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初めて見る美しい町並みに、先に馬車を降りていたアンナが物珍しげに周りを見ていた。
フランツもそれに倣って当たりを見渡してみる。故郷を初めて離れたフランツにとって、こんな大きな街はサラディオ以来だ。だがサラディオとは規模が違う。明らかにこちらの街の方が大きいのだ。それにファルディナの街はサラディオとは全然雰囲気が違っている。
サラディオと共通しているのは、街の中心に旅人の街道が通っていることだ。その街道は、馬車を降りたこの広場で十字に交わっている。ユリスラに存在する自治領区の中心になる街は大抵同じ作りになっているとリッツに聞いてはいたが、実際に目の当たりにするのはこれが初めてだ。。
整備された立派な立て札を見てみると、南北の街道は王都と北部を結ぶことからシアーズ街道というらしい。東西に延びる街道は少しだけ今まで歩いてきた街道よりも細く、ファルディナ街道というようだ。
道が交差する丁度真ん中に三人は馬車で降り立ったことになるらしい。
そこは街のちょうど中心に位置する広場のようだった。相当広いこの空間の中央に一段高くなっていて人々が憩い、出店が数店並んでいた。公園になっているのかも知れない。鳥たちが子供の手からパンくずを貰っている姿も見える。
その広場の周りを幾重にも馬車が円心上に行き交い、四方へと散っていく。一方向にしか馬車が巡らず、そのため事故も起こらずスムーズに移動できるようだ。
靴に感じる不思議な歩き心地に足下を見ると、地面は焼煉瓦が敷き詰められた赤い石畳になっていた。
改めて見上げると、サラディオに比べて建物が高い。広場と馬車の道を囲むようにずらりと三、四階建ての建物が並んでいるのだ。高い建物になると五、六階建てになるものも多数ある。
その建物の間を縫うように、道が四方八方に延びている。大きな通りには所々にガス灯が並んでいるから、夜も明るいのだろう。
「まずは宿だな」
ぼんやりしていると、リッツの呟きが聞こえた。振り返ると、いつも通り元気すぎるアンナが嬉しそうに飛び跳ねている。馬車だったからきっと、体力が有り余っているに違いない。
「わーい! 昼ご飯だ!」
「……違うだろ」
無意識に突っ込んでしまった。これはもう条件反射だ。この二人といるようになってからしばらくたつが、何だか少し二人のノリに感化されてきたような気がする。
「え~、なんで? もうお昼だよ?」
「ずっと馬車の中にいたのに、お腹すくわけ?」
「? もちろん。ね、リッツ!」
「当たり前だろ。時間が経てば腹がこなれるもんな」
「……そう」
食欲はないが、何かを食べさせられることになるのだろう。小さく溜息をつくと、リッツとアンナがガイドブックを真剣に眺めている姿を傍観する。
最初は楽しそうにガイドブックを広げたアンナだったが、リッツの指摘で徐々に落ち込んでいく。
そこには、どれも観光に来た多少裕福な客が泊まるような場所ばかりが載っていて、役に立ちそうもなかったのだ。懐が少しだけ潤っているとはいえ、三人に必要な条件は高級感ではなく、安全で、安くて、しかも食事が美味いことなのだ。
結局、広い街中をむやみに探すのも面倒だったから、『観光案内所』と看板が出された建物に入って宿を紹介して貰った。観光が売りだというファルディナらしく、観光案内所の人々はかなり親切で、旅人である彼らを暖かく迎えてくれたのだ。
そこで紹介されたのが、広場から十数分歩いたところにある『緑の森亭』と言う宿だ。
かなり安いことには理由があると、案内所の係員が笑いながら言っていたのが気に掛かったが、三人の条件に合いそうなところはここぐらいなものだった。
簡単に書かれた地図を手にしたリッツを先頭に、思い切り田舎者丸出しで回りを見渡しつつ街をそぞろ歩く。活気があっていい街だ。あのヒースとか言う男が行っていたような雰囲気は感じられない。
案内所の係が言っていたよりも、かなり長い時間かけてたどり着いたのは『緑の森亭』という宿だった。裏通りに面していて、道の両側に隙間なく立ち並ぶ建物の中の一つがその宿で、扉にかかった木の看板といい、何となく柔らかな雰囲気のある、快適そうな宿だった。
どんな宿になるかと気にしていたから少し安心すると、リッツはの声が耳に入った。目をやると、リッツは宿の正面を見て苦笑していた。
「安い理由が分かったぞ」
「何?」
「見てみろよ」
フランツが視線を向けると、アンナが隣に並んだ。
「え? 何々?」
リッツが指さした建物の入り口にかかっていた看板を、アンナが声に出して読む。
「『王都防衛隊ファルディナ駐留部隊』あ、ヒースさんの仕事場だね!」
「そ。羽目を外して観光したい観光客にとって、目の前が軍の関係施設じゃ気が抜けねえだろ」
確かにそうだ。酒を飲んで騒いだりする輩がいれば、すぐに取り押さえられてしまうだろう。フランツにその心配はないが、観光客の気分は何となく分かる。
「でも、ここって、目的地だよね?」
アンナが屈託無く笑う。
「探さなくて済んでよかったね!」
「……まぁ、そう考えたらそうだよな」
リッツが頭を掻いた。確かにこの広いファルディナの街の中で隊舎を探す手間が省けたのだから、丁度よかった。
いつまでも立っているわけにもいかず、三人は目の前にある宿屋、『緑の森亭』の少し重そうな木製扉を開いて店内へと足を踏み入れた。
こじんまりとした店内は、いぶしたような木材で統一されており、無骨ながら暖かみを感じさせられるような作りだった。
窓は少し小さめで、外から中を見るには不便だが、中から外を見ることはよくできた。間違えても暗い印象ではない。
客席は二十ほどだろうか。お昼が過ぎたからか、店内には客がちらほらいる程度である。 後から入って来たリッツが、奧に向かって声をかけようとした時、元気な声がかかった。
「いらっしゃいませ!」
迎えてくれたのは、想像以上に若い女性だった。いや女性というよりも少女だ。見た目がアンナよりも数歳若い。おそらく十二、三歳だろう。
堅そうなブラウンの髪を、ポニーテールにしている、細身でボーイッシュな少女だ。
「いらっしゃい!」
続いて野太い声が彼らを迎えた。ずんぐりむっくりした、ちょっと太めの男である。身長は高くないが、その姿は人を圧倒させるものがある。
何より印象的なのは、少女と同じ色、質感のもじゃもじゃと縮れた、堅そうな顎髭と、対照的な光輝く頭であった。
「観光案内所で聞いてきたんだけど、数日泊まれるかな?」
宿の主人をしげしげと眺める二人に構わず、場慣れたリッツが声をかけると、男はにこにこ満面の笑みを浮かべて大声で答えた。
「勿論空いているとも!」
「んじゃ、二部屋頼むよ。二人用と一人用ね」
「はいよ! リラ、お客様を案内して差しあげろ」
「は~い、パパ!」
男の言葉に元気に応えた先ほどの少女リラが、屈託無くにっこりと三人を出迎えた。
「いらっしゃいませ、『緑の森亭』へようこそ!」
大きな瞳に、はつらつとした仕草、とてもこの男の娘とは思えない。
「全然似てねぇ親子だな……」
ぼそりと呟いたリッツにアンナが頷き、二人の視線がゆっくりとこちらに向いてきた。言いたいことは分かっている。フランツとフランツの父親が似ていないことを、二人は未だ口にするのだ。
特に本当の親がいないアンナは、親子に興味があるらしく、しつこい。
分かっているが不快だから、二人を睨みつけてやった。すると、突然フランツは誰かに肩を掴まれた。
「おい」
唐突に投げかけられた男の言葉に、フランツは固まった。肩を掴んでいるのは宿の主だ。こわごわと振り向いたフランツの目に移ったのは、満面の笑みを浮かべた主人の姿だった。
「お客さん、飯は喰ったかい?」
その言葉に力が抜ける。どこもかしこも、何故飯の話なのだ。
黙ったままのフランツから、男はリッツとアンナに視線を向けて話しかける。
「どうだい?」
「まだです! お腹空きました」
アンナはお腹をさすりながら照れ笑いをしている。すると男は嬉しそうに笑った。
「飯を喰わねぇと力が出ねぇぞ! 支度しといてやるから早く荷物置いて来な。泊まり客へのサービスさ」
ひげ面で強面に見える男だが、見た目と中身は違って親切な人物らしい。
「お部屋はこっちです」
三人ははつらつと動くリラに伴われて、案内されるままに店の奥へ向かった。
通路の突き当たりには少々狭めな階段を上り、彼らが案内されたのは三階だった。
少女によるとこの宿の部屋は三階と四階だけで、一階はレストラン、二階は彼らの住居に使っているそうだ。ちなみに部屋数はたった八室だけなのだという。母親はすでに死亡しておらず、この宿は普段、あの主人とこの少女だけで運営されているらしい。だが観光シーズンには夜に酒場をしているので、近所から親戚が手伝いに来てくれるのだそうだ。
楽しげに、でもかなり快活にまくし立てるように説明をしたリラは、扉の前でくるりと立ち止まった。
「こっちが一人部屋で、こっちが二人部屋です。どっちかはお客さんが決めてくださいね。あ、部屋が気に入らなかったら別の部屋を用意できますよ。今は観光のオフシーズンで暇ですから」
「暇なんですか?」
アンナの問いかけに、少女はにっこりと笑う。
「だって秋に咲く花は少ないでしょう?」
やはり花の街の観光は、春がメインらしい。アンナが残念そうにリッツを見上げ、リッツが苦笑しながらアンナの頭を叩いている。そういえばアンナは花が食べたいとリッツにごねていたのだった。
「朝ご飯は十時までで、お風呂は調理場のボイラーの火が入ってる時間じゃないとお湯が使えないので気をつけて。夜ご飯は八時より前にお願いしますね。今のシーズンは酒場をしてません」
弾丸のような説明に、リッツは肩をすくめ、フランツはその勢いに軽く飲まれた。
「分かった。ありがとう」
リッツが懐から小銭を取り出して少女の手に乗せると、少女は嬉しそうにそれを受け取って頭を下げた。
「ありがとうございます。ごゆっくり」
駆けだしていく少女の背中で、ポニーテールが元気に揺れる。
案内係に払うチップという制度を、フランツは旅に出てから知った。リッツはいかにも当然のように、軽く払う。これが大人と言うことだろう。
「ごゆっくりどうぞ~」
リラは笑顔で、階段をリズミカルに下りていった。
「怒濤のようだね」
部屋の前に取り残されたフランツはぽつりと呟いた。必要な事は大体全部説明してくれたが、早すぎて相づちも打てなかった。
「でも、しっかりした子だなぁ」
感心しきりといった様子のアンナがしみじみといった。妙に年をとって見える物言いだが、ずっと孤児院の世話役をしていたアンナからみると、都会っ子の少女が驚異的だったのだろう。都会の子供と田舎の子供では、きっと感覚が違うはずだ。
三人はとりあえず荷物を下ろすべく部屋に入った。
前回はフランツ&アンナ、リッツが一人部屋とい不思議な組み合わせになったわけだが、今回は自然にリッツとフランツ、アンナが一人部屋に決まっる。
当然アンナが女だから一人部屋……ということが表向きの要因だ。
でも本当のところは、やかましいアンナに叩き起こされることなく、平穏な朝を迎えたいという、男性陣二人の切なる希望である。
アンナの起こし方は決して優しくない。孤児院で二十人弱の子供を叩き起こしていたのだから、当然のことだが、それがフランツとリッツには辛い。
フランツの場合は、起きる前に揺すられ、それから布団を勢いよく総て引きはがされる。秋も深まったこの季節にだ。おそらくそれが孤児院で寝起きの悪い子の起こし方なのだろう。
目覚めてすぐに全身を震わせながら抗議するのは酷く腹立たしい。もっとも抗議したところでアンナにこの苛立ちが届くことはないのだが。
それでもリッツに較べればまだましだ。
リッツは宿では毎朝のようにアンナに飛び乗られている。トゥシルで薬を待つ間の三日間総てそうだったのだから、可哀想としか言いようがない。
毎朝リッツの機嫌の悪い呻き声を聞かされると、気の毒だとは思うが、こちらにアンナの火の粉が及ばないよう、何も口にしないことにしている。
不思議なのだが、フランツと比べれば格段に寝起きがいいはずなのに、アンナは何故か普通にリッツを起こさない。声すら掛けずに突然『リ~ッツ、おっはよ~!』と飛び乗られてしまうのだから、リッツとしても避けようがないらしい。
ごくたまにリッツは「俺はベットマットじゃねぇ」と文句をいうが、アンナに通じるわけもない。
旅路ではごく浅い眠りしかしないリッツだが、宿ではとにかく寝起きが悪い。だがフランツはその理由を知っている。
おそらくリッツはアンナに抵抗しているのだ。普通に起こしたら普通に起きてやるが、こうやって起こしたら起きてやるもんかという、子供じみた抵抗なのだろう。
だがどう見ても、リッツのこの作戦は間違いだと思う。アンナは抵抗しないリッツに対して、やりたい放題だ。
リッツ曰く、孤児院で常に大人としての行動が求められていたアンナにとって、これはその反動なのだろうという。今までやりたかったことを我慢してきたから、子供たちがヴィシヌでリッツを起こしていたのを見て、面白そうだと思って実行しているのだろうと考えているそうだ。
だから旅に出てからは、やりたいことはとりあえずやらせてやろうと思っているのだろう。
フランツから見ると呆れるぐらいに、リッツはアンナに対して度量が広い。きっと未だに前の村で死なせそうになった責任を感じているに違いない。確かにあれはリッツのミスだった。
アンナと分かれた静かな部屋で、フランツは荷物を投げ出してようやく一息つく。
部屋は、やはり食堂と同じように無骨な感じだが、その無骨な家具の上にちょこんとかわいらしい花が乗っているところが、意外だがあっていた。あの少女が生けているのだろうか
道路側には大きめの窓があり、正面のファルディナ駐留部隊舎がよく見える。
ようやく荷物を下ろしたリッツは、肩を回してこりをとっている。口にはしないが、フランツは何となく悪い気もしている。いくら力持ちでも、あれだけの荷物を抱えているのは大変だろう。
柔らかいベットに座り込むと、自分が疲れていたことをいっぺんに思い出して、どっと疲れが蒸し返してくる。
昼ご飯、いらない。夜ご飯も、場合によってはいらない。気が済むまで寝かせて欲しい。
ほとんど何も考えられない状態でぼんやりしていると、軽装になったアンナが飛び込んできた。反射的に身構えたが、アンナのターゲットはいつも通りリッツだった。彼女には疲れという文字は存在しない。
「リッツ、すごいんだよ! あのね、兵隊さんがお仕事してるの見えるんだよ!」
そんなことに興味のないフランツは、ぼんやりと何を見でもなく座っていた。目を動かすのすら面倒だ。だがリッツは騒ぎ立てるアンナの言葉に渋々立ち上がり、外をのぞいている。
「おいおい、こんなに丸見えでいいのか?」
リッツが苦笑いしながら呟く。何気なく視線を向けると、兵士がなにやら書き物をしていたり、話しているのが見えた。
「見えちゃ駄目なの? だって悪い事してないよ」
「いや、そういう事じゃなくて……」
「じゃあどういうこと?」
「……」
リッツはアンナに説明するのが面倒になったようで、口調をがらっと変えてフランツとアンナに声をかけてきた。
「腹減ったよな。俺は腹ぺこだぜ?」
「は~い。私も私も!」
疑問はどこへやら、アンナが元気に手を上げた。食べることを前にしたら、何の興味も後回しなのだろう。
「フランツも行くよね? ね?」
逃れられなそうなアンナに、フランツも渋々立ち上がる。本当は食事よりも少し寝たいところだが、馬車で楽をしてしまった手前、そんなことは言えない。
それに食事を抜くと言えば、アンナの『どうして攻撃』に曝される事になる。それも面倒だ。
三人が下に降りていくと、丁度宿の主人が食事の支度を終えたところだった。
「お、きたな。さあ食べてくれ」
宿の主人が指し示したテーブルに先には、立派な昼食が並んでいた。
「わぁ~綺麗だね!」
アンナが料理を見て歓声を上げた。ローストビーフサンドに、トマトスープ、そして野菜と美しい花々が散らされた綺麗な色のサラダだった。赤や黄色、青などの何色もの花が、サラダの上に載せられ、さながら花畑のようだ。
「喜んでもらえたかい? これは今年最後の花サラダだよ。あとは春まで食べられないぞ」
サラダから目を離さずにいるアンナを座らせて、主人は笑った。
「これはすごいな」
緑の野菜にちりばめられた、極彩色のあまりの鮮やかさにリッツとフランツもそのサラダに大注目してしまった。綺麗と言うより、毒々しいと感じるのはフランツだけだろうか。
「……食べられる?」
花々の原色そのものの色に思わず呟いたフランツに主人は胸を張って答えた。
「勿論さ。これがこの街の自慢の品だからな」
不審気なフランツとは対照的に目を輝かせるアンナを見て、リッツが笑ってアンナに言った。
「良かったな、念願かなって」
「うん! いただきます!」
嬉しそうに食べ始めるリッツとアンナにため息をつきながら、フランツも食事を口に運ぶ。一口食物が入ると急にお腹が空いていたことに気が付いた。
花のサラダもあまりに鮮やかすぎる色合いに多少腰が退けたが、食べてみるとなかなか美味しかった。当たり前かもしれないが、花にも色々な味があるのだと初めて知る。主人の外見から想像がつかなかったが、主人は相当料理上手だ。
「おじさんが作ったの?」
アンナは食べながらも、昼の営業の片付けをする主人に尋ねる。その度に彼は、面倒くさがりもせずに手を休めず顔をあげて答えていた。さすが客商売だ。
「ああ、そうだ」
「すごいなぁ、私に教えて欲しいな」
「いいとも!」
「嬉しい!」
強面なのは外見だけで、会ったばかりのアンナにも、気さくに接してくれる優しい男のようだ。
教えてもらう約束を取り付けたアンナは大喜びだ。これでこれからアンナの食事作りの時間は、益々長くなっていくのだろう。
美味い物を食べられるのはいいが、待ち時間が長くなるだろう事に、リッツとフランツはこっそりため息をついた。
ちなみに花サラダは、辛みのある黄色の花、甘みのある赤い花、苦みのある青い花とシャキシャキの野菜がマッチしていて、相当美味だった。
でもアンナはこの花サラダだけ教わることが出来ないようだ。何故ならこの街以外で食用の花を手に入れることは相当難しく、手に入ったとしても相当高額商品らしい。
「ドレッシングだけ習うもん!」
ちょっと寂しそうなアンナに苦笑しながらも、三人は楽しい食事時間を過ごし、とりあえず三日分の宿泊代金を主人に支払った。
リッツによると、どう考えてみてもヒースが戻るまでに五日ぐらいはかかるだろう、ということだった。王都まで早馬で飛ばして往復すれば二日だそうだが、息は乗合馬車だし、軍を率いてくるならば相応の時間がかかるだろうとのことだ。
何日の滞在か分からないというと、宿の主人は別段面倒くさがるでもなく、残りの支払いを最終日精算にしてくれるという。確かに観光案内所で紹介された通り、親切な宿だ。
しばし腹ごなしのティータイムを過ごした後、フランツはリッツと一緒に街へ様子を見に出かけることにした。嫌々なのだが、街を見てみたい気持ちも正直少しはあった。ファルディナはサラディオと同じ立場の街だからだ。
だがこういう時には、いつも大張り切りのアンナは、まだ料理の事に夢中で、珍しく留守番しているといいだした。宿の主人に料理を習うらしい。決めたら即決行もアンナの性格だ。
「いってらっしゃ~い」
笑顔で手を振るアンナに見送られつつ、最低限の荷物を持った二人は、主人にアンナのことを頼みこんでから、『緑の森亭』をあとにした。
少し薄暗かった宿から出ると、眩しさに眼を細めてしまう。フランツは空を見上げた。いい天気だ。
二人はいったん馬車の着いた中央広場へ出てから、街の中を散策することにした。ここからなら街の至る所へいくことが出来る。
街は人が多く賑やかだ。活気に溢れていて、様々なところでたむろう人々や、くつろぐ人々がいた。至って平穏な光景だ。
フランツは、小さく息をついた。サラディオと違って自分を見る視線がないのが心地いい。街の外に出ることはこんなに簡単に自分を解放してくれることだったのだ。
ましてやここはサラディオ自治領区でもない。もうルシナ家の事など誰も知らない。それがこんなに気が楽だとは思わなかった。
「やっぱり完全に平和ってわけでもなさそうだな」
隣のリッツが同じ景色を見ていたにもかかわらずそう呟いた。
「え?」
「見てみろよ。たまに視線が険しい奴らがいる」
小さくいうと、リッツは指を差すではなくあごをしゃくって見せた。そちらを見ていると、行き交う人々が目をそらしあったり、にらみ合ったりしている光景が見られた。確かにヒースの言うとおり一発触発の人々もいるにはいる。
「敵対してるのかな……」
「まぁそうだろうな。でもそれほどひどい対立じゃなさそうだ」
リッツの言葉に頷く。確かに敵意を剥き出しにしている人は少なく、ほとんどの人が表向きは普通に接しているように見えた。
「ヒースたちの杞憂じゃない?」
「いや。そういうわけでもないだろうさ。ファルディナは観光の街だ。目立った騒ぎを起こして、人が来なくなったらそれこそ死活問題だ」
「ああ……なるほど」
確かに暴動が起こった街になど観光しに行く人はいない。何事かが起これば、一番被害を被るのは、この街の人々自身なのだ。
まだ騒ぎの当事者を見ていないから確かなことは分からないが、この問題がどんな方向に行ってしまうのか、少し見たぐらいでは分からない。まだ見る必要があるだろう。
二人は目的もなくあちらこちらへとブラブラしてみたが、街の様子は変わらない。
先ほどの諍いがあったように完全平穏ではないが、表向きは至って平和な街なのだ。まさかこの街で街を二分するような騒ぎになっているなんて、到底考えられない。
目的もなく歩き続けることに飽きてきた頃、リッツがふと足を止めてフランツに提案してきた。
「練習用の細身の剣、買ったらいいんじゃないか?」
この街は駐留部隊があるくらいだから品揃えのいい武器屋があるだろうというのだ。そこそこの武器屋ならフランツが扱えそうな物もあるだろうし、金額だってピンからキリまであるに違いない。
フランツは、少し考え込んでから同意した。見るだけなら見てもいい。だが金銭の都合上、買う買わないは別問題だ。今の所フランツは、自分が持っていなくてはいけないという切羽詰まった想いを抱いたことはない。
安ければ護身用に一本持ってても悪くないが、持っていても使えないから宝の持ち腐れになるだろう。リッツから少々の稽古を付けて貰うのに本当は少し欲しいが、考えれば考えるほど金が勿体なくて素直にそれを言えない。
リッツはそれに気が付いているのだろうが、何も言ってこない。財布を持っているのは、ほかならぬフランツで、決めるのもフランツなのだ。リッツは一度預けた財布の使い道を、色々言ってくる人ではない。
当然だが三人は各自いくらかの金を持っている。お小遣い名目で基本生活費とは別にフランツが配ったお金だ。
リッツはともかく、フランツは女性であるアンナの細々した物にまで口を出したくなかったからだ。その額の少なさにリッツは多少の愚痴を言ったが、本気で困っている様子はなかった。おそらくリッツは、自分用にこっそり隠している金があるのだろう。
現にトゥシルで事件が解決してから、こっそりアンナが寝てから飲みに出ていたのを目撃している。
中央広場から東にしばらく歩いていると、ようやく武器屋にたどり着いた。武器屋というより雑貨屋という感じだろうか? 本格的な武器屋には入りにくいが、これぐらいならフランツも入れる。
看板には『何でもあります。ご相談ください』などと書かれている。勿論武器・防具は売っているが、それ以外にも何だか色々な物が売っているようだ。
リッツに言い含められてフランツはとりあえず中に入ってみることにした。
店内は少々薄暗く、飾り付けも地味だったが、品揃えは驚くほど多かった。右にある棚には薬や道具が置かれていたし、店主である老年にさしかかった男の後ろは剣や、槍、弓などの武器が置かれ、そして左側には防具などが所狭しと並んでいる。
店主はこの雑多な中に何が置いてあるのか理解しきれているのか、少し気に掛かった。ここまでごたごたしていると、フランツの師匠ならもうすでに沢山の物を見失っているだろう。
「悪くないな」
リッツがそう呟く。フランツはお手上げだ。武器の善し悪しなんてさっぱり分からない。
「お客さん、どれにするかね?」
いかにも頑固職人風の店主がリッツに尋ねた。だがリッツは背中の大剣を示して笑う。
「親父、俺のはこれがあるからいいんだ。こいつのを見立ててやってくれよ」
「こちらの……ふむふむ」
真剣にフランツを見つめる店主の視線に、フランツは居心地悪くてリッツを睨んだ。
「そんなこといったら買うことになるだろ」
小声で抗議するもどこ吹く風と、リッツと店主は剣の品定めを始めた。真剣な二人の会話にフランツが入る余地はなさそうだ。
「この剣は軽くていいが、柄が弱いかもしれん」
「初めて持つからな、そんなに丈夫でなくてもいいんだけど……まあ一本目は、折れてもいいくらいに考えてさ」
しばらく聞いていたフランツだったが、そっと熱中している二人から離れた。使うはずの本人には剣の事について相談なしだ。
「誰の物を見に来てるんだか」
フランツはため息をつくと、店内にあった骨董品のような椅子に腰掛けた。これは長くなりそうだ。
永遠に続くかと思われた剣の品定めが、店の外から聞こえてきた子供の泣き声と、それをからかう数人の子供の声によって唐突に終了した。
「なんだぁ?」
リッツが店主を見ると、店主は眉を寄せて呟いた。
「噂の家の坊主だ。いつも街の子供たちにいじめられて泣いとる」
「噂?」
「ああ、宝物を隠してると騒がれとるんだ」
リッツとフランツは思わず顔を見合わせた。
「どうしていじめられてるんです?」
フランツが尋ねると、男は苦々しげに呟いた。
「街の連中が何を考えてるか分からん。子供まで巻き込むこともあるまいに」
リッツは、店主に剣数本をとって置いてもらうようにお願いしてから、店の扉に手をかけた。
「親父サンキュ、また来るわ」
言うと同時にリッツは店を飛び出していた。
「待ってくれよ、リッツ!」
思わぬ情報が子供から手にはいるかもしれない。そう思うとフランツものんびり座っていられない。慌てて椅子から立ち上がり、リッツの後を追う。
通りにでてみると、数人の子供が、一人の子供を取り囲んでいるのが目に入った。周りには数人の大人もいるのだが止めようとしている様子はない。
どちらかというと、子供から何か有利な情報を引き出せないかと興味津々といった風だった。何だかものすごく気持ちの悪い光景だ。街を二分する財宝の事を知るためなら、子供を犠牲にしても構わないというのだろうか。
「お前ら何やってやがるんだ!」
騒ぎの中心でリッツが、子供たちを一喝する声が聞こえた。
「大人までいながら何で止めねぇ!」
周りを取り囲んでいた大人たちを含めて、その場が怖いぐらいに静まりかえる。
「俺は、多勢に無勢ってのが気にくわねぇんだよ。喧嘩ってのはな、一対一でやり合うもんだ! 多勢に無勢ってのはな、くそ弱い奴らがやることだろうが!」
何故だかリッツは、周辺の子供たちに説教を喰らわしている。なんだかリッツが妙に年を食った子供好きな雷親父に見える。アンナに負けず劣らず、リッツも世話好きな子供好きなのかも知れない。
フランツは息をついた。このまま人垣の外でうろうろしてても仕方がない。とりあえず覚悟を決めて、嫌いな人混みへ人をかき分けて突入した。
人垣の中では、子供たちが完全に動きを止めていた。突然の大きな男の出現に恐怖しているようだ。
同時に大人たちも硬直したように固まっている。ごそごそ人垣をかき分けているフランツが、やけに目立つようになってしまった。
「お前もやられっぱなしで泣いてるんじゃないぞ」
ようやく人混みの輪の中心部に入ったフランツが見たのは、リッツがくすんだ金髪にそばかすの少年を諭しているところだった。明るいブラウンの瞳が、不安げに揺れている。これではまるでリッツがいじめいるようではないか。
ふと今来た方に目を向けると、人垣がどんどん増えている。嫌な状況だ。
「リッツ、人垣が増えてる。どうなってるんだ?」
ようやくリッツの横についたフランツが小声でリッツに尋ねる。彼らを遠巻きに眺めている周りの人間の視線が痛い。
「俺が知るか」
言いながらリッツが立ち上がる。
「何が観光の街だ。何が花の街だよ。子供一人が大人数に囲まれてるのに、大人が誰も助けようとしねえなんざ、碌な街じゃねえ」
リッツがぐるりと周囲の大人たちを、静かな瞳で見渡した。その瞳には怖いぐらいに冷淡な雰囲気があり、大人たちが言葉も無く息を飲むのが分かった。こういう時のリッツは、触れると斬られそうな鋭い雰囲気を持っている。
「ったく。着いてそうそう胸くそ悪いぜ」
そう言いながらリッツは、泣いていた少年を肩に担ぎ上げた。棒きれのように細い少年の足が、フランツの目の高さでぶらぶら揺れている。リッツの身長は、約二メートル。きっと少年の視界は、フランツよりも高いだろう。
「えっ、ええっ!?」
今まで泣いていた少年が、焦った声を上げた。だがリッツは意にも関せずの体だ。
「帰るぞ」
勿論フランツに、異論はない。少年を置いて行けばまた同じ事が繰り返されるかもしないなら、連れて行ってしまった方が早いだろう。
「どけどけ、見せもんじゃねぇぞ」
抱え上げられた少年は、あまりのことに声も出ないようで、泣くのも忘れて目を見開いている。肩に抱えられる姿は、まるで猟で捕まった子鹿のようだ。
声を潜めてこちらを無遠慮に眺める視線を後目に、彼らは足早に『緑の森亭』に退散した。これ以上見世物になるのはごめんだったから、疲れていても足は動く。
人に見られるのは嫌いで旅に出たのに、何故こんなに注目を集めてしまうのかと思うと、溜息が出る。やはりリッツとアンナといて、人並みに普通に生活することは難しいのだろう。
人混みが大嫌いなフランツは視線から逃れるように足を急る。だから店に着いた時は安堵した。
店内には誰もおらず、店を照らす照明すら消されていて、昼なのに薄暗い。明かりが漏れてきているのは、奥の方だから台所はそこにあるのだろう。
フランツはようやく一息ついた。丁度営業の合間で客が一人もいないのが救いだ。
やっと肩からおろされた少年は、まだわけが分からないように呆然としたような顔をしていた。涙はすでに乾いている。
「お帰りなさい。お土産は?」
借り物のエプロンに身を包んだアンナが、軽やかな足取りで奥のキッチンから走り出してきた。フランツはため息をついて首を振った。あの騒ぎだ土産などあるわけがない。
だがリッツは、アンナに向かって担いでいた子供の肩を掴み、アンナの方へと差し出した。
「土産」
「え?」
「子供拾った」
「なんで?」
アンナがアンナより少し背の小さな少年の顔を覗き込んだ。少年は俯いて唇を噛む。
「どこで拾ってきたの?」
尋ねるアンナの後ろから、リラが声をあげた。
「ディル! またいじめられたの?」
「……リラ」
ディルと呼ばれた少年は、うつむいたまま上目遣いにリラを見た。
「もう、いじめられたら仕返ししなって、いつもいってるじゃない、この泣き虫!」
この騒ぎに、店の奥から主人が出てきた。
「おう坊主、何だ、また怪我してんのか?」
「ネットおじさん……」
ディルは涙をためた目で主人を見つめた。主人の名前はネットというらしい。
「手当てするから、座ってて」
リラはディルにそう言い残すと、階段を駆け上がっていった。
「お客さん、どこでディルに会ったんだい?」
尋ねるネットに、リッツが目撃した一部始終を話して聞かせた。聞き終わったネットは、大きなため息をつくと、そばにあった椅子にどさりと腰をおろした。
「すまんねお客さん、助けてもらって」
「いや、俺は別にいいけどな。でも何が起こってるんだ? 妙な雰囲気だったぜ?」
ネットは、眉をひそめしばし考え込んでいたが、やがて重苦しく口開いた。
「話せば長いことなんですが……。すみません、勘弁してください」
リッツたちは、まさかその件を知っているから話してくれと言いだすわけにもいかず、口を閉ざした。やはりヒースのいっていた通り、大変なことは水面下で進行しているのかもしれない。
ここはヒースとの約束通り、早めに駐留部隊舎に顔を出した方がいいようだ。重苦しい沈黙の中で、薬箱を持ったリラが階段を駆け下りてきた。
「ディル、怪我の具合を見せて」
恐る恐るといった感じでディルが椅子に腰掛けて膝を出した。相当広い範囲がすりむけている。
「これ、治療しても痛いね」
リラの呟きに、ディルは痛そうに頷いた。
「もう! 何でやり返さないの? すぐ泣いちゃうからこうなるまでやられちゃうんだよ!」
「でもリラ……」
こんなやりとりを見ていたアンナが、ディルの横にそっとかがみ込む。
「私が治してあげる」
突然の申し出に、リラとディルが目を丸くした。
「アンナが?」
「どうやって?」
わけが分からないと言った表情の二人に、アンナは満面の笑みを浮かべた。
「任せて」
アンナは、ディルの擦りむけた足の近くに座ると、その部分に手をかざした。
「癒しを司る水の精霊よ、この傷を癒して」
アンナの手に温かな光がポッとともり、ディルの傷が徐々に消えていった。リラとネット、当の本人であるディルは、驚きで言葉が出ないようだった。
「はい、おしまい!」
ディルの傷跡が消えたのを確認し、アンナは治った部分を手でポンと叩くと立ち上がった。
「料理を教えて貰ったお礼だよ」
こともなげににこにこと笑うアンナに、三人は感激したような視線を送った。
「アンナちゃん、すごいねぇ」
ネットが椅子から立ち上がって拍手した。リラは尊敬のまなざしでアンナを見つめる。
「恥ずかしいですよぉ」
照れながらアンナは意味もなく手を振り回した。
「こんな時に一番信頼されるのって、やっぱりアンナの力だよな」
リッツがう肩をすくめて苦笑した。小声でフランツに語りかけた。フランツも同意見だ。
リッツは戦闘職で、フランツは炎の精霊使いだ。一番建設的なのはなんといってもアンナの水の精霊の力だ。
ディルは怪我が完全に治ったのを確認するようにジャンプしいる。
「痛くないよ、ありがとう」
ここで三人はようやく、本来の少年の笑顔を見ることが出来た。ディルは振り返ると、リッツとフランツを見た。
「助けてくれてありがとうございました」
そんなディルに、リッツは軽く床に膝をついて尋ねた。子供の扱いに慣れている。
「何であんな目にあってるんだ?」
「分からないけど僕のお母さんの事らしいんです」
少年は悲しげにうつむき、床に目を落とした。
母親が宝を隠している。人々はそれが何であるのか、切実に知りたいと考え、そして情報を引き出せるなら子供が襲われていても助けることをしない。
フランツは胸を押さえた。どう考えても胸くそ悪くなる話だ。そもそも自分で稼いだわけでもない宝を何故奪えるのだ? 得をするのは自分が購ってこそだろう。
苛立つフランツには目もくれず、リッツがディルの目を見て話しかけている。
「男なら、戦うときに戦わないと駄目だぞ」
「だけど」
「お前は自分の母さんが、何か悪いことをしたと思うのか?」
「……思わない」
「なら、お前は戦わないといけないだろ。どんな戦いをするかはお前が決めればいいが、やられっぱなしでいるな。やられっぱなしで抵抗しねえと、お前の母さんを守れないぞ」
そういえばトゥシルの村長が子供の頃にも、同じような事を諭したとのことだ。リッツの信念なのだろうか。少年は困ったような顔でこくりと頷いた。
「送っていってやろうか?」
だいぶ落ち着いた少年にリッツがいうと、彼は驚いたようだったが、やがて小さく首を振った。
「……もう大丈夫です」
「だけどな」
「今日はちょっと運が悪かったんです。でも今度は大丈夫」
ディルは少々照れたような顔でようやく微かな笑みを浮かべた。
「今日は助けてくれてありがとうございました」
ぺこりと頭を下げたディルの肩を、リッツは軽く叩いた。顔を上げたディルに、片目をつぶって明るく告げる。
「俺らはしばらくこの街にいるから、何かあったら『緑の森亭』に来い。遠慮しなくていいからな」
リッツの優しい言葉に、一瞬泣きそうな顔をした後、それを隠すように頭を下げて、ディルは身体ごとぶつかるように扉を押し開け、宿を飛び出した。
扉に付けれたベルが、軽い音を立てる。
ディルが帰った宿には、どことなく無力感を漂わせる空気が流れた。何とかしてあげたいが、何ともしようがない。そんな気分だ。
「大変だよなぁ、街があんな状態じゃさ」
しみじみとしたリッツの言葉にフランツとアンナも頷いた。彼のせいじゃないのに、被害を受けているのは彼だ。
「母親は何を考えてるんだろうな」
リッツの呟きに、フランツは首を振った。
フランツには親のことなど分からないし、何も言えない。親が親らしいことをしてくれた記憶がないのだ。母親がいないアンナも、黙ってため息をついただけだった。




