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呑気な冒険者たち  作者: さかもと希夢
消えた薬草を追え
17/224

<9>

 リッツに指摘されるまで気がつかなかったのだが、本当に疲れ切っていたらしく、フランツは一日の大半をほぼベットで過ごしてしまった。

 時折気がついて隣のベットを見ると、同じようにアンナが大口を開けて寝ていたりするから、アンナも似たような物だったのだろう。

 気を張っていて自分でも体力が完全に戻っていないことに何て気がつかなかったのに、リッツはフランツたちの体力の低下によく気がつくものだ。

 翌朝は、本当に気力体力共に回復して、すがすがしく出発の途についた。

 フランツは丸腰だが、手には真っ昼間からランプを持っている。この炎を媒介にして、精霊魔法を使うつもりだ。火があると炎を使いやすい。

 全く火の気がないところでは、炎の精霊を使えないのである。それを分かっているから、常にランプに火を入れておくのはフランツにとっては必須だ。

 そしてアンナの鞄にはいつもの弓矢だけでなく、今朝フィリアに借りた木の水筒と水盆が入っている。もし水のないところで水竜が必要になった時、この水盆に水をたたえて使おうという考えだ。

 水竜は元々水の表面を入り口にして召喚されてくる精霊だから、水の量や深さはあまり関係がない。

 それから、リッツが肩にかけているのは、宿の修理作業に使うという、かなり長い借り物のロープだ。勿論犯人を縛り上げるためである。

 そしてどこから仕入れたのか、小さな鐘と突き棒を鳴らないように工夫して持っている。リッツは寝るから起こすなとアンナとフランツに命じつつも、昨日一人で色々と準備を整えていたらしい。

 そんな捕り物用具とは打って変わって、アンナの手には可愛らしいバスケットも携えられている。出がけに激励の意味を込めて、朝食・昼食にとフィリアが作ってくれたミートパイだった。三人で食べきれるか分からないほどたっぷりある。

 アンナの肩にはエアリアルが座って、吹いてくる風の香りを嗅いでいる……らしい。

「アンナ、エアリアルは何か言ってないか?」

「う~んとね」

 アンナがエアリアルを見たが、エアリアルは小さく首を振っただけだった。

「何も感じないって。何だか悲しそう」

「そうか。でもまあ……村の奧じゃないことは確かだな」

 リッツはそういうと、街道に向かって歩き出した。フランツは、急いで後を追う。旅をしている時のようによろよろと後ろを付いて歩く、と言うわけにはいかないのだ。

 トゥシル村は、この間三人で杭を探した共同農場を頂点とした三角系の形をしている。つまり村の奧に行けば、あの崖のどん詰まりになってしまうから隠れる場所がないのだ。

 そして三角系の底辺部分が旅人の街道だ。旅人の街道を西に行けばサラディオに戻り、東に行けばグレイン自治領区へと向かう。そして南へ向かえば王都シアーズに続いている。

 だがこの旅人の街道の三叉路の周辺は、うっそうと茂る森で、少し行けば川もあるから、隠れる場所としてはうってつけなのだ。

 村では、こんなに朝が早いというのに、沢山の人々が行き交っていた。手に手に鎌や、鍬、はさみなどを携えているところを見ると、薬草の収穫だろう。

 リッツ達がアーリエを取り戻すと分かった今、彼らはそれを信じてようやく日常を取り戻しつつあった。商人たちに脅かされることももうない。

 さり気なく村民たちの中を通り過ぎようとした三人は、意図と反して大量の村人に囲まれることになった。

 人々は皆、感激した様子で無言で握手を求めてくるわ、涙ぐんで見送るわと、飛んだ騒ぎだ。モリスは、村人達にどうやって説明したのだろう。

 特にフランツは色々な人々に手を握られて、必死で身を引くしかない。

「何だかすごく注目されてるよねぇ……」

 アンナとが困惑してリッツを見上げている。小さな村に生まれたアンナは、これだけの人々に取り囲まれたことなど無いのだろう。

 しばらくそんな人々に囲まれていたが、人が切れた瞬間を見計らってリッツが呟く。

「最初にきた時の、廃墟状態に較べれば、村人達が活気を取り戻したのはいいことさ」

「そうだね」

「まあ、ね……」

「でもびっくりだよね」

 アンナが大きく伸びをしながらいった。さすがのアンナも大勢に取り囲まれれば、緊張して肩も凝るらしい。

「解決できなかったらどうなるんだろう……」

 無意識にそう力無くフランツは呟いていた。村人の期待に押しつぶされそうで気が重い。

「大丈夫だろ、何とかすりゃあいいんだから」

 フランツの不平をリッツはあっさり受け流した。釈然とはしないが仕方ない。ざわめく村人達に見つめられながら道を歩いていくと、ある店の前で見知った顔に出会った。

「やあ、おはよう」

 村長のノルスだ。今日も一昨日と同じ農作業姿をしている。

「おはようございます。これから畑ですか?」

 尊敬する農業人に笑顔で挨拶を返したのは、勿論アンナだ。

「そうさ。君らが解決に乗り出していると聞いて、昨日から総出で収穫作業が始まっているよ。みんな張り切っていてね」

 村長はよほど嬉しいのか、笑み崩れた。

「頑張ってくれよ、他の薬草はアーリエと配合するだけに仕上げておくからな」

 ノルスが立っている店の看板は『薬草卸売り市場』事件が解決したら来る店はここらしい。

「薬草の出来はどうなんですか?」

 ウキウキと尋ねたアンナに、ノルスが明るい表をして目を輝かせた。

「聞きたいかね?」

 このままではここで立ち話になってしまうそうだ。フランツがリッツを見ると、リッツが小さく息をついた。

 アンナが口を開く前に、リッツがアンナの口を大きな手で塞いだのだ。

「んーっ! んーっ!!」

 じたばたと暴れながら抗議をするアンナに動じることなく、リッツは穏やかに村長に話しかけた。

「村長、その話はまた後日に、俺ら急いでるんで」

「うむ……そうか……うん」

 ノルスはいたく残念そうだったが、口を塞がれたアンナを見て渋々ながら納得してくれた。アンナはリッツの腕の中で暴れているが、リッツはびくともしない。

「君らはこれから大変だものな。アーリエを取り戻したら聞いてくれよ」

「はい。また聞きに来ます」

 ようやく薬草話が収まったところで、リッツが切り出した。

「薬草を持っている人物の目撃情報は、相変わらずありませんね?」

 これだけの村人が出てきているから、新しい情報があるかも知れないと期待してのことだったのだが、ノルスは黙って首を振るだけだった。

「怪しい三人は、その後見かけましたか?」

「いや。誰も見ていないようだな」

「そうですか」

 リッツが小さく息をつく。目的の方向だけでも分かればいいのだが、いっこうに見当が付かないのだ。

「そういえば妙な噂は聞いたぞ」

 ノルスが薬草を整えながら、ついでのように口にした。

「なんでしょう?」

「それが子供の言うことだから何だが、アーリエが消えた日の夜に、音もなく大量の蝶がまとまって森へと飛んでいったというのさ」

「蝶……」

「そう。だがまあ、アーリエを蝶が食べたとも思えんしな。それに蝶なら畑があんなにひどい状態になんてならないだろうし」

 ノルスは事件とは関係がないと思っているようだが、リッツは身を乗り出した。フランツもその情報に注目する。もし精霊魔法の瓶にアーリエが自然と飛んでいったなら、音も立てずに飛んでいく可能性が高いからだ。

「村長、蝶はどの方向に行ったんです?」

 真剣に尋ねるリッツに、ノルスもそれが事件と関わりがあるらしい事に気がついたようだ。

 ノルスが呼んできた子供によると、蝶が飛び去った方角は、サラディオ方面の森の中だった。それならばグレイン方面の森は調べる手間が省ける。

 ノルスたちに礼を言ってその場を離れると、ようやくリッツから解放されたアンナが、リッツに抗議した。

「口を塞ぐなんてひどいよ!」

「塞がねえと、お前は延々と農業の話をするだろうが!」

「そんなことないもん!」

「うそつけ! 前に村長のところに行ったとき、お前と村長の止まらない怒濤のような農業トークを浴びせられた俺の身にもなれ」

 二人に言い合いにフランツはちょっとホッとした。やはりあの時に矢を取りに行った選択は正解だったようだ。

「で、どうするの?」

 喧嘩からほぼじゃれ合いになったリッツとアンナに突っ込むと、リッツがアンナの頭に肘を置いて考える。

「そうだな。森の中には商人がテントを張っているはずだ。村から出ろと言ったって、あいつらは街道にいられない。馬車も通るからな」

「そうだね」

「それに犯人が潜んでいるなら、目撃されるはずだ。目撃者情報を探すのが早道だ」

「ああ」

 頷いたフランツだが、リッツの肘置きになっているアンナが口を尖らせている事に気がついた。

「アンナ……何してるの」

「リッツに肘置きにされてるのっ!」

 むくれながらリッツを見上げたアンナに、リッツは陽気な笑みを見せた。

「わりいわりい。肘置きには丁度いい高さだったからな」

「もう! 絶対に絶対に将来リッツぐらい大きくなってみせるんだから!」

「げ……」

 リッツが呻いた。フランツも想像してしまって、頬が引きつった。

「え? 何でそんな顔するの?」

「お前がこのまま巨大化したのを想像しちまった」

 実はフランツも同じ想像をしていた。このままでも十分にうるさいアンナが巨大になって更にうるさいなんて、考えるだけでもごめん被りたい。

「リッツひどいよ~」 

「ま、せいぜい頑張れよ」

「頑張るもん!」

 二人の軽口を聞きながら、あまりにいつも通りで少しフランツはホッとした。緊張感がないと言えば緊張感がない。だがずっと緊張していたら身が持たないから、この方が気が楽になる。

 ふと見ると、微かにこちらを見ていたアンナを目があった。慌てたようにさっと前を向くのを見て気がついた。

 もしかしてフランツの緊張を知って、この二人はわざとじゃれ合っているのだろうか。そういえば思い当たる節がある。旅路でもいつもこの二人はこうしてふざけ合っては、フランツを伺っているのだ。

 やはりこの二人は年上なのだなと、しみじみ感じたのだが、年齢差ばかりはどうにもならない。

 旅人の街道に出てシアーズ方面に向かって右側の森に入ってすぐに、サラディオ商人たちのキャンプ地があった。長逗留をしているためか、立派な竈を中心にした本格的なキャンプだ。帆布製のテントも

かなりの数が並んでいる。

 遠慮無くずかずかと入り込んでいくリッツの前に、見覚えのある男が出てきた。フランツはその男に身構える。あの時にサラディオ商人を率いていた男だ。

「フランツ坊ちゃん! いやいや、こんなところまでお越し下さって……」

 男はフランツの前で揉み手を船ばかりに頭を下げた。ヴィル・ルシナの威光の前では、その男の態度のでかさも成りを潜めるらしい。自分の力とは全く関係ないことだから不快だが、リッツに前に言われたとおり、ここまでのことだからと我慢するしかない。

「話が聞きたい」

 ボソッとフランツが言っただけで、男は大急ぎで全員を集めた。その声にあたふたと飛び出してきたのは、商人・荷馬車の馭者・馬丁・荷下ろしの男達等々、総勢三十人ほどだ。

「いっぱいいるんだねぇ。ね、これ全部商人?」

 アンナに聞かれて返事に詰まる。商人の目がある中であまり話したくないのだ。そんなフランツに変わってリッツが答えている。

「まぁ、そんなもんだ」

 全員が座ったところで、見せかけだけだがこの場の一番の権力者である、フランツが切り出した。

「この辺で、クリスタルの瓶を持った三人組の男を見なかったか?」

 男達はしばしばざわついていたが、しばらくしてから一人の馬丁がおずおずと手を挙げた。

「おら、馬丁です。フランツ様と話していいもんか」

 サラディオではフランツの立場が妙なことになっている。この馬丁もフランツのことを、雲の上の人とでも思っているようだ。だがフランツからすれば自分は至極普通だ。

「気にせず話してくれ」

 促すと、多少安心したように男は話しだした。

「三日ほど前になりますか、川へ水くみに行きました。水くみはわたしら馬丁の仕事なんで」

 馬丁が言うには、水くみをしに行く途中、妙な男にあったのだという。男は精霊使いのローブをだらしなく着て、透明に輝く瓶を手にしていたらしい。

 光るガラスの瓶。まさにそれは、クリスタルの瓶だろう。

「瓶の中に何か入っていたか?」

「ええ、フランツ様。こんなもんが入ってました」

 そう言って男がフランツに見せたのは、ジャムか蜂蜜が入っていた透明のガラス瓶だった。その中に何かがいる。

「実験失敗だったからいらないってくれたんでさ。トカゲだろうが、死にかけとる。でも直接触れたら危ねえしこうして瓶に入れて持ち歩いとります」

 中には今にも燃え尽きそうな炎がある。

「なんだ? 消えないマッチかろうそくか?」

 リッツが首をかしげたが、フランツはそれが何かに気がついた。アンナも同時に気がついたらしく、思わず二人で顔を見合わせてしまった。

「火トカゲ(サラマンダー)の子供だ!」

 アンナと同時に発した言葉に、リッツが眉をひそめた。

「火トカゲ?」

「炎に属する下位の精霊だよ」

「いや、それは知ってるが……」

「ひどいよぉ……死にかけてる」

 アンナが馬丁の元に歩み寄り、瓶を受け取る。その瞳が悲しそうに歪んでいる。フランツは馬丁を見た。ごくまれに、自分でも気が付かないうちに精霊の見えている者がいる。

 大抵はその才能を伸ばす方向に進むのだが、サラディオには精霊使いの地位が明確ではないため、大抵その才能は商売の才能のある人間に潰されてしまう。

 アンナの肩に乗っているエアリアルを羨ましげに眺める、この馬丁のように。

「あいつらは、エアリアルで上手く行ったから、他の精霊で試したんだ」

 アンナから火トカゲを受け取ったフランツは無意識に低く呟いていた。こんなに弱らせるなんて、何をしようとしていたんだ。

「それで、男は何処へ行ったんだ?」

 自然と馬丁に対する口調も厳しくなった。馬丁は恐れおののいて、平伏する。自分が怒られたように感じたのだろう。自然と怒りに燃えるフランツを見かねたのか、リッツが静かに馬丁へと向かい合った。

「そいつら、どこへ行ったんだ?」

 リッツが穏やかに聞くと、馬丁はおずおずと顔を上げた。

「分かりませんが、川沿いに南へ歩いて行きました」

 馬丁はそれだけ言い終えると、困ったように立ちつくす。

「わかった、サンキュ」

 リッツは頷くと、馬丁に座るよう促した。ホッとしたような顔で馬丁が座り込む。

「他に怪しい男を見た奴、いるか?」

 リッツの問いかけに、答える声はなかった。だがこの衰弱した火トカゲがいるのだから、犯人はそいつで間違いなさそうだ。目的地は定まった。

「じゃ、森の奥に行ってみるか」

 散歩にでも行くかくらいの気楽にリッツに声をかけられて、フランツは頷いた。

 だが歩き出しかけた時、リッツが商人たちを振り返った。

「そうだ。無くなった薬草を見つけて犯人を捕らえたら、この鐘を鳴らすから、取りに来てくれねえか? 盗まれた量は大量だから、俺たちじゃ運べねえんだ」

 そう言ってリッツが指さしたのは、トゥシルから持ってきた鐘だった。そんなことまで考えていたなんて驚きだ。フランツはアーリエを取り戻したときのことまで考えてもいなかった。

「サラディオ商人が、一番にアーリエを運搬する。名誉だろ?」

「はい! もちろんです!」

「じゃ、頼むぜ」

「了解です。お任せください!」

 あっさりと商人たちに約束させると、リッツは二人を促した。フランツはリッツの有無を言わせない手腕に舌を巻きつつついて行く。

 全員でフランツに……というよりフランツの背後にいると思っているヴィル・ルシナに向けてエールを贈るサラディオ商人達に別れを告げて、彼らは森の内部へと急いだ。

 商人達が完全に視界から消えて、更に奧へと踏み入れたところで、三人はため息をついた。

「やれやれ、大変な見送りだったなぁ」

 歩きながらからかい気味にそういったリッツに、フランツは何の反応もせずに、無言で歩きながら小さな種火入れの中にいる火トカゲを眺める。

「リッツ、火トカゲはどうしたら回復するんだ?」

 フランツの疑問にリッツはいとも簡単に答える。

「火の中に入れとけ」

「え?」

「お前のランプに突っ込んどけ。そのまま瓶にいたら、弱る一方だぞ」

 どうやら馬丁の親切が裏目に出たようだ。弱っていたのは犯人のせいだけではないかも知れない。

「ランプじゃ狭すぎだよ! 火を炊いてあげたらいいでしょ? ね、フランツ?」

 それはフランツに炎を付けろと言うことだ。拒否してマッチをすることも出来るが、弱った火トカゲのためなら仕方ない。三人で軽く燃える薪を集めてうずたかく積み上げ、火を付ける。マッチと違ってこの炎はすぐに燃え上がるから便利だ。

「ついでに朝食も食べようよ」

 アンナの提案で三人はこの場に腰を下ろすことになった。確かにお腹も空いている。火トカゲはしばらく薪の中でじっとしていたが、徐々に明るさを増していく。炎の力が足りていなかったのは一目瞭然だった。フランツが火トカゲを見ながら食事を取っていると、アンナの声が聞こえてきた。

「朝ご飯ミートパイだけじゃお腹空かないかなぁ」

 ミートパイを一番嬉しそうに頬ばっているアンナの言葉とは思えない。

「とりあえず、飯食いながら今後の作戦を練ろう」

 リッツの建設的な意見に、フランツは頷いた。

「エアリアルに反応は?」

 ミートパイを食べつつ尋ねたリッツに、アンナは薪を指さした。いつの間にかエアリアルは炎の周りをくるくると飛び回っている。

「あそこで火トカゲと遊んでるよぉ」

「は?」

「炎の中は熱くないかって」

「そうか……」

 フランツの耳にも楽しげなエアリアルの声が聞こえてきた。火トカゲが珍しいらしい。本来精霊達は住み分けが出来ているので、こんなに近くで他の精霊を見ることはないのだろう。

 しばらく精霊たちを眺めていたフランツだったが、リッツの言葉で我に返った。

「問題は、場所の特定をしたらいったん戻るか、突入するかってことだな」

 難しそうな顔つきで考え込むリッツに、アンナが不思議そうに尋ねた。

「でもさ、私たちがきたって事がばれたら逃げられちゃうよ?」

 フランツも頷く。ここまで近づいておいて、見つからない保証は何処にもない。それに、彼らが今度は何を企んでいるのか分からなくなってきたのだ。一体あのクリスタルの瓶で何をやらかそうというのだろう。

「火トカゲ入れて、どうするんだろうね」

 アンナの言葉にフランツも首をかしげるしかない。あの炎は外側に力を増幅させ、瓶に集める。もしエアリアルと同じように使えば、瓶を持った人間は大やけどを負うだけだ。

「まあいい事じゃないだろうよ」

 幾つか目のミートパイを飲み込んだリッツが、肩をすくめて答えた。

「火トカゲを杭に入れてどこかに刺すでしょ、そしたら炎が出るからみんな焼けちゃうよ? 泥棒さんなのに何も取らないの変だよね」

「だよなぁ。何考えてるんだか」

 二人の会話を聞いていたフランツはふと思いついた。馬丁は実験だと言った。つまり火トカゲを入れたのも実験ならば、アーリエを盗ったのも実験なのかも知れない。

 アーリエが盗まれた方がもっと前なのに、犯人は三日前にもやはり実験をしている。つまり目的を達したわけではないのだ。

「もしかして、アーリエの方が実験だったのかもしれない」

 フランツの思いつきにリッツが唸る。

「違うかな?」

「あり得る。火トカゲが本当は必要だとしたら、目的は火災を起こすことだよな。もしかしてどこかを燃やそうとしてたのかもしれないな」

 淡々としたリッツの言葉に、アンナが目を見開いた。

「ええっ? どうして!?」

「あの瓶を憎い奴にプレゼントして、杭に火トカゲを捕まえて封じれば……?」

「瓶から炎があふれ出して火事になる!」

 アンナが叫んで目を見張った。

「ひどいよ! それって放火だよ!」

「火トカゲの利用法なんて、それしか考えられねえだろ」

 リッツの言うことは一理ある。と言うより他に考えられない。

「じゃあ、アーリエが実験って言うのは?」

 アンナがまたパイを口に入れつつこちらを見た。フランツも食べかけたパイを見ながら考えて口を開く。

「精霊の力が何処まで利用できるか、試したんじゃないのかな。葉っぱが集まっても、大して犯人に被害がないし」

「う~ん」

 考えれば考えるほど不吉だ。アーリエを根こそぎ奪ったのもかなり悪いが、放火となるとなお悪い。

「悪人の考えることは分からん、とにかく取り押さえちまおうぜ。捕まえてみてからシメて吐かせれば、事は簡単に済むさ」

 確かにそれは、リッツには簡単だろう。でもあまりにも乱暴だ。

「……乱暴だな」

「普通だろ、こんなの。他に何か考えがあるか?」

 そう言われると確かに何も浮かばない。ならばとにかく捕まえてしまうしかないだろう。三人がそういう行き当たりばったりの考えで合意したとき、火の中で動きがあった。

 火トカゲだ。

「きーっ」

 小さい声で鳴くと、火トカゲは自力で起きあがった。炎が全身を覆っている。火トカゲは物質として炎を纏っているから、炎の中にいさえしなければ、リッツにも見えるらしく、リッツは感嘆の声を上げた。

「お、元気になったみたいだな。ここまで炎があれば、俺にも見える」

 火トカゲが元気になればここに長居は無用だとばかりに、リッツはさっさと朝食を片付けにかかった。フランツは自分が操る精霊である炎の属性の火トカゲをじっと見つめる。

 燃えさかる炎をまとったその姿は、少し火竜に似ている。

「可愛い~! おいで」

 アンナが呼んでみたものの、火トカゲはアンナの方に見向きもしない。よく見ると火トカゲはじっとフランツを見つめている。

 何だか呼んで欲しそうな気がして、フランツは小さく声をかけた。

「来い。火トカゲ」

 フランツの言葉に反応して、火トカゲはゆっくりと火から這いだしてきた。躊躇いもなくフランツの方へと歩み寄る。

「リッツ、触ったら火傷するかな?」

 片づけを終えて立ち上がったリッツは、あまりにも当たり前の問いかけに、肩をすくめた。

「するだろうな」

「やっぱりそうだろうね」

「連れて帰ってもいい?」

 アンナの視線がフランツのランプに向いた。

「これから敵のところに乗り込むってのにか?」

「あ……」

 アンナは絶句した。フランツも黙る。これからどうなるか分からないのに、火トカゲを連れて行くのははばかられる。

 あっさりと諦めたフランツと違い、しばらく火トカゲを見つめていたアンナだったが、ようやく諦めがついたようで、ため息混じりに火トカゲに別れを告げた。

「サラちゃん、元気に暮らすんだよ」

 アンナがエアリアルを肩に載せて、名残惜しげに手を振る。

「何でサラちゃん?」

 フランツが尋ねると、アンナがいとも簡単に答える。

「火トカゲ(サラマンダー)だからサラちゃん」

「単純な……」

 力の抜けるフランツと楽しげなアンナを、先に立ち上がったリッツが促す。

「日が暮れちまうぞ。夜までに宿に帰り着かなかったら夕飯食い損ねちまう」

 夕飯はどうでもいいが、野宿はあまりしたくない。フランツは先に立っていたリッツの後を追った。

「じゃあね、サラちゃん!」

 アンナも名残惜しげに火トカゲに手を振って、追いついてくる。フランツはそっと後ろを見た。まだ火トカゲはフランツを見ている。黙って背を向けると、火トカゲは悲しそうに『きーっ』と鳴いた。後ろ髪引かれるが、後は自由に生きて貰うしかない。

 多少気にはなったが、まずはアーリエを盗んだ犯人を見つけねばならない。しばらく歩くと、サラディオ商人たちが行っていたように川縁に出た。そこにもサラディオの馬丁がいて、水をくんでいた。

 ついでにその馬丁に尋ねると、馬丁も犯人らしき男を目撃していたのだ。男は何の緊張感もなく、へらへらと笑って歩いていて、声をかけると天気について立ち話をして去っていったのだという。

「何か変だな」

 リッツがボソッと呟いた。フランツはリッツを見上げて尋ねる。

「何が?」

「犯人に緊張感が無さ過ぎるだろ。凶悪犯なら、目撃されても笑って天気の話はしないぜ?」

「……そうだね」

「やってることの大胆さと、この緊張感のなさは、どう見ても繋がらないよな」

「ああ」

 犯人が何を考え、何をしようとしているのか、全く分からない。重要な瓶を持って歩いていたのだから、その男が犯人の中心である事は間違いない。一番重要な品を下っ端が持つはずもないからだ。それなのに人に見られても平気だし、何も隠したりしない。

 フランツが想像していた犯人像とも、かなりかけ離れている。

 目的地まであとどれくらいあるのか、さっぱり見当が付かないが、ここまで来たら行くしかない。まだ時間に余裕はある。馬丁たちに聞いたとおり、川沿いに南下していく。

「エアリアル、何か感じる?」

 思い出したようにアンナが尋ねるが、すぐに落胆の表情になる。何も認識していないようだ。とりあえず、エアリアルが認識できるところまで進むしかないだろう。

 しばらくしてすぐに下草の状態が変わったことに気が付く。川縁から森の中に向かって踏み固められており、獣道のようになっているのだ。

 つまりこの獣道は……犯人の痕跡……?

「やっぱり変だよなぁ……」

 リッツが怪しんでそう呟いた。でもその道を進む意外に選択肢はない。獣道の入り口に立ったリッツがこちらを振り向いた。

「さっきから引っかかってるんだけどな」

 目があったフランツはリッツを見返した。

「何?」

「にたにた笑って、人に姿を見られても平気ってのが解せない」

 フランツもその事が引っかかっていたから、リッツに頷き返して口を開いた。

「犯人は高度な精霊力と知識を持つ窃盗団だと考えてたけど、違うかもしれない」

「だよな、俺らが勝手に想像してただけだもんな」

 二人はお互いにそんなことを考えていたのだ。

「でも本当に頭のいい犯人が、わざと痕跡を残したとも考えられる」

 疑い深くフランツが唸った。絶対に逃げられる、もしくは絶対に勝てると思って、その力を誇示する可能性も確かにあるのだ。だがそうだとしたら、この獣道を残した理由が分からない。

 薬草を負ってきた探索者に道を標してどうするのだろう。頭がよければ、毎回違うルートを辿るなどの選択肢があったはずだ。

 でもその際に『実験失敗した』などとうっかり失言してしまう凶悪犯もいないだろう。しかも、他人に見られていたのに、笑っているのはどうだ。考えて見てもさっぱり分からない。

 ため息をついたフランツに、リッツが笑って肩を叩いた。

「まあ、何にしろ戦うことになるだろうから、心構えだけは、ちゃんとしておけ」

 その言葉に、フランツは固まった。少し後ろを歩いていたアンナの足音も止まった。昨日、リッツは人を殺すのだろうかと話合っていたことを思い出したのだ。

 動きを止めてしまったフランツとアンナに、リッツは苦笑しながら背中に手を回した。そして大剣を抜くことなく、鞘ごと外してしまったのだ。

「はずれるの?」

 目を丸くして尋ねたアンナに、リッツが笑った。

「はずれるようにしたんだよ。本来ははずれないのに、作り替えるのに苦労したんだからな」

 いつものおちゃらけた口調でリッツはそう言って笑った。

「心配するな。生きたまま捕らえた方がいいだろうから、鞘が抜けないように細工した」

「リッツ……」

「だけどな、俺たちが当初考えていたとおりの凶悪犯で、手練れだったら抜くからな」

 アンナはリッツの言葉であからさまにホッとしたようだった。かくいうフランツも、肩の力を抜く。

「もしかして、聞いてた?」

「何がだ?」

 リッツは思い切りとぼけている。おそらくリッツは、アンナとフランツを心配して、扉の外で聞き耳を立てていたのだ。そしてリッツはきっと、三人で旅をしている間は傭兵でいることをやめようと考えているのかも知れなかった。

 申し訳ないけれど、フランツにとっては少しありがたい。やはり血なまぐさいことは嫌だ。

「犯人を捕まえて、アーリエを取り戻して、後は村人に焼くなり煮るなり好きにして貰おう」

「そうだよね。迷惑しているのは村の人だもん」

 ホッとしたようにアンナが笑みを浮かべた。

「お、教会の娘が犯人を煮るなり焼くなりするのを許すのか?」

 からかい口調で言ったリッツに、アンナは自信満々といった顔で胸を張った。

「だって、悪いことをしたらそれなりの罰を受けるのが当たり前だもん!」

「そりゃそうだ」

 あの村長ならそんなにひどいことにもなるまい。それはアンナも感じているようだ。

 しばらく歩くと、少し見晴らしのいい空間に辿り着いた。中央に大きな木が立っていたようだが、何かで倒れたらしく、ぽっかりと空間が開き、下草が勢いよく生えている。

 とりあえず三人は倒れた木に腰掛けて、休憩を取ることにした。ここで休んで後は一気に攻める考えなのだ。

「休める時に休んどかないと、後でしんどい」

 それがリッツの基本姿勢である。戦闘未経験のアンナとフランツを落ち着かせようという配慮がありがたい。何しろパニックに陥って、火竜を暴走させた過去を持っているのだから。

「森の広場だね、いい感じだよ。ねぇパイ食べてもいい?」

「駄目、それは帰りの分」

 脈絡もなく、パイを食べようとするアンナの言葉にリッツが苦笑している。アンナはいつもマイペースで羨ましい。フランツは動揺しやすいのに、これも年の功という奴だろうか。

 アンナが毒蛇に噛まれた事件があったばかりだからか、リッツは大剣を抱え、神経を森へと向けたまま木にもたれている。そんなリッツを、木の精霊たちが巨木から顔を出して覗き込んでいる。

 精霊が見えるアンナとフランツだったら、ちょっと気恥ずかしくなるような距離で覗かれているのに、リッツはいっこうに気がつかない。

 そのリッツに気がついたのか、アンナが楽しそうに笑った。

「すごいね、木の精霊がいるよ。大きな森なんだね」

 リッツがアンナの言葉にきょろきょろと周りを見る。木の精霊は楽しげにそんなリッツをからかうように、木の幹から消えたり音から足下に出てきたりしていた。

 しばらく、木の隙間からこぼれる木漏れ日を楽しむ。まるでピクニックに来たかのようなのんびり加減である。

だがそれも長くは続かなかった。

「におう!」

 呑気な雰囲気をうち破ったのは、エアリアルの叫び声だった。フランツは身構え、周りを見渡した。アンナも同じように周りを見渡す。リッツだけが眉を寄せた。

「いたのか?」

 アンナが頷いた。

「近くにいるって!」

 通訳したアンナの声に、リッツは大剣を構えた。後方から聞こえる水音と、鳥の声だけが聞こえる中で、徐々に草をかき分ける音が聞こえてくる。やがて草を踏みつける音に混じって、男の声が聞こえてきた。

「………だよな」

 会話なのかと思ったが独り言のようで、何か小さく呟いている。まだその内容まで聞き取れない。

「お願い、エアリアル大人しくして」

 アンナが見えないエアリアルに必死のお願いをしているが、聞き入れられないようだ。

「……兄貴の奴……自分が精霊見れないくせに偉そうにしやがってよぉ」

 男はどうやら愚痴を言っているようだ。

「犯人?」

 フランツはリッツに小声で尋ねた。

「多分な……でもやっぱり変な犯人だよな」

 リッツの大剣が仰々しく見えるぐらいには、犯人は無防備だった。戦う必要もないと踏んだのか、リッツが背中に大剣を戻す。

「二人とも木の陰に隠れろ。生け捕りにしよう」

 振り返って片目を瞑ったリッツは、散歩でもしているかのように気楽に男の方へ歩いて行く。男が来そうな方向の木の陰に隠れて、横から捕まえるのが早そうだ。

 その姿を見ていたら、リッツが言葉に出さず身振りで一本の木を指し示してきた。そこに隠れておけと言うことらしい。フランツは指示された木の影に移動して荷物を隠した。

 今にも男に襲いかかりそうなエアリアルを説得してバスケットに入れたアンナは、リッツの元に歩み寄った。その気になれば抜け出せるだろうが、バスケットに入れられて驚いたのか、それともアンナの説得が聞いたのか静かにしている。

「ねぇねぇ、私転ばそうか?」

 獣道を挟んで反対側にいるアンナの提案に、リッツはニンマリ笑った。

「いいねぇ~」

 フランツはアンナが何をしているのか分からずにそれを見守る。アンナは、背中に背負った矢筒から、茶色の陶器の矢を取り出して地面に刺した。透明な矢だけではないのは知っていたが、それが何かを聞くことも見る事も今まで無かったのだ。

 準備万端に整え、三人は息を潜めた。やがてその場に男が現れた。

「俺が三男だからって、馬鹿にしやがって!」

 声が徐々に大きくなってくる。リッツが転ばせるタイミングを男の歩みに合わせてカウントし始めた。隣のアンナに、小さな声でそれを伝えているのがフランツにも微かに聞こえる。

「五・四・三・二・一……今だ!」

 リッツの突然の声に驚いた男が、慌てて逃げ出そうとするが、そうは問屋が降ろさない。

「土の精霊、あの男を転ばせて!」

 ドサッ。

 大きな音がして、男が見事に顔から地面に突っ込んだ。フランツは目を見張る。どうやらあの矢の効果らしい。

「くっそー!」

 だが相手も必死だ。逃げようと立ち上がって走りだそうとするが、アンナの魔法が相手を逃さない。

「お願い、もう一回あの男を転ばせて!」

 ドサッ!

「いてぇ~くそーっ」

「もう一回転ばせて!」

 ゴン!

「くそ、捕まるか!」

「もう一回!」    

 ドサッ!

「ええ~っと、俺が捕まえてもいいのかな?」

 夢中で間抜けな対決をしているアンナと犯人のやりとりを惚けて見ていたリッツは、フランツに聞いてきた。自分では分からないが、同じように呆れ顔をしているだろうと思いながら頷く。

「このやりとりを延々と見ているのは嫌だ」

 放っておくとそうなりそうで嫌だ。

「同感だ。アンナ、もういいぞ」

「わかった!」

 アンナは、矢を地面から抜き、矢筒にしまった。それと同時にリッツが一歩足を踏み出し、犯人の男の前に立つ。

 するとその男の顔色が変わった。必死で立ち上がり、もの凄い形相で逃げ出そうとする。でも足がもつれて立ち上がるのに苦戦しているらしい。

「うわ~こ、こ、殺さないでくれ~」

 何となく男の怖さは分かる気がする。大剣を背負った大男は、一般人からすれば恐怖の対象だ。

「俺、そんなに凶悪な顔してる?」

 肩をすくめて振り返ったリッツに、フランツは何も言わず早く捕まえてくれと手で合図した。

「おし、御用だ!」

 やっと立ち上がり、逃げ出す男をリッツは大股で易々と捕まえた。

「ざ~んねん、俺足には自信あるんだよね」

「うわ~俺のせいじゃない! 兄貴が悪いんだ! 殺さないでくれ」

 リッツはわざと困ったような顔を作りつつ、肩をすくめてフランツとアンナを見た。これは完全に遊んでいる。フランツはため息をついた。

「そいつを縛ろう」

 今は遊んでいる場合じゃない。三人組ならば敵は後二人いるはずだ。分かっているのに遊んでしまうリッツは、もしかしたら余裕があるのかも知れない。でもフランツは、自信満々で余裕がないと言いきれる。

 出がけにフィリアから借りたロープ一式で、リッツと共に縛り上げると、リッツは犯人の繋がったのと反対側をしっかりと手に持った。

「犬の散歩みたいだねぇ」

 アンナが楽しそうにそういうのも構わず、リッツはロープを掴んだまま男に話しかけている。

「お前、アーリエ盗んだ犯人だろ?」

 男は脅えて首を横に振る。

「嘘付くと、俺の大剣が唸るぜ?」

 男は縮あがりながら、首を今度は縦に振った。

「うんうん、正直なのはいいことだ。で、残りの犯人とアーリエは何処だ?」

 あくまでもリッツは笑顔なのだが、男は脅えて言葉が出ないようだった。どうやらかなりの臆病者らしい。

「しゃべってくんないと、永遠にしゃべれなくなるかもしれねぇぞ?」

 一応は温厚に話しているつもりだろうが、リッツの言葉に男はひたすら怯えている。フランツはあれを温厚ではなく脅迫というのだと知っている。

「話す! 話すから殺さないで!!」

 男が金切り声で叫んだ。

「ようし、素直が一番だな」

 男の名は、サム・スコット。修行を始めたばかりの精霊使いだった。主犯格は、血の繋がった性格の悪い実の兄、一番上のビル。あと優しいモントという名の兄も一緒だということだった。

「兄貴に精霊を捕まえろって頼まれただけだ。こんな事に使うなんて、聞いてなかったんだって!」

 必死の様子から、それは本当のことなのだろう。

「何でアーリエを取ったの? いけないことだよ」

 アンナが悲しそうな顔で尋ねると、サムはホッとしたような顔をした。リッツよりはアンナの方が格段に安心らしい。

「火を着けるんだって言ってた。俺ら何しても駄目でさ、どうせならでかいことしようってことになって……」

「でかいことって?」

「お金持ちの家に火を着けて、家人が避難しようとしてるところで金を頂くんだ。だから手始めに風の精霊で実験……」

 男の言葉に、アンナの顔色が変わった。それに気が付いた男が慌てて否定する。

「でも火の精霊は駄目だったから、実験で大丈夫だった水を使って強盗することにしたんだ! ほら、水なら流れちゃえば安全だし!」

 男の弁解は、アンナの怒りに油を注いだ。彼女は水の使い手だ。水の精霊を酷い目に遭わせるのをアンナが許すはずがない。

「それ、すごく悪いことだよ! 女神様も水の精霊王様も私も、ぜ~ったいに許さないんだから!」

 アンナが腕を組んで口を尖らせた。かなり怒っている。嘘や犯罪は一番彼女の嫌いなことなのだ。しかも自分の大事な水の精霊を利用しようとは……。

 怒り出してしまったアンナに変わり、ため息混じりにフランツが質問者に変わる。

「だから火トカゲを瓶に詰めて実験した?」

「そうだよ、でも火トカゲの力は使えなかった。実験の結果、あの瓶は風の力と、水の力にしか働かない事が分かったんだ」

 男は上目遣いに三人の様子を伺いながら答えた。隙あらば逃げ出したいと考えているのだろう。でもどうやっても無理のようだと男が気が付くのに対して時間はかからなかった。

 そうなると男は開き直ったかのように、驚くほどよくしゃべる。

「あの瓶を作ったのは君?」

「違う! 何ヶ月か前にサラディオの街で、変な男から買ったんだ。綺麗だから高く売れるかと思って買ったのに、売れないんだ。本当だよ!」

 仕方なしに説明書通りに使ってみたら使えたのだという。

「この瓶を売ってた男はさ、飾りにしかならないって言ってたのに、それだけはもうけだったよ」

 男の話を聞いていたフランツは、だんだん嫌な予感がしてきた。サラディオの街では色々な物が手に入る。でも精霊魔法がかかった商品を売るような人物は一人しか考えられない。

 このまま無かったことにしてしまいたかったが、聞かずにいるわけにもいかない。

「どんな男から買った?」

「ぼさぼさの長い茶色の髪にローブの男だったよ。何だか眠そうな顔しててさ。おまけにって説明書もくれたんだ。何かそんなものを集めるのが好きって言ってた」

 フランツは嫌な予感が的中したことを知った。そんな容姿で、そんな趣味のサラディオの人間など、一人しかいない。フランツは頭を抱えた。フランツが、サラディオで誰よりもよく知っている人物だ。

「オルフェさんか……」

 隣にいたリッツが小さく呟いた。フランツはため息混じりに頷く。しょっちゅう見たことがない物が増えるのに、数自体はどんどん増えるわけではないのを不思議に思っていたが、まさかこうして露天で売りさばいていたとは思わなかった。

 腕が怒りで小刻みにふるえる。つまりはこの事件、よくよくの大本を辿れば、オルフェと言うことになる。弟子のフランツが解決しないとどうしようもないではないか。

 落ち着けと自分に言い聞かせて男を見据え、低く尋ねる。

「アーリエは無事?」

 フランツの怒りが自分に向けられていると勘違いした男が、慌てて叫ぶように答えた。

「勿論無事だよ! 手も付けてないよ!」

「何処にある?」

「この先の小屋だ。兄貴達もそこにいる」

 サムは続いている獣道を指し示した。フランツは頷いてリッツを見た。心得た物で、リッツは何の迷いもなくサムが括り付けられたロープを手に括り付けて荷物を背負う。

「行くぞ」

「ああ」

「はーい」

 いよいよアーリエにたどり着ける。助けてくれたお礼にとアーリエを探していたはずなのに、まさか師匠の尻ぬぐいになるとは夢にも思わなかった。

 ため息混じりに犯人を見ると、サムが断固として動くことを拒否していることに気がついた。

「今更抵抗するなよ」

 呆れ顔のリッツがサムに言っても、サムは動こうとしない。やがてサムはえもいわれぬ引きつった笑みを浮かべて懇願した。

「俺行きたくねえよ。兄貴に殺されちまう」

 サムは心底怯えているようだ。何故だか自分の兄が怖いらしい。そんなサムをリッツは肩をすくめて見下ろしている。

「自分の兄貴だろ、ビクビクすんなよ」

「あんたは、兄貴を知らないからだ!」

「知らねえなぁ。でもまあ、俺の方が強いさ」

「でも嫌だ!」

「抵抗しても無駄だぞ。いいから来い」

 リッツに言われてもサムは首を横に振って抵抗している。でもここは案内して貰わないとならない。リッツは力任せにサムを立たせる。

「さぁ、しゅっぱ~つ!」

「いやだぁ~!!」

 叫ぶサムを引きずって、三人は獣道を奥の方へと進み始めた。

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