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村の入り口を入ったところから、もう陽気な音が響いてきていた。聞き覚えのあるその音に、私は踊り出したいほどの幸せを感じて飛び上がる。
「聞こえる? あれお祭りの音楽だよ!」
隣を歩いていたリッツに思わず飛びつくと、リッツは重苦しい声で答えてくれた。
「聞こえてる。人より耳はいい」
「……なんか暗いね?」
せっかく私の故郷に帰ってきたというのに、リッツはヴィシヌが近いと気が付いた時からやけに落ち込んだ雰囲気だ。
首をかしげつつエドさんとフランツを見ると、エドさんは何かを心得て居るみたいで肩をすくめている。フランツも何か分かっているみたいにため息をついた。
私だけ分かんないなんて、面白くないなぁ。だってリッツは私の恋人なのに。
……といってもなりたてだから、どうしたら本当に恋人になるのかとか、普通の人はどうしているんだろうとか分からないことだらけなんだけど。
でも久しぶりの故郷が嬉しくてしょうがないから、そんなことは棚上げしてしまうことにした。日付を思い出して思わず笑っちゃった。何とお祭りは明日! とってもいい時に帰ってきたみたい!
「リッツ、収穫祭、初めて見るんだよね!」
「ああ。収穫祭の日にこっそりヴィシヌからでたもんな」
「うん」
懐かしい想い出だ。考えてみれば二年前の今日、私はリッツのことをリッツさんからリッツと呼ぶようになった。旅慣れた大人のリッツにちょっとだけ近づいた気がして、あの時は嬉しかったっけ。
そんなことを思い出していたら、エドさんに訊ねられた。
「どんな祭りなのかね?」
「この村特産の紅芋と、主食の小麦の収穫を祝う祭りなんですよ。ごちそうは勿論芋とパンです」
「ほう。村人全員で芋とパンを食べる祭りなのかね?」
感心したようにエドさんがそう言った。誤解させてしまったみたいだ。いつも食べ物のことから口にしてしまう、悪い癖だ。
「違うんです。ええっと、食べるのは食べるんですけど、それは最後で、一番のメインは歌とダンスなんです」
「歌とダンス」
興味深げに頷いたエドさんの前を歩いていたリッツが私を見た。
「……俺はてっきり、お前がよく歌っている『お腹が空いた歌』を歌ってみんなで芋を食うとばかり……」
「ひっどーい。私の村の祭なのに~」
ぷぅとむくれると、リッツが笑って頭を撫でてくれた。
「冗談だよ。んで、どんな歌とダンスだ?」
「うん」
それで満足したから再び説明をする。
「野菜の収穫には、色々な精霊が関わるんだよ。まず絶対なのが土の精霊。それから雨を降らせる水の精霊。風の精霊がないと小麦は実を結ばないしね。だからその野菜を守る全ての精霊への感謝の祈りを歌で捧げるんだよ。お話仕立てになっているんだけど、それを歌うのが孤児院の子供たちの役目なの。私、毎年ソロを歌ってたんだから」
えっへんと胸を張ると、リッツが小声で聞いてみたかったな、と言ってくれた。それだけでもの凄く嬉しくて、張り切って続きを話す。
「それが終わったら、まず紅芋を中央の薪で焼いてみんなで食べるの。ここまでで子供の出番はお終い。そこからは主食の小麦の収穫祝いをするんだよ」
キョロキョロと周りを見渡すと、あちらこちらで若い女の子たちが干した小麦の藁で王冠を作っているのが見えた。
「見て見てあれ。女の子たちが麦の王冠を作っているでしょ?」
「ああ」
リッツが頷いた。その王冠はカゴを編むような要領で、ちゃんと王冠に見えるように一つ一つ手作業で編み込まれていて、ちゃんとかぶれるように編む決まりなの。
「器用なものだな」
エドさんも感心したようにそう言った。村の子が褒められるのって、何だか嬉しい。私は張り切って説明する。
「子供たちが引き上げた後、この村の若い女の子たちは、みんなあの王冠を被って中央の薪の周りで踊るの。男の子たちは麦の穂で出来た花束を持って女の子と一緒に踊るんだよ」
その光景を懐かしく思い出す。私は見た目が子供だから踊る側で参加したことはない。少し前までは子供と一緒に帰って寝るのが仕事だった。けどほんの数年前から一応私も大人の歳だからって、豊穣の歌を任されて歌うようになったのだ。それがすごく嬉しかったっけ。
懐かしさに浸っていたら、リッツに首をかしげられた。
「それで歌って踊って終わりか?」
「ううん、違うよ。男の子はね、恋人にその麦の花束を捧げるの。彼女が受け取って変わりに麦の王冠を男の子にかぶせたら、これからも一緒に小麦のように豊かな実りを築いていこうと言うことになるんだよ。つまり、結婚の申し込みをするってことだよ。恋人がいないけど好きな人がいる人も同じように踊るの。好きな人に告白してね、おつき合いしてもいいよってなったら、同じように麦の穂を受け取って、王冠をかぶせるんだ。ほとんどの人が前もってダンスに誘っておくから、実際は必ず二人一組で参加なの」
「……なるほどな……」
リッツが再び何となく落ち込んだ口調で頷いた。何だか今日のリッツは変に緊張しているみたいだ。一体どうしたんだろう。
何となく複雑な心境で歩いていると、村の広場に近づいたところで歌声が聞こえた。この歌は収穫祭の時に孤児院の子たちみんなで披露する曲だ。私がいたときはいつもソロを任されていたなぁと懐かしく思い出したけど、それはたった二年前のことなのだ。
何だか長いこと村から離れていた気がする。
練習の邪魔をするのもどうかと思って離れたところで眺めていると、孤児院の子供たちではなくて祭りの準備をしていた青年団のみんなの方が私たちに気が付いた。駆け寄ってきてくれたのは、村長さんの息子アールだ。子供の頃から知っているけど、いつの間にかこんなに立派になってしまった。
「アンナ! 帰ってたのか!」
嬉しそうにそう言って手をぶんぶんと握られる。私がいない間にまたまた随分と逞しくなっちゃったみたいだ。
「うん。今帰ってきたんだよ」
ちょっとびっくりしながらそういうと、アールは嬉しそうに笑って向こうを振り返る。
「みんな! アンナが帰ってきたぞ!」
かなりの大声に、作業中の青年団だけではなく、孤児院の子供たちも、村人たちも一斉にこちらを振り向いた。あれよあれよという間に、目の前が村人でいっぱいになってしまった。すっかり囲まれちゃったみたい。
「おかえり、アンナ!」
「ただいま~」
「元気にしてたかい? ちょっと痩せちまったんじゃないのかい?」
「痩せてないよぉ。筋肉ついて逞しくなったんだよ」
ほらと腕まくりしてみせると、みんながどっと沸き上がった。変わらないなぁと言われてしまう。これでもかなり大人になったと自分では思っているんだけどな。
盛り上がっているうちに、ある人がリッツに気が付いた。
「ああ、あんた銀狐から牧場を守ってくれた人じゃないか」
あの時は助かったと村のみんなが口々にそういってリッツに礼を言う。銀狐に牧場が襲われたあの時からあれ以上に事件は一つとして起きていないようだった。何だか色々あった旅路だったから、不思議な気がする。
感慨に耽っていたら、突然アールが言い出した。
「そうだ、せっかくアンナが帰ってきたんだ。明日の祭りで歌って貰おうじゃないか! 豊穣の歌をさ」
あちこちから同意の声が上がった。
「でもでも、忘れてるよ! 駄目だよ~!」
大あわてで主張したけど、何だかアールだけじゃなくて村のおじいちゃんおばあちゃんまでが盛り上がり始めてしまった。
参ったなぁとリッツを見上げたら、リッツが小さく目配せをしてきて、村人が気が付かないように目だけであちらを見ろと示してくれた。
その方角に目を遣ると、女の子が一人、悲しそうな顔で立っていた。とっても綺麗なあの子はアールの妹ナンシーだ。
もしかしてもしかして、豊穣の歌を歌うのはナンシー?
「ナンシーは?」
アールに何気ない振りをして訊ねると、アールは頷いた。
「よく知ってるな。ナンシーが歌うはずだったけど、いいよな?」
訊ねられたナンシーはさっきまで悲しそうにしていたのに、ぎこちなく微笑んで頷いた。これは絶対に駄目だ。ナンシーはきっともの凄くいっぱい練習したに違いない。なのにアンナが久しぶりだと言うだけでしゃしゃり出ちゃったらいけない。
「ごめん。歌えない」
とっさにそう言ってしまった。
「何でだよ」
「だって私……」
困ったな、ナンシーが頑張っているんだから、ナンシーが歌うべきだけど、アールは結構分からず屋だから説得するのは大変だ。一生懸命考えていると、ポンと一つアイディアが閃いちゃったから、とっさに口にした。
「だって私、今年は踊る方に出たいもん」
「え……?」
「ええっと、見た目はこんなだけど、アールよりもナンシーよりも年上だよ。私が踊ってもいいでしょ?」
「そりゃあ……いいけど……」
戸惑ったみたいにアールが言葉を濁した。意外なのは確かに意外だよね。私もまさか自分で踊る方に出るって言うなんて思わなかったよ。
「でもアンナ、相手は? 村の若い奴らから選ぶのかよ?」
アールの問いに、自信満々に答える。
「ううん。ちゃんと相手ならいるから」
言い切ると、何故か村人全員がどよめいた。
「え? 何かおかしい?」
思わぬ反応に首をかしげると、村人を代表するようにアールが訊ねてきた。
「それって恋人が居るって事?」
「そうだよ」
全員の視線が何故だか一斉にフランツに注がれる。フランツが青い顔をして首をぶんぶんと横に振って自分じゃないって否定した。
「違うよ~」
助け船を出して笑うと、アールと村人はまた私をじっと見つめる。
「じゃあ、誰?」
「リッツだよ」
そういって隣のリッツを見上げると、リッツは引きつった表情で笑った。
「どうも……」
みんなの目が一斉にリッツに突き刺さる。何でだろう。みんなやけに怖いんですけど?
「あんた……アンナを連れて行ったんだよな……?」
何だか怖い目つきのままアールがリッツを見ている。リッツはといえば引きつった笑顔のままで頷いた。
「まあ、そう言うことになるな」
「二人っきりで旅してたんだよな」
「最初の数日は……」
「あんた、アンナより結構年上だってな。神官様に聞いたぜ」
「……否定はしない」
何だろう、緊迫した雰囲気だ。何か私、間違ったこと言ったのかな。困っていると、アールがリッツに低く訊ねた。
「まさか、アンナに何かしたんじゃないだろうな?」
アールの言葉に、何故か村人全員が拳に力を入れている。農具や道具を持っている人は一斉にそれを持ち直したりして。
何だか変だぞ?
「ちょ、まて、待ってくれって」
「聞いてるんだ。答えろ!」
「まだ何もしてねえよ!」
リッツが焦ったようにそう言って怒鳴った。
「本当か? アンナ、この男に無理に何かされてないだろうな? 正直に言っていいぞ。俺たちがついている!」
何の話かさっぱり分からない。でもリッツにされた事って……。
「ええっと無理にはないけど、なにもされていないわけじゃないかな?」
「あ、アンナっ!」
リッツが思い切り慌てた声で私の肩を叩く。何でこんなに緊迫してるのかさっぱり分からないけれど、村人のみんながもの凄い目つきでリッツを睨みつけている。
「どうかしたの?」
「何をされたんだ?」
怖い声でアールがそう言った。何がそんなに問題なのか分からないから正直に答えた。
「キスはいっぱいしてくれるよ?」
「頼むよ、勘弁してくれ」
何故かリッツが泣き言のように呻いた。
「え? あれ? 違ってた?」
「こういうときは俺をかばってくれよ……」
「ええっとぉ、じゃあ……私からリッツにキスするよ?」
「じゃなくて……」
がっくりとリッツがうなだれた。あれれ、これも間違い?
何だか分からないけど、村人がみんな目をまん丸く見開いて私を見ている気がするんだけど。もうわけ分かんないぞ。
「リッツが私の恋人だもん。だからキスして当たり前だもん。だから二人で踊りに出たっていいんだよ。そんなに変?」
逆ギレしてアールをじっと見つめてぷぅとふくれると、アールが慌てたように首を振った。
「いや、変じゃない。アンナだからちょっと……意外だったというか……ええっと……」
アールの視線が彷徨って、一点で止まった。その視線を追ってリッツの後ろを見ると、そこには懐かしい姿があった。
「おと……」
うさん、と言いかけて駆け出そうとしたけど、足を止めた。だってお養父さん笑っているけど笑っていない顔でリッツの肩を掴んだんだもん。振り返ってお養父さんの姿を見たリッツは思い切り引きつった笑顔を張り付かせたまま固まってしまった。
「久しぶりだねリッツくん。ちょっと話をしたいな」
お養父さん、何だかとっても怖いよ。それにリッツ、何だかとっても緊張してる。
思わず周りを見回したら、今まで取り囲んでいた村人たちもアールとナンシーまでもが、蜘蛛の子を散らすみたいにささーっと離れて行っちゃった。
ナンシー、ちょっとは安心したかな。確かめられなかったなぁ。
でも……逃げていったみんなの気持ち、分かるなぁ……だってこんな怖いお養父さん見たことないよ……。
「俺も……ちゃんと話をしようと思ってました。アントン神官」
「そうだろう、そうだろう。私の娘のことだからね……」
「すみません」
リッツが深々と頭を下げた。
「……まあ、ここではなんだ。孤児院まで戻ろうか」
何だか分からないけど、何か大変な事態みたい。戸惑っていると、エドさんが後ろから肩を抱いてくれた。
「気にすることはない。リッツには通らなければならない道だ」
「そうなんですか?」
「そうだ。ここで逃げるような男なら、アンナを幸せにはできんさ」
エドさんがいうからそうなのかもしれない。
よく分からないままに、私は懐かしい我が家、丘の上の孤児院に戻ってきたのだった。




