<10>
森の奥にあったのは、古びた粗末な小屋だった。おそらくこの周辺に住む猟師が使っていたのだろう。そこが今現在、アーリエ強奪犯であるスコット三兄弟のアジトになっていた。
サムを捕まえた場所からほんの数分程度のところにある小屋の前にたどり着いたリッツは、縛り上げていたサムを振り返る。
「ここで間違いないんだな?」
「ここに兄貴たちがいる。嘘はつかないって!」
怯えているのか、投げやりなのか分からないが、サムがそういって口を尖らせた。ここに来るまでの道のりで、すっかり完全に観念してしまったのか、聞いていないことまでペラペラしゃべっている。
だが肝心なことを聞いていない。
「何か武器を持っているのか?」
「ビル兄貴は、一応剣を持ってるけど使えない。剣はもっぱら俺を脅すためだけに使ってたし」
「実際には、使えないんだな?」
「うん。ビル兄貴はもの凄く臆病で、もの凄く力がないんだ。頭はいいし、一番兄貴だから威張ってるけどさ」
今までの状況から見て、サムがウソを付いているとは思われない。それならば、ビルという男に注意をする必要はなさそうだ。
「それから?」
「モント兄貴は、でっかな戦斧を使うよ。腕っ節だけは自慢で、村の武道大会ではいつも優勝してたんだ。ビル兄貴と違って人格者だし」
「人格者が強盗するかよ」
「それは……モント兄貴は……頭の方が少し弱いんだよ。ビル兄貴のいうことを信じちまうんだ」
なるほど、頭ばかりの兄と、武芸だけが達者な弟、そして精霊使いの弟の三兄弟か。一人づつなら犯罪者になりそうもないが、三人まとまると妙なことを思いつくようだ。
「ビル兄貴、すっげー人でなしなんだ! 作戦を考え出したのは兄貴だけど、自分は何もしねぇで、俺とモント兄貴をこき使ってる。ひでぇだろ?」
「俺がそんなこと知るか」
どうやらサムとビルはそりが合わないらしい。それでも一緒に犯罪を犯すのだから、仕方のない連中だ。
だがこれではっきりした。リッツはモントという戦斧使いをどうにかすればいいようだ。リッツは振り返ってアンナとフランツを見た。二人とも緊張した面持ちで、こちらを見ている。
「アンナ、お前、説得するんだよな?」
「うん!」
アンナはまだ説得を諦めていないらしい。サムにしてもこうなのだから、そのサムをして卑怯だと言わしめるビルに通じそうにはない。
「じゃあとりあえず万が一のための支度をしておくか。アンナ、持ってきた水盆に水を張っとけ」
「どうするの?」
「敵が出てきたところで、この小屋の回りを囲んじまうんだ。逃げられないようにな。それから説得すれば、どんな奴らでも逃げられない」
「は~い」
「フランツは、俺が戦斧を持った奴と戦っている間に、サムを見張りつつ、ビルって奴を炎で脅すんだ」
「脅す?」
「ああ。もしそいつが襲って来たら、アンナ」
「なあに?」
「水竜をそいつにし向けろ。それで事足りる」
「うん!」
この作戦ならば、むやみに血を見るようなことにならないだろう。作戦が決まったところで、リッツは縄の先に縛ってあるサムを、引き寄せて首根っこをつまみ上げた。
「さ、じゃあ兄貴たちを呼んで貰おうか」
「ええっ! 俺が?」
「そ、お前が」
「やだよ。怒られちまうに決まってる」
この期におよんで実の兄に怯えるサムに、リッツは笑みを向けた。
「お兄ちゃんに怒られるのと、俺に怒られるの、どっちがいいのか選んでもいいんだぜ?」
その瞬間、サムの顔から血の気が引いた。
「あ、俺お兄ちゃんを呼びたくなっちゃったなぁ」
「頼むぜ」
縄を少し緩めて、サムを小屋の前に立たせる。思い切り怯えた顔でサムが深呼吸して小屋の中に声をかけた。
「あ、あ、あ、兄貴ぃ」
サムは震えた手で扉をノックし、裏返った声で小屋の中に呼びかけた。反応が無い。
「兄貴ぃ……開けてぇ……」
情けなく扉に縋りながらサムが呼びかけていると、扉が開いた。
「どうしたんだよサム、随分心配したんだぞ」
優しげな口調でそういいながら、出てきたのはずんぐりむっくりとして、筋肉に包まれた巨体の持ち主だった。
先ほどの話からすると、こちらがモント。戦斧使いだ。
「モント兄貴……ごめん」
サムがそうその相手の名を呼んだ。やはり間違いない。
「ど~も、トゥシルに雇われた傭兵です」
ワザと陽気にリッツはそういってそのごつい男に笑顔で手を振って見せた。一瞬毒気を抜かれたような顔をしたモントだったが、すぐにその視線がリッツの背中に向けられ、同時に険しい顔に戻る。
扉の奥へと姿を消したモントがの大声がこちらまで聞こえて来た。
「兄貴、サムが捕まった!」
モントが動揺しながらも戦斧を手にしてゆっくりと小屋の前に立った。するとその後ろから、貧相な茶髪の男がわめき立てながら現れる。
「サム! この馬鹿野郎! 何でここまで傭兵なんか連れてくんだ!」
あれがモントなら、この男はビルだ。確かに腕っ節はなさそうだ。しかもわめき立てるその姿からも、気が小さいところが丸わかりだった。
「だって兄貴……こいつら強いんだよ」
「こいつら?」
怪訝そうに眉を顰めたビルとモントが、リッツの後ろにいるフランツをアンナに目を向けた。一瞬言葉を失ってから、ビルが唾を撒き散らしながらサムに向かって怒鳴り出す。
「こいつ以外は子供じゃないか!」
「子供でも強いもんは強いんだい!」
「なんだとぉ?」
リッツは思わず吹き出した。こいつら、馬鹿だ。馬鹿すぎてちょっと面白い。
見当違いな喧嘩を始めるビルとサムの間に、一番まともそうなモントが割って入った。
「そんなこと言ってる場合かよ! こいつら倒してずらかろう!」
頭が弱いとサムは言っていたが、一番正しいのはモントのようだ。少し黙ってからビルが頷いた。どうやら敵さんの意見はまとまったようだ。そうなれば、こちらも行動に移るのみ。
「アンナ、水竜!」
「うん!」
アンナはおもむろに直径三〇センチほどの水盆に祈りを捧げた。
「大地を癒す水の精霊よ、その力を我にわけ与えよ! ……来て、水竜!」
小さな器から光が溢れ、巨大な竜がもの凄い早さでアンナの目の前から天へと駆け昇っていく。
「水竜お願い! この小屋の近くを囲って! 悪い人を逃がしちゃ駄目だよ!」
水竜は心得たというように大きく嘶くと、小屋を中心とした直径五〇メートル四方を、輪を描くようにゆっくりと回転し始めた。水竜の動きは速いから、これでどこからも逃げられない。
「すげぇ……」
縛られて、何もすることのないサムが感嘆の声を挙げた。
「馬鹿野郎サム! 感心してる場合か!!」
「でも俺捕まってるから……」
ぼそぼそと言い訳するサムを、リッツは木に括り付けた。
「これで良しっと」
手をぱんぱんとはたくと、アンナが自信満々に告げてきた。
「リッツ、囲んだ!」
「よし、でかした」
一瞬あっけにとられたように立ちすくんでいたスコット三兄弟だったが、唯一戦闘経験のあるモントが我に返って斧を握り直した。掛かってくるようだ。
「ちょっと待て」
リッツは軽い口調でモントに声をかけた。
「何だ?」
「うちの良心から話があるそうだ」
「良心だと?」
目を剥くモントの前に、アンナが進み出た。戦斧の間合いに入らないように、アンナの肩を後ろから捕まえる。
「こんにちは。アンナです」
「……は?」
モントだけじゃなく、ビルまでも口をあんぐりと開けた。そんなことを気にせず、アンナが真っ直ぐに彼らを見つめた。
「あなたたちがアーリエを盗んだから、みんな大変な思いをしているんだよ。何か事情があるかも知れないけど、それは村の人にちゃんと説明するべきだと思うの」
アンナの力説に、フランツがため息をついている。リッツは軽く肩をすくめた。こんな事で謝るような奴らじゃないことぐらい、見れば分かる。でもアンナはただ真っ直ぐに彼らに向かい合う。
「今すぐにアーリエを返して、村人たちに謝りなさい! 心から反省して謝れば、きっと村の人も許してくれるよ!」
その場に妙な静寂が流れた。だがその静寂は、ビルの笑い声によって破られた。
「何だこのガキ。馬鹿じゃねえのか? 謝るぐらいなら最初から犯罪なんておかさねえっての」
「馬鹿!?」
「楽してもうけて何が悪い。そのために誰かが犠牲になったって知ったことか。俺はな、ガキ! 誰かに謝るぐらいなら、死んだ方がましなんだよ!」
「そんな考え、絶対間違ってるよ!」
「やかましい!」
アンナとビルがにらみ合っている。リッツはじっとモントの動きを見ていた。とっさに駆け込まれてもアンナを守れるように剣の柄に手をかけておく。
「人に迷惑をかけても何も反省しない人は、女神様のご加護が受けられないんだからね!」
「へへ~ん。罰をあてるなら宛ててみろってんだ、今すぐにな!」
「もう怒った! 悪い子は捕まえてお仕置きなんだから!」
アンナがビルに宣告すると、ビルはせせら笑った。
「ガキが何を言ってるんだか」
「あなたの方がガキだよ!」
リッツは苦笑しながらアンナの肩を叩いた。
「アンナ、満足したか?」
「満足?」
「説得できなかったら俺が片を付けてやるって言ったろ?」
リッツも大剣を背中から抜き取った。当然ながら鞘は付いたままだ。
「リッツ……あの……」
「ん?」
「殺したりしないでね」
アンナを見ると、真剣な眼差しでじっとリッツを見つめている。リッツはアンナの頭に手を乗せて、優しく叩いた。
「当たり前だ。生け捕りにしてやるから、お尻をひんむいてペンペンしてやれ」
「……うん!」
リッツは、モントを目の前に大剣を構えた。がたいのいいモントが巨大な戦斧を持って、じりじりと間合いを詰めている。
この殺気、かなり出来る方ではあるだろう。だがそれはこの平和なユリスラで、である。リッツは実際の戦場で命のやりとりをしている傭兵だ。
モント相手に負ける気は全くしないが、難しいのはモントを生け捕りにすることだ。
斬り殺すなら、一瞬で勝負は付く。
だがアンナとフランツが望む以上、この場での殺戮は避けたい。
とはいえ今までは相手を生かして捕らえることは滅多になく、どちらかと言えばリッツはそれが苦手だ。
どうするか考えていると、モントが動いた。
大きな斧を右に傾け、中段に構えている。隙が出来るのを防ごうというわけだ。リッツも同じように中段に構えた。
「うぉぉぉぉぉ!」
獣のような咆哮をあげ、モントが襲いかかる。ガキッとリッツの大剣と斧がぶつかり合った。
「このやろうっ!」
リッツが全身の力で斧を押し返す。だが、数歩よろめいてモントはすぐに態勢を立て直した。斧に、鞘付きの大剣。これじゃ不利だ。
「くっそー、この鞘は特別製で高いんだぞ……」
思わず愚痴る。戦場で稼いだ金で糸目も付けずに作らせた、丈夫な革製の鞘なのだ。革を樹脂で固め、光沢を出した上物だ。
もし今後もこの状態で戦うことがあるなら、安い鞘を仕立てないとならないだろう。
モントの斧を幾度も受け手は流し、受けては流しながら、リッツは思案する。
殺さずに捕らえる……殺さずに捕らえる……。
心の底から「こいつ、斬り捨てていいか?」といいたいところだが、そうはいかないだろう。
なにせ今はこの二人と旅をしているし、しかも自分は一介の傭兵ではなく、普通の旅人のつもりなのだから。
「アンナ、怪我はさせてもいいよな?」
打ち合いながらモントから目を離さずに、リッツはアンナに尋ねる。アンナなら多少の怪我をさせても回復させられるはずだ。そのぐらいの妥協はして欲しい。
するとアンナが大きく頷いた。
「うん! 治癒魔法使えるからね!」
「おしっ!」
それなら話が早い。動けないように気絶させてしまえばいいのだ。急所を狙うなとは言われていないわけだし。
リッツが一気に剣の鞘を抜き取り、地面に放り出すと、それが合図だったかのようにモントが吠えて突っ込んできた。
鋼鉄と鋼鉄のぶつかり合いに、火花が散った。
「力だけで俺に勝てるか!!」
じりじりと押し返しながら、リッツも怒鳴る。自慢じゃないが力で押し負けたことはない。斧の加重を少し滑らせて横にずらし、そのまま斧ごとモントをなぎ払った。
バランスを崩して転びそうになったモントに、条件反射で一瞬斬りつけそうになってしまったが、何とかリッツは踏みこたえた。
「あっぶねぇ、斬っちまうとこだった」
目の前に腹から血と内臓をまき散らして倒れるモントの姿がだぶって、リッツは冷や汗を掻く。今の間合いなら、確実にそうなっていた。
そんなリッツの苦労も知らずに、モントは必死で態勢を整えて襲いかかってくる。
「くっそー面倒くせぇ!」
リッツは呟きながら、剣を構えなおした。
二人の戦いを近くで見ていたビルは、モントを手助けすることもなく、そーっと逃げ出した。勿論それに気が付かないリッツではない。
モントと睨み合いながらも、フランツに指示を出す。
「フランツ、馬鹿兄が逃げようとしてるぞ! ケツにでも火を付けてやれ!」
「分かった。炎よ!」
再びモントに集中したリッツに代わり、フランツは指先に灯った小さな火球をビルに向かって放る。人間発火装置でしかないフランツの、唯一にして無二の技である。だがコントロールはどうしよう無く甘い。
「くそっ!」
ビルが逃げる方に火の玉を飛ばすが、上手くいかない。最初こそは怖がって逃げていたビルだが、当たらないと見ると段々調子に乗ってきた。
「俺はここだぜ、何処狙ってんだよ」
「くっ……」
唇を噛みつつ、必死で火球をコントロールしようと意識を集中している。人に向かって、しかも動く対象物に向かって火球を放ったことがないフランツには相当な難行だろう。
必死のフランツの耳に、ビルの嘲りの言葉が入ってきた。
「ガキの火の玉に当たるかよ、この下手くそが!」
嘲られるのは、非常に不快だろう。特にこのプライドばかりが高いフランツは。
「……当てるよ……炎よ、行け」
今まで指の先に出来るだけだった火の玉が、手のひら大の大きさに変わった。どうやらフランツは感情的になればなるほど、精霊を扱う力が強くなるらしい。
よくよく考えてみれば、火竜を呼び出したのも怒り狂っていた時だ。
見事なコントロールで、火球はまっすぐビルに吸い込まれるようにして当たった。フランツをからかっていたために逃げ遅れたビルの尻に文字通り火が付いた。
「うわぁぁぁ!」
「ふん……」
叫んで転げ回るビルの炎を、大きくなりすぎないように調節しながら、フランツは一言いった。
「僕を怒らせたのが運の尽きだ」
「すっげー、こわ」
フランツの隣で、サムが本気で震え上がっている。
「どこを見てるんだ」
モントの戦斧が脇をかすめた。微かに横に逸れて避けたリッツは、再びモントに向き合う。
「悪いな。あいつらの保護者なもんで気になってさ」
「ふざけやがってっ!」
突っ込んできた男からひらりと身を交わす。巨大な戦斧を使って力業で思い切り突っ込んでくるこの男を、生きたまま捕らえるのは難しい。
下手すると、モント自身が自分の戦斧で自分をぶった切りかねないのだ。
剣で斧を突き返し、間合いを取る、それを幾度となく繰り返している。モントはだいぶ疲れてきたようで、足取りが重い。
とりあえず、モントの斧を何とかしてから、本体を気絶させるしかあるまい。
その時モントが低く呟きながらリッツを見据えてきた。
「よくも、可愛い末っ子のサムを捕まえてくれたな」
思わずリッツはにやける。確かサムはモントのことを「優しい人格者の兄」と称していた。つまりこの男はサムに甘いのだ。
となると……モントという男の泣き所はサム。
おそらくこのごつい男は、末っ子のサムが可愛くて仕方なく、リッツに向けられている怒りも、サムを捕らえたからなのだ。
ならばそこで奴に揺さぶりをかけ、怪我をさせないように捕らえてみよう。
「可愛いかぁ? あんなに馬鹿な弟が」
リッツは余計に挑発することで、彼から冷静さを奪う事にした。
「情けねぇ奴だよ、ちょっと締めてやったらお前らのことべらべらしゃべったぜ」
「なにを?」
「なぁに、死ぬほどの目には合わせちゃいねぇよ」
構えた斧を握るモントの手に力が入った。もう一押しだ。
「そんなに可愛いんなら、弟を箱に詰めて持ってろってんだ。あの役立たずをな」
「貴様ぁ!!」
乗ってきた……リッツは冷静に大剣を構えた。
この一瞬を待っていた。冷静に正面に来られては、この作戦は上手くいかなかったのだ。
モントは我を忘れて戦斧を振り回し、リッツに突っ込んでくる、まさに猛進という言葉がふさわしい。
リッツは剣を構えたまま、立ち向かうように見せかけてその場に立った。そこにいるリッツを捕らえたとばかりに、モントは渾身の力で斧を振り下ろす。
だがそこにはすでにリッツの姿はなかった。寸前で横によけていたのだ。
「よっと」
リッツはそのまま大剣を思いっきり振り上げて間髪入れずに、剣の柄でモントの肘を殴り上げた。とたんに戦斧が手からすっぽ抜けて後方へと飛んで行ってしまう。
「何!?」
慌てて振り向くモントの後頭部を、思いっきり剣の柄で殴った。ガツンと重たい手応えを感じる。
「うっ……」
モントは呻いたが、一瞬何が起こったか理解できなかったようだ。ゆっくりとリッツの方を振りむきかけ、それを最後まで行うことが出来ずにゆっくりと横倒しになってく。
ドサっと重たい音がして、モントは完全に地面に横たわった。
「一丁、あがりっと」
リッツは大きく息を吐いた。
何とか殺さずに捕らえることが出来た。まったく、殺すよりも生かす方が格段に難しい。これはアンナとフランツに見つからないように、生かすための練習だなと、小さく息をついた。
完全に気を失ったモントの隣に座り込んで、リッツは斧を取り上げた。
「もしも~し、生きてるかぁ?」
語りかけたが、返事がない。呼吸を確かめようと手を口元に持っていくと、かろうじて呼吸しているのが分かった。
「ありゃ、強く殴りすぎたかなぁ」
リッツはポリポリと頭を掻くと、苦笑した。
「まいっか」
それぐらいはアンナとフランツにも、勘弁して貰おう。
「アンナ、フランツ、終わったぞ」
リッツが持ち前の馬鹿力で気やってきた。そこにはサムが繋がれているロープがある。
「よっこらせ」
リッツは気を失ったままのモントをサムの次に同じロープに括り付けた。力が強いので、思いっきりきつく締める。
フランツは、尻の火を消してビルを連れてきた。あまりにも暴れて転がったせいで、つかれて放心状態に陥っているようだった。これもフランツから受け取ってモントの次に縛る。
これで三人が全て同じ縄に繋がった。そのロープのあまりを使って、そこにあった大きめの木に、ぐるぐるに巻き付けて完全に動きを封じる。
これで事件も一件落着だ。
「水竜、お疲れさま~!」
アンナが水竜に声をかけると、水竜は元の器に戻って消えた。本当に見た目に似合わず実力者だ。
「あとは、アーリエをどうやって持って帰るかってことだな」
リッツはそう呟くと、小屋に目を向けた。小屋の後ろに、赤い葉が大量に積み上げられているのだ。
「あれって……アーリエ?」
「そうらしいな。ま、大切そうに育てられていたから、そこを狙ってみたものの、加工はおろか価値も分からなかったって事だろう」
「そっかぁ……」
感心するアンナの横からフランツがふらりと、小屋に向かって歩いて行く。
「どうした?」
「……師匠の後始末」
ボソッと呟いたフランツに、リッツは吹き出した。アンナも吹き出している。
「大変な師匠を持ったもんだな、フランツ」
「頑張ってね~」
「……うるさい」
よろめきながら歩くフランツの後ろ姿を見送っていて、リッツは不意に思い出した。
「そういやアンナ、エアリアルどうした?」
確かサムを見つけてから、アンナがエアリアルと話しているのを見ていない。
「あ! エアリアルしまいっぱなし!」
どうやら、バスケットに入れたまま忘れていたらしい。アンナがそーっとバスケットを開ける。
「ごめん! 忘れてた! そんな顔しないで」
どうやらエアリアルに謝っているようだ。
「本当にごめん!」
平謝りに謝るアンナに、エアリアルはようやく元気を取り戻したのか、アンナの顔に笑みが戻る。
「うん。ちゃんと捕まえたよ」
アンナがエアリアルに頷き、微笑みかける。するとアンナの手のひらから一陣の風が吹き上げた。その風は、アンナの髪を巻き上げ、森の木々を揺らしながら落ちかけた木の葉を巻き上げて空へと上がっていく。
アンナはその姿をじっと見つめていた。精霊が見えないリッツにも、その状況が分かる。エアリアルは故郷に帰ったのだ。
本来エアリアルは、自由を愛する精霊である。事件が片づいた今、ようやく彼女は本来の自由を取り戻したのだ。
しばらく空を見ていたアンナが、こちらを振り返って満面の笑みを浮かべた。
「ありがとうって!」
「そうか。よかったな」
「うん!」
仲間は失ったが風の精霊は風から作られるもの。すぐに沢山の新しい仲間と出会えるに違いない。
「それじゃ、鐘を鳴らすぞ」
「うん!」
リッツは荷物の元へと戻り、鐘を取り出した。この鐘は昨日のうちにノルスに借りにいったもので、かなりの広範囲まで聞こえる自慢の品なのだ。
力の限り鐘を鳴らしたリッツは、商人達を待って休憩する事にした。その間、大量のアーリエをチェックしてみた。
アーリエは奪い取ったまま放置されていたようだが、意外なことにまるで摘み立てのように瑞々しい形のまま、綺麗に乾燥していた。何も手をかけずに放置して置いてくれたことが幸いしたのだろう。
もし大事に保管されていたら、乾くことなく腐っていたかも知れない。何が幸いするか分からないものだ。
無事だった事に三人は安堵した。犯人を捕まえても、アーリエが戻らなければ意味がない。
それから発見したのは、例の瓶と杭。だったその側には、サムが言った説明書がきちんと置かれている。説明書によれば、これは正真正銘の魔法の品であるらしい。しかも水の正神殿の物のようだ。
『潤いの瓶と杭の正しい使い方
この道具は、村単位で利用出来る、大変便利なものです。ですが使い方を誤ると大変なことになりかねないので、必ず精霊使い、もしくは水の神官の方について貰って使いましょう。なお、これは干ばつに襲われた村のみで使用してください。風の精霊も入りますが、決して入れないようにお願いします。暴走した場合、それに対しての責任は負えません。
使い方
一、瓶を井戸に沈めます。
二、水の精霊使いに、精霊を一人借り、精霊を杭に移します。
三、杭に入って貰った水の精霊が力を使うと、水は大量の水となり、瓶に戻ってきます。その水が井戸を潤すのを待ちましょう
四、井戸がいっぱいになったら精霊を杭から出してあげることを忘れないで下さい。
その際に力を相当消耗していますので、フォローを忘れずに行ってください。。
水の精霊に感謝の気持ちを忘れないようにご使用下さい。 水の正神殿』
「こんな重要なもんを、何でお前の師匠はがらくたと交換したりすんだよ」
リッツは思わず愚痴った。これがなければ三兄弟もここまで馬鹿な真似はしなかっただろう。
「たまにあるんだよ、そういうこと。何度か怒鳴り込まれたこともあるしね」
無表情なのに、本当にうんざりといった顔でそうフランツが言った。アンナがそんなフランツを見て吹き出している。
「何?」
「だってフランツにこんな顔をさせるなんて、オルフェさんって、本当に大変な人だね!」
リッツも吹き出してしまった。
「確かに手がかかるな!」
「でしょでしょ? それで、この瓶と杭どうするの?」
笑ってしまったせいでフランツに睨まれたアンナだったが、遠慮なく尋ねる。それに対してフランツの解答は簡潔だった。
「元の持ち主に始末させる」
もっともな解決法に、アンナは頷き、リッツは笑い出した。薬草を運ぶサラディオ商人にオルフェまで届けて貰うのが一番いい。
それから休憩がてら残ったミートパイを食べていた三人の耳に、悲鳴のような物が聞こえてきた。
「うわぁぁぁ! 来るな!!」
外に縛られているサムたちだ。
「なんだぁ?」
リッツが外を見ると、三人の周りで小さな炎が動き回っていた。
「あ、サラちゃんだ」
アンナがそういうと、驚いたようにフランツも身を乗り出した。そこにいたのは、フランツが助けた火トカゲだったのだ。火トカゲは三人の後をずっと付けてきていたらしい。
窓から顔を出した三人に、火トカゲは嬉しそうに『きーっ』と鳴いた。
「どうするんだ、フランツ?」
リッツが尋ねると、フランツは困ったように眉を寄せたが、しばらくして決意したようだった。
「連れて行く」
「わ~い、サラちゃん仲間だ!」
無邪気に喜ぶアンナの横で、フランツはため息をついた。
「面倒見るのは僕だよ」
こうして火トカゲ(サラマンダー)・サラちゃんは彼らの仲間になったのだった。
「フランツ様~」
遠くから男達の呼び声が聞こえてきた。どうやらサラディオ商人達の一団がようやく到着したらしい。
商人達の集団をしばしぼんやりと眺めていた三人だったが、ようやく終わったことを実感して安堵に包まれた。
「これにて、一件落着だな?」
リッツはアンナとフランツを笑顔で振り返った。
「うん!」
「そうらしいね」
二人も安堵した顔で頷き会う。
やがて近づいてきた馬車の音に、アンナは窓から身を乗り出した。
「ここだよ~!」
アンナは満面の笑顔で商人達に手を振った。こうして犯人を見事捕らえ、リッツ達一行はアーリエを無事取り返したのである。