罪と誓い
レッコー達七人は来た道を引き返し、森の中を進んだ。しかし、しばらく歩いたところで、レッコーが口を押さえてうずくまってしまった。アイナが寄り添うように屈み込む。
「先ほどまでは驚くほど冷静でしたが……」
メイザが、マコスにだけ聞こえるようにささやいた。
「ああ。緊張の糸が切れたか……」
マコスが答える。
(村の人々がすでに全滅していたのは、かえって幸運だったかもしれないな。おかげでこの少年も諦めがついた。もしまだ生き残りがいたら、発作的に飛び出していたかもしれん……いや、待てよ……生き残り……)
「アイナ司祭」
マコスが声をかけた。アイナは屈んだまま振り向く。
「村に誰か、魔法の得意な者はいなかっただろうか?」
「魔法ですか……? 一番使えるのはカルエレ司祭、次にわたし、後はこのレッコーと、ごく簡単な術を使える人が数人でしょうか……」
「そうか……」
アイナの返答に、マコスが頷く。
と、うずくまっていたレッコーが、顔を上げた。「……それが何か?」
「いや……」
「何なんです、言ってください」
マコスはちょっとの間ためらう素振りを見せたが、ややあってまた口を開いた。
「〈隠蔽術〉の達人なら、建物のどこかに隠れて、魔族の目を逃れている可能性もある。焼かれている家はごく少なかったし、あるいはと思ってな」
アイナが「あっ」と声を上げた。「わたしが知らないだけで、ひょっとしたらそんな人も……」
それを聞いた途端、レッコーは立ち上がり、駆け出そうとした。が、すぐにアイナが後ろから抱きつき、押しとどめる。
「駄目よ! 今は駄目」
アイナが厳しく言った。
「どうしても戻りたいというなら、魔力弾で気絶させて、引きずっていくわよ」
メイザがそっけなく言う。
「よせ、メイザ」
マコスがレッコーに一歩近付いた。
「おれが悪かった。町に着いてから訊けば良かった。今は戻れないが、応援が来たら――」
言いながら、マコスは西の空に傾きかけた太陽をちらっと見やった。
「明日の朝だな。明日の朝、応援部隊と共に村を奪還する。生き残りがいれば、その時見付かる。……今行っても、敵を呼び戻すだけだ」
「分かりました……分かってはいるんです」
レッコーが呻いた。
その時、メイザが警告するような声を発した。
「隊長!」
全員、メイザが示した方向に顔を向ける。翼を持つ黒い魔物が二頭、木々の上を飛んでいた。
レッコーは、魔物と目が合ったように思った。
兵士達がレッコーとアイナの前に出る。
ヘレが右手を突き出し、鋭く呪文を唱えた。手の平から光の弾が放たれる。と、大きな一発の弾と見えたものが、すぐさま十発ほどの細かい弾に分かれて、魔物の一頭を襲った。胴体、頭、翼に弾を受けたダーズルが木々の間に落ちる。
他の四人も次々に単発の魔力弾を撃ったが、全て外れ、もう一頭は村の方へ飛び去っていった。
「先を急ごう」
マコスが、息を整えながら言った。
「追ってはこないとは思うが」
一行は森の中の道を急いだ。兵士達は周囲を警戒しながら進んだが、再び魔物に遭遇することはないまま、タルーブの町に行き着いた。
七人揃って、詰所へ戻る。応援の部隊はまだ来ていなかった。
アイナが、見てきたことをカルエレ達に語った。
「二人とも、良く見てきてくれたね」
カルエレは、それだけ言った。エーデと子ども達は何も言わなかった。
「隊長さん」
それまで黙って何事か考えていたレッコーが、ふと口を開いた。
「おれに罰を与えてください」
「……あいにくだが、村の人達に魔族の襲来を知らせ、子ども達を逃がした君を罰する法律はない」
マコスが、淡々とした調子で言う。
「ここにちょうど司祭がいることだし、君の処分は司祭達に任せよう」
レッコーは少し間を置いてから、カルエレに向き直った。
「カルエレ様、おれに罰を与えてください」
カルエレはレッコーの顔をしばらくじっと見つめていたが、やがて疲れたような顔でアイナを見やった。
アイナが口を開く。
「……それでは、あなたが犯した罪をここに告白しなさい」
「おれは村の人達に五度、『魔族が来る』という嘘を触れ回りました。村のみんなはおれの言うことを信じなくなっていました」
レッコーはそこで一度、大きく息をついた。
「そのため、今日本当に魔族が来たことを知らせても信じてもらえず、みんなを逃がすことができず、みんなを死なせてしまいました……みんなを、みすみす……」
全員黙って、レッコーの告白を聴いていた。
「分かりました。それでは――」
「その前に――」
アイナが言いかけたのを遮って、カルエレが口を開いた。
「わたしの罪も、アイナに聴いてもらおうか」
「カルエレ様の罪……?」
アイナが不思議そうに老司祭を見やる。カルエレは俯いていた顔を上げ、アイナの顔を見据えた。
「わたしは以前から、うわべではレッコーを信じるようなことを言いながら、心の中では全く信じていませんでした。『神を信じよ、同様に人を信じよ』というギムデの教えに背いていました」
「カルエレ様、それは――」
「人が告白をしている時は黙っているものよ」
レッコーが口を挿もうとするのを、カルエレが黙らせた。
「……そして今日も、教えに従うふりをするために自分達だけで逃げ、村の人達に一緒に逃げることを勧めませんでした。レッコーの言葉を信じなかったために、みんなを見殺しにしてしまいました」
「……分かりました」
アイナが言った。
「それではレッコー……ギムデの教えに、『神を欺くな、同様に人を欺くな』とあります。神と人を、二度と再び欺かないことを誓いますか」
「誓います」
レッコーが答えた。
「神とここにいる人々が、あなたの誓いを聞き届けました。ただし、これで罪が消えるわけではありません。いずれ神が、あなたの誓いをお試しになるでしょう」
アイナはそう言ってから、老司祭の方へ向き直った。
「カルエレ様……」
(カルエレ様がおれの言うことを信じていないのは、とっくに知っていた。それはむしろ、当たり前のことなんだ)レッコーは思った。(むしろ、あくまで信じようとしてくれていたアイナ司祭の方が……いや……?)
そこで、レッコーの中に疑問が生じた。
「アイナ司祭」
レッコーが呼びかけると、アイナは黙って顔を向けた。
「アイナ司祭は本当に、おれの言うことを信じてたの?」
「ばか!」
エーデが叫んだ。
アイナは顔を強張らせ、小さく震えだした。レッコーは、自分が言ってしまったことの意味に気付いた。
「わたし――わたしは――」
アイナはかすれた声で何事か呻くと、そのまま部屋を駆け出した。
「違う、アイナ司祭、今のは違うんだ!」
そう叫んで立ち上がったレッコーを、カルエレが手で制止した。
「エーデ」
カルエレに言われ、エーデはアイナを追って部屋を出た。
「あの子はいつでも教えに忠実だったよ」カルエレが言った。「罪を負っているのは、わたしとお前の二人だけだ」
「アイナ司祭……カルエレ様……」
レッコーは呆然と立ちつくした。
「おれは何重にも罪深い……」
翌朝、マコス達や応援に来た部隊に同行して、レッコーはカレド村へ向かった。魔族はすでに村を引き払っており、戦闘にはならなかった。
一行は家々を入念に調べて回ったが、生き残りはついに一人も見付からなかった。
ほら吹き次回予告
浦島大学陸上部のエース金沢健は、ギリシャ神話の俊足の英雄の名を冠して「アキレス健」と呼ばれていた。しかし健は、ここぞという時に限って体調不良に陥る、浦大陸上部のアキレス腱だった……!
次回、『ほら吹き少年と司祭』第二章「ぼくらのアキレス」
お楽しみに。