魔法理論基礎講座
「なぜ司祭は不機嫌そうなんだね」
「さあ」
タウロンの問いに、レッコーがあいまいな返事をする。
「あなたのことが気に食わないからですわ」
アイナがきっぱりと言う。
レッコーとアイナがタウロンと出会った日の翌日、寺院の裏手の小高い丘の上、レッコー、ブラドロ、タウロンが並んで立ち、少し離れた所にアイナが座っている。
職人より完成度の高い着火石を作るタウロンは、優れた魔術師に違いない、と考えたレッコーが、ブラドロの指導を頼もうと彼を連れてきたのである。
「ではなぜ司祭はここにいるんだね」
「さあ」
「レッコーやブラドロさんに、あなたが変なことを吹き込まないか、見張るためですわ」
「……それでつまり、このブラドロ君に、魔法理論の基礎を教えれば良いんだな?」
「はい」
「お願いします」
レッコーとブラドロが答えた。
「喜んで引き受けよう。レッコー君へのお礼に、昨日の百コームでは足りないと思っていたことでもあるし……」
「レッコーのおかげで、昨日から暇ですしね」
「いても良いから、ちょっと黙っててもらえないか……ところで、レッコー君も付き合うのか」
「お邪魔でなければ、そうしたいのですが」
「かまわないよ。二人で習った方が、都合の良いこともあるだろうし」
タウロンはそう言うと、ブラドロの方に向き直った。
「ではまず、〈ロアーク拳法〉というのがどういうものか、教えてもらおうか。それの上達が目的のようだし」
「はい」ブラドロが答える。
「多少は使えると言ってたね?」
「ええ、ちょっと、やってみます」
ブラドロはそう言うと、呪文を唱えだした。と、彼の右手が、淡い光を帯びはじめた。その右手で、足元に生えていた草に触れる。しばらくすると、細長い草が触れている所で切れ、地面に落ちた。
「ぼくだとこの程度ですが、達人になると鋼鉄を切り裂くそうです」
「〈魔力刃〉と呼ばれる術だな。手や腕、あるいは武器に破壊の力をまとわせ、触れたものを切断する。一般に金属は破壊魔法に強いが、高出力の〈魔力刃〉ならば、確かに鋼鉄にも通用する……が、今の君の力だと、とても戦いの役には立たないな。まあ、修行のためにやっているんだから、戦う必要はないかもしれんが」
「いえ、修行のためだからこそ、こんなだとまずいんですよ。ちゃんとやってないように見えて」
「なるほどね。ところで、魔力の出し方が不安定だという君の先輩の指摘は、かなり妥当なようだな」
タウロンはそこで、咳払いをひとつした。
「何が問題かは大体分かった。まず、魔法の発動原理から教えよう」
「最初に最も重要なことを言っておくと、魔法は次のような段階を経て発動する」
タウロンが話を続ける。
「まず、魔法を発動するという意思を持つ。次に、発動した結果をイメージする。そして、目的に応じた呪文、すなわち精霊語を唱える。……これが魔法を発動するプロセスだが、実感はあるかな?」
「うーん、そう言われると、そういうふうにしているような……」
レッコーが言う。
「ぼくも、あまり意識したことはありませんが、なんとなく理解できます。……ところで、『精霊語』ってなんですか?」
ブラドロが質問をした。
「精霊に語りかけ、魔法を発動してもらうための言葉だ。そんなつもりはなかったかもしれないが、あらゆる呪文は精霊語であり、あらゆる魔法は精霊が起こしてくれる現象なのだ」
タウロンが答える。
「では『精霊』とは何かということだが、実はこれが良く判っていない。今、語りかけると言ったが、意思を持った存在なのかどうかも不明だ。〈召喚術〉といって、『精霊』を呼び出す術があるが、そこでいう『精霊』とこの『精霊』が同じものかどうかもはっきりしていない……ただ、大自然を循環する魔力と密接な関係があることは、確からしい」
「なるほど。全く知りませんでした」とブラドロ。
「ついでに言っておくと、伝説が語るところに『神聖語』というのがあって、これは神々に直接語りかけて力を借りるための言葉らしいのだが……まあ、さしあたり今は関係ないな。世界一の大魔導師にでもなったら、勝手に探究してもらおう。では次に、魔法の発動様式についてだ」
「魔法は、発動するタイミングについて、『即時式』『時限式』『条件式』の三つに分けられる」
タウロンの講義は続く。
「『即時式』とは、呪文が完成したらすぐに発動する魔法のことだな。例えば――」
タウロンは左手に持っていた身の丈ほどの長さの杖を、レッコーとブラドロの方へ向けた。そして呪文を唱えると、杖の先が光りだした。
「こういうことだね。次に『時限式』とは、呪文が完成してから一定時間経つと発動する魔法のことだ。つまり――」
タウロンは屈み込んで小石を拾い、口元に持ってくると、呪文を唱えた。小石を放る。それをしばらく一同が見つめていると、突然、小石が火柱を上げた。
「こういうことだ。遠い未来に発動させようとするほど、難しいし、精度が下がる。それから『条件式』だが――レッコー君、昨日の着火石は持ってるか?」
「いえ、今は持ってません」
「そうか、まあ、わたしが持ってるから良いんだが」
「ではなぜお訊きに……!?」
「ブラドロ君、これを使えるか?」
「着火石でしょう?」
タウロンが差し出した着火石を、ブラドロは受け取った。そして、右手で軽く握り、「火よ」と唱える。小石から小さく炎が上がった。
「今、君は魔法を使ったのかな?」
「はい、魔法具を通して」
「しかし、君は呪文、すなわち精霊語を唱えなかった。なぜ魔法が発動した?」
「あれ?」
「そういえばそうですね」
ブラドロとレッコーが首をかしげる。
「実は呪文自体は、この魔法具が完成した時に、一緒に完成しているのだ。ただ、『火よ』という合言葉があって、初めて魔法が発動するようになっている――これが『条件式』の魔法だ。条件は、色々なものを設定できる。頑固な人が来ると、扉が閉まって開かなくなる、とか」
「そんな条件にもできるんですか?」
ブラドロが訊く。
「いや、『人が来ると』なら可能だが、『頑固な人が』というのは、現在の技術では無理だね。人の心理を読む術は、極めて高度だから」
(だったら言わなきゃ良いのに……)とレッコーは思った。アイナがこちらを睨んでいる。
「では次の話だが、魔法は、発動している期間について――」
タウロンは、すました顔で話を続ける。
「『瞬間式』と『継続式』に分けられる。『瞬間式』というのは、発動したその時だけ効果を発揮する魔法だな。例えば――」
タウロンはまた小石を拾うと、呪文を唱えた。小石が粉々に砕け、地面に落ちる。
「それから――」
タウロンは、今度は散らばった小石の破片に左手を向け、呪文を唱えた。と、見る間に破片が一ヶ所へ集まり、くっつき合って、元の小石が復元された。
「こういう術も『瞬間式』だ。発動して、効果が現れて、それで終わりだ。対して『継続式』というのは、発動してから一定時間、または術を解除するまで効果を発揮し続ける魔法だ。例えば――」
タウロンは右手に持ち替えていた杖を左手で持ち直し、呪文を唱えた。杖の先が光りだす。
「杖が光るのは、さっき見ましたわ」
「大道芸じゃないぞ! ……このように、呪文を唱えていなくても光り続ける。また、わたしの手を離れても――」
タウロンがブラドロに、杖を手渡す。杖はなお光を放ち続け、しばらくして消えた。
「これが『継続式』の魔法だ。長時間、魔法を発動し続けるためには、時々呪文を重ねて補強してやることが多い。ではさらに次の話だが、魔法は、発動する起点について、『近接式』と『遠隔式』の二つに分けられる。『近接式』とは、自分の体、あるいは持っている道具を起点にして発動する魔法だな。手を起点にすることが最も多い。今までやって見せた術は、全て『近接式』発動だ」
タウロンはそこで、少し間を置いた。レッコーとブラドロは、タウロンが見せてくれた魔法を思い出しつつ、頭の中を整理する。
「――〈魔力弾〉などは、遠くの物に作用するわけだが、起点が手の平だから『近接式』だ。ある場所や物に『時限式』ないし『条件式』の術を仕掛けておく場合も、呪文を唱えて術式を組む間そこに触れているなら、それは『近接式』だ。対して『遠隔式』だが、これはつまり、自分から離れた場所を起点にする魔法だな。――ちょっと、あの岩を見ていてくれ」
タウロンは、三人から少し離れた所にある岩を示した。そして、そちらへ左手を向け、これまでより長い呪文を唱えた。
岩のてっぺんから、炎が上がった。
「火柱も、さっき見ましたわ」
「悪かったよ! ……とまあ、これが『遠隔式』発動だ。普通、『遠隔式』は『近接式』より術式が複雑で、魔力も多く使う。……では最後に、肝心の、魔力の特性について話そう」
エーデ「アイナ様の機嫌、早く直んないかな。キャラがかぶるんだけど」
カドル「口調は違うけどね」