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ほら吹き少年と司祭  作者: 山風勇太
第一章 ほら吹きレッコー
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罪と誓い

 レッコー達七人は来た道を引き返し、森の中を進んだ。しかし、しばらく歩いたところで、レッコーが口を押さえてうずくまってしまった。アイナが寄り添うように屈み込む。

「先ほどまでは驚くほど冷静でしたが……」

 メイザが、マコスにだけ聞こえるようにささやいた。

「ああ。緊張の糸が切れたか……」

 マコスが答える。

(村の人々がすでに全滅していたのは、かえって幸運だったかもしれないな。おかげでこの少年も諦めがついた。もしまだ生き残りがいたら、発作的に飛び出していたかもしれん……いや、待てよ……生き残り……)

「アイナ司祭」

 マコスが声をかけた。アイナは屈んだまま振り向く。

「村に誰か、魔法の得意な者はいなかっただろうか?」

「魔法ですか……? 一番使えるのはカルエレ司祭、次にわたし、後はこのレッコーと、ごく簡単な術を使える人が数人でしょうか……」

「そうか……」

 アイナの返答に、マコスが頷く。

 と、うずくまっていたレッコーが、顔を上げた。「……それが何か?」

「いや……」

「何なんです、言ってください」

 マコスはちょっとの間ためらう素振りを見せたが、ややあってまた口を開いた。

「〈隠蔽術〉の達人なら、建物のどこかに隠れて、魔族の目を逃れている可能性もある。焼かれている家はごく少なかったし、あるいはと思ってな」

 アイナが「あっ」と声を上げた。「わたしが知らないだけで、ひょっとしたらそんな人も……」

 それを聞いた途端、レッコーは立ち上がり、駆け出そうとした。が、すぐにアイナが後ろから抱きつき、押しとどめる。

「駄目よ! 今は駄目」

 アイナが厳しく言った。

「どうしても戻りたいというなら、魔力弾まりょくだんで気絶させて、引きずっていくわよ」

 メイザがそっけなく言う。

「よせ、メイザ」

 マコスがレッコーに一歩近付いた。

「おれが悪かった。町に着いてから訊けば良かった。今は戻れないが、応援が来たら――」

 言いながら、マコスは西の空に傾きかけた太陽をちらっと見やった。

「明日の朝だな。明日の朝、応援部隊と共に村を奪還する。生き残りがいれば、その時見付かる。……今行っても、敵を呼び戻すだけだ」

「分かりました……分かってはいるんです」

 レッコーが呻いた。

 その時、メイザが警告するような声を発した。

「隊長!」

 全員、メイザが示した方向に顔を向ける。翼を持つ黒い魔物が二頭、木々の上を飛んでいた。

 レッコーは、魔物と目が合ったように思った。

 兵士達がレッコーとアイナの前に出る。

 ヘレが右手を突き出し、鋭く呪文を唱えた。手の平から光の弾が放たれる。と、大きな一発の弾と見えたものが、すぐさま十発ほどの細かい弾に分かれて、魔物の一頭を襲った。胴体、頭、翼に弾を受けたダーズルが木々の間に落ちる。

 他の四人も次々に単発の魔力弾を撃ったが、全て外れ、もう一頭は村の方へ飛び去っていった。

「先を急ごう」

 マコスが、息を整えながら言った。

「追ってはこないとは思うが」



 一行は森の中の道を急いだ。兵士達は周囲を警戒しながら進んだが、再び魔物に遭遇することはないまま、タルーブの町に行き着いた。

 七人揃って、詰所へ戻る。応援の部隊はまだ来ていなかった。

 アイナが、見てきたことをカルエレ達に語った。

「二人とも、良く見てきてくれたね」

 カルエレは、それだけ言った。エーデと子ども達は何も言わなかった。

「隊長さん」

 それまで黙って何事か考えていたレッコーが、ふと口を開いた。

「おれに罰を与えてください」

「……あいにくだが、村の人達に魔族の襲来を知らせ、子ども達を逃がした君を罰する法律はない」

 マコスが、淡々とした調子で言う。

「ここにちょうど司祭がいることだし、君の処分は司祭達に任せよう」

 レッコーは少し間を置いてから、カルエレに向き直った。

「カルエレ様、おれに罰を与えてください」

 カルエレはレッコーの顔をしばらくじっと見つめていたが、やがて疲れたような顔でアイナを見やった。

 アイナが口を開く。

「……それでは、あなたが犯した罪をここに告白しなさい」

「おれは村の人達に五度、『魔族が来る』という嘘を触れ回りました。村のみんなはおれの言うことを信じなくなっていました」

 レッコーはそこで一度、大きく息をついた。

「そのため、今日本当に魔族が来たことを知らせても信じてもらえず、みんなを逃がすことができず、みんなを死なせてしまいました……みんなを、みすみす……」

 全員黙って、レッコーの告白を聴いていた。

「分かりました。それでは――」

「その前に――」

 アイナが言いかけたのを遮って、カルエレが口を開いた。

「わたしの罪も、アイナに聴いてもらおうか」

「カルエレ様の罪……?」

 アイナが不思議そうに老司祭を見やる。カルエレはうつむいていた顔を上げ、アイナの顔を見据えた。

「わたしは以前から、うわべではレッコーを信じるようなことを言いながら、心の中では全く信じていませんでした。『神を信じよ、同様に人を信じよ』というギムデの教えに背いていました」

「カルエレ様、それは――」

「人が告白をしている時は黙っているものよ」

 レッコーが口を挿もうとするのを、カルエレが黙らせた。

「……そして今日も、教えに従うふりをするために自分達だけで逃げ、村の人達に一緒に逃げることを勧めませんでした。レッコーの言葉を信じなかったために、みんなを見殺しにしてしまいました」

「……分かりました」

 アイナが言った。

「それではレッコー……ギムデの教えに、『神を欺くな、同様に人を欺くな』とあります。神と人を、二度と再び欺かないことを誓いますか」

「誓います」

 レッコーが答えた。

「神とここにいる人々が、あなたの誓いを聞き届けました。ただし、これで罪が消えるわけではありません。いずれ神が、あなたの誓いをお試しになるでしょう」

 アイナはそう言ってから、老司祭の方へ向き直った。

「カルエレ様……」

(カルエレ様がおれの言うことを信じていないのは、とっくに知っていた。それはむしろ、当たり前のことなんだ)レッコーは思った。(むしろ、あくまで信じようとしてくれていたアイナ司祭の方が……いや……?)

 そこで、レッコーの中に疑問が生じた。

「アイナ司祭」

 レッコーが呼びかけると、アイナは黙って顔を向けた。

「アイナ司祭は本当に、おれの言うことを信じてたの?」

「ばか!」

 エーデが叫んだ。

 アイナは顔を強張らせ、小さく震えだした。レッコーは、自分が言ってしまったことの意味に気付いた。

「わたし――わたしは――」

 アイナはかすれた声で何事か呻くと、そのまま部屋を駆け出した。

「違う、アイナ司祭、今のは違うんだ!」

 そう叫んで立ち上がったレッコーを、カルエレが手で制止した。

「エーデ」

 カルエレに言われ、エーデはアイナを追って部屋を出た。

「あの子はいつでも教えに忠実だったよ」カルエレが言った。「罪を負っているのは、わたしとお前の二人だけだ」

「アイナ司祭……カルエレ様……」

 レッコーは呆然と立ちつくした。

「おれは何重にも罪深い……」



 翌朝、マコス達や応援に来た部隊に同行して、レッコーはカレド村へ向かった。魔族はすでに村を引き払っており、戦闘にはならなかった。

 一行は家々を入念に調べて回ったが、生き残りはついに一人も見付からなかった。

 


ほら吹き次回予告


 浦島大学陸上部のエース金沢健は、ギリシャ神話の俊足の英雄の名を冠して「アキレス健」と呼ばれていた。しかし健は、ここぞという時に限って体調不良に陥る、浦大陸上部のアキレス腱だった……!

 次回、『ほら吹き少年と司祭』第二章「ぼくらのアキレス」

 お楽しみに。


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