佐々木さんの異世界猫生活二週間後
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二週間どころか、半年以上経過してしまいましたが、ようやく4話目です。
相変わらず書くスピードが遅いのですが、ゆっくり進めて行きたいと思います。
どうもこんにちは。前回ザ・成金のオッサンに攫われた佐々木苑子です。拾われたわけではありません、断じて。
この世界にきて二週間、攫われて以来フォロー役のミケからのコンタクトは全くないが、さすがに猫の身体には慣れた。慣れるとこの身体、結構便利なのである。高いところにも行くのも降りるのも自由自在。視野は広いし、四足歩行は人間の時よりも早く走れる。そしてなぜか、狭い隙間に入ると非常に落ち着く。完璧に猫である。
ちなみに、最初に予定していた野良生活とは異なり、現在は快適な生活を送っている。一日三食昼寝付きおよび優しそうなメイドさんによるシャンプーとブラッシングまでついてくる。ホモ・サピエンスから白色長毛種にゃんこに転職したわけであるが、なかなかの好待遇。あることを除けば。
「メロディちゃ~ん。ど~こだ~い?パパですよ~」
・・・このオッサンがこの環境、唯一の欠点である。
私は自分で言うのもなんだが、結構楽観的である。だからこそ異世界に来ちゃおうが、自分が猫の姿になっちゃおうが受け入れられている。まあ、この状況を生んだアオイくんを信頼しているからこそなのだけれども。ただ、だからといってストレスを感じない鈍感人間でもなければ、怒りを感じない寛容な人間でもないのだ。つまり何が言いたいかというと。
「(気持ち悪い声出すなよオッサン!パパとか冗談じゃないし!)」
このオッサンの存在が非常に大きなストレス源なのである。
私を攫ったこのオッサン、名前は興味もないので覚えていないが、どうやらこの国でも有数の商人であるらしい。最近、お金で爵位を買ったとか買ってないとか。有数といっても、色々人には言えないことをしてのし上がってきた人物であるので、当然ながら人望はない。彼の周りにはこの上司にしてこの部下ありとでもいうような悪知恵の働く人物ばかりが集っているが、この屋敷で働く一般人の使用人に対する態度はひどいもんである。使用人たちも旦那様と言ってはいるが、影では悪口を言い放題だ。生活のために仕方なく働いているといったところだろう。
そんなオッサン、なぜか重度の猫好きなのだ。綺麗な猫、珍しい猫、とにかく気に入ったら野良だろうが人の飼い猫だろうが自分のものにしてしまうのである。おかげでこの屋敷には人間よりも猫のほうが多く生活している。同じ猫好きとしてシンパシーを感じないのかって?バカを言っちゃいけない。こんなオッサンにシンパシーを感じてしまったらその時点で私は終わりである。何よりヤツの可愛がり方には愛がない!猫が嫌がろうが逃げようが捕まえて抱っこして撫で回すのだ。どれだけ威嚇しても奴には通じない。自分の都合のいいように解釈するだけである。ちなみにオッサンは猫を可愛がるだけで、世話をするのは使用人だ。駄目飼い主ここに極まれり。
「メロディちゃ~ん?・・・ここにはおらんのか。チッ、クレアのやつめ、適当なことを言いおって」
オッサンは舌打ちをしながら部屋を出ていった。よしよし、そのまま戻ってこなくていいからねー。
オッサンの今のお気に入りは私らしく、ことあるごとに私を探して屋敷を徘徊している。屋敷の使用人とかに目撃情報を報告させているそうだが、あいにく私は猫である。人間の目の届かない、ちょっとした隙間に隠れるぐらいは朝飯前だ。若干身体にホコリとかが付くけれど、メイドさんがブラッシングしてくれるから問題はないし、オッサンの相手をするくらいならホコリまみれになるほうがマシだ。
私がここまでオッサンを嫌っているのには理由がある。
誘拐直後、あいつは私の全身を撫で回したのだ。乙女の身体を、隅から隅まで!セクハラだとか痴漢というレベルではなかった。その後、私はメイドさんに引き渡されたが、手渡す瞬間まで握られていた尻尾は膨らみすぎてしばらく戻らなかった。メイドさんが、私が安心できるよう心をこめてお世話をしてくれなければ、人間不信になっていたかもしれない。小学生にちょっかいを出された猫の気持ちがよく分かる事件だった。
「メロディちゃん、居ますか?」
オッサンが消えて静かになった部屋に、落ち着いた女性の声が響いた。私のお世話係のクレアさんだ。20代後半の穏やかな女性で、この屋敷の中で猫のお世話をさせたらピカイチのお姉さんである。彼女のブラッシングと撫で方は神懸かっている。
「メロディちゃん?」
「なーん(はーい)」
クレアさんが呼んでいるので、いい加減、本棚の後ろから出よう。一声鳴いて、するりと隙間から抜け出すと、クレアさんが困ったように微笑みながらそばにしゃがんでいた。
「あら。メロディちゃん、身体がホコリだらけよ。ごめんなさいね、旦那様がここに来たでしょう」
申し訳なさそうに私の背を撫でる彼女に、気にしないでと頭を擦り付けた。確かにオッサンがここに来たのは彼女が私の目撃情報を報告したからだろうが、雇い主に逆らうわけにはいかないことはわかっているので、責めることは出来ない。変わりに私が見つからないように隠れればいいことだ。優しい彼女はいつも申し訳なさそうに謝るので、気にしないでの返事の代わりに頭を擦り付けるのが恒例になっている。
「せっかくだからブラッシングをしましょうか」
「みゃん!(やった!)」
こうしてクレアさんに抱かれた私は、彼女のブラッシングテクにめろめろになって一日を終えた。
・・・本当に、オッサンさえいなければ快適な環境である。