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呑気な冒険者たち  作者: さかもと希夢
消えた薬草を追え
13/224

<5>

 一人になりたくて、宿屋の最上階に上がった。木製の扉を開けると、小さなテラスになっていて、そこから村が一望できる。洗濯物干し場になっているようで、見慣れたアンナの服や、自分の服が風に揺れている。

「やらなくちゃ駄目なんだろうな……」

 欄干に寄りかかりながらポツリとつぶやく。リッツの提案は、どうしても抵抗があった。あのやり方では、まるで詐欺じゃないか。

 確かに嘘も方便かもしれない。でもフランツは商人相手にヴィルのような性格を演じたくない。父親のようには、なりたくなかった。

 何処かで心が疼く。嘘と虚飾にまみれたサラディオという檻から脱出してきたというのに、また嘘をつかねばならないのか。しかも最も嫌う父親の名をかたって。

 風が柔らかくフランツの髪を撫でてゆく。爽やかな冷たい秋風だ。風には微かに暖かな家庭の香りが含まれていた。フランツは目を上げて村を見下ろす。

 村人たちが、商人に苦しめられている。しかもその筆頭はサラディオの商人だ。それを許していいのだろうか?

 答えは否だ。許せない。フランツだって商人の重要性は分かる。だがこんな風に村人から搾取することなど、許せない。

「だけど……嫌だ……」

 呟くと少しづつ自分の仲の嫌悪感が浮き彫りになってきた。

 自分がヴィル・ルシナの息子であることが嫌だ。

 ヴィルのように傲慢な商人を演じるのは嫌だ。

 商人たち相手に欺すような話を来るのは嫌だ。

 嫌だ、嫌だ、嫌だ。

 そんな言葉に支配されている自分に気がつき、フランツはハッとした。

 それは全部自分の快不快の問題じゃないのか。ルーベイ夫妻への恩、盗まれた薬草のこと、この村のこと、全部を無視して自分の事ばかり言っていないか?

 自分の快不快ばかりを主張して、重要なことを見落としているんじゃないだろうか。

そう考えると、少し身震いがした。

 その身勝手さこそ、フランツが一番嫌う父親の姿なのではないのか?

 フランツは両手で顔を覆った。旅に出ることは他人と関わることだった。だけど今まで通りに自分が嫌だから殻にこもっているだけでは、自分が望むように何かをかえる事なんて出来ないじゃないか。

 フランツは顔を覆ったまま呻いた。言葉にならない声が漏れる。

 ルシナであることが嫌で、それをことさら宣伝しないといけないのは苦痛だ。それは父のやっていることと変わらない。でも、それが村人を助ける方法だとしたら、どうすることが正しいのだろう。

 リッツやアンナと出会って、こういう人もいる、人を信頼できるかも知れないと旅に出た。フランツは変わりたかった。だけどそれがどういうことなのか、自分でも分からない。

 苦悩していると、突然テラスの扉が開いた。振り返ってみると、駆け込んできたのはフィリアだった。フランツに気がついたフィリアが笑う。

「ああ、こんなところにいたのね」

「……はい」

「アンナちゃん、気がついたわよ?」

「え……?」

「仲間なのよね? 助かってよかったわ」

 アンナの洗濯物を手早く畳みながらのフィリアの一言に、胸を突かれた。

 そうだ。仲間になったんだ。フランツを守ってアンナは怪我をした。そのアンナを助けてくれたのは、このフィリアとモリスだ。

 だったら仲間のフランツが、自分の快不快から離れて、仲間のために恩を返す必要があるのではないだろうか。

 まだ仲間という存在がいまいち分からないけれど、でもリッツもアンナも、サラディオでフランツを助けてくれた。だったら困っている状況でフランツが出来る手段をとるのは、当たり前だろうと思う。

 いや、当たり前だ。

 フィリアの後について、フランツはアンナの元へと早足で歩き出した。

 階下におり、アンナの部屋に飛び込むと、先に来ていたリッツがいた。心底安堵したような顔で、アンナの頭をポンポンと叩いている。

「よかったなぁ……」

「うん。心配かけてごめんね」

 アンナも嬉しそうにリッツを見上げて笑っていた。初めてあった時から思っていたが、本当に仲のいい二人だ。

「あ、フランツだ~、やっほー」

 先ほどまで意識がなかったというのに、脳天気に声を掛けられて力が抜けた。

「元気だね……」

「うん! 首から下は全然動かないけどね!」

「……それって普通、元気っていわないだろ……」

 フランツはため息をついた。普通首から下が動かない重傷の人間はこんなに脳天気に笑っていないものだ。アンナの元気がどこから来るのか、フランツには謎である。

「リッツ、起こして貰っていい? 何だか背中が痛いんだ」

 明るくそういったアンナに、リッツは肩をすくめた。

「そういうのはもっとしおらしく言うもんだぞ」

「ええ? でももう元気なんだもん」

「起こして貰えないと起きられないのにか?」

「体は動かなくても、元気いっぱいだよ!」

「……ったく、お前は」

 ため息混じりにリッツがアンナを助け起こす。まだかなり痛むのか、アンナの口から、痛みをこらえる苦痛の声が微かに漏れた。見ているこっちが痛々しい。でも息を切らせつつも、リッツの手を借り、アンナは身を起こした。

「へへへ。何だか背中が涼しくなったよ」

 軽く額に汗を滲ませて、アンナが笑う。

 強いなと、フランツは立ち尽くして感心する事しかできない。

 アンナを起こしたリッツは、手早く掛け布団を一枚とって丸め、アンナに背もたれを作ってやっている。リッツは見かけによらず、妙に人の世話が得意だ。本当は傭兵じゃなくて、他の仕事なんじゃないかと、フランツはちょっと疑いたくなる。

「あ~、生き返った。ねぇねぇ、あれから何日たったの?」  

「何日って……たった一日だよ、一日」

 リッツが後ろを整えてやってから、アンナを介助してそれに寄りかからせている。

「一日? 本当? 何だかものすごく長く寝ていた気がするよ?」

「まあ、生死の境をさまよってたからな」

「わぁ……それってすごいね」

 脳天気なアンナの言葉に、フランツはため息をついた。リッツも額を押さえる。

「お前って奴は……」

「それでそれで、ここはどこ? どうして私、助かったの? 薬草は買えたの? お医者さんとかいたの? リッツは何で後ろ髪を結ってないの?」

 矢継ぎ早の質問に、リッツがため息をつきつつ、これまでのいきさつを説明する。病人であるアンナだが、説明しないとしつこく騒ぎそうな気がしたのだろう。

 その説明を終えたリッツは、無造作にポケットから出した紐で後ろ髪を括る。

「後ろ髪は、寝坊して縛るのを忘れただけだ」

「そうなんだ~。ねぇねぇ、今度結ってもいい? 三つ編みにしたら、おそろいになるよ?」

「断る」

 一部分だけ長いリッツの後ろ髪は、癖も何も無く、艶々となめらかで綺麗だ。アンナはたまに、ちょっと羨ましげにそんなリッツの髪をいじっている。アンナもまっすぐな髪をしているが、赤毛故にかリッツの黒髪ほどの艶を帯びてはいない。

「意地悪~」

 アンナはリッツを見て膨れたが、すぐに吹き出す。リッツも笑い出してしまった。それを見てようやく本当にフランツの肩の力が抜けた。いつも通りだ。大丈夫、元のアンナだ。

「ねぇねぇ、薬草盗まれて大変なんだよね? もちろん助けるんでしょう?」

 きらきらと眼を輝かせて、アンナがリッツとフランツを交互に見た。その瞳に溢れるのは、アンナの困った人は絶対に助けますという信念の輝きがある。たじろぐフランツに気がつきもしないのか、アンナの瞳はやる気で充ち満ちていた。

「勿論だ。その方法はなんだが……」

 リッツは、アンナを気遣いつつも、これからフランツと二人で商人達に対して一芝居うつということも話す。まだ同意したわけじゃないが外堀が埋められていく気がする。

「ね、それって嘘をつくことになんないかなぁ。ウソを付くのは悪いことだよ?」

 まさかアンナの方から助け船が出るとは思わなかった。その言葉に同意をしようとしたフランツだったが、一瞬先にリッツが割り込んできた。悟りきったような笑顔を浮かべて、アンナに顔を寄せたのである。

「いいか、アンナ。嘘も方便っていうだろう? 人を傷つける嘘はいけないが、人を助ける嘘はいい嘘だ。それにほら、前に話したろ、相互扶助って。村人と俺たち、それに商人だってみんな幸せになるんだ、俺はいいことだと思うぞ」

 そんなリッツに、フランツはため息をつくしかない。こう言われたらアンナの返事など分かりきっている。アンナはリッツに絶大の信頼をおいているのだから。

「そっか。そうだよね! みんなで幸せになる方がいいよね!」

 案の定だ。

「だよな」

 何となく釈然としないから、リッツの頭を軽く殴ってみたが、リッツは微動だにしない。

 そこへ入って来たのは、モリスだった。モリスは大きな桶を抱え。その桶の中にはトレイに載った飲み物が置かれている。

「リッツ君、悪いが取ってくれるかい?」

 声を掛けられたリッツが、手早くトレイを受け取ると、モリスは軽くなった桶を床に置いた。それからまた慌ただしく階下に降りていき、今度は大きな薬缶を持って現れた。薬缶の湯を大きな桶に注ぎながら、何かの準備をするモリスに、リッツが尋ねる。

「モリスさん、これ?」

「あ、ごめんごめん。薬湯だよ。飲ませてあげてくれってフィリアに渡されたんだ」

「ありがとうございます」

 お礼を言ったリッツが、アンナの元に歩み寄る。

「これな、毒消しの薬草湯だから、少しずつ飲むんだぞ。俺がカップ持っててやるから」

「リッツって、お養父さんみたい」

 アンナの一言に、リッツは明らかに落ち込んだような顔をした。

「それ言われると、すっげー老け込んだ気がするんだがな」

「ええ? そうなの」

 アンナは目を見開いた。どうやら褒め言葉のつもりだったらしい。

「俺はまだ独身だっての」

 リッツが両手で支えながらアンナの口元に付けたカップからは、心地よい緑の香りがしていた。色といい、香りといい、かなり苦そうだ。

 アンナも少し緊張した面持ちでそれに口を付けたのだが、一口飲んで目をしばたかせ、続いて一気に飲み干してしまった。

「おいおい、焦るとむせるぞ」

 リッツがあきれ顔で忠告するも、アンナはそれを飲み干して、大きく息をつく。

「あ~お腹空いた! 暖かいものを飲んだら、お腹空いた!」

「お前は本当に……」

 リッツが深々とため息をつくと、後ろで笑い声が聞こえた。振り返ってみると、フィリアが陶器で出来た器とスプーンをもって立っている。そこから立ちのぼる湯気に、アンナが鼻をひくつかせた。

「いい匂い……おかゆだ」

 アンナの顔が嬉しそうにほころびた。ユリスラ北部では小麦が主食だが、南部の河口付近では米作が盛んだ。ちなみにこの周辺は主に小麦が主食である。

「お米ってここら辺では高級品だよね~」

 アンナの言葉にフランツは首をかしげた。米の値段を調べたことなんてない。

「そう?」

「フランツもしかして知らないで食べてた?」

「……まぁ……」

「いいなぁ~。ヴィシヌでは滅多に食べられない高級品なんだから」

 よだれを垂らさんばかりのアンナに、フィリアがクスクスと笑う。

「薬草を買いに来る商人が、米を運んでくることもあるのよ。薬は高価だからその代償にって。これは今年の新米」

「わぁ……」

 眼を細めたアンナは、ようやくフィリアの存在に気がついたらしい。

「あの……あなたは?」

「初めまして、アンナちゃん。私はフィリア。この人は夫のモリスよ」

「アンナです! よろしくお願いします」

 フィリアは笑顔で部屋に入り、ベット横の、作りつけのチェストに、陶器の器を置いた。中からは確かにお粥のいい香りがする。

「まだ熱いから、少し冷ましておきましょうね」

 フィリアがそういっているうちに、桶にお湯を張り終わったモリスが、部屋を出ていってしまった。何が始まるのかとじっと見つめているリッツとフランツに、フィリアは笑顔を向けた。

「全身をお湯で綺麗に洗い流して、マッサージするの。体がすぐに動くようになるわ」

「嬉しい! 旅の途中では入れなかったもん!」

「喜んで貰えてよかったわ」

 笑いながらフィリアがアンナの布団を捲ったが、ふと動きを止めてこちらを見た。意味が分からずフランツは立ち尽くす。

「二人ともいいかしら?」

「え? 何か手伝います?」

 思わず問い返したリッツに対して、フィリアは腕を前に組み、いたずらっ子が冗談でちょっと拗ねてるようにリッツとフランツを見た。

「二人とも、アンナちゃんの入浴と、着替えが見たいの?」

 いわれた瞬間、フランツは狼狽して廊下に飛び出した。その後ろには同じように焦るリッツがいる。

「悪い! ごゆっくり!」

 頭を掻き掻き、リッツは部屋の中に謝って、後ろ手に扉を閉めた。全身をお湯で清めてマッサージって、そういうことだったのだ。

 部屋から飛び出し、階下に降りてきたフランツは、深々とため息をついた。隣ではリッツが苦笑していた。

「俺、すっかり自分が世話してやる気でいたよ、風呂まで!」

 それに対してはフランツはぼんやり立っていただけだから黙って肩をすくめるしかない。世話を焼くつもりもなかったが、出て行くのも忘れたのだ。

「いやいや、二人があそこにいるから、いおうかと思ったんだよ『お風呂覗いちゃっていいのかい?』って」

 さっさと部屋を出ていたモリスが、薬草茶(ハーブティ)を持ちながら笑って二人の元にやってきた。

「言ってくださいよ、全く恥ずかしいなぁ」

 リッツがやれやれと椅子に腰をおろした。同時にフランツも座る。二人にお茶を出し終えてから、モリスは掃除をしに出ていった。宿というのは意外に仕事が多くて忙しいようだ。

 しばらく黙って二人でお茶を飲んできたが、頃合いを見計らっていたのかリッツが切り出した。

「……で、もういいのか、考える時間は」

「いい」

 フランツはため息混じりにそれだけを答えた。何だかこの騒ぎで、自分のこだわりをどこかに置き忘れてしまったようだ。

 確かにまだ抵抗はある。でもこれ以後の旅を無事に過ごすには、アンナみたいに大変なことが起きないよう、最大限の努力をしなければいけないのだと感じている。

 自分のプライドや感情にこだわって目的を失うのは、ルシナ家の名を利用するより嫌なことだ。そんなことで旅を終わらせたくない。

 それに彼には今のところ帰れる当てが、サラディオの師匠の元しかない。途中で断念するわけには行かないのだ。

 それにはやはり潤沢な資金が必要である。

 サラディオに帰りたくないから、サラディオでの自分の利用価値を最大限に使わせて貰う。つまり、利用できるものは親でも使えということだ。

 色々考えていたフランツを黙ってみていたリッツが、お茶をすすりながら、呟いた。

「まあ、ルシナの名前が威力を発揮するのもこの村までだ、この村を過ぎればサラディオ自治領区は終わって、次の自治領区に入る」

 つまり使いたくてももう、ルシナの名は使えない。利用できるときに利用せずにどうするというのだ。リッツの言葉に頷く。サラディオ大きな商業都市であるからといって、一自治領区だけではこの国自体に与える影響力はそんなに大きくない。むしろほんの小さいものだといっていい。

 影響力が大きいのは、むしろユリスラ国王の昔の友人であるという、リッツの方だろう。多分リッツは、必要とあればそれさえも最大限に利用するだろう。

 他には何も持たないフランツやアンナの為にも。

 いや、むしろ面白がって使うだろうか。

 そう思うと、少し気が楽になった。何だかんだ言ってみても、実はこの六日間で、かなりリッツとアンナに感化されて来ているのかもしれない。

「じゃあ、打ち合わせすっか?」

 リッツの問いに、フランツは黙ってお茶を口に運んだ。

「これ、飲んでから」

 ぶっきらぼうに言い切ると、リッツはフランツの不機嫌に笑いながら降参するように肩をすくめた。

「……分かった分かった。待つさ」

 心は決まっていても、まだ少し反抗していたい、それぐらいの我が儘は許されるべきである。

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