすばらしい味わいなのだ。隣に座っていたリッツが、フランツの言葉に頷きながらため息を吐いた。
「旅の途中の森ん中で食えるもんじゃねぇぞ、この味……」
「うむ。王宮料理人と負けず劣らずの旨さだ」
高級品を食べ慣れているはずのエドワードですら、その味に目を細める。
「陛下、褒めすぎでございますよ」
親爺さんは恐縮することしきりである。
この料理の味は、先ほどまでずっとしかめっ面をしていたケニーの心も溶かしたようだった。田舎料理とはいえ、人々を幸せにする味こそ、料理の神髄なのだ。
皿に盛られたバターたっぷりのマッシュポテトに、これまたたっぷりのシチューをかけて食べる。これがまた違った濃い味を醸しだし、一皿で二度美味しい料理となった。
「おじさん、これ美味しいよ~。パンに付けたらもっとコクが出るね!」
手伝っていたアンナも、うっとりと食事をしている。この場にいる全員が至福のため息を漏らし、夢見心地にシチューを口に運ぶ。他人から見れば少々異様なこの光景も、食事している本人達は全く気が付いていない。これでもし、猛獣に襲われるようなことがあったら、きっと全員があっという間にあの世に行ってしまいそうだ。それほど今の彼らには警戒心がなかった。
大量に作ったシチューはあっという間に売り切れ、これまた大量に焼いたブラウンブレッドもあっという間に消え去った。大満足の夕食だ。
そして夕食後には、いつの間に作ったのか、酒のつまみがたんまりと作られていた。酒を飲むものはつまみを食べつつ、飲まないものは会話を楽しみながら楽しく夜を過ごしている。リッツは勿論酒を飲む方に入っている。エドワードもまたしかり。この二人は元来の酒好きなのだ。といってもエドワードは騒いでいない。一応国王なので、大人しくしているようだ。その分酒の量は誰よりも多い気がする。
フランツとアンナの酒を飲めない組と、酒を飲むと仕事にならない査察官達は、その騒ぎを尻目に、仕上げのアップルパイを口に運んでいた。
これもまたサクサクのパイ生地に包まれた甘すぎず、酸味が適当にあるリンゴとシナモンの香りが調和して絶品に仕上がっていた。
「おじさん、どうしたらこんなに料理が上手になるの?」
アップルパイを抱えたままアンナは親爺さんに尋ねた。親爺さんも酒を飲まず、鍋などを片づけながらニコニコとしている。酒好きの航行や好々爺といった見た目と反して、親爺さんは酒がそんなに強くないとのことだった。
親爺さん曰く、片づけまでが料理なのだそうだ。すっかり冷たくなった夜風の中、薪に辺りながら査察官達も、親爺さんとアンナの世間話に耳を傾けている。
アンナの疑問におじさんは簡単に答えてくれた。
「愛情さ」
「愛情?」
意味が分からずアンナが首をかしげた。そんな彼女に、おじさんは分かり易く説明している。
「そうさ。料理に対する愛情、食材への愛情、食べてくれる人に対する愛情。沢山の愛情がこもっているから美味しい料理が作れるんだよ」
「沢山の愛情かぁ~」
何となく納得したようなしてないような、そんなアンナに親爺さんは尋ねた。
「アンナちゃんは好きな人がいるかい?」
「うん。お養父さんでしょ、リッツでしょ、フランツでしょ、エドさんでしょ、あと友達のリラとディルとか……」
延々と続きそうなアンナの言葉に、親爺さんはにっこりと微笑んだ。
「好きな人たちに料理を作ってあげるとき、アンナちゃんはどう思って料理を作るんだい?」
「喜んで食べてくれるといいなぁって思って作るよ」
「そうだろう。喜んで貰うために、一生懸命材料を選んで、一生懸命作るだろう?」
「うん」
親爺さんは再びアンナに笑いかけた。
「それが愛情ってもんだよ」
「そっか!」
完全に納得したらしく、アンナは元気に頷いた。愛情を持って料理を作れば、美味しい料理が作れる。それはアンナにとってとても納得がいく考え方だったらしい。
だがそこで終わらないのがアンナ・マイヤースという少女なのである。
「今日はおじさんが美味しい料理を作ってくれたでしょ? だからみんなでお返ししようよ!」
「アンナ……何言って……」
思わず突っ込んだフランツに、アンナは迫った。
「フランツもそう思うでしょ?」
「え?」
「ケニーさんもそう思うよね?」
「は?」
何だかよく分からないアンナの言葉に、フランツとケニーはポカンと口を開けた。
「だからね、明日から料理は当番制にしよう!」
「アンナ、何言ってるんだ!」
慌てたのはフランツである。折角料理から解放されたと思ったのに、何故また作らねばならないのだ。だがこうと決めたらテコでも動かないのが、アンナなのである。
「明日は、ケニーさん達が作って、明後日は私たちが作るの! 愛情たっぷりのご飯をおじさんにお返ししたらいいと思う」
「いや、それは……」
言いにくそうにアンナへ意見するケニーを無視して、アンナは立ち上がってリッツとエドワードの方に駆けていく。こうなるとアンナは何も耳に入らなくなってしまうのだ。
「リッツ、エドさ~ん、聞いて聞いて!」
「待ってアンナ!」
フランツはアンナの背中に声をかけたが、諦めたようにため息を吐いた。
「勝手なこといって……」
だが、そんなやりとりを聞いていた親爺さんは爆笑した。
「はっはっは。愉快な子だな、アンナちゃんは!」
笑い続けるおじさん、呆然とするフランツとケニーの事などお構いなしに、アンナはリッツとエドワードに大声で話している。
もしかしてリッツがアンナに何か言ってくれるかと思ったのだが、リッツはかなり出来上がっているらしく、アンナの提案に楽しげに答えた。
「あいじょ~料理? いいんじゃん、それ。愛、うんいい響きだなぁ。いい考えだよなぁ、エド」
冷静に見えるエドワードも結構酔っているらしく、にこやかに頷いた。
「いい考えだぞ。やはり民に接するには愛情を持ってしないとな」
全然関係ないことを言っているエドワードだったが、アンナはこの二人が了解してくれたと思いこんだらしい。
「決まりだね!」
アンナの言葉に、フランツはため息を吐いた。
また当番制の食事の支度がやってくる。しかも今度は約二十人分だ。これが憂鬱にならずにいられるか。
そんな自分のことで頭がいっぱいだったフランツは、気が付かなかった。最悪の事態になっているのは、彼ではなく査察官達なのだ。
査察官達は、ケニーを見つめて青ざめた。ケニーはもっと青ざめた。その理由は明日明らかになる。




